37話 夏の日のこと 2
「だ……だれ……?」
どうにか雨宿りしようとして、走った先。
そこには、僕と同じくらいの歳と思わしき、一人の女の子がいた。
キャラ物のTシャツに半ズボン、三つ編みにメガネといった、地味でダサい風貌。
そんなダサい風貌は、雨に濡れてさらに惨めな見た目になってしまっていた。
小学校にいたら、確実に周りから煙たがられてるような、そんな子だ。
――こんなところで一対一で出会ってしまうなんて、面倒くさい。
その時の僕はこんなことを考えていた。雨が早くやまないか、とも。
「君こそ、誰なんだ? ていうか、いきなり誰とか聞かれたって、答えようなくない?」
「あ……う……ご、ごめんなさい。そうだよ……ね……」
女の子は僕の問い返しに答えることをせず、一人挙動不審になって黙り込んでしまう。
まあ、別に名前を聞いたところで、って話ではあるんだけど。
「………………」「………………」
それっきり、僕たちはしばらくの間言葉を交わすことなく、とにかく雨が弱くなるのを待った。
待ったのだが、一向に雨は弱くなる気配を見せない。
次第に、二人きりで沈黙を貫き通し続けるのにも苦しさを覚え始めていた僕は、適当にまたその子へ声をかけていた。
この辺に住んでるのか、というありふれたことから始まり、聞きそびれた名前も改めて聞く。
それから僕自身のことも少し話し、こっちの地域の小学校のこととかも少し聞いた。
女の子の名前は瀬名川冬香。予想通り僕と同学年で、近所の仲のいい子が今日はいないから、公園で一人ゲームをしていたらしい。
外でゲーム? とも思ったが、それはどうやら本当らしく、ポケットから軽く濡れた携帯用ゲーム機を取り出して見せてくれた。変な奴、と思ったもんだ。どうせなら家の中でゲームをすればいいのに、と。
僕のことについては、卑怯だとは思ったけど、部分的に嘘をついて教えた。
瀬名川冬香、君とは同学年だけど、本来住んでるところは外国で、いつもはそこの学校に通っている。今は長期休暇のため、祖父母の家に遊びに来てるんだ。
名前は、ナツキ、と。
「えぇぇ……す、すごいねナツキくん。普段は外国で暮らしてるんだぁ~」
瀬名川冬香は僕が嘘をついているとも気付かず、パッと表情を明るくさせる。
バカっぽいな、と思ったりしたけど、だからといって瀬名川冬香に対して嫌悪感を抱くとか、そういったことはなかった。
「ところで、なんで冬香はこんなところでゲームしてるんだ? 普通、ゲームって家でやるもなじゃないか?」
「でもこれ、携帯用ゲーム機だよ? 外でもできるもん」
「けど、だからって一人なのにわざわざ外に出てゲームをしようとはなんないだろ。暑いし。変わってるな」
「………………ぷっ」
そこで無言になって考え始め、吹き出すのもまた変わってるなと思った。
「なんか僕、笑われるようなこと言った?」
「ふふっ、わかんないけど、面白いなーって」
「はい……?」
意味が分からない。
そうやって疑問符を浮かべていると、だ。
冬香は外を指さして「あ」と声を出した。
「雨、止んだね」
「……ほんとだな」
外は、さっきの雨が嘘みたいに晴れ渡り、夕陽となって世界を照らしていた。
どうやら一時的な雨だったらしい。
「じゃあ、僕はもう家に帰るよ」
「え?」
「雨も止んだし、ここにいる意味もないだろ? 君ももう帰りなよ。濡れてるし、こんなところでゲームしてたら風邪ひくよ?」
「あ、う、うん。そうだね」
「じゃあね」
「うん。ばいばい」
言って、僕たちはそこで別れた。
きっとおそらくもう会うことはないだろう。
そんなことを考えながら、僕は帰路についた。
〇
「……あ、ナツキ」
「………………」
もう会うことはない。
そう思いながら別れた日の翌日。
外は昨日の夕方に引き続いて晴れていたから、また例の公園まで僕は歩いていた。
暑いし、自分でも何やってんだろと思う。
けど、僕は一人公園に向かって歩いていた。
それで、土管っぽい遊具の中を覗いてみたら、冬香はまたそこにいた。
今日も相変わらずキャラ物のTシャツだし、ダサい見た目。
気付けば、僕は彼女の姿を見るや否や、笑ってしまっていた。
「? どうしたの?」
「……いや、なんでいるのかなって」
「それはこっちのセリフ。なんでまた来たの?」
「気分転換。君は?」
「私は……昨日もそうだったんだけど、家にいたらお母さんが宿題しなさいってうるさいから」
なるほどな。だから昨日も外にいたわけか。
「すればいいじゃないか。宿題なんてすぐに」
「無理ー……。……ナツキだって思うでしょ? 宿題めんどくさーって」
「思うけど、だからこそ早く終わらせる」
「えぇー……?」
「なに、君、最終日近くまで宿題残すタイプ?」
「……そこまでは……残さない……と思う」
残すんだろうな。
「後々苦労するよ。もう今日は帰った方がいい」
「えぇぇ!」
「お母さんにもしつこく宿題しろって言われてるみたいだしね。僕なんて――」
そんなことを言われたこと、一度もない。
なんて言葉が出かかったが、寸前のところでそれを回避した。
今そんなことは関係ない。
「……? なに?」
「……いや、何でもない。とにかく、もう今日は帰って宿題した方がいいよ」
「えぇぇ~! じゃ、じゃあナツキも手伝ってよ……」
「は……? なんで僕が」
「……なんかこうやって偶然会えたし……」
「偶然会えた人間に宿題手伝わせるのか……」
「ま、まあ、冗談だけどね! ……はぁ……」
わかりやすく肩を落とす冬香。
……仕方ない。
「……しょうがないな。ちょっとだけだよ?」
「え、い、いいの?」
「まあ、僕も家に帰ったって……うん。暇みたいなもんだし」
「あ、ありがとう!」
そう言うと、冬香は僕の手を取って嬉しそうに喜んだ。
〇
思えば、瀬名川冬香との関係はここから始まったことになる。
宿題を手伝うために家に行ったり、息抜きにするゲームにハマって、一緒にやったり。
正直、あまりゲームはやったことのなかった僕だけど、冬香と一緒にするゲームはとにかく楽しくて、それでハマっていった。
この子には不思議な魅力があった。
うまく言葉では表現できないが、傍にいれば安心するというか、気持ち悪い言い方かもしれないけど、母親とどこか雰囲気が似ていたのだ。
だから、僕は一週間に一度、冬香の家に通うようになった。
そして、彼女のことを好きにもなっていた。
母親と似ている。それだけで充分だったんだ。
〇
そうして夏休みを過ごしていき、別れの日はすぐに訪れた。
前々からこの日に帰る、ということを冬香には伝えておいたから、その日の前日、僕たちは軽く公園で会う約束をしていたのだ。
会って、いつもと変わらない話をして、それで別れた。
またいつか会えればいいね、と手を振り合って。
僕は結局彼女に好きだと言えなかった。
まあ、小学生だし、言ったところでというところもあったんだけど、それでも後悔はずっと残った。
ひと夏の思い出、淡い想い。
僕はそんな想いに七年越しにまた会うことになるんだけど、それはもう少し先の話だ。
次回、通常パートに戻ります




