30話 ずっと
「はぁー、やっぱ綺麗だね。海」
「そうだな。夕陽も相まってかなりエモいってやつだ」
「ふふっ。シュンがエモいとか言うの、意外」
「どういう意味だよ。普通に使うぞ。エモいもテン上げもマジ卍もナウいも」
「後半時代遅れにも程があるでしょ……」
ジト目で見てくる冬香。
俺たちはあれからバスに乗り、近場の砂浜に来ていた。
まだ本格的な夏がやってくるには一月ほど早いということと、時間帯も相まって、ここに今いるのは俺たち二人だけだ。
夕陽が綺麗だから誰か一人くらいはいるかと思っていたのだが、こうも貸し切りだとなんとなく得した気分になる。
今日一日を締め括るにはぴったりだ。冬香にはナイスチョイスだと言いたい。
「でも、シュン。今日はその……ありがとね。付き合ってくれて」
「ん、ああ。てっきりテスト勉強するもんだとばかり思ってたけどな」
「ヤバそうなのって数学だけだよね? 他の科目はだいたいいつもシュンできてたし」
「ま、まあ、そうだな。とりあえず数学だけ潰せればあとは割とどうにかなるかなーてとこだ。ははは……」
嘘だ。正直なところ、今回のテストは全体的に手付かずなところがまだ多い。
それはいつもと違ってテスト週間なのにもかかわらず色々なことがありすぎたせいなのだが……。まあ、そんなことを言い訳になんてできるはずがない。
何度も言うが、いくつか予想外な展開もあったとはいえ、今回のゴタゴタは俺が一方的に起こしたことだ。自分の失態は自分で責任を取る。それくらいはしないといけない。
テストの結果は恐らく過去最低なものになるだろうが、もうそれに関しても覚悟は決めてる。あくまでも最善を尽くそうとは思ってるけどな……。
「それにしてもいきなりだったな。お前からのお誘いなんて。こういうの、いつ以来だよ」
「……わかんない。いつ以来だろ」
「彼氏もいるみたいだし、二人で出掛けることなんてもうないと思ってたよ。……その、嫌われもしてたみたいだしな、俺」
「……っ」
はは……と力なく笑い、あくまでも冗談っぽく言ってみせる。
別に他意はない。こういうデートまがいなこと、冬香とは金輪際ないものだと思ってたからな。
「……シュン」
「ん? なんだ?」
「ごめん。……ちょっとだけ。ほんのちょっとだけなんだけど、真面目な話していい?」
「なんだよそれ(笑) 今までが真面目じゃなかったみたいな言い方だな」
「真面目じゃなかったよ」
言う通り、声色もどこかさっきのものとは違った雰囲気になった。
俺は視線を目の前の波の方、海の方へとやっていたのだが、隣に座る冬香の方へとやる。
冬香はうつむきながら、何かを後悔してるかのように眉を下げていた。
「少なくとも、今日以外は絶対真面目じゃなかった。たぶん、ふざけてたんだと思う私」
「……? どういうことだ?」
「………………」
軽く追及してみるものの、簡単には答えてくれない冬香。
ただ、さっきから何かを俺にぶつけてこようとしているのは察することができる。
「……相生さん、いるよね?」
「……ああ、いるな」
「……あの人の下の名前……アキナコだってこと、私知らなかった……」
「――!」
「シュン、あの人と付き合ってたんだね」
「そ、それは……!」
――違う。
咄嗟にそう否定しようと思った。
けど、俺はそれをしなかった。いや、できなかったのだ。
今さら簡単に嘘だったとでも言うつもりなのか。冬香に対抗するためについたしょうもない嘘だとでも言うつもりなのか。
そんなことを俺がして、秋ちゃんの立場はどうなる。
バカげた話から始まったとはいえ、あの子はこんな俺に好きだとハッキリ告げてくれたんだ。ずっと好きだったと、そう言ってくれたんだ。
そんな彼女の想いを一瞬の言葉で捨て去ってしまってどうする。
これ以上のバカはできない。
それが故に、俺は閉口するしかなかった。
「……よかったね、シュン。可愛くて……人気者で……私とは大違い。あんな子と付き合えるってすごいことだよ……。びっくりしちゃった……」
「……あ、あぁ……」
なぜか震える声で言う冬香。
だが、それをどうしてなのかと聞けるほどの余裕が今の俺にはない。
「……あ、あと、もう一つびっくりしたことなんだけど……。あの人……久木さんでもあったんだね……」
「! な、なんで冬香がそれを……!?」
「……教えてもらったの……。……高岸君に」
「え……? 高岸……? な、夏太郎に……か……?」
俺が問うと、冬香はうつむいたまま弱々しく頷いた。
訳が分からない。
混乱しているのにもかかわらず、さらにぶつけられてくる謎。
あのナツタロウがなぜ秋ちゃんのことを知っているのか。
もちろん小学生の時にあいつがいたのならばわからない話でもない。
けれど、奴は小、中、と見たことがない。完全に高校から一緒になった他地域からの存在だ。秋ちゃんのことなど知ってるはずがない。
もしかして、秋ちゃんとナツタロウの間には俺が気付かない間につながりでもあったのだろうか。
だとすれば、どうしてそれを秋ちゃんは黙っている……!?
俺は気付けば茫然とし、頭を抱えていた。
何が起こっているのか、まるで理解が追い付かない。
「……な、なあ……冬香……」
「……なに……?」
「……俺さ……ここだけの話なんだけど、一昨日、夜の公園でお前と高岸が一緒にいるの見たんだ……」
「……へ……?」
「……なんか黙っとくのもあれだからさ、言った。……冬香もすげえじゃん。高岸夏太郎って言ったら、学年でも割とイケメンだって有名な奴なんだろ……? 俺、あんまりそういうの興味ないし、クラスも一緒になったことないから名字くらいしか知らない奴だったんだけどさ……。とにかく、そんな奴と仲良くやれてるお前も充分すごいよ……。俺とは天と地の差だ」
「ち、ちがっ!」
「……違うってことはねーだろ。仲良さげだったし」
「違うの! 全然違うから!」
冬香は立ち上がって強く否定してきた。
俺は力なくそんな冬香を座っている位置から見上げる。
辺りはもう既に暗くなりつつあった。
そんなことにたった今気付く。
……瞳に浮かんでるのは……涙……?
……なんでだよ……冬香……。
「……シュン……。……シュンは……知らないの……?」
「……何が……?」
「……私……小っちゃい時から素直になるのが不得意で……よくシュンに見得張ったりしてたの……」
「…………知ってるよ……。何年お前のこと見てたと思ってんだ」
「だったら……もう……早く気付いてよ……」
「……え……?」
「私……今でもずっと変わんない……。ずっと……ずっと……シュンのことが好きなの……!」




