29話 城下町デート
冬香の言った城下町通とは、俺たちの住む市から車で三十分かけた隣の市にある観光地のことだ。
あまり詳しく俺自身も知ってはいないのだが、国の重要文化財に指定されてるほどで、その昔、関ケ原の戦いにおいて西軍の総大将として活躍した毛利氏が建設した城跡も残されている。
そこから、昔存在したであろう城下町を今もなお市が保存させており、武家屋敷などなど、古い木造の建築物が一帯に広がっているのだ。
だから、言うなれば、街全体が観光地と言ってもいいレベルで、休日になると旅行団体客などでかなりの賑わいを見せているような、そんな場所でもある。
自分たちの住んでいる市とはちょうど真隣にあるということで、俺自身は昔からお袋やオヤジによく車で連れて行ってもらっていたのだが、逆に言えば、しっかり誰かと一緒に二人っきりで出掛けて観光するというのはしたことがなかった。
それが故に、今俺は電車に揺られながら非常に緊張している。
「………………」
「………………」
隣にいる冬香も何を思ってるのかはわからないけど、さっきからずっと無言だということで、緊張しているということだけは確かなんだろう。すごく気まずい雰囲気が俺たちの間に漂っていた。
――と、そんな時だ。
「おやぁ、まぁ。お兄さんとお嬢さん、二人でデートかねぇ?」
「えっ!?」「へ!?」
突如、俺の横に座っていたおばあさんに声を掛けられる。
どうやら俺たちのことをカップルだと勘違いしたらしかった。
「ち、違います! デートじゃなくて、俺たちは――」
「おほほほ。微笑ましいねぇ」
「おばあちゃん、私たちカップルじゃないですよ! だからこれはデートじゃないんです!」
慌てふためく冬香の言葉に、おばあさんは聞く耳を持たず、「まあまあ」と言ってニマニマ笑っているだけ。
うちのお袋にしてもそうだけど、なんでこうみんな聞く耳を持ってくれないのだろうか。
……まあ、別にいいんだけどさ……。
幸か不幸か、そんなおばあちゃんのおかげ?で俺と冬香の沈黙は解消された。
電車が駅で停まるまでひたすら勘違いされ続けたんだけどな。
〇
「もう……。あのおばあちゃん、全然私の言うこと信じてくれなかった……」
「はは……。だな」
目的の駅に到着し、俺たちはホームにてとりあえず一息ついた。
初っ端から疲れるもんだ。こんなので今日一日大丈夫なんだろうか。
「そんで、観光するって言ってたけど、まずはどこに行くつもりなんだ? 松下村塾? それとも武家屋敷?」
俺が問うと、椅子に座っている冬香は宙を見上げて考える仕草。
どうもノープランだったらしい。
「シュンはどこ行きたい?」
「え、俺か? いいの、俺が行きたいとこ言っちゃっても」
「うん。今日は私、シュンの行きたいところに行きたい」
「えぇ、俺の行きたいとこ……? なんか珍しく受け身だなお前」
「えへへ、まあね。どこ行きたい?」
にこりと笑みを浮かべ、俺の方を見上げて問いかけてくる。
俺の行きたいところに行きたいって、なんとなくその真意が気になるものの、腕を組んで考えてみた。
ギャルゲー的に言えば、こういう時は自分の行きたい場所を正直に提示するのではなく、さりげなく女の子が喜んでくれるところを渋くチョイスするのが鉄板だ。
そうだな……。冬香が喜びそうなところと言えば……。
「ガラス工房とかどうだ? 周辺には雰囲気のある雑貨屋もある」
「んー、それ、ほんとにシュンの行きたいとこ?」
「えっ……」
「ふふっ。気使ってくれなくていいんだよ? 城下町に来たんだから、もっと木戸孝允の旧宅とか、武家屋敷とか行こ? シュンもそっちの方が断然見たいんでしょ?」
「いや、別に俺は……」
「もー、正直に言ってくれていいから。木戸孝允じゃなかったら、高杉晋作誕生地でもいいよ?」
「お、おぉ……。けどなぁ……」
たじろぐ俺に対し、笑みの含まれた表情でムーっと頬を膨らませ、やがて呆れたように息を吐く冬香。
そして立ち上がり、俺の手をギュッと握ってくる。
「じゃあもうしょーがないから一緒に歩いて適当に巡ろ?」
俺は思わずギョッとするも、楽しそうにする冬香を前に、拒絶することができなかった。
『いいのか? 夏太郎がいるのに俺なんかと手つないで』
そんな言葉、今かけてやるべきじゃない。
いや、もっと言えば今は、ではなく、ずっと、なのかもしれない。
変に夏太郎を意識させることは冬香自体を拒絶すること。
だから、何かおかしなことが起こらない限り、このままの関係でいいのかもな。
そうすると、結局はまた曖昧な関係なままなんだけど。
「あ、そうだシュン。私、みかんソフトクリーム食べたい」
「ああ、わかったわかった。特別だ。この春也様が食い意地の張ってるお前におごってやるよ」
「く、食い意地別に張ってないから! ふ、ふんっ!」
「ぷっ。とか言いながら腹の音鳴らせてるし」
「鳴ってない!」
俺たちは適当なやり取りをしながら歩くのだった。
〇
そんなわけで、ノープランの元始まった俺と冬香の城下町巡り。
みかんのソフトクリームを食べつつ、木戸孝允や高杉晋作の旧宅を巡り、様々な武家屋敷にも足を運んで、色々と知識を披露してやった。
普通の女の子なら恐らくこの時点でドン引きなのだろうが、相手は冬香だ。
出し惜しみすることなく、次々とこの建物がどうだとか解説してやる。
するとまあ、冬香さんはつまんなさそうに「はいはーい」とか、「ふーん」とか、解説中なのに「あ、あの雑貨屋さん可愛いー」とか、わざとらしく言ってくれる。
そのたびに俺はちゃんと聞くよう注意。
冬香はいたずらっぽく笑い、それでもしっかり聞いてくれるのだった。
正直な話、他の女の子だとこうはいかないだろう。
俺も気を遣うし、相手の女の子だって気を遣う俺に気を遣う。
いや、そもそも俺が他の女の子とデートなんてできるわけが――
……まあ、ないこともないのか。
脳裏に浮かんでくるのは秋ちゃんの姿。
こんな俺を好きだと言ってくれた、相生秋奈子の存在だ。
複雑な思いだった。
冬香といられるのは、やっぱりなんだかんだ楽しい。
けど、それはあくまでも求めすぎてはいけないものだ。
こいつの心はもう夏太郎のところにある。
それを俺が強引に奪ったりすることなんてやってはいけない。というか、できない。
宮田には悪いけど、結局この楽しいという思いは幼馴染であるというラインに留めさせておかなければ。
俺が下手に動けば、冬香も傷付けるし、何よりも秋ちゃんを傷付けることになる。
だから、今はもうこのままでいいんだ。
そう、このままで――
「シュン、次どこ行く?」
夕暮れの中、隣を歩いていた冬香が問うてくる。
気付けば、時間ももう夕方の4時を回ったところだ。
夕飯を食べるかどうかもはっきりさせてないけど、恐らく次で回れるところもラストだろう。
「ん、ああ、次……、次ね。うーん」
「もうあんまり浮かんでこない?」
「んー、そうだなぁ。いいよ。最後、どっか行きたいとこがあるんならどこでも付き合う」
「そっか。なら、砂浜行こ。海が見たい」
「海、ね。了解」
そういうわけだ。
最後に俺たちは海を見るため、市内バスに乗り込んだ。
投稿遅くなってすみません!




