3話 やらない後悔よりやる後悔
謎に冬香が俺んちにやって来た翌日。週初めの月曜日。
俺は授業そっちのけでずっと昨日のことを考えていた。
久しぶりに部屋に招き入れたのはいいものの、あいつがなぜ唐突にやって来たのか、俺に好きな人がいるとかなんとかの質問の意図が何だったのか、全部が全部わからなかったからだ。
極めつけには、これから俺とどう接していけばいいかわかったのセリフ。
あれも普通に謎だ。
ここ一年半ほど俺のこと嫌って避け気味だったくせに、訳わからん。これからは避けずに接してあげるってことが言いたかったのか? それとも完全な絶縁宣言なのか?
国語の成績はまあまあいいはずなのだが、こればっかりはあいつの心情が読み切れない。
ギャルゲー界では女の子の心を読む天才って二つ名があるんだけどな、俺。
まあ、自称だけど……。
――キーンコーンカーンコーン。
そんなことをつらつらと考えているうちに、昼休み前の授業終了チャイムが教室に鳴り響いた。
「はーい、それじゃあここのところ、中間テストに出すから覚えておいてねー」
数学担当の女教師が黒板を指さしながら最後っ屁のように言った。
授業はまるで聞いてなかったが、中間テストが近いということで、内容もこれまでの復習みたいなものだ。まあ、大丈夫だろう。
「特にこの授業中ずっとボーっとしてた青山君はしっかりこの部分、書き写しておくようにね?」
「――っ! は、はい……」
どうやら話をまるで聞いていなかったことがバレていたらしい。
数学教師に公開処刑を受けるかのごとく注意され、周囲の奴らもクスクスと笑う。
大恥をかいてしまった。最悪だ……。
〇
「うぃーっす、親友」
「おお、宮田」
昼休みが始まると、友人である宮田が真っ先に俺の机にやって来た。
三白眼が特徴的なので、いつも会うたびに猫みたいな奴だと思う。今朝もそう思ったばかりだ。
「さっきはどしたよ? なんか考え事でもしてたんかー?」
「別に。考え事ってほどでもない」
そっけなく返すと、宮田は当然のように空いている隣の席に腰掛けた。
そこはクラス一可愛いと言われてる相生さんの席だというのに、こいつはまるで遠慮なし。
その図太さが欲しいくらいだった。
「おうおう、なんだなんだ? 親友である宮田雄大様に隠しごとかい?」
「まあ、そんなところだ。何でもかんでも親友だからって話したりはしねーよ。元々、俺は秘密主義なタイプだからな」
「なに? また瀬名川さんのこと考えてたとか?」
「っ! い、いや、ちげーし!」
「ぷっははっ! 相変わらずわかりやすいな春也ー。ダメだぜー? もっと上手いこと隠さねーと」
「だ、だから違うって――」
「はいはい。わかったわかった」
わかったと言う宮田だが、その表情からは微塵も俺の言い分を信じてくれている様子はうかがえない。
ちくしょう……。
「ま、何でもいいけどよ。悩んでることとか、考え事とかはある程度話した方がいいぜ?」
「……なんだよ、その指先の方向は?」
「久しぶりに教室外で飯食おう」
「却下。一か月前に言ったはずだ。俺は今後卒業まで教室にて籠城させてもらうってな」
「安心しろ。あんま人のいないとこ通っていくつもりだし、行き先は体育館裏だ」
「体育館裏で飯食うのかよ……」
「誰もいないんだから、別にいいだろ?」
それに、お前だってそろそろ教室外に出たがってたんじゃないか?
そんなことを付け加えて言われてるみたいだった。
しかしまあ、それも事実と言えば事実。
学校にいる間ずっと教室っていうのも、なんだかんだ息詰まる。
仕方ないな……。
「……ったく。なら、絶対に人が少ないところ通って行くぞ?」
「おうよ! とっておきのルートがあるから、そこ通って行こうぜ」
というわけで、俺は久しぶりに昼休みに教室外へと出た。
〇
到着した体育館裏は宮田の言う通り人がまったくおらず、初夏の風が吹く気持ちのいい場所だった。
多少日当たりは悪いが、それはまあいいだろう。適当にコンクリートの上に腰を下ろし、持ってきていた弁当を広げて食べ始めた。
「ふー、空気も美味いし、飯も美味い! やっぱ外は最高だな、春也!」
「まあ、そうだな」
「これで愛しのりんちゃんが傍にいてくれたら、もっと最高なのになぁ」
りんちゃんとは、宮田の彼女――佐々木りんのことだ。
文芸部所属の同じ二年生で、色素の薄い茶褐色の髪の毛を三つ編みにしているメガネ女子。
付き合い始めた経緯などはよく知らないのだが、宮田はこの通り佐々木りんのことを溺愛している。
佐々木も佐々木で宮田のことが大好きみたいだし、羨ましい関係ってやつだ。心の底から爆発して欲しい。
「まあ、俺のことはいいや。問題は春也、お前だよお前」
「は、俺? 別に俺は問題なんてないだろ。幼馴染を寝取られ終えた悲しい生き物なんだから」
ヤケクソになって言い、卵焼きを口へ放り込む。
「悲しい生き物ってお前さ、もしかしてここで諦めんのか? 奪い返しに行けよ。数学の時間中ずっと考えるほど大好きな幼馴染なんだから」
「っ。あ、あのなぁ」
「俺が春也だったら確実に動くぜ? どこの馬の骨かわかんな奴に好きな子奪われたままとか、ぜってぇ耐えられねえし」
そりゃあ俺だって耐えられない。耐えられないけど……。
「……前に言っただろ? 俺、冬香に嫌われてんだよ。だから、奪い返すもクソもねーの。寝取られも軽いギャグだ。寝取られる前に、冬香とはそういう関係にすらなってない」
「んなの関係ねーよ! 昔は大好きで、好きだ好きだってお互い言いまくってたんだろ? だったらもう猛アタックだね。お前が嫌いなこと以上に俺はお前が好きだって言ってぶつかりまくる!」
「それで上手くいくんだったらとっくの昔に俺だってそうしてるっつの……」
「でも、まだそんなアタックしてないんだろ春也?」
「……っ。ま、まあそうだが……」
「なら行けって! いきなりの猛アタックが無理なら、徐々に接近するってのも手だ。別に結婚してるわけじゃねえ。行けるうちにガンガン行っとけ!」
鼻息を荒くして言ってくれる宮田。
本当にこいつはどこまでもポジティブだ。
俺はため息をついた。
「なんだよ? 煮え切らねーなお前も。好きなんだろ? 瀬名川さんのこと」
「ああ。死ぬほど好きだ。狂いそうなくらい好きだ」
恥を隠さずに胸を張って言うと、宮田がバンバン背中を叩いてきた。
「だったらもう行動起こせって親友。やらない後悔より、やる後悔だ!」
「はっ。まあ、確かにそうだな」
「おうよ! 男なら何回だって壁にぶち当たれ! そんでダメだったら、俺がりんちゃんと一緒に慰めに行くから!」
「お前それ、さらに俺を殺そうとしてるだろ」
「なっはっは! バレた? はははっ!」
ったく……。
相変わらず猪突猛進な宮田だが、なんだかんだこいつの言うことは俺をポジティブにさせてくれる。
奪い返す、か。
望みは薄いけど、LIMEくらいは送ってみてもいいかもしれない。
昨日のことも含めて、色々聞きたいこともあったしな。




