22話 気持ち悪くなんか、ないよ?
「それで……さ、なんで私、青山君の恋人ってことになってたの……かな……?」
ぎこちなく、ポツリと放たれた問い。
来るものが来たか。
俺はそんな思いの中、視線をテレビ画面より下に下げ、生唾を飲み込んだ。
『正直に言うべきだ』
そう言ってくれた宮田と佐々木さんの顔が浮かぶ。
確かにもうこのタイミングしかなかった。
相生さんと二人きりになれる時なんて、そうそうやってこない。
場を取り繕うため、相手の機嫌を損ねないため、無難に事を済ませていくため、つきがちだった嘘の言葉をグッとこらえ、俺は口を開く。
「……それに関しては、本当に謝らないといけない」
「……え?」
「気持ち悪いことしてごめん。どこの馬の骨かわかんない奴に勝手に恋人認定されてたとか、ほんとやべえ話だよな。クラスの連中に言いふらすなんなりしても構わない。ほんとにごめん」
噂され、気持ち悪いものは気持ち悪いと断罪される。
それが世の正しい法則だろう。これでいい。これでいいんだ。
そう思って、横に座る相生さんへ視線を移動させた時だった。
「……気持ち悪くなんか、ないよ」
「え? ――っ!?」
突如、彼女は俺の方に体重を預けてくる。
その勢いに押され、俺はソファの上で仰向けのような形になった。
「……あ……あの……相生……さん……?」
「………………」
呼びかけに答えてくれず、ただ俺の上で重なり合うようにしているままの相生さん。
いったい何が起こってるのかわからない。
再度彼女の名前を呼ぶことも出来ず、俺はただ呆気にとられたまま、硬直してしまっていた。
眼前には、電気の付けられていない薄暗い天井がただそこにあり、相生さんの髪の毛がハラハラと俺の顔にかかってる。
彼女のいい香りに包まれているような、そんな錯覚に陥っていた。
「……青山君……」
「……な、なに……?」
「……一つだけね、今から出すクイズに答えて欲しいんだけど、いい……?」
「……クイズ……?」
「……うん。クイズ。いいかな……?」
「……ま、まあ、いいけど……」
こんなタイミングで?
とも思ったが、思考は拒むことを許してくれない。
密着しすぎてる相生さんの体が、いい香りが、俺の脳を溶かしているみたいで、肯定しかできないようになってしまっていた。
彼女はそんな溶けそうになっている俺の脳内を、さらにドロドロにするかのように、甘く囁いてくる。
「……じゃあ、クイズ……。……高校に入学して、小学生の頃好きだった男の子と再会できた女の子がいたとします……」
「っっ……」
耳に息が……。
「……その女の子は、男の子にどうやって近付こうとするでしょう……?」
「……な、なにそのクイズ……?」
「……いいから、答えて……? ……どうやって近付こうとするでしょう……?」
問われ、何とか頭を働かせて答えを模索する。
――が、いきなりすぎる質問に、俺の脳はなかなかそれらしい答えを用意してはくれなかった。
十秒ほど考え、ギブアップする。
「……わ、わからない」
「……そっか……」
俺の答えに相生さんは一言だけ返してくれ、そして上体を起き上がらせた。
無条件に彼女の表情が視界に入ってくる。
薄暗い中でもわかるほど顔は赤く、俺を見下ろす瞳はとろんとして潤んでいた。
そんな表情のまま、口を開く。
「答えは、自分の家に連れて来て押し倒す、だよ。ハル君」
「!?」
俺の脳内は溶けるどころか、真っ白になるのだった。
〇
これはちょっとした小話だ。
とある少年がいて、その少年は一人の女の子にすごく好意を抱いていた。
昔からずっと一緒にいて、仲のいい幼馴染の女の子だ。
だがある日、その幼馴染の女の子以外に気になる子ができた。
小学校で隣の席に座っていた女の子だ。
ただ、気になるとはいっても、好意からくるものじゃない。
隣のその子は、少年の大好きなゲームの説明書を読んでいたのだ。
好奇心で、少年は声を掛けようか迷った。迷ったけど、しばらく声は掛けられなかった。
友達も作らず、ずっと一人でいたし、声を掛ける勇気が出せなかったのだ。
そうして、一週間、二週間と日々が過ぎていく中、ある日転機が訪れた。
朝、教室に入ると、その子の席の周りに三人の男子が囲うようにして立っていた。
どうやらゲームの説明書を読んでいたところがバレたらしく、「気持ち悪い」と思われたらしい。三人から嫌味な言葉を掛けられ、その子は困っていたのだ。
少年はためらわなかった。
ためらわず三人に向かっていき、結果追い返すことに成功。
隣のその子と会話するきっかけを掴むことにも成功し、以降ゲームの話で盛り上がったり、たまに家に遊びに行って一緒にゲームをする仲にもなった。
最終的にその女の子は半年後、転校することになったのだが、少年はその時のことを今も忘れずにいる。
大切な、思い出の一つなのだ。




