21話 ハル君
昨日は更新できなくてすみません! 今日また夜に更新予定なので、お願いします!
「ノロノロケ……、相生さんも持ってんだ……」
「うん。昔から好きなんだよねこれ」
「へ、へぇ……」
別に何か確かなことが明かされたってわけじゃない。
けど、さっきから嫌な胸騒ぎがして仕方なかった。
「……どうかした青山君?」
「あ、いや、えーと……、その、勉強はしなくてもいいのかなーと思いまして……。テスト前だし……」
「うん。勉強しないとね」
そう言ってくれながら、にこりと笑みを向けてくれ、言葉とは全く違う行動を取る相生さん。
テレビの下の棚からプレイストーション2を取り出し、ノロノロケのディスクを入れ出した。
そして俺にコントローラーを渡してくれる。
「あの……、言ってることとやってることが違うんだが……」
「違わないよ。これも勉強の一環だし」
「まあ、確かにノロノロケの物語からは色々人生について勉強させてもらえるか。一部のファン層から、『ノロノロケは人生』とか言われてるし……って、なわけあるかい! 俺がやらないといけないと思ってるのは机に向かってやる中間テストの勉強のことだよ! 一週間前だし、数学やんないと他の教科にも支障が出るんだから!」
「うんうん。じゃあゲームの世界へレッツゴー!」
「ちょっ、あああ相生さん!?」
言って、相生さんは俺の手に自らの手を重ね合わせ、強引にコントローラーの丸ボタンをプッシュしてきた。
細い指と柔らかい手の感触がこれまでかというくらいに伝わってきて、俺はもう物理的に爆発してしまいそうだった。
同じ女の子なのに、冬香の手の感じとは違うし、これはマジでヤバい。
「青山君」
「は……ひゃい……」
「数学の勉強をしないといけないのはわかってるよ。わかってるけどさ、まずは私、青山君に聞かなきゃいけないことがあるの」
「……!」
「それは……覚えてくれてるよね?」
「……ま、まあ……」
ぎこちない返答をすると、相生さんはようやく俺の手から自分の手を離してくれ、微かに赤くなった顔でにこりと微笑みを向けてくれる。
家に連れて来られてから、この話題にいつ触れるのか、ずっとソワソワしていた。
それがようやく話されたわけだけど、こんなこと、ゲームをしながらでないとまともに聞けないとか、そういう意味だったりするのかもしれない。
だったらそれはそれでいいか。
俺は自主的に丸ボタンを押し、ゲームの画面を進めた。
それで、保存データを選ぶ時だ。
「……?」
いくつかある中の一つ。一番下。
登録データ名、『ハル君と』……?
「え、これ……」
俺は生唾をゴクリと飲み込み、相生さんの方へとゆっくり視線をやった。
「……どうかした?」
薄く笑みを浮かべた表情で小首を傾げる相生さん。
……いや、まさか。そんなことあるはずがない。
何度も言うけど、昔一緒にこのゲームをしていたあの子と相生さんは全然似てない。
性格から見た目まで、まったく似てないんだ。
俺はガシガシと頭を掻き、視線をテレビ画面の方へ向けた。
「……ごめん。またちょっと思い出した。一緒にノロノロケやってた子なんだけど、俺のこと『ハル君』って呼んでくれてたなって」
「ハル君かぁ……。確かに青山君の下の名前には春の字が付くけど、正しい名前はシュンヤ君でしょ?」
「……うん。そうなんだけど、その子はずっと俺のことをハル君って呼んでてさ」
「……へぇ、そうだったんだ」
相生さんが一言反応を示してくれて、微妙な沈黙が流れる。
何とも言えない、触れちゃいけない何かがそこにあるみたいな、本当に微妙な空気。
俺はそれを嫌って大袈裟に沈黙を破った。
「ま、まあ今はそんなこと関係ないか! で、ロードってどのデータからすりゃいいの? これ? それともこっち? あ、最初からした方がよかった?」
相生さんは小さく笑う。
「じゃあ、どうせだから一番下の『ハル君と』ってやつにしよっか」
「え……?」
「別にどれでもいいんだけど、青山君が気になったっていうんならそれにしよ?」
「あ、あぁ、そっか」
気は向かないが、変に断るというのもまたおかしな話だ。
バカみたいに昔仲の良かった子のことばかり連想させて、一人で意識しまくることほど気持ち悪いことはない。
俺は言われた通り『ハル君と』と書かれた保存データを選択。
画面が暗転し、ロード中の可愛らしい文字が右下に表示され、本格的にゲームが始まった。
「……って、なんかえらく中途半端なところだな……」
「あはは。だね。でもまあ、仕方ないよ」
「仕方ないって……」
そりゃどういう意味だよ。
出ていきそうになった言葉を飲み込み、細かいヒロイン攻略状況を確認していく。
本来真っ先に攻略するべき正ヒロイン、幼馴染の愛花ちゃんには全く手が加えられておらず、周辺の他のヒロインたちの好感度をとにかく満遍なく上げているというありさまだ。
ギャルゲー好きとしては非常に気に食わない進捗状況。
そもそも、このノロノロケは八方美人的プレイスタイルを求められていないゲームだ。
特定のキャラの好感度を一定以上に上げると、そこからは他のキャラに恋愛的アクションを取ることができなくなる。
代わりに一人の子の魅力を存分に知ることができるのだが……、まるでそれを許さないかのように進められていた。
もちろんプレイしてるのは相生さんなわけだから、一発ガツンと注意してやるべきかとも思ったが、今の俺にそこまでの余裕はない。
仕方なく、一番好感度を上げられていない愛花ちゃんのルートへ入ることにした。
コマンドを動かし、ボタンを押す。
「やっぱり私はさ、こうやって誰かに教えてもらわないとわかんないの。ギャルゲーの進め方」
「? でもさっき色々知ってるって……」
「登場人物とか、展開はわかるよって話。けど、こういうギャルゲーは王道的な正シナリオが一つあって、他にも色々ヒロインによって散らばってるストーリーが違うんでしょ?」
「う、うん。まあ」
「分岐ルートとかもあって、一つ答えたらそれが他のヒロインにどう影響してるかーとか、誰かの助けがないと私にはわかんないよー」
たはは、と笑う相生さん。
でも、それがギャルゲーの魅力だ。
その魅力を理解せずして、いったい彼女はこのゲームに何を求めているというのだろう。
首を傾げざるを得ない。
相生さんは続けた。
「でもね、私このゲームのことが好きなの。宝物って言ってもいいくらい」
「え、宝物? そりゃまたなんで?」
「あはは。なんで……かぁ……」
うーん、と考える仕草ののち、チラッと流し目で俺を見てくる相生さん。
そして、赤くなりながら前髪をくしくし触り、小さい声で教えてくれた。
「思い出の詰まったゲームだから、かな?」
「っ!」
マズい。やめよう。ここから先は聞いちゃいけないと本能が告げている。
俺は「なるほどね!」と声を裏返らせ、なんとか返答した。
そこからまた、どうしようもない沈黙が流れる。
部屋の中を満たしてるのは機械的なノロノロケのBGMだけだ。
それがより一層俺に緊張を与えてくれる。
動悸は早くなるばかり。
「ね、ねえ、青山君」
「……はい」
「それで……さ、なんで私、青山君の恋人ってことになってたの……かな……?」




