19話 本気ですか秋奈子さん。
「ちくしょう……絶対に間違ってる。いや、間違ってるのはそもそも俺か……」
いつも通りの朝。
俺は目覚まし時計に起こされ、上体を起こし、それからため息交じりに呟いた。
気分を憂鬱一色に染め上げているのは、昨日の作戦会議でのことだ。
――『瀬名川さんとナツタロウに直接聞けばいいんだよ!』
くっそぉ……宮田め……。
どう考えても極論が過ぎる。
極論が過ぎるから、作戦会議の後冬香と一緒に勉強したけど『ナツタロウとほんとに付き合ってんの?』とかそこでは聞けなかった。
「はぁ……」
ため息とともに脱力し、もう一度ベッドへ仰向けになる。
おぼろげに浮かんでくるのは一人の男のシルエットだ。
「たかぎし……ナツタロウ……か」
名字だけは知っていた。知っていたのだが、まさかあのイケメンと呼び声高い高岸がナツタロウの名を冠する者だったとは思いもしなかった。
「どう考えても勝ち目ゼロだし……。話聞いてどうすんだよ……」
しかも、しかもだ。
「相生さんの問題だって結局ゴリ押し解決策しか考えてくれなかったし……」
――『うん! これももう相生さん本人に直接謝りに行こ? ウソついてましたすみませんって』
佐々木さんも佐々木さんで脳筋だということがよくわかった。
中学の時はこんな感じじゃなかったってのに……。
確実に宮田に毒されてるせいだ。やはり彼氏ができると女子ってのは彼氏色に染められてしまうものらしい。
そう考えると、やっぱり冬香も……?
「や、やめよう。考えるな死ぬぞ俺」
ひとりごちたところで、一階からお袋の呼ぶ声が聞こえてきた。
「春也ー! 早く起きないと遅刻するわよー!」
仕方ない。
俺は重い体をなんとか動かし、自室から出た。
〇
そんで学校。
教室に入るや否や、自分の席に座っている相生さんとさっそく目が合った。
俺は速攻で視線を別のところへやったのだが、どうやらそれは彼女も同じだったようで、うつむき、ソワソワとしている。
……まあでも、そりゃそうもなるよな。
自分の知らないところでよくわからん男から彼女認定されてたんだから。
むしろキモがられてもおかしくないレベルだし、クラス、いや、学年中で噂され、潰されても文句の言えない事案。
そう考えると、相生さんは本当にいい人なんだなあとつくづく思う。加害者の男が何言ってんだって話なんですけどね。
「……はぁ……」
朝から何度目かわからないため息をつき、俺は自分の席に向かい、座った。
椅子を引いた瞬間、相生さんの体がビクッとなったのだが、もはや関係は修復不可能なレベルまできてる気がしてならない。
佐々木さん、今この人に話しかけるとかやっぱり無理だよ……。
と、そんなことを涙目になりながら考えていた時だ。
「あ、あの……さ……」
「――へ!?」
なんと、相生さんが声を掛けてきた。
俺は思わず体をビクつかせ、裏返った声で反応してしまう。
それを見て、相生さんは苦笑を浮かべた。
思い切り作ってるような、ぎこちない苦笑を。
「その……、一昨日なんだけど、ごめんね。結局、放課後数学全然教えてあげられなかった」
「いいい、いやいや! そんな! 通話でしっかり教えてくれたし、全然ありがたいよ!」
「でも……」
「そ、そもそもあの放課後の時は全面的に俺が悪かったし! いきなりふゆ、瀬名川さん連れてきたところからもう変だったし!」
口走ったところでハッとする。
別に冬香を連れて行ったこと自体は問題じゃないはずだ。
なんで二人っきりにならないといけなかったみたいな言い方をしたよ俺!
案の定、チラリと背後へ視線をやると、クラス中の男子の視線が俺に向かってきているような気がした。
「青山……。あいつ今なんて言った?」
「相生さんと放課後なんかあったのかあいつ……?」
「後でしっかり話聞く必要があるよなぁ……?」
ひぃぃっ! 言わんこっちゃない!
「ま、まあそういうわけだからこの話はもうこれでおしまいだよな! い、いやー、先生も急にあんな頼み事押し付けてくんなって話だよほんと! きまぐれにしてもなんで俺たちに仕事押し付けるかねー!」
「……ちっ。なんだよ。ただ先生に仕事押し付けられただけだってよ」
「紛らわしいこと言ってんじゃねえよ。ったく」
「相生さん親衛隊の名に懸けて処分しないといけないところだったぞ」
処分ってなんだよ……。怖すぎるだろ……。
突飛な嘘を交えることでなんとか奴らの殺意からは逃れることができた。
――が、
「………………」
戻した視線の先。
相生さんは少々ムッとしてらっっしゃった。
……why……?
「え、えっと……」
俺はうろたえ気味でどうしたのか声を掛けようとする。
すると、彼女は脱力するように息を吐き、「ははっ」と短く小さく笑みをこぼす。
そして、机の引き出しからノートを取り出し、ページの端を切り取り、それに何かをシャーペンで書き始める。
「……?」
疑問符を浮かべるしかなかった。
なんだ? 何を書いてるんだ?
ポカンとした顔で彼女を眺めること三十秒ほど。
相生さんはその何かを書き込んだであろうノートの切れ端を折り畳み、ぴょいっと俺の方へ投げつけてきた。
「っと」
俺はそれをなんとかキャッチしたのだが、訳が分からず、どういうことなのか確認するように無言で彼女の顔を見やる。
すると、相生さんはいたずらっぽく笑み、口パクで俺に言葉を伝えてきた。
「よ・ん・で」
そういうことらしい。
なんか秘密のやり取りみたいで背徳感がすごいのだが、俺はキョロキョロと周囲を見渡した後、そのたたまれた紙切れを開く。
そこには……まあ、驚愕の文字が綴られていた。
『話まだ終わってないし。青山君の恋愛事情、よーく聞かせて』
「っ!」
読み終え、俺は驚きのせいでついその紙切れをぐしゃっと潰してしまった。
すぐさま横にいる相生さんの方へと視線を戻そうとするのだが――
――ぽいっ。
また紙切れが追加で投げられてくる。
今度は相生さん、投げた後にあからさまに俺とは反対方向へと顔をやった。
心なしか耳が赤くなってるような気がするのだが……。まあいいか。何書いたんだ今度は……。
『主に私が彼女だとかどうとかのこと、中心にね。場所は私んち。拒否権はありません』
「うえぁっっっ!?」
「「「「「――!?」」」」」
衝撃過ぎて大音量で変な声を出し、椅子から立ち上がってしまった。
そのせいでクラス中の視線を一身に浴びることになってしまうのだが……。
紙切れに記されていたのは、そんなことがどうでもいいと思えるほど、とんでもないことだった。
いつもお読みいただいている皆さん、本当にありがとうございます。
読んでいただけるだけでもありがたいのですが、さらにありがたいことに感想までいただけ、本当に執筆の原動力となっています。ありがとうございます。
これからも頑張りますので、ぜひ最後までお付き合いいただけると嬉しいです。予定としては多く見積もって100話、少なく見積もって50話……かなぁ?とか考えています。
どちらにせよ、「こんなにあるの!?」となるほど伸ばすつもりはないので、よろしくお願いします!




