15話 親友の手助けと冬姫の夜襲
地獄の勉強会を終えたその日の夜、俺は自室にて絶望していた。
相生さんに大きな誤解をさせ、しかもまたそこに冬香がいたから、冬香にも変な誤解をさせないよう、相生さんの誤解を解くような動きや発言ができなかった。
まさに誤解が誤解を生むという負のスパイラル。
冬香だけでなく、隣の席の相生さんまでこの嘘の渦に巻き込んでしまうことになるとは……。
「はぁ……。マジでこれどうすんだよ……」
ピコポン♪
呟いた刹那、LIMEの着信音が鳴る。
メッセージを送ってきたのは宮田だ。
『お前、そりゃ状況的に最悪……いや、最悪のさらに上じゃねえかよ……』
「だよなぁ……」
ため息交じりに独り言を呟き、脱力したまま椅子からベッドへと流れ込む。
そして、仰向けになって力尽きたように目を閉じた。
ピコポン♪
『どうする? 最悪手ェ貸すぞ? りんちゃん、瀬名川さんと割と仲いいし、動いてもらうか?』
「………………」
メッセージを確認し、文字を打ち込んで送信。
『動いてもらうって、具体的にどう動いてもらうんだよ? 佐々木さんまで巻き込むことになったらどうなるかわからんぞ?』
『具体的にどう動くかってのはまだわからん。それこそ今度俺とりんちゃんと春也の三人で作戦会議して、それで決めるってのはアリだと思うんだが。あと、りんちゃんはお前の一連の嘘に巻き込まれたりはしねーよ。聞く限り、春也周辺の惚れた腫れたって話だからな。あの子は俺にぞっこんなんで☆』
なっげぇ上にサラッと自慢してくるのがうぜぇ……。
けど、うざいが、その案は一概に意味なしと言い切るのも難しい。
今は猫の手も借りたいような状況だ。
宮田がこうやって動いてくれるってのは普通にありがたいし、感謝すべきことだろう。
『そうだな。サンキュー、宮田。今度佐々木さんにも話してみようと思う』
『オッケー。じゃあ明後日三人で放課後作戦会議しよう。駅前のマッグでいいか?』
『いいけど、テスト一週間前くらいなのに大丈夫か?』
『よゆーよゆー。俺もりんちゃんも一緒に勉強してるし、元々成績いいんでね。逆に春也は大丈夫か?』
『大丈夫だ。あと、リア充は早々に死んでくれ』
『www まあまあ。ある意味お前も今リア充だろ?(笑)忙しくてリアルが充実してる』
『悪い意味で、だけどな』
『間違いねえ(笑)』
『ったく。あんまりからかうんじゃねーよ。割と本気で落ち込んでるんだから今』
『はいはい。了解っすよ。そりゃ申し訳ねーことしたわいな。そんじゃ、明後日覚えとけよ?』
『はいよ』
軽くやり取りし、俺たちは会話を終えた。
持つべきものは親友だという言葉があるが、その通りだろう。
あんまり迷惑はかけられないけどな……。
そうして、仰向けのままふぅと息を吐いた時だ。
――ピンポーン。
我が家のインターフォンが鳴り響く。
来客だ。もう夜の八時半だってのに。
「はーい、〇〇〇~」
お袋が玄関に向かったみたいだ。
ここは二階だし、部屋の扉も閉めてるから聞き取りづらい。
「あら、いらっしゃい!」
ご近所さんか? ったく、平和でいいもんだよほんと。こっちは一世一代の問題を抱えてるっていう――
「春也ー! ふゆちゃん来たよー!」
――のに。
……え?
「早く降りてきなさーい! 勉強見てもらうんでしょー?」
「はぁ!?」
いや、こんな時間にかよ!
そう思ったものの、お袋に呼ばれ、反応を見せないわけにもいかない。
俺はベッドから起き上がり、自室から出て、階段を下りる。
そして玄関に出た。
そこには確かに冬香がいた。
ラフな恰好で、髪の毛はすべて下ろしているサラサラのストレートロング。
その艶やかな黒髪は玄関の電気に照らされ、天使の輪を作っている。可愛いし、ティアラを付けたお姫様かと一瞬錯覚してしまった。
が、手元には数学の教材類があり、俺と目が合うと、サッと照れたように視線を外す冬香。その辺で現実に引き戻される。
「やーっと来たわね春也。どーせまた部屋の中でエッチなゲームばっかしてたんでしょ? 早く来なさいよ」
「違うわ! エッチなゲームじゃないわ! だいたい俺の持ってるのはほとんどが18禁じゃないやつだわ!」
何本かは18禁のものもありますけど!
反論してみるものの、お袋はどうでもよさそうに「どーだか」と鼻で笑い、にこやかに冬香の方へと向き直った。
「ごめんね、ふゆちゃん。こんなどうしようもないバカ息子に勉強教えに来てくれて」
「ママさん、遅いけど大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。そこんところは気にしないでー。ささ、上がって頂戴な」
言って、お袋は冬香を家へと上げた。
前来た時は俺しかいなかったからな。こうしてお袋としっかり絡むのは久々だろこいつ。
「あとでまたお茶でも持っていくからね!」
「へいへい」「はーい」
お袋と別れ、俺は冬香に「上がるか」と首をしゃくってジェスチャー。
冬香はこくんと小さく頷き、俺の後をついてきた。
そして、部屋へと入る。
冬香の座るポジションはやはりネコ座布団。俺は置いてあるちゃぶ台の元へと腰掛けた。
「で、お前こんな時間に勉強教えに来たってマジなのか?」
「……まじ。だって、手にこうして持ってるじゃん」
「まあそうだけど……」
言って、なんとも言えない沈黙が流れる。
完全に俺からしてみれば想定外だし、今日の放課後勉強会をしたとはいえ、あの何とも言い難い雰囲気の中、結局ほとんど勉強せずに帰ったんだ。こうして一対一で改めて会うのが気まずくないわけがない。
それでも、何か俺は当たり障りのない話題をと、必死に頭を回転させていた。
それは冬香も同じなのか、チラチラと俺を見てきては小声で「えーと……」なんか呟いちゃってる。聞こえてないと思ってんのかな?
「い、一応勉強は見てあげるってことになったし、シュンの部屋電気ついてたし、来てみた」
「ま、まあ、それはわかったけどな。さすがに遅すぎねーか?」
「……でも……昔はよく遅い時間でもシュンの家行ってた……」
確かにな。
『外で遊ぶのは夜の6時まで! それ以降遊びたいなら、うちに来て遊びなさい二人共!』
これが昔のお袋の口癖だった。
だから、冬香はママさんが夕飯作るの遅くなったりした時、俺んちに来てよく遊んでたのだ。
そこで色々とゲームをしたり、ごっこ遊びをしたり、俺の部屋でよく遊んだ。今ではどれも懐かしい思い出だ。
「……それもそうだな。別に俺はそこまで迷惑ってわけじゃないし、お袋もああ言ってたからいいんだけどよ」
「うん。だから、その……改めて、お邪魔します……」
「……ははっ。はいよ」
恥ずかしそうにしながら言う冬香を見て、思わず笑みがこぼれてしまった。
今日あったことに関して言いたいこと、他にも諸々聞きたいこと、色々あったが、とりあえずはということで、俺はカバンから数学の教材を取り出す。
「じゃ、教えてくれるみたいだし、さっそく勉強するか」
「シュン、もう八時半なのに、今カバンから数学教材取り出したね……」
「っ……! い、いやぁ、今日はその、なんか色々あったじゃん? だから考え事してて」
「言い訳はいいです。とにかく早く勉強だよ。勉強」
「はいよ」




