11話 お詫びのお手伝い
「はぁ!? 瀬名川さんに秋奈子って名前の彼女がいるって嘘ついたぁ!?」
「ちょっ! 声がでかいっつの!」
時は昼休み。
真っ白になった頭のまま午前の授業を受け終え、いつも通り体育館裏にて弁当を食べながら、俺は宮田にアキナコちゃんのことを打ち明けた。
「そりゃ俺だってバカなことしたとは思ってるよ。でもさ、LIMEで毎晩冬香がナツタロウの自慢してくるんだよ。やり返したくなる気持ち、お前ならわかってくれるだろ?」
「いや、一ミリもわからん」
「なんでだよ!?」
「なんでだよはこっちのセリフだぞ春也。お前、それ瀬名川さんと付き合える可能性を自ら消してるようなもんだ。呆れてものも言えねえよ」
「くっ……!」
「しかも呆れるところはそれだけじゃねえ。ギャルゲーのヒロインの名前使ったって言ってっけど、なんでよりにもよって相生さんと同じ下の名前を使うんだよ」
「……いや、それは……」
「知らなかったってのか? 二年になってそろそろ二か月が経とうとしてるのに? クラスでナンバーワン美少女と呼び声の高い相生さんの下の名前を? お前、そんな当たり前のこと知らないとか、時事問題にめちゃくちゃ疎そうだな。今の総理大臣の名前言ってみろよ、ん?」
「ぐぅぅっ……!」
煽ったような表情を作り、俺の顔を覗き込んでくる宮田。
ウザイのは確かだが、俺が愚かだったのもまた確か。
言い訳なんてできるはずがなく、俺はただうつむくしかなかった。ちなみに総理大臣の名前くらいは言える。スガさんだ。
「ほんっとにやれやれだな。中間テストも近いっちゅーのに、こんなんで集中できんのかお前?」
「……わからん……」
「文系理系が分けられて初めての定期テストだからな。割と真剣にやらねーと先生に目付けられるぞ?」
「……まあ、そうだよな……」
言って、宮田は深いため息をついた。
「とりあえずだけどな、もう早いところ瀬名川さんには嘘つきましたって自白しとけ」
「んなのできたら苦労してねえよぉ……」
「バカか! 正直に言っとかねえと後々面倒くせえことになるんだぞ!? お前ら二人だけのことならいいけどな、変なうわさが広がって春也と相生さんが付き合ってるみたいな噂が流れたらどうするってんだ!」
「うぅ……。そりゃまあそうなんだけど……」
「迷惑がかかるのは相生さんだ。非モテギャルゲーオタの春也に付き合ってるだのなんだのと吹聴されて格を落とされて辱めにあうとか……。同情しかねえよ……」
「……お前、サラッとひどいこと言うんじゃねえよ……」
「とにかく、しっかり嘘をつきましたと自白すること! いいな!?」
「……うぅん……」
「い・い・な!?」
「わ、わかったわかった!」
俺は宮田に言われ、何とか頷いて了解した。
〇
そんなこんなで時間は流れ、放課後。
いつも通り廊下で冬香やナツタロウに会うのを避けるため、数学のテスト勉強をしながら、人が少なくなるのを教室で待っている時だった。
徐々に人が少なくなってきたタイミングで、ふと、とある人物から声を掛けられる。
「青山君」
「っ!? あ、相生さん……、ど、どしたの?」
今一番俺の中の問題に関係している人に声を掛けられるのは心臓に悪い。
表向きでは平静を保つよう心掛けているが、一瞬ビクッとしたから驚いてるのは確実にバレてる。
相生さんはクスッと笑った。
「あははっ。驚かせちゃった?」
「い、いや、別に」
「えー? 正直に言いなよー? 結構ビクッとしてたよー?」
「大丈夫っす。自分、心臓は強い方なんで」
「ぷっふふ! 何それ(笑)」
クスクスと無邪気に笑う相生さん。
その様が雨上がりの夕日に照らされ、いつも以上に可愛く見えた。
「まあいいや。今驚かせちゃったのも謝んないとだけど、今朝のこと、ほんとごめんね」
「え? 今朝?」
「うん。アタシのせいでホームルームに遅れちゃったし、タオルだって貸してもらっちゃったし」
言われ、思い出した。
そういやそうだ。俺、今朝相生さんにタオル貸したんだったな。
「返すの、明日でいいかな? 洗濯してちゃんと返したいし」
「ああ、それならいつでもいいよ。ホームルームのこともだけど、別に俺はそこまで気にしてないから」
気にするべき点はクラスメイトの男子たちのあの目だ。今変な噂を流されてしまったら本当にマズいことになる。冬香についた嘘が真実に変わってしまうからな……。
なんてことを考えていると、相生さんは前のめりになって俺の方へと距離を縮めてきた。
「青山君、数学苦手なんだ」
「え、あ、まあ……」
相生さんの視線の先は俺のやっていた数学の問題集。
演習問題だとはいえ、テスト前のこの時期にしては少々笑えないバツの数。苦手を露呈してしまうには充分だった。
見られたくないところを見られたな……。
「へぇ、なるほどねー。ふんふん、青山君は数学が苦手、と」
「見苦しいところをお見せしました……」
「ううん。そんなの別に大丈夫だよ。誰かに教えてもらう予定とかはあるの?」
「いや……、特には」
「なら、私が教えてあげよっか、数学」
「……え?」
「アタシこう見えても数学得意でさ、タオルのお礼とホームルームのお詫びしなきゃって思ってたから」
「え、い、いや、さすがにそれは悪いんじゃ……!?」
「ううん悪くないよ。むしろお詫びできて嬉しいし、あと……」
「……あと……?」
「あ、な、何でもない! とにかく、数学なら任せて! 青山君の試験勉強、アタシが手伝うよ!」
まさか過ぎる展開だった。
勉強を教えてもらえるというのは非常にありがたいのだが、ここにきて相生さんは本当にマズい。
心を鬼にして断るという選択肢ももちろんあった。強く拒絶しようとすれば、それも可能だったんだろう。
でも、実際に相対して接していると、そんなひどいことができるはずもなく、俺は相生さんを受け入れてしまっていたのだ。
「じゃ、ついでにLIMEも交換しよっ! 家で勉強する時とか、通話しながら私が教えられるし!」
「あ、う、うん」
どうか何事も起きませんように。神様、俺に力をください!
心の中でこれからのことについて祈るのだった。
この先のことを何も知らずに――




