10話 隣の席のアキナコちゃん
怒涛の展開を見せた土曜日を終え、日曜日も特に予定がなかったため、ギャルゲーをやって過ごし、憂鬱な月曜日。
本格的な梅雨がやってくるにはまだ早いと思うのだが、この日はあいにくの雨で、俺のテンションはさらに低いものになっていた。
「こんな雨でも、可愛い彼女の一人くらいいれば元気になれるんだろうなぁ」
小さい声でぼやきながら、一人傘を差し、学校へと歩く。
ここ最近は不仲だった冬香とやけに接点を持てるようになったわけだが、それでも俺の冬香避けはまだまだ続行中であり、登校時間もホームルーム開始ギリギリを狙った時間帯だ。
まあ、冬香避けってより、ナツタロウ避けって方が正しいな。冬香とナツタロウが一緒に歩いてる姿とか、絶対に見たくない。見たら確実に死ぬ。ショック死だ。
そう考えたら、呪いのビデオみたいだな。俺、リ〇グ見たことねーけど。
と、こんな感じで適当なことを考えながら歩みを進めていると、高校へ到着。
生活指導の体育教師、鮫島が「早く教室に入れー!」と校門前で催促してくる。
雨だってのに、ご苦労様だよほんと。
促されるまま、下駄箱に入った。
そして、差していた傘をたたんでいる時だ。
「おはよ、青山君」
背後から声を掛けられ、ふとうしろへ振り返る。
そこには、俺の隣の席の女子、相生さんがいた。
茶褐色の髪の毛で、それを肩辺りまで伸ばしており、前髪はピンで留めている明るい印象の子だ。
クラス内でも男子からの人気が高く、一年の頃から可愛いと評判なのだが、反対に同じ女子からはあまり好かれていないらしく、何かと一人でいるところをよく見かける。
五月に入って席が隣になり、何度か事務的なやり取りをしたことがあるものの、こうして挨拶を交わすような仲ではなかったので、少々驚いてしまった。
「お、おはよう」
「うん。ていうか、今日最悪じゃない? 雨ひどすぎでしょこれ」
「ひどすぎ……って程か? 雨粒自体は小さいと思うけど」
「ひどすぎだよー。雨粒は小さいけど、風が吹いて横殴りになってるじゃん?」
あぁ、そういうことか。
苦笑しながら髪の毛を触る相生さん。
冬香もこういう時期、強くない雨でも横殴りになっただけでよく髪の毛が濡れてた。
それで髪が傷んだり、ぱさぱさになったりするらしい。
こういうのは早く拭くべきだ。
「相生さんさ、今タオル持ってるか?」
「え、タオル? ううん、持ってない」
「そっか。じゃあ……、はいこれ」
俺はカバンから小さめのハンドタオルを取り出し、それを相生さんに差し出す。
彼女は驚いたのか、目をぱちくりさせていた。
「濡れるかもと思って用意してたんだけど、俺そんな濡れなかったし、綺麗だから使っていいよ」
「……いいの?」
「うん。持ってきたのに使わないってのも何となくもったいないし」
言うと、彼女はハンドタオルを受け取ってくれた。
「ありがと」
「いえいえ――」
どういたしまして。
そう言おうとした矢先、朝のホームルーム開始を告げるチャイムが鳴り響く。
俺たちはハッとし、二人して大急ぎで教室へと向かった。
〇
「よ、寝取られの達人。幼馴染奪われて、次の狙いはクラス一の美少女ちゃんかい?」
「お前それ次また言ってみろ? ミンチにするからな?」
机に突っ伏したまま、声の主だけで宮田だと認識して返してやった。
今は朝のホームルームを終え、一限が始まるまでの間の時間だ。
結局あの後、俺は相生さんと一緒に遅れて教室に入り、クラスメイト全員の前で担任から公開説教を食らった。
公開説教といっても軽い注意くらいのものなのだが、それ以上に俺が相生さんと一緒に登校してきたんじゃないかという根も葉もない噂が回ったりしないか、それが心配でならないのだ。
説教中、男子からの視線が痛すぎたからな……。マジでついてねえよ……。
「まあまあ、そう怒んなよ親友。冗談ってやつだよ冗談。お前が今も瀬名川さんのこと思ってんのは、誰よりも知ってっから」
「ならなおさらそういう冗談やめて欲しいんですけどね。つか、毎度毎度思ってたけど、お前よくそうやって気にせず相生さんの椅子に座れるな」
「あー、俺はりんちゃんがいるし、気にしねーからなー」
そういう問題じゃねえだろ……。
「まあ何でもいい。秋奈子ちゃんより、りんちゃんだ。りんちゃんしか勝たん」
「……え、ちょっと待て。今お前なんつった?」
「あん? 何が?」
「いや、だから何ちゃんより、りんちゃんだって言った今?」
「? 秋奈子ちゃんだろ? 相生さん。相生秋奈子ちゃん。お前の隣の席の」
その言葉を聞いた時、俺の頭の中は真っ白になった。
相生秋奈子
読み方にして、あいおい、アキナコ――
冬香に言った偽物彼女。アキナコ。
それがまったく同じなのだった。




