トラブル発生!:出題編
そして、その後も盛り上がる『妖精のざわめき亭』での歓迎会という名目の飲み会は続き、つぶれる者達が出始めた頃に自由解散。
まだこの街に不慣れなミントはリブラと共に教会へと赴き、巡礼者などに提供される宿泊房を借りて身体を休めた。
体力的な疲れとあれこれ頭を使った疲れからか、夢も見ないほどの眠りへとあっという間に落ちたミント。
翌朝は随分とスッキリ目を覚ますことができた。
それから、リブラに連れられて開店と共に槍とマチェットやソフトレザーアーマー、背負い籠などの装備品を揃えた後に雑木林へと向かい、到着したのは昼過ぎ頃。
「んじゃ、お昼ご飯を食べたら採取を始めよっか~」
「あ、はい。……時間的に仕方ないですけど、働く前にお昼ご飯って、なんだかこう、申し訳ない気がします」
「あはは~、いいのいいの、腹が減っては戦ができぬってね~」
ミントの疑問へと気楽そうに返しながら、ケミーは地面に薄手の毛布を敷いてさっさと腰を下ろした。
『あたたた~……』という呟きが聞こえた気がしたが、触れない方がいいと判断したミントはスルー。
どうしたものかと躊躇っているところに、同じく腰を下ろしたリブラから声がかかる。
「それに、本来であればここに来る道のり自体が一仕事、ですからね。
ここまでちゃんと歩いて来れたこと自体が大したものですよ」
「あ、あはは……山暮らしだと、歩けないと村に帰れなくなったりすることもありますからね~」
などとミントは謙遜するが、小休止を挟みながらも3時間歩き通せたこと自体が、まず中々できることではない。
人間が徒歩で歩く速度は1時間に4km程度と言われているから、地形などを考慮してもここまで10kmあまり。
それを、武器や防具を装備して重くなった身で歩き通したのだから、大した物と言って良いだろう。
「それは私達冒険者も同じ事ですから。……そう考えたら、ミントちゃんは冒険者に向いているのかも知れませんね」
「そだねぇ、少なくとも引きこもりがちなあたしよりはずっと向いてるんじゃないかなぁ」
「ケミーはもうちょっと出歩きなさい、身体に悪いわよ?」
「わかっちゃいるんだけどね~研究が乗ってくるとどうにもこうにも……。
あ、そうだそうだ」
リブラと会話をしていたケミーが、ふと思い出したかのように荷物を漁りだした。
しばらくして顔を上げた彼女が手にしていたのは、一本のガラス瓶。
小ぶりなそれに入っているのは、何とも怪しいショッキングピンクの液体だった。
「……え、な、なんですかそれ……?」
見慣れぬどころか、人生で一度もお目に掛かったことのない色をしているその液体を見て、ミントは呆気に取られたような顔になる。
どう考えてもまともじゃない、ヤバイモノ。彼女の本能的なものが、それに対して警報を思い切り鳴らし始めた。
そんなミントの警戒心を知ってか知らずか、ケミーはにんまり、それはもう楽しげな笑みを見せる。
「んふふ~、これはね、元気になるお薬。
これを飲んだら、疲れがポンっと飛んじゃうはずなのよ~」
「何ですかその劇的すぎる効果!? っていうか、はずって、今、はずって言いましたよね!? 自分で飲んだことないんですか!?」
「薬を作った人間は、効果を客観的に確認しないといけないから、自分では確かめないものなのよ」
「急にキリッとした顔になった! 誤魔化すつもりですよね、その顔!」
これはまずい、と必死に拒否するミントと、じりじりと迫り来るケミー。
そんな二人を、リブラは『あらあら』と困ったような顔で見ているが、止めには入らない。
「ちなみに、エイジは全く問題無く元気になったわよ」
「エイジさん基準だと全然安心できないんですけど!?」
「あらあら、エイジくんについてもう理解してるのね、ミントちゃん」
「暢気なこと言ってないで助けてくださいリブラさん!?」
頼みの綱と思っていたリブラがあてにならず、ミントの顔に焦りが浮かぶ。
もし強引に飲ませにかかられたら、果たして抵抗できるのだろうか。
運動不足なはずのケミーが見せる迫力は、村一番の狩人だったおじさんすら敵わぬもの。
最早これまでか、と覚悟したその時。
「こら、そんな変な薬を、無理矢理飲ませようとするんじゃない」
「いったぁ!?」
唐突にそんな言葉がかかったと思えば、ガツン、という音とともに何かがケミーの頭に落とされた。
当然そんな衝撃に耐えられるわけもなく、ケミーは頭を抱えてうずくまる。
それは良く見れば、槍の柄で。
その伸びる先をたどって行った先、目に入ってきた人物は。
「ヴィオラさん!」
「ああ、奇遇だな。何やら騒がしいから来てみれば……」
ぱぁっと顔を輝かせたミントへと、何でも無いかのようにヴィオラは応じる。
……若干演技染みてわざとらしいのは気のせいだろうか。
と、頭を抱えていたケミーが、がばっと起き上がる。
「ちょっとヴィオラちゃん、いきなり何!? っていうかなんでいるわけ!?」
「いや、ちょっと肉が食べたくなってな、一狩りしにきた」
「いや、それは流石に無理がない……?」
しれっとした顔で返すヴィオラへと、ケミーは胡乱な目を向ける。
だが、そんなことで動じるヴィオラではもちろんない。
「何を言う、この辺りの猪は美味くて有名なんだぞ?」
「え、そうなの?」
「そうねぇ、雑木林のどんぐりや木の実を食べて、独特の風味になるらしいわ。
特に香りが香ばしくて、『燻り香ボア』と言われることもあるそうよ」
「まじで? いや、リブラちゃんが言うならそうなんだろうけど」
言い訳染みたヴィオラの言い分に、横合いから補足を入れたのはリブラだった。
流石にリブラにまで言われれば、ケミーとて引き下がらざるを得ない。
それでもまだ納得出来ないケミーを尻目に、リブラはヴィオラへと話しかける。
「それで、猪は狩れたの?」
「ああ、ちょっと前に狩って、はらわたを処理して、血抜きで川に浸けたところだ。
だからまあ、ちょっとばかり時間があってだな」
「うふふ、だったらヴィオラちゃんも薬草採取する?」
「まあ、暇つぶしに、たまにはいいかもな」
え、え、と二人を交互に見やるミントをスルーするかのように、あるいはこれ見よがしに、台詞が決まっていたかのようなやり取りをする二人。
「まったくもう、ほんっとこういう時素直じゃないよね、ヴィオラちゃん」
そんな三文芝居を見て、ケミーは呆れたような溜息を吐いたのだった。
その後、ヴィオラまで加わって四人ともなれば薬草採取はあっという間に終わり、日が傾き始めた頃合いには、すっかり三人分の背負い籠は満杯になっていた。
「は~……リームにだけは見せられないわ、この光景」
「あ、あははは……そうかも、ですねぇ」
満足感と恐れが入り交じった声でケミーが呟けば、その量に驚きを抱いていたミントも頷いて返す。
なんだかんだ人間社会とも折り合いを付けているリームは、直接目にしさえしなければ、あまり煩くは言ってこない。
だがそれだけに、直接目にした時の恐ろしさは半端なく、付き合いの長いケミーもそれだけはなんとしても避けたいと思っていた。
つまりは、これをリームに見つかることなくケミーの工房に運び込むまでがミッションなのだ。
「気持ちはわかるが、おしゃべりはそこまでだ。そろそろ出立しないと、門限に間に合わなくなるからな」
そう言いながらヴィオラが、よいしょとばかりに猪を担ぎ上げた。
……ちなみに、中型程度の大きさで、はらわたを抜いたと言えども60kg前後はありそうなのだが、それをいとも軽々と。
やはり鍛えられた冒険者なのだと、ミントは改めて感心する。
いつかは自分もあんな風になれるのだろうか、などと考えていたその時だった。
種々の樹木が乱立するその向こうから、ガサガサと何かがやってくる音。
即座にヴィオラは猪を下ろして槍を手にし、リブラも腰のレイピアに手を添え、ケミーも懐へと手を入れた。
先輩達の動きを見て、慌ててミントも槍をしっかりと手に持った、直後。
姿を見せたのは、一人の少年だった。
「あ……あんたら、その格好、冒険者か!? 頼む、助けてくれ! 村が、村が!!」
ミント達を見た少年は、泣き顔とも言える必死な表情で訴えてきた。
その勢いにミントなどは気圧されそうになっているのだが、ヴィオラなどはまるで動じた様子が無い。
「いきなりそう言われても、はいわかりましたと頷くわけもないだろう。
何がどうしたんだ、落ち着いて説明してくれ」
淡々としたヴィオラの言葉に、少年はびくっと実を竦める。
だが、しばしの逡巡の後、意を決したかのように口を開いた。
「村が、山賊みたいな連中に襲われてるんだ!
父ちゃん達は皆を隠したり守りを固めたりで動けなくて、だから村で一番足が速いおいらが助けを呼びに出たんだ!」
「なるほど、大体はわかったが……いくらお前の足が速くても、ここから王都まで2時間でいければ大したものだろう。
そこから冒険者を募って、取って返して……到底間に合うとは思えないな」
「そ、そんな……だ、だったら村のみんなは!」
少年の言葉に、沈黙が訪れる。
彼が王都に着く頃には日も暮れて、そこから夜を徹して村の救援に向かってくれる冒険者を募ること自体がまず難しい。
まして、仮に雇えたとして、村が持ちこたえている間に辿り着くことなど、到底不可能だろう。
当然、そんなことはミントにもすぐにわかった。
「……あの、私達で、助けに行きませんか!?」
だから、彼女は声を上げた。
この近くにある村であれば、きっと彼女が生まれ育った村とも近しいものだろう。
そんな村を見捨てるなんてことは、到底彼女にはできなかった。
けれど。
「……お前が向かうのを止めはしない。それは、お前の自由だ。
リブラやケミーも同行してくれる可能性はある。だが、私は行かないぞ。いや、行けないと言うべきか」
「そんな、ヴィオラさん!?」
返ってきたヴィオラの言葉は冷たいものだった。
悲鳴のような声を上げながら。しかし、ミントは頭のどこかで、もしかしたら、と思ってもいた。
ヴィオラは、傭兵だ。
彼女自身が言っていたように相応の依頼料がなければ動かないのが、傭兵だ。
「そんなこと言わないで助けてくれよ! みんなが、このままじゃみんなが死んじまうよぉ!」
顔をぐしゃぐしゃにした少年が必死に訴えるも、ヴィオラの顔は動かない。
ふぅ、と小さく息を吐き出したのは、それでも動いた彼女の感情が零れたものだろうか。
「そこに関しては同情する。だが、私達が向かえば、今度は私達が死ぬかも知れないわけだ。
お前は、いや、お前達の村は、それに見合うだけの報酬を払えるか?」
「そ、それは……でも、でもっ!」
冷静な、冷徹とすら言って良いヴィオラの正論に、少年は反論できない。
理屈は確かにその通りで、しかし、もちろん感情は納得できない。できるわけがない。
理屈と感情に挟まれて何も言えなくなり、ただ睨み付けるような目を向けるしかできない少年へと、ヴィオラはそれ以上何も言わない。
そんな二人を見て、少年の感情もヴィオラの理屈もわかるミントは、オロオロとするばかりで、何も言えなかった。
このまま、少年の村を見捨てることになるのか。
ささやかながらも楽しく初めての冒険を経験していたミントの胸が、絶望でつぶれそうになる。
「そうね、ヴィオラちゃんの言うことももっともだわ」
リブラの言葉に、少年が絶望的な顔になり、ミントも泣きそうになって。
だが、しかし。
この後リブラの一言によって、ヴィオラはあっさりと村の救出に向かうことを承諾した。
さて、リブラはなんと言ったのだろうか。
これは選択肢を設けないので、自由に考えていただきたい。