冒険へ、三歩目:解答編
「……あの、これも引っかけ問題だったりします?」
「おや、これも、とは随分な言われようだが……何故そう思った?」
おずおずとしたミントの問いかけに、ヴィオラは楽しげに笑いながら返す。
やはり引っかけか、何か仕掛けがあるのだ、とその笑みを見たミントは警戒心を強めた。
この酒場に来てから1時間も経たないうちにこうも警戒する様子は、ある意味教育が上手くいっている、ということかも知れない。
「だって、これ三択に見えて、実質一択ですよね?
あたしの今の力じゃ、雑木林しか行けないじゃないですか!」
ヴィオラの問いかけに、思わずミントは声を上げる。
……逆に言えば、こんな声を上げられるくらい、場に馴染んできた、とも言えるが。
「いや、森や山岳にだって行こうと思えばいけるだろ?」
「行けますよ、行くだけなら!
でも、例えば森なら、朝の6時に出てお昼に着いて、そこからすぐ戻らないと閉門時間に間に合わないじゃないですか!
そうならないように野営するとか言っても、森の中で一晩過ごすとか、あたしにはとても無理ですし!」
山村育ちだけあってか、歩くだけなら、どうやらミントは中々タフなようだ。
考えて見れば、村から出てきてすぐにここに来たであろう時も、息切れなど疲労感を感じさせる様子は見せていなかった。
そう考えると、案外彼女は冒険者に向いているのかも知れない。
「うん、そこに気がついたのはとてもいい。
正確には、閉門時間の18時は大門が閉じるだけで、馬車なんかは通り抜けられないが個人であれば通用門から通してくれることが多い。
とは言えその場合は普段よりもチェックが厳しくなるし、できるだけ18時に間に合うよう行動する方が無難だ。
何よりも日が落ちてしまえば野良モンスターや野盗なんかに遭遇しやすくなるからな、できるだけ18時までに王都に戻ってくるのが基本だ」
「や、やっぱりそうなんですね……だったら、朝6時とかに出て、9時に雑木林に着いて、お昼休憩を挟みながら5~6時間採取して、15時くらいに向こうを出立、18時に王都に戻ってくる、っていうのがいいんじゃないかと……」
「それで一日25Gから30G程度の稼ぎ、宿代を考えてもプラスにはなる。
おまけに最初の二、三日は教会に泊めてもらえたら、宿代三日分の50G程度がまるっと貯金できるわけだ。
そう考えると、悪くないやり方だな」
うんうん、と満足げに頷くヴィオラ。
その表情を見ていたミントは、やっぱりか、と確信する。
「……ということは、やっぱり他の答えがあるんですね?」
「まあ、正直に言えばその通りだ。だが、それを明かす前に……雑木林に行くのなら、どんな準備が必要だと思う?」
「えっと、まず背負い籠……背負い袋よりもこっちの方が入るので、少しでも量を稼ぎたいなと。
後、薬草だと詰め込んだりしたら痛んじゃいそうなので、形がしっかりしてる籠の方がいいかなって。
それからお弁当と飲み水を入れる水袋、初夏の今だと、日差しよけのフードや薄手のマントなんかもあるといいでしょうか。
あ、雨が降った時用に、籠の蓋に使える雨に強い布なんかがあれば更にいいかな?」
「雑木林なら、最低限それくらいがあれば、というところだが……後一つ、いや正確には二つか、欲しいものがある」
「え、二つ、ですか? それは一体……?」
山村育ちで山での手伝いもしたことのあるミントだが、これ以上は考えつかない。
いや、山村出身だからこそ、考えつけないのかも知れないが。
何しろ、彼女が手伝いをしていた場所は、村から、居住区域から、近かったのだから。
「二つを組み合わせて使う物、と言ったらわかったかも知れないな。
正解は、ランタンと火付け道具だ。個人的には、シャッターがついていて腰に掛けることもできる金属製の物がお勧めだ。ある程度以上の経験がある冒険者は大体これを使っていると思う」
「ランタン……? あ、もしかして、帰りが遅くなった時用ですか?」
「その通りだ。この時期はまだ良いが、秋や冬ともなれば、すぐに暗くなってしまう。
街灯のある街中はともかく、王都に続くと言えども禄に明かりの整備されていない街道を日が落ちた後に歩くならば、ランタンなどの明かりは必須だ。
さらに明かりを調節できるシャッター付きの物ならば、変な連中でも居た時には明かりを落として隠れることもできるからな」
「な、なるほど、明かりが目印になって見つかるのを防ぐことができる、と……」
何気なく言うヴィオラに、ミントは背中に冷たい物が走るのを感じた。
そんなことを当たり前に言える、当たり前に感じる生活。
それを、ヴィオラは送ってきたから言える言葉。
冒険者として街の外に出たならば、自分が狙われる立場になるかも知れないし、その時に自分を守れるのは自分だけ。
今更ながら、それだけ危険な世界なのだと突きつけられた気がした。
しかし。
流石は先輩と言うべきか、そんなミントへと、思いもしなかった言葉が投げかけられる。
「といったところが雑木林に向かう際に準備するもの、気をつけること、というところだが……流石に稼ぎが悪い。
ということで、森や山岳地帯に挑むのだって実はありな選択だ」
「はい? え、いや、だから私、野営とかは……」
「あら、森の中なら、木の上で寝ればいいじゃない。獣も来ないし、快適よ?」
しどろもどろとなるミントへと、エルフのリームが声をかけた。
なるほど、と思いかけて、しかしミントは首を横に振る。
「え、いやいや、あたし木の上で寝たりとかできないですから!」
「あ~……それは私でも難しいな、できないとは言わないが。
リーム、残念ながら私達人間は、そこまで木に親しんでいないんだ。多分、木の方でも私達を歓迎しないし……逆に貴女達だったら、木の方が支えるような動きをするんじゃないか?」
「え、そうなの? それが当たり前だと思っていたのだけど」
ミントやヴィオラの答えに、リームは不思議そうに小首を傾げた。
これだけだったら、エルフと人間の違い、で終わる話だったのだが。
「それに、私と一緒なら、樹木達もミントを受け入れてくれると思うわよ? ……アイゼンやエイジはともかく」
「おい、そこで無理にワシを引き合いに出すな!」
「多分俺も関係ないよな!?」
「だってあなた達、重たいし」
ダメ出しをされた、金属鎧を使う二人の抗議に、しかしリームは気にした風もなく涼しい顔だ。
そんな賑やかなやり取りを、ミントは驚いたような顔で見ていた。
今のリームの言葉の意味するところは。
「ま、そういうことだ。お前一人では、雑木林しかお勧めできない。しかし、稼ぎは決して良くはない。
だが、仲間を誘えば、出来ることは一気に増えるものだ。まあ、私はそれなりの依頼料がなければ動かないが……なんせここは冒険者ギルド、冒険に出るきっかけを待っている連中だってゴロゴロいる」
「そうじゃのぉ、森では流石にそこの娘っこには負けるが、山岳地帯ならばワシも野営だなんだは心得とるし、希少な鉱石を探しに行くのも悪くない。
依頼を受けとる時でなければ、同行するのもやぶさかではないぞ?」
さっきまでリームとやいのやいの言い合いをしていたドワーフのアイゼンが、ニッと人好きのする笑みを見せる。
あれ、この人意外ととっつきやすい? などと若干失礼なことをミントが思っていると、その横合いから更にエイジが顔を出した。
「そうそう、俺なんか最近暇してるから、サポートくらいいくらでもするぜ?」
「エイジくんの場合、なんだか余計なトラブルを引き寄せる気がしなくもないけれど……でも腕は確かですし。
僭越ながら、私も都合が合えば、お手伝いしますよ」
フォローなのかツッコミなのかよくわからないことを言いながら、リブラも笑顔を向けてくる。
いや、周囲で飲んだくれていた連中も、我も我もとアピールをしてくる。
これは、つまり。
「私は、『必要な装備』とは言っていない。『必要な準備』と言った。
そしてさっきエイジも言ってただろう? 『新入りを歓迎して』と。
もしも森や山岳に挑むのならば、お前が準備すべきは、信頼できる仲間だ。
どうしても野営が必要な行程になるし、夜は交代での見張りが必要となるから、二人以上で行く方が無難だ」
「そうよねぇ、できれば三人いると安心かしら。
そういう時って、ヴィオラちゃんはいっつも睡眠時間が細切れになる真ん中の当番を買って出るのだけど」
「リブラ、余計なことは言わなくていい」
コホン、と咳払いするヴィオラの頬が若干赤いような気がするのは、気のせいだろうか。
ともあれ、声だけは平然といつものように、ヴィオラは続ける。
「ともかくだ。半端な気持ちで来た人間はともかく、お前は覚悟と意思を見せてくれた。
であればミント、お前はもう、私達の仲間だ」
「は、はい……ありがとう、ございます……」
ヴィオラの言葉に、ミントの視界が滲む。
それは安堵なのか喜びなのか、それとも。
よくはわからないけれど、ただひたすら、胸の奥が暖かい。
「よっし、そんじゃ今度こそ新入りを歓迎して、乾杯だ!!」
「ああ、もういいぞ。ただし、ミントには飲ませ過ぎるなよ?」
「わかってらぁ、ミントの分まで俺が飲む! なんなら、ここは俺の奢りだぁ!」
景気の良いエイジの宣言に、『いよっ! 待ってました!』と野次馬から声がかかる。
たかられているも同然だというのに、エイジは随分と機嫌が良さそうだ。
「おいおいエイジ、お前一人に良い格好はさせんぞ。半分はワシが持つ!」
「そう、ごちそうさま」
「おい、そこはお前も乗るところじゃろ!?」
「私は清貧な生活してるから」
エイジの言葉に乗っかったアイゼンが、しれっとおごられようとするリームに食ってかかる。
それをきっかけに、『俺も出すぜ!』だとか『ごちになりやす!』だとか勝手な声が飛び交い出す。
その光景を、主役であるはずのミントは、呆然と眺めていた。
不意に、言葉を無くしているミントの肩がポンと叩かれる。
「ま、こういう連中ばっかりだ、付き合い方さえ間違えなければ案外楽しくやっていけるものだし、お前のこれからがそうであることを願っている。
ようこそ、冒険者ギルド『妖精のざわめき亭』へ。私達はお前を歓迎する」
初めて見る、ヴィオラの心からの微笑みに。
耐えきれず、ついにミントの涙腺は決壊した。