冒険へ、三歩目:出題編
「私は……」
どうする? というヴィオラの問いかけに、ミントは考える。
鎧はソフトレザーアーマーに決まり、後は手袋をどうするか。
そして、その選択が持つ意味は、実は重たいのではないかと思う。
ヴィオラが教えてくれた、それぞれの手袋が持つメリットとデメリット。
それらが意味するもの。
考えた末に、ミントが出した答えは。
「……私は、ソフトレザーアーマーに、革の手袋を二組買います」
「……そうか」
その答えに、ヴィオラは頬を緩ませた。
そこには、ミントなりの覚悟が感じられたから。
例えば安くて使いやすい布の手袋を買って、後から革の手袋に変えるというのも合理的で正しい判断だ。
だが、敢えてミントは革の手袋を、しかも二組買うと言った。
今から、長い時間を掛けて、二組の手袋をじっくりと自分の手に馴染ませていく。
それはつまり、投げ出すまいという彼女の決意の表れにも思えたのだ。
「でも、それだと大分お金が厳しくなっちゃいますけど、ね……」
と、困ったように眉を寄せながら、ミントがてへへと笑う。
途端に、リブラが、エイジが、見ていた野次馬達が、アイゼンまでもが財布に手を伸ばした。
彼らは皆、中堅からベテランにあたる冒険者で、それなりに金も持っている。
エイジなどは色々趣味走った装備に使っているため若干心許ないが……それでもミントが求める初心者用装備など大したものではない。
全員が資金援助を申し出そうな空気を、ヴィオラの一声が断ち切った。
「心配しなくてもいい。宿代はしばらく教会に泊めてもらえば問題ないし、食事は……まあ、それくらいなら、おごってくれる優しい先輩もいるんじゃないか?」
にこやかに言いながらゆっくりと、底冷えのするような笑みを浮かべながら視線を動かしていく。
彼女の言ったことを翻訳するならば『食事代くらいならいいが、変に金を出して甘やかすな』であろうか。
冒険者としてやっていこうと決意したミントを、過剰に甘やかすのは彼女のためにならない。
しかし、不安になって出すべき支出を躊躇っても問題だ。
となると、当面暮らしてはいけるというラインの手助けくらいならば許容されるべきだろう。
「よっし、そんなら早速新入りを歓迎して一杯やるかぁ!」
「まてエイジ、気持ちはわかるが、もう少しだけ待て。
酒が入る前にレクチャーしておきたいことが後少しだけある」
「え、武器も防具も決まったんなら、もう終わりじゃね?」
「腕に覚えがあって討伐依頼をメインに受けるなら、な。だが、ミントはそうじゃない。
薬草採取をするなら、その他の雑貨とも言うべき装備も重要になってくる。
薬草を刈るのはマチェットでもいいとして、他にも背負い籠や……」
と言いかけたところで、ヴィオラが言葉を切り、何かを考える。
それから、ミントを見やって。
「ああ、これもまた問題にした方が良さそうだな」
「え、今のどこに問題の要素が!? あ、何を買うべきか、ですか??」
「確かに何を買うべきか、なんだが、それだけでは買うものを決められない。
例えば、今私は背負い籠と言ったが、冒険者は背負い袋の方をよく使う。これはなぜか、あるいはこの二つの違いは何か。
流石に『その違いを答えろ』とは言わないが、そういう違いも出てくる」
「背負い袋……そこにあるみたいなのですか?」
そう言いながらミントは、酒場の片隅に置いてあった背負い袋へと目を向けた。
大の大人、エイジの背中よりも一回り二回り大きいように思えるそれは、革製の堅牢なもの。
随分と使い込んでいるように見えるが、しかし綻びも見えずまだまだ十分実用に耐えるように見える。
なるほど、あれを背負って冒険に出る、というのは確かに冒険者らしいように思えた。
「ああ、その通りだ。かく言う私も使っているんだが……駆け出しの頃は、毎回というわけでもなかった」
「え、そうなんですか?」
背負い袋を背負っているヴィオラを想像すると、まさにそれはミントの思う冒険者の姿そのもの。
しかし、必ずしもそうではなかったという。それは何とも不思議に思えたのだが、直ぐにヴィオラ本人によって補足された。
「正確に言えば、行く場所と目的によって変えた、だな。
ミント、背負い袋と背負い籠の違いはなんだと思う」
「え、えっと、背負い袋は文字通り袋で、口を閉じることができて、籠は籠だから、軽くて……?」
「うん、もう一つ言えば、口を閉じることができない分、籠の方がたくさんの物を入れることができる。
反面、お前の言う通り口が閉じられないから雨でも降れば中の物が濡れるし、走ったりすれば零れることもあるだろう。
ポケットなどもないから、色々な道具を整理整頓しつつ持ち運ぶ、ということにも向かない」
「あ、そっか、火口箱と火打ち石とか、大事だけど小さい物はポケットに入れておくってことができますよね、背負い袋なら」
ヴィオラの言葉にうんうんと頷いていたミントの口から飛び出した言葉に、それこそヴィオラも、周囲で聞いていた冒険者達も驚いたような顔になる。
「いや、確かにそうなんだが……ミント、お前火付け道具が重要なものだってわかってるんだな」
「わかってるっていうか、父がよく言ってたんです。火さえ熾せれば、夜の山でも一晩はなんとかなるって。
だから、野外の活動も多い冒険者も、同じじゃないかな~って」
「なるほどな……山村に住む人間が持つ生活の知恵ということか。そう考えると、ミントの持つ経験で活かせるものが他にもあるかも知れない」
考えて見れば、村での暮らしからマチェットを選んだ少女だ、野外活動に直結する知識や経験はあってもおかしくはない。
であれば、上手く導いて冒険に活用できるよう仕向けてやれば、案外冒険者として上手くやっていけるかも知れない。
そんな計算と期待を込めて、ヴィオラは次なる問題を出した。
「そういった、野外活動に何が必要なのか、も重要になってくる問題だ。
一口に薬草採取と言っても、色んな種類の薬草があり、それらが生えている場所もまたそれぞれで、依頼達成報酬も変わってくる。
その中でもこのギルドに来る採取依頼の多い場所を三つピックアップしたから、その中でお前が行った方がいいと思う場所、そしてそこに行くために必要な準備を考えてみてくれ」
そう行ってヴィオラが挙げたのは、次の三つ。
・王都から片道3時間の雑木林。平均して1時間あたり5G程度の薬草が採れる。
・王都から片道6時間の森。平均して1時間あたり10G程度の薬草が採れる。
・王都から片道12時間の山岳。平均して1時間あたり辺り20G程度の薬草や希少鉱物が採れる。
また、冒険者がよく使うような宿は大体一泊10G~20G程度、この妖精のざわめき亭は15Gとする。
さて、ミントはどんな準備をして、どこへ行くべきだろうか。
※:解答編は3/13(土)に更新予定です。
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今回は何故そう考えたか、どんな準備をするべきか、がとても重要な回になりますので、そこまでお答えいただけると、とてもとても嬉しいです。