冒険への二歩目:解答編
「えっと、その選択肢の中だったら、多分、ですけど……ソフトレザーアーマーと布の手袋じゃないかと」
「ふむ、どうしてそう考えた?」
ミントの答えに、やはりヴィオラは理由を問いかける。
恐らくこれは、そういうものなのだ。
考えて作った根拠のある答えならば、きっと彼女は評価をしてくれる。
そこまで理解したミントは、考え考え、つっかえながらも答えを口にした。
「まず、ハードレザーアーマーは、今の私だと合わないと思います。
着けられなくはないかも知れませんけど、それを来たまま長時間、薬草採取っていう窮屈な姿勢での作業はできないかなって」
「うん、ちゃんと何をするのかまで含めて考えられてるな。
だがそれなら、なぜクロースアーマーはダメなんだ?」
それは疑問というよりも、言葉を促すニュアンスのもの。
ということは、考え自体は間違っていないはずだ。
そう自分に言い聞かせながら、ミントは言葉を続ける。
「クロースアーマーがダメ、ということはないと思うんです。
むしろ採取作業だけを考えたら、ソフトレザーよりも動きやすく作業はしやすいと思うんですけど……。
野外での活動ですから、獣とかに襲われる可能性もありますから、ちゃんとした防具を、と言うのが一つ。
それと、この先色んな冒険に出ることを考えたら、楽すぎて、しかも薬草採取以外には役に立ちそうにないクロースアーマーを着るよりも、ソフトレザーに慣れながら、体力を付けるの方がいいかなと思いまして……」
「なるほどな、では軍手にしたのは?」
「えっと、革の手袋だと、ゴワゴワして作業しにくそうというのがありました。
薬草採取だったら、薬草を乱暴に扱わない方がいいと思いますけど、つい力が入っちゃいそうな気がして。
だったら、葉っぱで手を切らないくらいには守ってくれるし、軍手がいいかな、と」
ミントの答えに、ヴィオラはうんうんと頷きながら相づちを打って。
それから、少しばかり笑みを見せた。
「うん、そこまで考えて出した答えなら、合格と言って良い」
「やった! 合格って言ってもらえました!」
ぎゅっと両手を胸の前で握りしめて、思わずぴょんぴょんとミントは跳ねてしまう。
その愛らしい仕草に周囲の冒険者達は顔を緩め、ヴィオラすら一瞬目を細めた。
すぐに表情を取り繕ったのを見て、リブラなどは「意地っ張りなんだから」などと呟いたりしているのだが。
しかし、そうやって喜んでいたのもつかの間。
ミントは表情を改めて、ヴィオラへと視線を向けた。
「でも、その言い方ですと、多分他の答えを正解だと思ってました?」
「ん~……いや、今回の場合は、正解を二つ考えていた、というのが正直なところなんだ」
思わぬミントの追求に、ヴィオラは苦笑しながら頷いて返す。
やっぱり、とミントはちょっと得意げな顔になったりもしている辺り、色々な意味で馴染み始めているのかも知れない。
「私が考えていた一つは、大体ミントが言った通りだな。
野獣などに対する防具としてのソフトレザーアーマー、ついでに体力作りも兼ねる、と。
そして作業性を考えて布の軍手を選ぶというのは正しい。
特に薬草の扱いまで考えていたというのは評価していいだろう」
「わわっ、なんだか照れちゃいますね……」
淡々とした、だからこそ率直なヴィオラの言葉に、ミントは思わずもじもじとしてしまう。
まさかこんなに評価してもらえるとは、思っても居なかったからだ。
しかし、もう一つ答えがあると、彼女は言う。
「もう一つ考えていたのは、ソフトレザーで革手袋、だな。
革手袋は硬いので手先の作業には向かないが、その分丈夫で防具としての性能は軍手よりもずっと上だ。
獣に襲われた時はもちろん、例えばうっかり植物のトゲやササクレを掴んでしまっても、怪我をする可能性は低い」
「そういえば、村の手伝いの時も気をつけるように言われてました」
「その時は布の軍手だったか?」
「あ、はい」
ヴィオラの説明を聞いたミントはふと思い出したように言う。
あの時は猫の手も借りたい程に忙しかったから、幼いミントも駆り出されていた。
もちろん、とても単純な作業ばかりではあったが。
「布の軍手は柔らかいから、すぐ作業に使うことができる。
だからミントが今、薬草採取に使う分には最善と言えるだろう」
「……今、っていうことは、将来的には違うんですか?」
ミントの察しの良さに、思わずヴィオラは笑みを零してしまった。
厳しい先輩でいようとしても、どうにもこの後輩は思わず笑顔を誘ってくれるらしい。
「ああ、布の軍手はすぐ馴染む分、使っている内にどんどん劣化していく。
それに、近場の危険が少ない場所で薬草を採取するだけならいいが、様々な植物が入り交じる場所で珍しい薬草を探すようになった時は、危険が増す。
布は液体を簡単に通してしまうからな、毒性の強い汁を出す植物を間違って触ってしまった場合、命に関わることだって起こりえる。
革だって完全に遮蔽するわけではないが、布よりも随分とましだ」
「そういえば……かぶれる汁を出す植物もありますよね、あれも使い道があるっておじいちゃんが言ってましたけど」
「もしかしたら漆のことかな。あれは接着剤やコーティング剤に使われるが、扱いを間違うとかぶれるからな。
そして、そういう薬草を扱うことも考えて、今のうちからできる準備として、敢えて革手袋を使う、という考えもある」
「敢えて、使いづらい革手袋を、ですか?」
ヴィオラの説明に、何となく納得するところはあるが、完全には飲み込めきれない。
そんな表情を見せるミントへと、ヴィオラは頷いて見せる。
「ああ、布は最初から形を変えて馴染むが、だからこそ完全には馴染まない。
しかし革は使い込むことによって形を少しずつ変えていき、馴染めば寄り添うかのようにぴったりと馴染む。
そこまで馴染んだ革手袋は、危険な物に触れることが多い私達冒険者にとっては一つの財産と言って良いだろう」
「な、なるほど……その財産を、今から作るという考え方もあるということですか」
「そういうことだ。しかし、短期的に考えれば収入が伸びない原因になりえるし、革は手入れも少々面倒だ。
おまけに、布よりも通気性が悪いから、ローテーション用に二つか三つを同時に使って育てていった方が良い。
金額的にも時間的にもコストは大きいから、これが絶対の正解とは言えないが、選択肢の一つとしては入れておきたいところだな」
そこで言葉を切ると、喉が渇いたのかヴィオラはグラスを手にしてぐいっと煽る。
まるでそれは、さながらミントに考える時間を与えるかのよう。
そしてミントは、それを意識することもなく頭を動かしていた。
ミントの表情の動きを見ていたヴィオラは、グラスの影で唇を笑みの形にして、また戻し。
「さて、ミント。お前なら、どうする?」
試すように、挑発するように。ヴィオラは、再度ミントへと問いかけた。