ダンジョンへの第一歩:解答編
「またクラシカルなこだわりがあるんだねぇ、エイジってば」
妖精のざわめき亭に戻ってきてから一連の話をすれば、ちょうど居合わせていたシーフのカルタが呆れ半分、感心半分な口調で言った。
いや、少々からかう色もあるにはあるか。
短い赤髪に切れ長で挑発的な目つきをしているボーイッシュな彼女が言えば、気の短い男であれば煽られたかと思うかも知れないが、言われたエイジは気楽そうに笑うばかり。
「そりゃそうだ、何しろ昔から使われてきてる上に、ここぞって時には何度も助けられたからな!」
「あんただけだよ、あそこまで見事にことごとく罠を発動させられるのは。何食ったらそんな風になれんのさ?」
「いや~、わからん! つかそもそも食ったもんで変わるかとか、何がどうしてこうなったのかわかんねぇしな!」
「まったく、あたしみたいな仕事の人間からしたら羨ましくて仕方ないよ」
今度こそ呆れ100%でカルタがため息を吐く。
何しろカルタはシーフだ、常に罠がないかと気を張り、見つければ危険と隣り合わせの状態で解除をしなければいけない立場。
そんな彼女からすれば、勘を頼りにあちこちを10フィートの棒で突いては罠を発動させるエイジはある意味で羨ましくて仕方ないだろう。
だが、そんな二人のやり取りを聞いていたミントは、聞き捨てならない言葉に仰天してしまった。
「ちょ、ちょっと待ってください、エイジさん、カルタさん!
見事に罠を発動って、どういうことなんですか!?」
その悲鳴のような声に、エイジとカルタは二人揃って「あ、そうだったそうだった」などと言いながらばつが悪そうに頭を掻く。
それから、説明せねばとカルタがミントに向き直る。
ちなみに、ミントが冒険者として活動を始めてから数ヶ月の間に、カルタとは何度か顔を合わせてはいた。
「ごめんごめん、ミントは知らないよねぇ。っていうか、エイジからまだ説明されてなかったんだ?
エイジが言うところの10フィート棒っていうのは、離れたところから壁や床を突いたり叩いたりして罠がないか確かめるための道具なんだ。……で、大体罠が見つかる時っていうのは、発動する時でね?」
「はい!? そ、そんなやり方ありなんですか!?」
「言いたくなる気持ちはわかるけど、昔はこれが基本だったらしいんだよねぇ。
なんせあたしらも人間だ、どうしたって罠の見落としは出ちまう。なのに気付かずに進んだら、あたしはもちろんパーティまで全滅の危機になりかねない。
だから、あたしらシーフが調べた上で更に棒で叩いて確認する、まさに石橋を叩いて渡るみたいな真似してたのさ、昔はねぇ」
しみじみと昔を懐かしむかのように言うカルタ。ちなみに、彼女の見た目は二十代の女性である。
いや、伝聞形式で言っているのだから、誰かから聞いた話なのだろうが……妙に実感がこもっているのは何故だろう。
などという疑問は、驚いているミントの頭からは生まれてこなかった。
「で、でも、そんなことしてたら危なくないですか!? 発動するっていうことは、発動しちゃうってことですよね?」
驚きと心配のあまり、同じようなことを繰り返して言ってしまうミント。
確かに、言いたくなってしまう気持ちもわかるのだが。
「そのために10フィート、大体3mもの長さがあるわけだ。
だいたいの罠ってのは、落とし穴だったり釣り天井だったり、横から矢が飛んできたりと、そのスイッチの近くに被害を及ぼすものがほとんどなんだよ。
で、3mくらい離れたとこであれば普通は被害に遭わなくてすむ、ってことでこの棒が重宝されるわけさ!」
「な、なるほど……?」
エイジの説明に、しかしミントが返した言葉は半信半疑なもの。
その声音に気付いたカルタが、あははと無遠慮な笑い声を立てた。
「あっはは、流石ミントは鋭いねぇ。そ、当然そんなものが使われてたら、ダンジョン作る方も対策を考えるようになる。
で、スイッチから11フィートの範囲に効果を及ぼす、なんて罠も出てきてね、最近じゃあんまり見なくなってるんだよねぇ。
まあ、ならば12フィートだ、こっちは13フィートだ、なんて阿呆な競争があったりもしたらしいんだけど……そしたらどうなったと思う?」
「え? そんなにどんどん長くなったら……あの、角を曲がれなくなったりしません?」
カルタの問いに、ミントはぱちくりと瞬きをして。しばし考えた後、おずおずとした声で答える。
すると今度は余程ツボに入ったのか、パチパチと……いや、バンバンと勢いよく手を打ち合わせながらカルタは大笑いをはじめた。
「そっ、その通り! いやぁ、ちょっと考えたらわかるだろうに、阿呆だよねぇ。
立てれば曲がれるだろうって言い出したら、今度は天井を低くしてね。にっちもさっちもいかなくなって、段々使わなくなったんだけど……これで終われば冒険者の負け、と思いきや、ダンジョンの創造主にも思わぬ弊害が生じちゃってさ」
「え、弊害、ですか? ええと、天井が低くなった、弊害?」
「そそ、天井が低くなった弊害。何かわかる?」
問われて、またミントは考える。天井が低い、ということは。
それも、10フィートの棒、3m程度の……いや、それがちょっと長くなった程度な。
エイジの身長が確か2m近く……と、スケール感を確認しようとエイジを見た。
高い上背、それに合わせて長い腕、武器は長大な剣……流石にこれは3mもの刀身はないが……。
「武器が振りにくそうですね……あ。エイジさんより大きな、巨人とかがダンジョンに入れない……?」
「正解! いや~巨人とかオーガとか、身長がでかい連中って単純にぶん回すだけの棍棒とかしか使えないのに天井がそれだもの、まともに戦えなくなってさぁ。中には、そもそも天井に頭がつっかえるから中腰になるしかないのもいて、あれは敵ながら可哀想だったわ~」
「うわぁ……そんな窮屈な状態だったら、リームさんの矢とか避けられないですよねぇ……」
「そそ、だから前衛が抑えて後衛が撃つ、で終わりだったわけ。普段通りに動けないから前衛もまぐれ当たりにだけ気をつけてれば良かったから、普段より楽なくらいだったみたいだし」
「それは、そうなっちゃいますよねぇ……中腰じゃ、攻撃もろくに出来なさそうですし。
当時のことを思い出したのかゲラゲラ笑うカルタと対照的に、ミントは本当に哀れみの念を感じてしまった。
巨人と実際に会ったことがなくてその恐ろしさがわからないせいか、普通の人間をそのまま大きくした姿で中腰になって窮屈そうにしている姿しか想像出来ないのだからある意味仕方がない。
「いやいや、中腰でもちゃんと動こうと思えば動けるんだぜ? 大分修練しなきゃいけないけど」
と、そこに割って入ったのはエイジであった。
一瞬疑わしげな目を向けるカルタだったが、すぐに思い直したか表情を改める。
「そういえエイジは身体動かすのだけは得意な上に、時々変なこと知ってるよねぇ」
「おいおい、そんなに褒めるなよ~」
「いや……ま、いいや。それってエイジも出来たりすんの?」
「ああ、もちろだ! 例えばこんなのがあってだな……」
そう言いながらエイジが披露したのは、中国拳法の套路……立ち方や歩き方を含めた一連の型のようなものだった。
もちろんカルタやミントはそれが何なのかはわからないが……確かに動けていること、そしてある程度以上の戦闘能力を有していることは、なんとなくだがわからなくはない。
だが、それと同時にもう一つわかったことがある。
「エイジ、確かに動けてるのはわかったけどさ、それが出来るまで結構練習したんじゃない?」
「おう、そうだな、一時期はまって、一日数時間とかやってたこともあるぞ!」
「数時間って……流石エイジさん、と言っていいのかなんなのか……」
カルタの問い、というよりは確認に、エイジはニッカリと朗らかな笑顔を見せるのだが……聞いていたミントはドン引きである。
ミントとて普段は槍の訓練だなんだをやっているうちに数時間経っていることはある。
だがエイジが言っているのは、その普段の訓練にプラスしてという意味であることが、なんとなくわかった。
そこまでいくと、食事や睡眠など、生きていくのに必要な時間を除けばほとんど訓練漬けだったのではないか。
それだけの間動けるエイジの体力を想像すると、ドン引きしてしまうのも仕方ないかも知れない。
「……でさ。巨人とかが、大人しくそんな訓練すると思う?」
「……するわきゃないな、言われてみれば」
「だよねぇ。ってことはやっぱ無理じゃん。いや、ほんとにやってるのもいるかもしんないけど、居たら怖い。っつーか逃げる」
「え~、そんな奴いたら、俺はいっちょやってみたいけどなぁ」
「そんときゃあんた一人でやってちょうだい、あたしゃ付き合ってらんないわ~」
ヒラヒラと手を振って見せるカルタに、ミントは悩む。
まさについ先程、エイジは一人でゴブリンキングと斬り結び、なんならほとんど一人で倒してしまったことを、言ってしまうかどうか。
……迷った末に、ミントは黙っておくことにした。
「ところで話を戻して。そんなこんながあったから、最近はあんまり使わないわね。
ダンジョンの創造主だとか神様だとかも、不毛だってことに気付いたみたいだし。
だから最近だと、『あ、ここは調べた方がいいんだな』ってお告げがあるくらいだし」
「はあ、お告げ。……カルタさんも聞けるんですねぇ……」
「大体の冒険者は聞けると思うわよ? ミントの場合はまだまだ日が浅いから、お告げの必要もないだけじゃないかな」
少しだけ残念な気がして、ミントは小さく溜息を吐いた。
ヴィオラもリブラも聞くという神のお告げを、ミントはまだ聞いたことがない。
カルタが言う通り、今までお告げが必要と感じたことはないが。それでも、少しばかり残念な気もする。
「ちぇ~、だから最近は持ってる奴も少ないのか、10フィートの棒」
「そもそもしっかり準備してダンジョンを攻略しようというパーティであれば、必要ないことが多いからな」
「お? なんだノイズじゃないか! 相変わらずノリの悪い顔してんなぁ!」
「君の悪ノリが過ぎるだけだ、一緒にするな」
エイジのぼやきに割って入ったのは、短い黒髪にやや神経質そうな目つきをした男。
来ているローブを見てわかるように、ノイズは魔術師として時折冒険に参加しており、ここの面々とも顔見知りだ。
若干エイジに対して否定的な物言いをしているが……見たところ仲が悪いようにも見えない。
「で、必要ないってのはどういうことなんだ?」
「君と組んでいる時には必要なことがほとんどないから使って見せたことはないが、最近の魔術師であればこういう魔術を知っているんだ」
そう言いながらノイズが簡単な呪文を唱えると、少し離れた……それこそ3mほど離れたところに、にゅっとほの白く輝く手が出現した。
「はい!?」
驚くミントの前までその手は移動してきて、挨拶するかのように指を動かし、なんなら近くにあったコップを持ち上げて見せたりとパフォーマンスを披露する。
「おっ、なんか面白いの出てきたな! これ、ノイズの魔法か!?」
「魔法じゃない、魔術だ。違いについては後々説明するとして……こうやって、離れたところに手を出す初級呪文が開発されているから、魔術師がいる場合はこの手で調べることが出来るため、その長い棒が不要になった側面もある」
「へ~、便利な魔法……じゃない、魔術もあるもんだなぁ」
「ただし、魔術師がいないと使えないし、居ても気絶しているなんてこともあるから、絶対に不要、とまでは言わないが。
特にお前が持っている分には、その効果を否定するものではない」
肩を竦めながら、ノイズが言う。
これがまさにエイジがこの魔術の手を見たことがない理由で、つまり、エイジがいる時にはほとんど出番がないのだ。
さらにカルタまでいた日にはなおのこと。
「ミント、覚えておくといい。大事なのは棒だとか魔術の手だとかの手段ではない。罠に対して二重三重に、複数の手段でもって備えておくという心構えこそが肝要なのだと」
「なるほど……わかりました! 私も、自分でも何か出来ないかとか、そもそも引っかからないようにするだとか気をつけます!」
ノイズの言葉に、ミントは素直に頷く。
あまりに素直なその反応に、普段はスレた連中ばかり相手にしているノイズは頬を緩ませ、優しげな笑みを見せるのだった。




