集団戦の心得:決着編
ミントが見事二体のゴブリンを打ち倒したその頃。
広場の決戦は佳境を迎えていた。
「ゴギャァァァァ!!」
大きな叫び声を上げながら、ゴブリンガードがついに力尽き、倒れた。
その大盾を駆使して、ここまでヴィオラ達の猛攻を凌いでいたこと自体は賞賛に値すると言えよう。
だが、残念ながら凌ぐのがやっとでもあった。
盾は削られ、防ぎきれないダメージが蓄積し、限界を超えてしまった瞬間、それを見逃すわけもなくヴィオラが容赦ない突きを入れて、こちらの局面は情勢が決まった。
「ギュアッ、ッギャ!!」
とうとう盾役がいなくなったことで慌てたゴブリンシャーマンが攻撃魔法をヴィオラに放つも、有効打にはならない。
当たる直前に、不可視の壁がその攻撃魔法を防いで威力を軽減させたのだが、そのことにゴブリンシャーマンが気付く余裕はなかった。
それがリブラのくれたタリスマンのおかげだとわかったヴィオラは、少しばかり笑みを滲ませながらゴブリンシャーマンへと接近、振り回される杖を掻い潜るように放った必殺の突きが心臓を捉え。
「ギュォッ……ゴォ……」
引き抜けば一気に血が溢れ出し、それとともに力が抜けたか、ゴブリンシャーマンは崩れ落ちる。
うつ伏せに倒れたゴブリンシャーマンの首筋、延髄にあたる部分へとヴィオラはもう一突き。
完全に容赦なくとどめを刺すのは、彼女の性格ゆえか。
いや、知恵のあるゴブリンシャーマン相手に、死んだふりを警戒するのは当然でもあるのだろう。
少なくとも、彼女を援護していたリブラやリームに引いた様子はない。
引く可能性のあったミントは、ゴブリンを仕留め終わってやっと戻って来たためその場面を見ていなかった。
「これで後は……」
小さく息を吐き出して呼吸を整えたヴィオラは、ゴブリンキングへと向き直り。
そして。
「は?」
と、呆気に取られたような声を漏らした。
歴戦の傭兵であるはずの彼女が、だ。
そして、その視線の先では、ヴィオラですら呆気に取られても仕方がない光景が繰り広げられていた。
「うおらぁぁぁぁぁ!!」
「グルァァァァァ!!!」
エイジとゴブリンキングが、互角に切り結んでいる。
まずその光景自体がおかしい。
リームやリブラは見ていたが、今やっとその光景に気がついたヴィオラからすれば、それは一瞬フリーズしてもおかしくない光景だ。
さらに、もっとおかしいことに。
「どうしたどうしたぁ! 俺をもっと燃えさせてみろぉぉぉ!!!」
「ガ、ギュァァァ!?」
「エイジが、押してる……?」
そう、普通であれば腕利きが数人がかりで押さえ込むはずのゴブリンキングを、エイジは一人で、押し込んでいた。
最早その光景は、異常事態とすら言っていい。
「……エイジから、狂戦士にとりつく精霊に似た気配がする」
「似た気配? 狂気の精霊フューリーそのものではなく?」
ぽつりとつぶやいたリームの言葉を拾ったリブラが問えば、リームは首を横に振って答えた。
「違う。似ているけれど、違う。しかもそれは、エイジそのものから発せられている」
「ど、どういうこと……? それじゃまるで、エイジくん自身が狂気の精霊であるかのような……」
「それも違う。エイジは確かに人間。けれどその内側から、狂戦士のそれに似た力が溢れ出している。
おまけに、そんな状態なのに、エイジは正気を失っていない」
「ある意味とっくにまともじゃなくなってるけどな……」
「ま、ますますどういうことかわからないわ……もう無茶苦茶よ……」
淡々と、しかしどこか呆れたような口調で紡がれるリームの解説に、ヴィオラはぼやくしかなく、ついにリブラは匙を投げた。
エイジは、狂戦士、バーサーカーに近い状態にある。
それでいて、正気は失っていない。テンションは狂戦士に近いところまで高まっているようだが。
「オラオラオラオラオラオラオラ!!!」
「ゴォォォ!? ゴボッ、グッ、ゴァァァァ!?」
エイジの身長ほどもあるような長大なグレートソードによるものとはとても思えない、凶悪なラッシュ。
いかなゴブリンキングと言えどもそれを受けきることなど出来ず、ついにあちこちへと手傷を負い始めた。
それに応じて、エイジの動きはますます鋭さを増していく。
「……もしかして、私の援護は不要か?」
「い、一応、支援魔術はかけておくわね……?」
嵐のような凶暴さで振り回されるエイジの長大な刃を前に、ヴィオラですら間合いを測りかねていた。
邪魔をすることのないリブラの身体能力向上魔術が飛び、時に回復魔術が飛び。
しかし、それ以上の援護が出来ないし、必要とも思えない。
「……ミント、お前、『オーラ・スラスト』で援護してみるか?」
「い、いやですよ! あんなエイジさんの近くにだなんて、とてもとても!」
ヴィオラとミント、槍使いが二人してそんなことを言い合ってしまう程に、エイジの暴れっぷりは常軌を逸していた。
「ああ、もしかして、今なら。『スネア』」
リームほどの名手ですら矢を射かけることが躊躇われるほどの斬り合いの中、不意に放たれた魔術。
地の精霊に働きかけて転ばせる初級魔術は、普通であればゴブリンキングに通じるはずもない。
なかった。
だが、エイジへと完全に意識を持って行かれていたこのタイミングでそれは、ある意味で致命的だった。
「ギュォォ!?」
完全に転倒するまでには至らなかった。
しかし、体勢を崩し、動きを止めることは出来た。
それは、今のエイジ相手には致命的だった。
「うおらぁぁぁぁぁ!!!」
裂帛の気合ともにエイジが大剣を横に払えば、銀の光がゴブリンキングの首を捉えて。
拍子抜けするほどにあっさりと、その首が、飛んだ。
「うわ、まじか……」
「うそでしょ……?」
「やっぱ人間じゃない」
ヴィオラ、リブラ、リームがそれぞれに好き勝手言いながら向けている視線の先で、ゴブリンキングの首が放物線を描き……地面へと、落ちた。
「うおっしゃぁぁぁっぁ!! やったぞぉぉおぉ!!」
エイジの雄叫びが響くも、その叫びに応じる者は誰もいない。
応じることが、出来ない。
ただ呆れたように、支援魔術ありとはいえほぼ単独でのゴブリンキング撃破、というとんでもない偉業を果たした男を見つめることしか出来なかった。




