集団戦の心得:解答編
人間であれば見通すことなど到底出来ない闇の中で、ゴブリン達は待ち受けていた。
そこは、奥まったところにある、開けた場所。
角笛の音に反応したゴブリン達は、その後戻って来ない。
さらには、状況を知らせる角笛の合図も聞こえてこない。
これらが意味するところを、少なくともゴブリンキングは理解していた。
だから、彼は配下に指示を出し、歓迎の準備を整えている。
後は客人が来れば、歓迎会の始まりだ。
などと考えているうちに、彼の感覚が、人の気配を捉える。
明かりを必要とせず隠密能力も高いリーム一人の時はまだしも、流石にこの人数であればいやでも気付く。
ましてミント達は、明かりを消すこともしていなかったのだから。
「グギャ、ギャグガ」
「ギャ、ガギャ!」
ゴブリンキングの下した指示に、配下のゴブリン達はそれぞれに頷く。
ゴブリンレンジャー二体は弓を構え、ゴブリンシャーマンは魔法の準備をし、ゴブリンガードはその護衛に回る。
そして普通のゴブリン達も準備をしていたところで、ついに明かりが見えるところまで侵入者達がやってきた。
来る。
ゴブリン達ですら、緊張感を高めるその一瞬。
ついに、明かりが広間へと入ってきた。
「グギャ!」
「ギャギャ!」
途端、それに反応したゴブリンレンジャー達が矢を放つ。
しかし、それを見たゴブリンキングは、憤りの声を上げた。
「ギャギャギャ!! ギャグァ!」
そして、放たれた矢は誰をも捉えることなく、虚しく地面へと落ちていく。
そう、その明かりは、エイジが手にしていたたいまつを放り込んできたためのもの。
当然その先には誰もおらず、放たれた矢は空振りで。
ゴブリンレンジャー達は、飛び道具を使えるという貴重な行動を、無為に浪費した。
「いくぜ!」
「ああ!」
エイジのかけ声にヴィオラが応じ、リブラの放つライトの光を背に受けながら二人はそれこそ矢のように突入する。
さらには、それだけ派手に突っ込んでいく二人を囮にしながらリームが、リブラが広場へと踏入り。
「グギャッ!?」「ギャウッ!?」
その剣で、槍で、矢で、魔法で。
一気に、普通のゴブリン四体を葬った。
本来であれば、回復魔法を使い戦いを長引かせるゴブリンシャーマンを優先的に倒したいところ。
しかし流石に、いくらゴブリンシャーマンが回復魔法を使えると言っても、死んだゴブリンを回復させることはできない。
そして、倒れた彼らを見れば、それぞれに縄の両端に石をくくりつけたボーラと呼ばれる、足に絡みつかせて動きを阻害するための武器だとか、粗末な網のようなものを手にしていた。
どうやら、ゴブリンキングの指示の元、彼らは足止めに徹するつもりだったらしい。
だが、その目論見は、一撃でゴブリンを落とせるエイジ達の攻撃力の前に、皮算用に終わってしまった。
「ギャギャッ! ギャッギャッ!!」
それに腹を立てたらしいゴブリンキングに命じられたゴブリンレンジャー達が矢を放つが、エイジとヴィオラはひらりとかわしてしまう。
エイジもヴィオラも、前衛ではあるが盾を持たない回避型。
そうなると、敵の数が多くまぐれ当たりが起こりえる状況はできるだけ避けたいところ。
いや、エイジは食らっても少々のことではダメージを受けないだろうが、ヴィオラにとっては好ましくない。
おまけに色々と知恵の回るゴブリンキングのことだ、ゴブリンを捨て駒に何をしてくるかわかったものではない。
「以前、ゴブリン・グレネードという戦術を使われたことがあったんだ……。
それが何かわかっていないゴブリン達に爆発する魔法を封じ込めた箱やらを運ばせて、敵地でゴブリンもろとも爆発させるという、な。
知能が低いからこその使いようもある、ということではあるんだが、胸くそ悪くて仕方なかったよ」
と、突入前にヴィオラが苦い顔で語ったりしたものだ。
そう考えると、空振りに終わったといえどまだこのゴブリンキングは良心的な方だったと言えよう。
そして策が失敗したと見るや、ゴブリンシャーマンはゴブリンガードに防御魔法をかけ、盾役の彼を少しでも長生きさせようと試みる。
それを見たヴィオラがハンドサインを送れば、リームが狙ったのはゴブリンレンジャー。
矢が直撃するも、流石に一撃では落とせない。
しかしそこにヴィオラが踏み込んでトドメをさした。
もう一体のゴブリンレンジャーにはエイジが向かい、こちらはバッサリと一太刀で仕留めてしまっている。
と、そのエイジが慌てて剣を構え直したと思えば、ガギィンと鋭い金属音がした。
「はっ、流石親玉さん、俺に目を付けるったぁ、お目が高い!」
そう、ゴブリンレンジャーを一太刀で倒したエイジへと、ゴブリンキングが手にした剣で一撃を入れてきたのだ。
しかし、エイジはそれを両手剣でガード。一度距離を取り、お互いに構え直す。
じり、と間合いを計りながら、距離を詰めて。
一度、二度、三度、と金属の刃同士が噛み合い、強烈な音を当たりに響かせる。
「うそでしょ……ゴブリンキングを一人で抑え込んでる……」
「そ、そんなに凄いことなんですか?」
呆然とした顔のまま、リブラはミントの疑問に頷いて答える。
本来、ゴブリンキングは熟練の前衛職が数人がかりで囲んでようやっと抑え込めるもの。
それを一人で相手取っているのだから、エイジの能力は本当に底知れない。
だが、さすがに少々押され気味ではあった。
「そうよね、エイジくんだって人間だものね。『ヒール』」
「何かピンチを喜ばれてねぇか、俺!?」
リブラの安堵の声に、エイジが思わず声を上げる。
だが、実際人間離れした活躍を見せているのだから、リブラがそう言ってしまうのも仕方ないかも知れない。
本来であれば賞賛されるべきところなのだが。
「悪いがエイジ、もう少しだけ一人で頼む!」
「ああ、まかせろい! っつーか、流石に俺も本気出さねぇとやべぇか、これは」
そう言いながらエイジは一瞬ゴブリンキングから距離を取り。
「初めてだぜ、俺にこれを外させる奴はよ」
かっこうを付けながら、右目を覆っている眼帯を外した。
「えっ、普通に右目がありますよ!?」
「まさか……伝説の剣聖の真似……? 敢えて普段は片目を封じて相手との間合いを掴む感覚を鋭くしていたとかいう……」
「伝説の真似をほんとにするのがいたとは……」
驚愕するミント達。いや、ゴブリンキングすら、若干引いているような気配すらある。
そんな空気の中、一人エイジは得意げに両手剣を構え直してゴブリンキングと向き合った。
「さあ、俺の本気を見せてやるぜぇ!」
叫びとともに猛然とエイジが斬りかかれば、はっとゴブリンキングも気を取り直して迎え撃つ。
だが今度は、エイジの動きに鋭さが増し、全くの互角にまで持ち込んでしまっていた。
「やっぱりエイジは人間じゃないね」
「言わないであげてください、リームさん……」
呆れたように言いながらリームがゴブリンシャーマンへと矢を放ち、それをかばったゴブリンガードが盾で防ぐ。
だが、その盾はヴィオラとリームの攻撃でかなり傷んでおり、そう長くはもちそうもない。
これでゴブリンガードが倒れればゴブリンシャーマンも程なく落とせるだろう。
そうなればゴブリンシャーマンの支援もなくなり、今エイジと五分の戦いをしているゴブリンキングは、一気に劣勢となるだろう。
形勢は、かなりミント達に有利となっていたのだが。
「ヴィオラさん! 入り口の方から足音がします、多分二体!」
「ちっ、やはり見回りのゴブリンが戻ってきたか」
ミントの声に、ヴィオラは思わず舌打ちをしてしまう。
最初から、このことは想定してはいた。何しろ、極めて効率的にここまで来た結果、哨戒中のゴブリンに会わなかったのだから。
そしてこの状況、早くゴブリンガードとゴブリンシャーマンを倒さねば、いくらエイジでも万が一がありえる。
彼女が戻ることはできないし、リブラもエイジの支援を切らせるわけにはいかない。
「……ミント、頼んだぞ」
「は、はいっ!」
ミントを前に出さなかったのは、このためだ。
任せるのも任されるのも不安は残るが、しかし、彼女もまた冒険者としてここに来ているのだ。
槍をしっかりと構え直し、入り口方向へと視線を送る。
初の実戦、しかも二対一。
先程までゴブリン達を見ていて、一対一なら何とかなるイメージは作れていた。
だが、二体となると……緊張で、ミントの額に汗が浮かぶ。
それでも、この状況ではやるしかない。
そうして待ち受けていれば、ついに二体のゴブリンが洞窟の向こうから姿を見せた。
ゴクリ、唾を飲み込んで。
「『スネア』」
そこに、リームの声が響き渡ると、一体のゴブリンが足を取られたのかその場ですっころんだ。
思わず驚きにミントは目を瞠るが、振り返らずにしっかりと残る一体のゴブリンを見据える。
この状況なら、瞬間的に一対一。であれば、イメージの通りに。
ゴブリンが持っているのはボロボロのショートソード。
間合いは槍を持つミントが有利。
一目散に駆けてくる動きを見て、間合いをはかって。
ぐっと、槍に力を込める感覚。
ほのかに輝きを放ちだした槍を見て、驚いたゴブリンが動きを止めた。
「そこっ! 『オーラ・スラスト』!」
気合いの声と共にミントが槍を突き出せば、慌ててゴブリンが後ろへとバックステップ。
本来の槍であれば、ぎりぎりかわせたかも知れなかったのだが。
そこから更に光の刃が伸びて、ゴブリンの胸を深々と貫いた。
「ギャッ、ガァッ……」
その一撃は見事に致命傷だったようで、ゴブリンは力無く声を漏らしながら地面へと倒れる。
初めて、モンスターを倒した。
その感慨に耽る暇もなく、転んでいたゴブリンが立ち上がるのを見たミントは、そちらへと駆け寄る。
「これでも、くらえぇぇ!」
気合いの言葉と共に繰り出されたオーラの刃を纏う槍が、もう一体のゴブリンをも突き倒す。
同じように力無く倒れていくゴブリンを見ながら、ミントは槍をいまだ構えたまま。
「はぁ、はぁ……や、やった……倒せた……」
まだどこか実感のないような声で、呟いた。




