冒険への第一歩:解答編
「わ、私だったら……この、マチェットを選びます」
ヴィオラの問いに考え込んでいた少女が顔を上げてそう答えると、ヴィオラは少しばかり眉を上げた。
「ほう。ちなみに、どうしてだ?」
「えっ、理由ですか? その、マチェットだったら村の手伝いで使ったこともあるから、まだ手に馴染んでるので、ましかなって」
「なるほどな」
少女の答えにヴィオラはうんうんと頷いて。
ほっとしたような表情を見せた少女へと、ニンマリ、意地の悪い笑みを見せた。
「残念だが、その答えだと30点だな」
「ええ!? そ、そんな低い点数なんですか!? あたし、失格ですか!?」
もしかしたら、と覚悟していた低い点数に、少女は悲鳴を上げて。
ヴィオラは、少し目を細めた。面白い、と言わんばかりに。
手伝いでマチェットを使うとなれば、どこぞの山村出身なのだろう。
この国ではまだまだ教育は行き届いて折らず、そんな山村にはとても学校だとか呼べるような施設はないはずだ。
だというのに、彼女は30点という採点が、100点満点で30点、及第点に届いていないということを理解した。
その理解力は冒険者として必要なことである。ということを、ヴィオラはすぐには教えてやらないのだが。
「失格、までは言わないが、まだまだだな。まあ、駆け出しなんてのはそんなものだが」
「うう、ていうか駆け出してすらいないんですけど……」
むしろ、駆け出そうとしたところを引き留めたのがヴィオラですらあるのだが。
当の本人はそんなことをとっくの昔に流してしまっているかのようである。
「ふむ、そう考えれば悪くないとも言えるか。冒険に出ることを考えれば、手に馴染んだものを使おうと考えたこと自体は悪くない。
ただ、それだけでは十分とも言えないな」
「そうねぇ、自分に馴染んでいることは考えられたけれど、それだけでは不十分。
知恵の神クノーグ様のお言葉にも『事を為すには己と相手をよく知れ』というものがあるわ」
「相手……?」
ヴィオラの言葉を受けて、リブラが頷きながら続けた言葉は、歌のようなリズムと抑揚があり、自然と耳から頭へと入っていくかのよう。
思わず聞き惚れていた少女は、やがてその意味が染みこんできたのか、はっとしたような顔になった。
「あ、この場合、どこに、何を採りにいくか……?」
「……中々悪くない反応だな。その通り、そこまで考えなければいけない。
さっきも言ったが、当面お前が受けられる依頼は薬草の採取。となると場所はどこが考えられる?」
「草原とか、森、林の中……あ、だから」
「そう、森や林で藪を払うなど様々な用途にも使えることも考えてマチェットを選んだのだったら60点をやったところだ。
実際、マチェット自体はお前が使えるくらい取り回しが良い割に、当たれば威力もそれなりにある。
色々な意味で実用性が高いと言って良いだろう」
「はえ~……な、なるほど、そこまで考えて選ぶべきだったんですね……」
ヴィオラの解説に、納得したように頷いていた少女は、あれ? と小首を傾げた。
「え、でも、それでも60点なんですか? 正解ではない、と……」
「うん、私の考えた正解は違うな」
「じゃあ、その正解って……?」
おずおずと問いかける少女に、向けたヴィオラの笑顔は、悪戯なもの。
なんだか嫌な予感がして顔を引きつらせる少女へと、正解が告げられる。
「私の考えた正解は、槍とマチェットを買う、だ」
「ええええ!? な、なんで、そんなのありなんですか!?」
「ありだともさ、私は一つしか買ってはいけない、なんて言ったか?」
「……た、確かに言ってないですね……で、でも、それってどうなんですか!?」
覿面に狼狽する少女を見て、ヴィオラは実に楽しげだ。
その隣で困ったような微笑みを見せているリブラを見るに、恐らくこういった出題は何度もしているのだろう。
だからか、少女の抗議など、どこ吹く風、だ。
「こんなことは、よくあることさ。むしろ、選択肢を出してくる相手には注意をすることだ。
特に二択なんぞは、どちらを選んでも、相手に都合がいい選択肢であることが少なくないからな」
「うえぇ……そんな、人間不信になりそうなことを……」
ヴィオラの擦れた意見は、純朴な田舎娘である少女には少々刺激が強かったらしい。
渋面を作る少女の肩を、ぽんぽんと宥めるようにリブラが軽く叩く。
「その可能性は頭の片隅に入れておいた方がいいのは事実だけれど、皆が皆そんなことはないから、常に疑ってかかる必要はないのよ。
ずっと疑ってたらキリがないしね」
「そ、そうなんですね……でも、あたし自分でも騙されやすい自覚あるし……気になる時とか、どうすればいいんですか?」
うるうると目を潤ませながら問いかけてくる少女へと、リブラはにっこりとした笑顔を向けた。
「そういう時はね、神様に聞くの」
「……はい?」
唐突な、しかしある意味聖職者らしい答えに、少女はぽかんとした顔になる。
そんな少女へと、リブラはまた笑顔を向けた。
「ええ、神様に、お伺いを立てるの。『この選択肢は選んだ方がいいのですか、第三の選択肢としてこういうのはどうですか』と」
「あ~……確かに最近の神様は優しいのが多いから、聞いてしまうのもありだよなぁ……」
「ヴィオラさんまで!? リブラさんはともかく、ヴィオラさんも神様とお話できるんですか!?」
うんうんとうなずき合っている二人を見て、少女は思わず悲鳴にも似た声を上げる。
自覚はあったのか、苦笑しながらヴィオラは視線を少女へ戻した。
「私は滅多に聞こえないし聞かないが、一応聞こえなくはない。……冒険者だったら、大体聞こえるようになるもの、みたいだな」
「そ、そうなんですか!? ぼ、冒険者って、一体……」
今まで神の声など聞いたことの無かった少女は、ヴィオラの言葉を聞いて呆然とした顔から戻すことができない。
そんな少女へと苦笑を見せながら、ヴィオラは話を続ける。
「さて、なぜ槍も買うのかと言えば、予算内で比較的安価に買える、使いやすい武器だからだ。
お前の身長くらいの長さだったら、立てた状態で持ち歩けば、基本的にお前が歩いて立ち入れる場所には持っていくことができる。
きちんとした武器として使うには相応の技術習得が必要だが、長いから、未熟なお前でも振り回すだけ動物などに対する牽制として役に立つ。
薬草を採りに入った林の中では振り回せないが、突く、振り下ろすという動作に徹していれば使うことはできる。
更には、長い棒として怪しいところを探ったり、高いところの物に触れたり、何なら洗濯物を干したりまでできるからな。
ということで、マチェット一本よりもぐっと対応力、安全性があがるわけだ。
150G残せたら、後は革鎧なんかをちゃんと買えるしな」
「な、なるほど……確かに、マチェットで猪を追い払えって言われたら、ちょっと厳しいと思いますし……」
「そういうことだ。だから私としては、マチェットと槍をお勧めする」
少女が納得したように頷き、ヴィオラが締めに入った、その時だった。
「ちょっと待ったぁ! おいヴィオラ、なんで片手剣じゃないんだ!
その所持金じゃ両手剣は厳しいだろうが、片手剣ならいけるだろ!
槍より携帯性が高く、取り回しも悪くない、攻撃力もばっちり! 何より剣は男のロマンだろ!!」
二十代くらいの男が、話に割って入ってきた。
短くはしてあるがボサボサで手入れの悪い黒髪、黒い眼帯で右目は隠れており、残る左目はつり気味でやや三白眼、それでも整っていると言っていい顔立ち。
着ている服も全身黒をベースにしており、何故だか痛々しい匂いを感じてしまう。
そんな彼へと向ける、ヴィオラの目は冷たい。
「エイジ、まず彼女は女性だ。ついでに言えば、ロマンだけで生きていけるような人間はそう多くない。
実際的な話をすれば、片手剣を買ったら所持金が全部なくなるだろ。今日明日は教会に泊めてもらうとして、その次からの宿代はどうするんだ?
そもそも、薬草採取に行くなら、背負い袋や背負いカゴも買わないといけないだろうし、片手剣を買うなら、盾も買わないと話にならない。
仮に所持金が足りたとしても、両手剣など論外だ。
あれは、お前みたいに腕力と戦闘センスに恵まれた奴が使って初めて威力を発揮する。彼女の細腕では、文字通り荷が重い」
「お? そ、そうか、そりゃぁ仕方ないな、俺ってば天才だからな!」
真っ向から彼の意見を否定するヴィオラの解説を受けて、しかしエイジと呼ばれた男はどこか得意げな顔。
逆に、論破したはずのヴィオラは何か諦めたような顔で溜息を吐いている。
「……あれでエイジくん、ほんとに戦闘では天才的だから扱いに困るのよねぇ……」
「え、そ、そうなんですか……?」
どこかぼやくようなリブラの呟きに、少女は驚いた顔をしながら声を潜め、問い返す。
それに小さく頷いて返す困ったようなリブラの表情は、天才的な剣士を語るそれではないし、彼女の目に見えるエイジは、とても強そうには思えないのだが。
「ええ、そうなのよ。まあ、彼の武勇伝には事欠かないから、また話題に上がってくると思うのだけど、ね」
そう言ってリブラは、説明を放棄した。
少女は、それで察した。こちらからは触れない方がいい話なのだ、と。
何か悟りにも似た感覚に陥っている間に、また別の人間……人間? がヴィオラに話しかけている。
「のぉヴィオラ。選択肢に斧が入っていなかったのは、そこの嬢ちゃんが細腕じゃからか?」
「ああ、その通りだアイゼン。
斧は武器としても道具としても優秀なんだが、如何せんまともに使うには腕力がいる。
残念ながら、彼女が使うには不適だろうな」
ヴィオラの視線が向けられたので、思わず少女は自分の二の腕を隠すように自信の腕を抱え込んだ。
家の手伝いでそれなりに力仕事はしていたが、ヴィオラと話をしている彼には到底及ぶわけもない。
身長こそ少女と同じくらいだが、筋骨隆々な体つき。
もじゃもじゃで濃い茶色の髪はろくに手入れをされておらず、しかし同じ色のもじゃもじゃした髭はきちんと手入れがされている。
恐らく、話に聞くドワーフという種族なのだろう。
本当にいるんだな~と感心しながら見ていたところに、割り込むもう一人。
絹糸のように細くさらさらと流れる金の髪から覗く、尖った耳。
繊細という概念を形にしたかのような、ほっそりとたおやかで美しい存在。
緑色のワンピースにも似た服を着ている彼女は、きっと。
「そこの斧バカはほっといて。どうして弓はダメなの?
遠くから攻撃するのが安全だというなら、これ以上のものはないじゃない」
「リーム、残念ながら私達人間は、貴女達エルフと違って訓練なしでも弓を上手く操れる程器用ではないし、生まれつき風を読む、なんなら見るなんてことはできない。
弓をきちんと使ってあげるには、彼女はまだまだ色々と足りないんだ」
「そうなの? 不便なのね、人間って」
……確かに、御伽話で聞いたこともある、エルフだった。
なんなら、素敵なエルフのお姫様に憧れたこともあった。
目の前にいるエルフの女性は、見た目こそお姫様だが……少々、辛辣なようだ。
御伽話と現実の狭間に揺れながら、あれ? と少女は首を傾げる。
「どうかしました?」
「あ、いえ、大したことじゃないんですけど……ヴィオラさんって、相手の意見を否定する時でも、褒め言葉を入れるんだなぁって思って」
そんな言い回しは少女にとって新鮮で。
聞いたリブラは一瞬驚いたように目を瞠り、ついで嬉しそうな微笑みを見せた。
「ええ、そうなんですよ。ヴィオラちゃんは、認めるべきものは認めるんです。
その上で、状況に不適なものは否定して選択肢から外すことができる。
だからでしょうか、これだけ個性的で自己主張の強い冒険者が集まるこの店で、気がついたらまとめ役みたいなことをしてるのは」
困ったものだわ、なんてことを言いそうな口調で、しかし表情は全く困っていない。
むしろ、そのことを誇っているような。
「あなたも、これから何か困ったことがあったらヴィオラちゃんに聞いてみるといいですよ。
そうしたら、あんな風にもったいぶりながらもちゃんと教えてくれますから」
そう言って少女に笑いかけていたリブラは、はたと何かに気がついた顔をした。
「……そういえば、あなたのお名前を聞いていなかったですね?
一応改めて自己紹介すると、私は知恵の神クノーグに仕えるプリーストのリブラ。
あなたのお名前を聞いてもいいですか?」
問われて少女は、そう言えば、と今更驚いたような顔になる。
そういえば、名乗る間もなくクイズが始まり、いつの間にか先輩冒険者達がわいわいと騒ぎ出し。
名乗っていないことなど意識する暇もなく、この場に飲み込まれていた。
それが、ちょっと嬉しかったから。
「はいっ、私、ミントって言います!」
答える声は、いつもより弾んだものになっていた。