集団戦の心得:出題編
そのゴブリン達は、しっかりと周囲に目を配っていた。
知能が低く、隙あらば手を抜き油断するものが多いゴブリンの中で、彼らは比較的勤勉な個体だったようだ。
だからこそ彼らのリーダーによって門番に抜擢され、こうして警戒している。
そして、だから異変が起こったことに気がつき、そちらへと即座に視線をやった。
人が一人二人ばかり通れる程度に入り口が開いた柵の向こう、鬱蒼と広がる森の方から、何かが来る。
これが獣だとかであれば追い払うだけだが、何となくそうではない気がして、彼らは脇に置いていた角笛へと手を伸ばす。
彼らの予感は、的中していた。
薄暗い森の中から現れたのは、二人の人間。
一人は黒髪に漆黒の鎧、右目を眼帯で覆った偉丈夫。
もう一人は、白い髪に褐色の肌という対照的な色合いを纏った、油断ならぬ雰囲気の女。
その二人を見た瞬間に、彼らは悟った。
こいつらは尋常な相手ではない、と。
次の瞬間には、二人して力一杯角笛を洞窟の中へと向かって吹き。
その次の瞬間には、大剣に斬り倒され、長槍に突き伏せられ絶命していた。
「う、わぁ……ヴィオラさんもエイジさんも凄い動き……あんな一瞬で、この距離を詰めるだなんて」
「最早飛び道具だね、あの二人。特にエイジはおかしい。プレートメイルであの速さは」
「まあ、エイジくんだから……」
後ろで見守っていたミント、援護のために弓を構えていたリーム、神聖魔法で支援するつもりだったリブラがそれぞれにそれぞれの感想を零す。
そして何より恐ろしいのが、あれでまだ、あの二人の全速力ではなかったことだ。
「予定通り角笛も吹かせたし、行こう」
「あ、はい!」
つがえていた矢を戻しながらリームが動き出せば、その護衛を任されたミントも慌ててついていく。
そう、恐ろしいことに、ヴィオラとエイジが本気を出せば、ゴブリンが角笛を吹く前に倒すことすら可能だった。
だが、今回は敢えて吹かせたのだ。
「リーム、手筈通りに頼む」
「了解。恵み深き大地の精霊よ、我が願い聞き届け給え。その偉大なる大地に僅かばかりの陥穽を。『ピット』」
リームの詠唱に応じて、洞窟の入り口前に大きく深い穴が生じた。
その丁度手前辺りで両手剣を構え周囲を伺っていたエイジが、少しばかり表情を改め。
「来るぞ、足音が随分と賑やかに聞こえてきやがる。こいつぁ、二十はくだらねぇな!」
「よし、リーム、リブラ、用意! 適度に数を減らしてやれ!」
ヴィオラの声に頷いて、リームが弓を、リブラが聖印を片手に構える。
程なくして、ミントの耳も多数の足音を捉え。
「き、来ます!」
リームとリブラの傍に立ち、緊張しきった顔でミントは槍を構える。
と、ビィン、と力強い弦の音が響き、矢が一筋、洞窟の暗闇へと吸い込まれていく。
その向こうで聞こえる悲鳴、混乱、そして怒りの声。
どうやら、その一矢でゴブリン一体を倒してしまったらしい。
「当たり。良い感じで頭に血が上ったみたい」
「そういうところは流石だな、リーム」
リームのつぶやきにヴィオラは感心し、エイジは小さく「いや、おっかねぇっての」とぼやく。
そうこうしている間にも足音は近づいてきて。ついに、ミント達人間の目でも捉えられる範囲に入ってきた。
その間にも、リームの矢は確実にゴブリンの数を減らし。
「道切り開く叡智の神クノーグ様、立ち塞がる敵を打ち倒す力を授け給え! 『パニッシュメント』!」
リブラの祈りに応え、彼女が手にする聖印から目に見えぬ力が迸り、その一撃でゴブリンを一体、また一体と打ち倒していく。
防御や支援効果の多い神聖魔法だが、いくつか攻撃魔法も存在する。
その一つ、敵一体を攻撃する魔法を数回使い、ミント達へと向かってくるゴブリンの数をさらに減らして。
「おらぁっ、来いやゴブリン共ぉ!!」
特別な効果があるわけでもないが、エイジが煽ってヘイトを集め。
一目散に駆けてきたゴブリン達は、その勢いのままに足を踏み外し、『ピット』によって開いた穴へと落ちていく。
「う、うっわぁ……なるほど……なるほど?」
槍を構えたまま、呆然と呟くミント。
怒りと攻撃衝動で我を失ったゴブリン達が、自分の足下を見ることなく突っ込んできた結果次々と奈落に落ちていく様は、彼女からすればエグいの一言。
それをさも当然のように眺めている先輩達、効率よく片付いていくこの結果。
理解はするし納得もするが、どこかに納得しきれないものもある。
この世の理不尽のようなものを噛みしめている間も、穴に気付いて踏みとどまったゴブリンがリームの矢に撃ち抜かれ、あるいはリブラの魔法で倒され。
程なくして、三十体前後のゴブリンは掃討されてしまった。
「うっし、これでこっちにやってきた連中は片付いたな。さっすがリーム、すげぇ弓の腕前だ。リブラの攻撃魔法も助かったぜ」
「ゴブリン程度ならこんなもの。……まあ、多分奥に居る連中は簡単にはいかないだろうけど」
「そうですね、向かってきたのは普通のゴブリンばかり……リーダー格は奥で待ち受けているのでしょう」
「この状況でも役割分担を徹底しているのは、不気味ですらあるな」
エイジの賞賛にリームが素っ気なく応じる。
そして、リブラやヴィオラは、これだけ圧勝したというのにその表情は晴れない。
確かにゴブリンを相当数倒すことはできた。
だが、どうやらこのゴブリン達は尖兵、下手をすれば捨て駒でしかないと思えてならない。
「とりあえず、『ピット』の穴を戻してもらって奥に進もう。
隊列は、私とリームが先頭、その後にたいまつを持ったエイジ、ついでランタンを掲げたミントで、最後方は『ライト』を使っているリブラ。これでどうだ?」
「あ~……俺が先頭に行きたい気持ちはあるが、この状況じゃ仕方ねぇな」
「この状況だとな。エイジはリームとすぐに入れ替われるようにしていてくれ」
「ああ、了解だ」
ヴィオラとエイジのやり取りに、リームとリブラも納得した顔。
一人、ミントだけが若干取り残されていた。
「えっと……エイジさんが前衛じゃないんですね?」
「ああ、移動中はな」
返ってきたエイジの答えに、やっとミントは納得した顔になる。
「あ、移動中は……つまり、索敵だとか罠に気をつける時は、ってことですか?」
「そういうことだ。シーフのカルタが居れば別だが、今この状況であれば、リームと私が前で探るのが一番だろう。
カルタ程ではないが、私も多少は罠だとかを見つけることはできる。
それに、暗い中でもある程度見通せるリームの目は頼りになるからな」
ヴィオラの言葉に、ミントも納得したように頷いた。
現状、このゴブリン達の住処は、まだ防御設備が整っていない。
しかし、どうもリーダーの知能は高く、時間をおけばおく程防御が硬くなっていくのは間違いない。
であれば、今のメンバーで一気に攻略するのが上策と判断し、その上での最善を考えれば、確かにその隊列となるだろう。
「うっし、じゃぁ全員納得したみたいだし、行くか!」
リーダーであるエイジの言葉に、全員が頷く。
そして、いよいよ洞窟内へと彼女らは踏み込んだ。
そこから先は、ミントからすれば拍子抜けする程に順調だった。
洞窟そのものは入り組んでいたが、そのあちこちに残っていたのは、角笛の呼集に応じなかった臆病なゴブリン達。
であれば各個撃破は容易で、特に被害らしい被害もなく進んでいく。
そして、かなり奥まったところまで来た、とミントが思った時だった。
「止まって。風の動きが淀んでる、多分もうちょっと先が一番奥」
「なるほど、つまり親玉が居る場所、ということか」
リームが小さな声で全体を止めれば、ヴィオラも理解したのか声を潜めて応じる。
思わず声が出そうになったミントは慌てて口を押さえ、エイジですら鎧の音がしないようにと静かに動きを止める。
そうして全体が静止したところで、リームは皆を振り返り。
「先行して様子を見てくるから、皆はここで待っていて」
その言葉に皆が頷くのを見れば、リームは音も無く洞窟の奥へと進んでいき、やがてその姿が見えなくなった。
明かりはあれどそれでもやはり暗く、沈鬱にすら思える静寂の中待つことしばし。
心配のあまりミントがハラハラとし始めた矢先に、リームが戻ってきた。
「ただいま。やっぱり、この先に連中のリーダーがいるね。おまけに、陣容もかなり面倒」
「リームがそんなに言うってことは、相当だな。どんな様子だったんだ?」
相変わらずの無表情ではあるが、ミントの目にもリームの表情が硬くなっているように思われた。
まして付き合いの長いエイジやヴィオラ達には、一目瞭然だったのだろう。
問いかけるエイジの声にも、若干の気遣いと警戒心が滲んでいるくらいなのだから。
「まず、普通のゴブリンが四体残ってる。それから、ゴブリンシャーマンと思われる個体が一体、そのすぐ傍に大きな盾を持ったゴブリンガードが一体。
それから左右に一体ずつ合計二体、弓を持ったゴブリンレンジャー。
そして一番奥に……あれは、ゴブリンと言っていいのかわからないけど、とにかくゴブリン風の、でかい個体が一体いた」
「……ああ、多分それは、ゴブリンキングだろう。しかし、合計九体、か……流石に少々骨だな」
リームの報告に、ヴィオラは表情を曇らせる。
もちろん普通のゴブリンが九体であれば、全く問題無く排除できる。
しかし、ゴブリンシャーマンだとかの特殊個体は、魔法などのスキルを持つ上に、生命力も高い。
それがゴブリンキングの指揮下で組織的に動くとなれば、その戦力は計り知れないものがある。
「となると、まずどいつから攻撃していくか、だが」
普通のゴブリン達四体は、言うまでもなく大したことは無い。
だが、ゴブリンシャーマンは攻撃魔法だけでなく回復魔法も使うため、特にこれだけの集団の中に存在していると厄介だ。
また、大きな盾を持つゴブリンガードは、本人自身が高い防御力と生命力を持つだけでなく、味方をかばうスキルまであるため、やはり面倒な相手。
リームほどの腕はないだろうが、飛び道具を使うゴブリンレンジャーももちろん厄介なところ。
そして、ゴブリンキングは言うまでもなく、強力な肉弾戦能力と高い知能、無尽蔵とも思える生命力を持っている。
対するミント達は、プレートアーマーを身に纏い両手剣を使うエイジ。
ブレストプレートとハードレザーアーマーを身に着け両手で持つ長槍を使うヴィオラ。
チェインメイルを着てレイピアとラウンドシールドを持つ、神聖魔法が使えるリブラ。
ソフトレザーアーマーを着て弓を使い、精霊魔法も使えるリーム。
そしてソフトレザーアーマーを着てヴィオラに比べれば短めの槍を両手で持つミント。
さて、このゴブリン達に対して、どんな順番で攻撃していくべきだろうか。
ここまで出てきたエイジ達の戦闘能力を考慮して、考えて欲しい。