予想以上の:解答編
「で、実際問題どうするつもりなんだ、エイジ。いくらお前の身体能力がおかしいからと言っても、連中が角笛を吹く前にこの距離を走って登って斬り捨てる、なんてのは無理だろう?」
自信満々なエイジへと向ける、ヴィオラの視線は、冷たい。
しかしそんな視線には慣れっこなのか、それとも鈍感なのか、エイジは気にした様子もなく笑って返す。
「いやぁ、いくら俺でも、流石にそりゃぁ無理だ。だけどな、連中が角笛を吹く前に斬り倒すってだけなら出来るんだな、これが」
「……はい? あの、エイジさん、剣士ですよね? その両手剣で、どうやって……あ、まさか、投げるんですか??」
どう考えてもおかしなことを言っているエイジに、それでも可能性を考えついたミントがその答えを口にする、が。
すぐにエイジの背負う、長大な両手剣を見て『これは無理だ』と首を横に振った。
それは、ミントからすれば持ち上げるのすらやっとな代物。
いくらエイジが人間離れした体力と腕力の持ち主だとしても、これを100m以上も投げて届かせるなどできるわけもない。
「いやぁ、一回やったことはあるけど、この距離は無理だな!」
「あるのか……よく無事だったな、得物を投げておいて……」
あっけらかんとしたエイジの返答に、むしろヴィオラなど信じられない物をみるような目で彼を見ている。
万事に付けて抜かりなくことを運ぼうとする彼女からすれば、投擲用でもない己の武器を投げつけるなど到底受け入れがたいことなのだろう。
そんなヴィオラの複雑な思いに気付くことも無く、エイジは事もなげに言葉を続けた。
「流石にそれで懲りて、二度とやってないけどな!
いやぁ、いくら俺でもモンスターを殴り倒すのは骨が折れた!」
「いや、普通は殴り倒せるものじゃないんだがな……?」
ヴィオラとてゴブリン程度なら勿論殴り倒すことは十分可能だ。
だが、恐らくエイジが相手にしたのはそんな生やさしいモンスターではなかっただろう。
だというのに、これである。
つくづく、良くも悪くもこの男は底が知れない。それが良いことなのか問題なのか、そこもまたわからないのだが。
「ともあれだ、どうするのかって言うとだな……いや、言葉で説明しても理解しにくいだろうから、実際にやって見せるわ」
「何? いや待てエイジ、お前何をする気だ!?」
スラリと背負っていた両手剣を抜き放つエイジを見て、ヴィオラが静止の声を掛ける。
しかし、エイジは思いとどまることもなく、むしろ笑って見せて。
「まあまあ、いいから見てろって。
……はぁぁぁぁぁぁぁ……」
ゆっくりと息を吸い、それから、力強く、深く、息を吐き出していく。
何か力を込めていくようなその様子に、ヴィオラも声をかけられず。
そうしている内に、ぼんやりと……エイジが持つ両手剣の刃が、輝きだした。
「……はい??」
「え、一体、何が……これは、魔力……? 少し、違うけれど……」
「仮に魔力だとして、なんでそれが、詠唱もなしに刀身に集まってるんですか??」
「いや、私にもわからないけど……」
その現象がおかしなことである、常軌を逸していることだと理解できたリブラとリームが、同時に声を上げた。
何故そんなことができるのか、起こっているのか、原理がわからない。
ミントなどは、何が起こっているのかすら、理解できていない。
しかし、紛れもなくそれは、今ここで起こっている。
そして。
「……うっし。いっくぜぇ! 必殺、エア・スラァァァァッシュ!!!!」
気合いの声と共に森から飛び出したエイジが、勢いよく両手剣を横薙ぎに振り抜いた。
それだけ大声を上げていれば、当然ゴブリン達も気付いたのだが。
ゴブリン達は、角笛を吹くことが出来なかった。
エイジが横薙ぎに振るった両手剣から言葉通り風の刃が飛び、100mもの距離を物ともせず二体のゴブリンに直撃、その身体を上下に両断したからだ。
「……は?」
「……え?」
「……はい?」
「……うそでしょ?」
ヴィオラが、ミントが、リブラまでもが間の抜けた声を出すことしか出来ず、何とか口に出来たリームの言葉も、語彙力皆無な物。
四人がそうなってしまう程に、その光景はあまりにおかしなものだった。
「へへっ、どーよ、見事に片付いたろ?」
得意げに振り返るエイジに、すぐ返答を出来る者はいない。
不自然な沈黙が訪れること、数秒。
「いや、どーよじゃない! 何だ今のは、なんでそんなことが出来るんだ!?」
「なんでと言われてもなぁ……やっぱ、普通は出来ないもんなのか?」
「出来たら、私とてこんな間抜け面を晒していない!」
「ははっ、確かに初めて見る顔してたもんなぁ」
珍しく取り乱すヴィオラに、エイジはむしろ得意げですらある。
それを見てヴィオラは歯噛みをするが、しかし目下の問題であったゴブリンを排除できたのだから、文句の言い様もない。
「それで、どうしてあんなことが出来るの?
あれは、魔力に似た、でも魔力じゃない力を刀身に込めて放っていたように見えたのだけど」
まだ若干動揺はしつつも落ち着きを取り戻したリームの声に、エイジは振り返って答える。
「どうしてって聞かれると、どこから話したもんか……まず、俺って元々この世界の人間じゃないんだよな」
「はい? ……この世界の人間じゃない、ですか……?」
エイジの言葉に、その意味するところが朧気ながらにわかったリブラが、オウム返しに聞き返す。
それに対してエイジもこくりと頷き返し。
「ああ、俺の名前って、この辺りじゃ聞かない名前だろ? 元々は地球ってとこの日本って国に住んでたんだけどな。
ある日突然、何か空間の裂け目みたいなもんが目の前に出てきて、それに吸い込まれちまってさ。
そしたら何かぐねぐねした光が渦巻く場所に出ちまったんだが、そこに髭の爺さんが突然目の前に現れて言うには、なんでも爺さんは次元の管理者……神様みたいなもんだったらしいんだが、丁度修復しようとした裂け目に俺が吸い込まれちまったらしい。
で、俺を戻そうにも次元の裂け目は塞がれちまったから戻せなくって、でもそこの世界にずっと居るのは人間には耐えられないからってんで、仕方ないから丁度別の隙間が空いたこっちの世界に放り出されたんだが、その時に、詫びってことで色々特殊な力をくれたってわけだ」
「……どこから突っ込めばいいのかわからんくらいにツッコミ所しかないが……しかし、あの力を見せられた後では納得するしかない。
もしかしてあれか、お前が時々よくわからん言葉を口走ったり、何で知ってるのかわからん知識を持っているのは、そのせいか?」
「まあ、それもあるかな。さっき言いかけた『そういうことを習うとこ』、学校ってんだが、そこに行ってたりだとか……後は本だとかが庶民でも簡単に手に入れられたから、雑学的な知識も色々あるのかも知れねぇ」
長々とした台詞にミントはぽかんとした顔になり、ヴィオラは呆れたような顔で溜息を一つ。
それに頷いたエイジの言葉に、反応を示したのはリブラだった。
「なんですって!? 本が、そんな簡単に手に入るんですか!?」
「うぉお!? あ、ま、まぁなぁ……こっちの通貨で言ったら、5Gしねぇくらいの本もあるくらいで」
「そんな国があるんですか!? エイジさん、どうやったらそこに行けるんですか、神にお願いすればあるいは!?」
「お、俺にもわかんねぇよ、俺のはたまたまだ、たまたま!!」
こちらでは、印刷技術もまだ発達していないため、基本的に本は手書きだ。
そのため、一冊1000Gだとかが当たり前の世界。
そこに、たった5Gで本が手に入るとなれば、本の虫であるリブラの理性が壊れてしまっても、多少は仕方がないかも知れない。
「落ち着けリブラ、気持ちはわかるが落ち着け。
……エイジが色々と、あ~……規格外な理由はわかった。だが、さっきのエア・スラッシュだったか、あれはどんな理屈で出来るんだ?」
猛るリブラを抑えながら、しかしヴィオラはヴィオラであの必殺技は気になったらしい。
実際、もしもヴィオラもあれが使えたとしたら、どれほどの戦力になるか想像も付かないところだ。
「理屈ってのは、よくわかんねぇんだよなぁ。こう、剣に力を込めるぞ~って気合いを入れたら、剣に力が溜まるんだ。
で、それを、こんな感じでってイメージしながら解き放つってとこかな」
「うん、さっぱりわからん。というか、剣に力を込める、ってのはどういうことなんだ……」
「多分だけど、エイジには魔力に似た別の力があるのだと思う。それを込めているのではないかしら」
頭を抱えるヴィオラの横で話を聞いていたリームが、ぽつりとそんなことを言う。
人間よりも魔力に近しいエルフである彼女には、あの瞬間、確かにエイジの身体から何かが迸り、剣に収束していくのを感覚で捉えていた。
その説明を聞いたエイジは、なるほど、と納得顔で頷く。
「なるほど、そういや爺さんも、プラーナがどうとかオーラがどうとか言ってたわ!」
「プラーナ……確か、東の方でそれが存在すると主張する学派がありましたけど……まさか、本当にあっただなんて」
「多分、大体の人間は持ってると思うぜ? 量の多い少ないはあるだろうけど」
信じられない、と首を横に振るリブラへと、エイジは事もなげに言う。
プラーナを扱える彼の目には、朧気ながら他人のプラーナも見えている、らしい。
「ただまあ、残念ながら、大体の人間は、エア・スラッシュを一発使ったらヘロヘロになるだろうなって量しかないんだよなぁ」
「となると、普通の人間はまともに使えないわけか。
だがエイジ、お前はほとんど疲れていないみたいなのに、何故今まで使わなかったんだ?」
「そりゃぁ、俺前衛だし? 見ての通り隙がでかいから使い所が難しいんだよ。それでも一人の時はたまに使ってたんだが、ヴィオラ達と組んだら、俺が遠距離攻撃しなきゃならねぇケースはほっとんどねぇし」
「言われて見れば、それもそう、か」
ほとんどの場合、エイジがヴィオラと組めば、リーダーはヴィオラだ。
そして彼女が指揮する限り、遠距離攻撃を彼がしなければいけないような状況にはならない。
そもそも、出来るとも思っていないのだが。
「つーことで、ついに俺の秘技が日の目を見たわけだ!」
「なんというか、複雑だな……」
「そうねぇ……」
と、得意げなエイジと、言葉通りに複雑な顔をしているヴィオラ、困ったような顔をしているリブラ。
呆れたような顔でそれを見ていたリームが、ふと横を向いた。
「……ミント、なんだか変な気配が」
「あ、あはは……え、えっとぉ……」
問いかけたリームが言葉を失い、ミントはとてもとても困ったような顔をしている。
そしてミントが手にした槍の穂先が……ほんのりと、輝いていた。