予想以上の:出題編
少女を村へと返し、教えられた山道を探すこと1時間あまり。
「なるほど、ここが彼女の言っていた道みたいだね」
がさがさと茂みをかき分けながら山道へと出たリームが納得したように言えば、その後ろからもう一つ、二つ、人影が現れる。
「本当に出た、な……ちゃんと説明できた彼女と、見知らぬ山をちゃんと踏破できるリームとどちらが凄いのだろう」
「そうねぇ、途中私なんて東西南北もわからなくなったもの」
若干呆れたような色のあるヴィオラの言葉に、リブラもこくりと頷いて返す。
だが、そんな二人をリームはきょとんとした顔で見返した。
「私からすれば、ブレストプレートにハードレザーのヴィオラも、チェインメイルのリブラも、こうしてついてこれるだけ大したものなのだけど」
そういうリームが身に付けているのは、ソフトレザーのしかも胸当てだけ。
それだけ身軽であれば、まだ山中を歩けるのもわからなくはない。
しかし、ある程度武装と言えるものを身に付けた二人が、抑え気味だったとはいえリームの速度についてきていることは、驚くべきことだった。
しかも、二人とも然程呼吸も乱れておらず、まだまだ体力には余裕がありそうに見える。
「そう言ってもらえるのは光栄なんだが……もっと大したもの、というか信じがたい奴が来ているぞ」
「……うん、わかってはいたけど、流石にどうかしてる」
そう言いながらヴィオラが振り返り、眉を寄せたリームが視線を向けた先。
ガサガサバキバキと一際大きな音を立てながら、黒い鎧に身を包んだ男が一人現れた。
「は~、やっと着いたのか? いやはや、流石にこんだけアップダウンがあるとしんどいって!」
「いや、しんどいと言いながら息を切らさずついてきてるのは流石にどうなんだ、エイジ」
呆れているのか諦めたのかツッコミを放棄したリームに代わって、ヴィオラが腰に手を当てながら溜息を吐き出すように言う。
そう、全身を板金鎧で覆っているエイジが、ヴィオラ達から僅かに遅れる程度でついてきていたのだ。
いくら全身にバランス良く分散されているとはいえ、総重量で20kgを越すような金属を身に纏いながらそれだけ移動できるというのは、常人の身体能力ではない。
幾度もエイジと冒険を供にした面々といえども、流石にこれは呆れてもしまうだろう。
「いやいや、ついて来たのに文句を言われるのは流石にどうなんだ!?」
「正直、ついて来れるのがおかしいんだがな。まあ、エイジだから……仕方ない、か」
ある意味当然の権利として声を上げたエイジに対して、しかし返すヴィオラの言葉は、やはり呆れの色が濃いものだった。
彼女が優秀な冒険者であることを否定する者は、恐らくいないだろう。
しかし、その彼女をしてすら、エイジの身体能力は測りきれていない。
いや、身体能力だけではなく、彼の冒険者としての能力全般において、と言うべきだろうか。
今もこうして、普通の人間ならばできるはずのない、プレートアーマーを着てエルフのリームに僅かに遅れる程度でついていくというとんでもないことを、顔色一つ変えずにやってのけているのだから。
「まあまあ、ヴィオラちゃん。エイジくんはもう仕方ないから、それよりも別のことを心配しましょ?」
「ああ、それはそうか、エイジはもう、仕方ないしな」
「なんかほんとに俺の扱い酷いよな!?」
抗議するエイジの言葉をスルーして、ヴィオラとリブラ、そしてリームは彼女達が来た道を振り返る。
その視線の先では、小さくともガサガサと茂みが動く音がしていて。
それは、確かに意思を持って彼女達の方へと向かって来ていた。
「はひぃっ、は、はぁっ! ご、ごめんなさい、お、お待たせっ、しまし、った!」
息も絶え絶えに言いながら現れたのは、ミントだった。
この中ではリームと同じくらい軽装なソフトレザーアーマーの彼女だが、やはり基礎体力が違いすぎるのか、エイジにも遅れてついてくるのがやっと、という様子。
だが、そんな彼女に対して向ける先輩達の目は、暖かかった。
「いや、気にすることはない。むしろ、よくついてこれたな」
「そうですよ、私達もちょっと真面目に追いかけないといけないくらいのペースでしたし」
そう、山道でリームが加減した速度、というのは、駆け出しの冒険者など、普通はとてもついてこれない。
だがミントは、息も絶え絶えになりながらも、何とか振り切られることもなくついてくることができた。
それは、山中でついてこれるだけの移動速度を出せた、ということももちろんだが、少なくともエイジを見失わないだけの知覚力を発揮したということでもある。
体力の限界に近い中でそれができたということは、ミントに自覚はないようだが、それこそ大したことだった。
「むしろ、まだリブラ達の本気で無かったということは、少々癪なのだけど。
でもまあ、ミントを振りきるわけにはいかないし……疲れてるだろうし、息が整うまで休んでて」
「お~い、一応俺がリーダーなんだ、リームが仕切るな~。いや、指示は同じだけどさ」
レンジャーのプライドを刺激されたか、若干不機嫌ながらもミントを気遣うリームへと、エイジが一言物申す。
言われたミントは、そこに混ざる余裕もなく、木にもたれかかるようにして座り込んだ。
「あはは、ありがとう、ございます……ちょっと休ませてもらいますね」
はふ~と大きく息を吐き出すと、持ってきていた水や携帯食を取り出そうとしたミントへとエイジが声をかけた。
「あ、ミント、良かったらこれ飲みな。塩や砂糖を入れてるから、ただの水より疲れてる時には水分補給にはいいんだぜ。
後こっちは、レモンの輪切りを蜂蜜に浸けたやつな。これも疲労回復にはいいんだ」
「えっ、あ、ありがとうございます。……エイジさん、よくこういうこと知ってますね」
「ははっ、まぁなぁ、色々あるんだよ、俺にも」
ミントの疑問を、エイジは笑って誤魔化す。
何か言いたくない事情でもあるのだろうかと察したミントは、それ以上問いかけることなく、慣れない味の水と蜂蜜に浸けられていたレモンを口にした。
その間にもリームはあちらこちらへと動いていて。
「……あった。さっきのと同じ跡。匂いもほぼ同じ。
となると、ここがもう一つの端になるから、さっきのところと結んで……」
そう言いながらリームは来た道へと視線を向け、人差し指を立てると何やら線を描くようにしばらくの間手を動かす。
一分にも満たない間、そうしてあちらこちらへと視線を向けていたリームは、うん、と一つ頷いた。
「大体の見当はついたから、ミントが大丈夫になったら出発しよう」
「も、もうですか!?」
あっという間に見当を付けたリームへと、思わずミントは声を上げてしまう。
ミントからすればこの深い森の中では、方角を見失わないことすら難しい。
だというのにリームは、まだ踏み入れていない場所の見当まで付けられたというのだから、とんでもない。
「ふ、私がいる意味の大きさを噛みしめるといい」
「いや、ほんとすっげーなリーム。あれだ、無事に終わったら飯奢るわ」
「それはありがたいのだけど、店は選ばせて。エイジが行く店は肉ばかりのところが多いから」
「わかったわかった、そこは任せるからさ」
胸を張るリームへとリーダーを自認するエイジが労いの言葉をかけるが、若干反応はよろしくない。
それでも少しばかり表情が緩んだように見えるから、嫌というわけでもないのだろう。
そうこうしている内に、ミントの呼吸も整い、体力もある程度だが回復してきた。
「あ、あの、もう大丈夫です、歩けます!」
「……うん、顔色もいいし、大丈夫だと思います」
ミントの申告に、様子を見たリブラがお墨付きを与える。
回復魔法はもちろん、医術もある程度嗜む彼女の言葉であれば間違いはないだろう。
「うっし、じゃあ行きますか!」
エイジの号令に、全員が揃って頷いた。
そこから、リームの先導に従ってしばらく山道を歩き、途中から森の中へと入って歩くことしばし。
「……止まって」
リームが発した声に、全員が足を止めた。
それから、木々の向こうを伺うリームの視線を追ってみれば。
「あれは、見張り台か」
「多分。ゴブリンが二体陣取ってる」
少しばかり開けた場所に設置されている、5m程の見張り台。
森の中であれば大して役に立たないところだが、この場所であれば十分に有効だ。
そして、見張り台が設置されている、ということは。
「そんなものを設置するだけの知性があるリーダーがいる、ということか……。
リーム、狼煙台のような物は見えるか?」
「見えない。ただ、大きな角笛があるから、敵を見つけたらあれを吹いて報せるんだろうね」
「となると、角笛が届く程度の距離に根城がある、ということでもあるか」
「多分。ということはやっぱりこの方角で間違いないと思う」
ヴィオラの問いかけに、視力がいいらしいリームがテキパキと答えていく。
それを聞いてヴィオラは少しばかり考え、それから視線を見張り台の向こうへと向けた。
「……あいつらを排除して、それが根城から見える可能性は?」
「かなり低いね。予測している方向にはまた木が生えてるし、相互監視が出来るような位置に他の見張り台は見えない。
上手く排除できたら、気付かれずに根城まで近づけるだろうけど……ちょっと厳しいかな」
リーム達が今隠れている場所から、見張り台までは100mを越える。
更に5m上方に居るゴブリンを狙うには、リームの腕をもってしても中々難しい。
まして相手は二体、連射して即座に片付けられるかと言われれば、確実とは言えないのが正直なところだ。
「なるほどなぁ、哨戒の連中といい、知恵が回る奴だぜ」
「ああ、二体一組、というだけで一気に排除が難しくなるからな。さて、どうしたものか」
エイジに答えながらヴィオラは腕組みをして考え込む。
迂回して先に進むことも考えたが、この距離では見つかる可能性も否定できない。
そもそも、迂回した先に確実に根城があるかもわからない。
となれば、見張りのゴブリン達を排除できれば一番なのだが。
と、考えていたヴィオラへと、エイジが気楽そうな笑顔を向けた。
「だったら、俺に任せてくれよ。この距離でゴブリン二体、しかもあんだけ狭いとこに固まってんなら何とかできるぜ」
「は? 剣士のお前が、か? いや、とても信じられないんだが」
「そりゃまあ普通ならそうだろうけどよ、なんせ俺だからな、何でもありなんだよ」
ヴィオラの訝しげな顔に、エイジは笑って答える。
その自信満々な顔を見るに、どうやら本気らしい。
さて、エイジはこの状況で、どうやって二体のゴブリンを排除するのだろうか。
そして、何故そんなことができるのだろうか。
※:解答編は5/8(土)に更新予定です。
今回はある意味ギャグ回と言いますか……メタ的な知識というかお約束が必要となる、と言いますか。
ともあれ、肩の力を抜いてゆるっとお答えいただけたらと思います。
もし解答してみる!という方がおられましたら、感想欄やメッセージなどでいただけると大変嬉しいです。
その際は、理由まで書いていただけるととってもとっても嬉しいです。