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探索開始:解答編

「えっと、ゴブリン達の縄張りを特定しないといけない、わけですよね?

 でも、そんなのどうしたら……?」


 リームの問いかけに、描かれた図を見ながら頭を抱えるミント。

 これまで様々な場面で洞察力の高さを見せていたミントだったが、どうにも図形で考えるような抽象的な思考というものは苦手らしい。

 というか、そもそも彼女のような村娘が、抽象的な思考を行えるような教育を受けているケースはほとんどないのだが。


 どうにも考えがまとまらず目がぐるぐるとしそうなミントを見て、リームが小さく笑う。


「縄張りの特定は、私でも早々簡単にはいかない。

 私の問いは、この縄張りの中心を探すにはどうすればいいか、だよ」

「え、でもそれって、縄張りがどうなってるのか把握しないと無理じゃないです……?」


 諭すようなリームの言葉に、ミントは首を傾げながら言う。

 これだけ無数にある円の中心を探るなど、到底できないようにしか思えないのだが。


「ヒントは、あくまでも探すための道筋を決められたらいいだけ。中心を特定する必要は、今の段階では必要ないの」

「……おいおい、まさか、そういうことか? これがエルフの知恵って奴なのか?」


 リームのヒントに声を上げたのは、意外なことにエイジだった。

 その声に、ミントが思い切りびっくりしたような目で勢いよくエイジを振り返ったのは……今までの彼の言動からしたら、仕方ないのかも知れない。


「あら、まさかエイジがわかるだなんて、意外」

「そう言うなよ、確かに俺は知性派って柄じゃねぇけどさぁ」


 揶揄うようなリームの声に気を悪くした風もなく、エイジは頭を掻きながらも笑みを見せる。

 それから、落ちていた枯れ枝を使ってぐりぐりと地面に点を穿ち。

 更にそこから少し離れたところに、もう一つの点を打った。


「つまり、円周上の2点を結んだ線分、それの垂直二等分線は必ず円の中心を通る、って法則を利用するわけだな」


 そう言いながらエイジは、打った2点両方を通る円を三つばかり描く。

 更に、2点を結んだ線の中点から垂直方向に線を延ばしていけば、確かにその線は三つの円それぞれの中心付近を通っていった。

 それを見て思わずヴィオラは感心したように『ほう』と小さく声を零し、ミントは驚きのあまり目を瞠っている。


「その通り。だけど、エイジこそよく知ってたね?」

「あ~……いやまあ、昔な、そういうのを習うとこにいたことがあるんだよ」


 ポリポリと頬をかきながらのエイジの答えに、ミントは思わず『エイジさんが!?』と言いかけて、その言葉を飲み込んだ。

 いくらフレンドリーで細かいことを気にしないエイジといえども、これを口にするのは流石に失礼過ぎる。

 打ち解けてきたと言えども、親しき仲にも礼儀あり。

 そう自分に言い聞かせている間にも、会話は進んでいる。


「これこそエルフ族の秘伝……なんてことはなくて、いわゆる数学を学んでいる人間だと割と初期に習うことだけど。その様子だと、リブラも知ってたんじゃない?」

「ええ、法則自体は知っていました。ただ、それを実地で使うというのは想像したこともなかったですね。

 でも、確かに言われて見れば……縄張りが円だと仮定すれば、ううん、仮に四角だとしても、外縁の2点を結んでその垂直二等分線を描けば、中心付近を通りますよね。

 後は、その方向に歩いていって、周囲を観察しながら細かく修正すれば、ということでしょうか」

「その通り。机上の空論でなく、これは実地の話。理屈で方向を決めて、後は現場の様子を見ながら細かく修正していけば、連中の根城を見つけられるはず」


 リブラの返答にうんうんと頷いて返しながら、リームは自信を覗かせる。

 確かに、ミントではまるで気付くことも出来なかった細かなしるしを見つけることが出来た彼女であれば、ゴブリン達の拠点に近づけば、様々な痕跡を見つけるに違いない。

 であれば、おおよその方向が掴めれば、それで十分でもあるのだ。


「なるほど、な。いや、これは本当に勉強になる。

 私は、ほとんどの場合攻め入る場所がわかっている依頼ばかりだから、こういう小規模拠点を特定するノウハウはあまりないのだが……これはシンプルでわかりやすいな。

 ただ、地図がないこの状況だと、私では活かせそうもない。よほどの方向感覚がなければ……だが、リームにはそれがある、と」

「うん、この程度であれば全く問題無い。この辺りは、森に親しんでいるかどうかが大きいと思う」

「いや、親しむだけじゃ到底無理だと思うけどな。少なくとも俺じゃぁ、理屈はわかるが実際に方向を割り出すことなんざ出来そうもないし」


 感心したヴィオラの言葉に、頷くリーム。

 至極当然のように言う彼女へと、剣士であるエイジは若干ひがみにも似た言葉を向ける。

 そういう彼とて、本領を発揮する舞台ならばリームもヴィオラも凌駕する活躍を見せるくらいなのだが。

 

「その辺りは、それぞれに得意分野があって、だからパーティを組むんだ、と納得するしかないだろう」


 エイジと同じく方向を割り出すことが出来ないヴィオラも苦笑する。

 同時に、リームを入れるように言ったのは間違いでなかった、とも思うが。


「しかし、もう一点だけでいいのか? 二点あれば、中心がさらに絞り込めるぜ?」


 そう言いながらエイジが三点目を書き入れると、その三点を通る円は一つに特定された。

 この状態であれば、中心は一点に絞られてくるのだが。


「うん、それはそうなのだけれど、もう一つ探すとなるとその分時間がかかるでしょ。

 この点を結ぶ直線と、この間の点から中心へ向かう長さを見て」

「なるほど……二倍近くなるわけだ。となると、当然哨戒するゴブリンに出くわす確率も上がると」

「これは数学の問題じゃないからね、かかる時間まで考えた方が良いと思う」


 リームの答えにエイジが納得していると、今度はリブラが口を開いた。


「でも、もう一点を探すだけでも時間が掛かりませんか? 手がかりがないわけですし」

「闇雲に探すだけだと時間がかかるだろうけど」


 そこで一度言葉を切ると、発見したマークの方へとリームは視線を向ける。


「ここのマークは、山道沿いに付けられていた。

 多分、彼女の時みたいに人間を追いかける時には山道を使うことが多いだろうから、他に山道があれば、その途中に付けている可能性が高いと思う」

「あ、あの、山道でしたらもう少し離れたところにもう一本あります!」


 横で聞いていた村娘が、思わず声を上げた。

 彼女によれば、彼女の村ではあまり使わないが、他の村に繋がる山道があるらしい。

 

「となると、そこを探すのが良さそうだな」

「うん、そこまで……案内してもらうと彼女が危険だし、大体の場所だけ教えてもらって、ここで帰ってもらおう」


 リーダーであるエイジがそう結論付け、リームも同意すればヴィオラやリブラ、ミントも異論はない。

 ないのだが、ミントはふと何か思いついた顔でリームに尋ねた。


「そういえばリームさん、ゴブリンを見つけて、その後を追いかけるっていうのはダメなんですか?」

「それも一つの手ではあるのだけど、哨戒中のゴブリンであれば、まっすぐ根城に戻るかはわからない。

 敢えてこちらの姿を見せて戻らせるという手もあるけど、そうしたら向こうが防備を固めてくる可能性が高い。

 後は、ヴィオラはともかく、エイジやミントだと、ゴブリンが山道を離れたら追跡する私のスピードについて来れないんじゃないかな」

「知らない山の中でリームさんとはぐれるとか、想像したくないですね……」


 周囲を見回したミントは、思わずぶるっと身を竦めた。

 まだ人が使う山道ですらこの薄暗さ。

 これが森の中に入ってしまえば、どちらがどちらかわからなくなってしまうだろう。


「相手を逃がして、ゆっくりと足跡を辿って追跡する手もあるのだけど、その場合ゴブリン達の防備ががっちり固まった状態になるからね、できれば避けたいかな」

「なるほど、ここでも時間が重要なわけなんですね」

「そういうこと」


 リームの説明に、ミントもまた納得したように頷いた。

 となれば、これ以上問答も必要ないだろう。


「そんじゃ、お嬢ちゃんに山道を教えてもらったら、早速向かおうか」

「ああ、そうだな。あまり時間を掛けて日が落ちても厄介だ」


 エイジの言葉に、ヴィオラが、そしてリームやリブラ、ミントも頷いて返した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あー、なるほど、これは久しぶりの「ファンタジー世界を我々の世界の知識で読み解ける」タイプの問題だったんですね。確かに聡明かつ、主な武器が弓矢のエルフなら数学に通じていてもおかしくありません…
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