探索開始:出題編
真剣な顔のミントに頭を下げられて、エイジという男がどんな反応を見せるかは、わかりきったことであり。
「おうともさ! 俺に任せとけ、ばっちりエスコートしてやるからよ!」
そう言いながらエイジは、ぐっと右手の親指を立て、ニッカリとした笑顔で応じる。
それを聞いたミントはぱっと顔を上げて、同じく明るい笑顔を返した。
「よし、話は決まった、と言いたいところだが……エイジ、まずリームの予定を確認しないといけないだろう」
「ああ、そりゃそうだな、あのお姫さんが都合良く空いてるかはわかんねーし」
「空いてるわよ?」
「うぉわ!?」
ヴィオラの言葉に頷いたエイジの背後から、気怠げな声が聞こえると、思わずエイジは野太い悲鳴のような声を上げる。
慌てて振り返れば、長い金髪に碧眼、緑色系統の服を纏ったエルフのリームが訝しげな顔で立っていた。
「お、おう、リーム来てたのか、早いな?」
「ケミーが、朝一の納品が在るからって早く出て行ったから、仕方なく」
まだ若干狼狽えているエイジの問いに、リームは若干気怠げに答える。
エルフと言えば自然の動きに合わせて早寝早起きをしているイメージだが、リームは違うのだろうか、とミントは疑問に覚えながら。
もう一つ、疑問に思ったことに小首を傾げた。
「え、ケミーさんが出て行ったから、って……お二人は一緒に暮らしてるんですか?」
「ん~……どちらかと言えば、居候? 私が街に居る時は時々寝床を貸してもらってる」
「なんて言うか、意外な組み合わせですね……」
先日のやり取りを見るに、ケミーのやっていることとリームのポリシーは相反する部分が大きいはず。
しかし、リームの表情を見るに、別段ケミーのことを嫌っているだとか、そう言ったことはなさそうだ。
「ん、ケミーは薬草を沢山扱ってるでしょ?
そのせいか、森の匂いに似てる部屋があって、そこを時々借りてるの」
「森の匂い……な、なるほど……?」
山育ちのミントからすれば、森と街の匂いが違うのはわかる。
ただ、それが良い匂いかと言われれば、首を傾げたくもなるが……リームがいいのだから、いいのだろう。
「それはそうとリーム、予定が空いてるってんなら、ちょいとこの依頼に付き合ってくれねぇか?」
「何……ゴブリン退治? エイジが、今更? ああ、ミントのため?」
「いや、最初はそのつもりだったんだがな……」
エイジの示した依頼が書かれた紙を見て察したリームに、先程のやり取りをエイジが説明すると、リームも納得したように頷いて見せた。
「なるほど、確かにそれは警戒した方が良さそう。そこに私が必要だと言うなら行ってもいいわよ」
「ありがてぇ、助かるぜ! なんせ俺は探索だとかは得意じゃねぇからなぁ」
「……エイジの場合は、その分を直感で何とかしてるところがあるけど」
等と、エイジが頭を掻きながら言えば、リームがどこか呆れたような声で呟く。
リームにまで言われるとは、一体どれだけ直感に優れているのだろうか、とミントが疑問に思っていると。
「どうやら話は纏まったみたいだな。私の方も話がついたところだが」
そう言いながら、いつの間にその場を離れていたのか、ヴィオラが酒場の奥から戻ってくるところだった。
「おう、ってヴィオラはどこに行ってたんだ?」
「ギルドマスターのところに。ゴブリンリーダーやゴブリンキングがいた場合に発生する追加報酬や、素材買い取り相場を確認してきたところだ」
「は? ははっ、素直じゃねぇっていうか、めんどい生き方してんなぁ、相変わらず」
「私から言わせれば、お前がいい加減なだけなんだがな。それに、今は私向けの依頼がないから、というのが一番大きい。
これでゴブリンキングでも居れば一攫千金、ある意味冒険者らしい仕事を、久しぶりにするのも悪くないだろ?」
思わず吹き出したエイジへと、気を悪くした風もなく平然と返すヴィオラ。
それから、リブラやリーム、ミントへと向き直って。
「ということで、私も同行させてもらおう。万が一ということもあるから、な」
そう言いながらヴィオラは、パチンと器用に片目をつぶって見せた。
こうして、エイジをリーダーに、リブラ、リーム、ヴィオラ、そしてミントというメンバーで構成されたパーティは、依頼の出された村へと向かった。
街から離れた村のゴブリン退治、という類いの依頼は、移動距離と実入りの関係でスルーされることもたまにあるため、素早く受けてくれた事に村長は感謝をしても仕切れないといった表情。
だがミントからすれば、依頼が受けてもらえないこともあるというのは意外というか、衝撃的でもあった。
「十分な見返りなしに自分の命を賭けて他人の命を守ろうだなんて、余程お人好しな騎士様くらいでないと思わないものだ。
そして、出す側だって身銭を切るわけだから、後先考えずの大盤振る舞いを出来るわけでもない。
だから相場ってものが出来るわけだが、ギリギリのせめぎ合いの中で生まれるものだからな、割に合わないと思われることも往々にしてあるものさ」
と達観した顔のヴィオラに言われ、理屈では納得もする。
だが、あくまでも理屈であり、感情の面では納得も仕切れない。
「納得できないなら、お人好しでもやっていけるようになりたければ、まず強くなれ。
敵も理不尽も跳ね返せるだけの強さがなければ、お前の気持ちはただの感傷で終わるからな」
そう言いながらヴィオラが一瞬見せた、苦い表情。
彼女も、もしかしたら今のポリシーを持つに至るまでの様々な挫折や苦難があったのだろうか。
だがそれを聞いても、きっと答えてはくれないだろう。
なんとなくそう思ったミントは、「わかりました」と頷くことしかできなかった。
そして、到着したその日は村に泊まり、翌日、ゴブリンに襲われた少女に案内されて彼女が逃げ切った現場まで一行はやってきた。
「……なるほど、ふむふむ」
案内された現場で、一人納得しながら周囲を見回すリーム。
その視線を追ってミントもあちらこちらを見回すが、リームが何に納得しているのか、どうにも掴めない。
勝手に一人悪戦苦闘しているミントに気がついたのか、くるりとリームが振り返った。
「山道沿いの木には、いくつか傷を付けたりだとかしてマーキングがされている。
それも、背の低いゴブリンが気付きやすいような低い位置に、さりげなく。
多分これが連中の縄張りを示すマークで、彼女を追いかけたゴブリン達は、これを見て引き返したのだと思う」
言われてリームが示した先を見れば、確かに傷らしきものが見えた。
だが、日の遮られる薄暗い森の中では、言われてみないと中々わからないようにも思える。
「ゴブリンは暗い中でも目が見えるから、こんなマークも見えるってことですか?」
「ああ、そっか、あなた達人間はこれも見えにくいんだね。多分ゴブリンなら簡単に見えるんじゃないかな。
ついでに、匂いも付けてるみたい。……と考えると、かなり頭の回る指導者がいると考えていいと思う」
「え、そんなことまでしてるんですか!? 確かに、急に匂いが変わったら、あれ? って思って気付きやすいでしょうけど……そんな知恵が回るだなんて」
リームの解説にミントは、ついでにエイジも驚いた顔をしている。
むしろ、知能が低いゴブリンしか見たことのなかったエイジの方が、驚きという面では大きいかも知れない。
「山道の傍にある木に目印を付けている、ということは、この道を向こうに行けば連中のアジトがある……なんて簡単なことはないだろうな」
「そうね、あくまでもここは、連中が人間を追いかける際に使う可能性が高いからマーキングしているんだと思う。
というか、山道を登った先にあったら、とっくに誰かが見つけてると思うし」
「なるほど、それも道理だな。となると、どうやって見つけるか、だが」
リームが頷いて返せば、ヴィオラは腕組みをして考える。
これだけ広い森となれば、当然闇雲に動くわけには行かない。
となれば頼りに為べきはリームの知見であり、そのリームは自信ありげに落ち着き払っている。
「ここが連中の縄張りの外縁で、連中の縄張りが円形だと仮定して。
ここという一点がわかっただけだと、円がいくつも描けてしまう」
そう言いながら、リームが地面に木の枝で図を描き始めた。
ぐりぐりと強めに地面を抉った一点が、この場所だろうか。
それから、その一点をかすめるように円をいくつも描いていけば、確かに無数の円が描かれていく。
しばらく円を描いていた手を止めて、リームは不意に顔を上げた。
「だから、中心を探る為にあることをすべきなのだけれど……ミント、それがわかる?」
「ふぇっ!? え、い、いきなりですね!?」
唐突なリームの問いかけに、思わずミントは悲鳴のような声を上げ、それから慌ててリームの描いた図へと目を向ける。
さて、ミント達はこの後何をすべきだろうか。
そして、それからどうやってゴブリン達の住処を探すのだろうか。
※:解答編は5/1(土)に更新予定です。
もし解答してみる!という方がおられましたら、感想欄やメッセージなどでいただけると大変嬉しいです。
その際は、理由まで書いていただけるととってもとっても嬉しいです。