次なるステップへ:解答編
「では、答えの発表……の前に、何故違和感を感じたのか、をまとめていこうか」
しばらくミントに考える時間を与えていたヴィオラは、どうやらミントがある程度考えがまとまったらしい、とみてそう告げる。
ちなみに、エイジは未だに首を捻っていたりするのだが、そこはまあ、向き不向きというものだろうか。
「あの、あたしゴブリンって詳しくは知らないんですけど、槍とか普通持っているものなんですか?」
「いい質問だ。何某かの武器を持っていることは、実はそれなりにある。
ただ、今回は二体とも槍を持っていた。それも、状況報告に特にないのだから、恐らく同じような槍を二体とも持っていた可能性が高い。
てんでバラバラな武器を持っていたならわかるが、揃いの武器を持っていたとなればあまり聞くことじゃない」
オズオズと手を挙げながら言うミントの言葉に、ヴィオラは頷いて見せた。
知能が低いゴブリンは、基本的に武器を作ることはろくにできない。
粗末な石斧程度ならともかく、槍と認識できるようなものを作ることは、中々見ないことだ。
ただ、ゴブリン退治に挑んだ冒険者が敗れた場合、その武器が奪われることがある。
その場合は、手入れも出来ないまま使い込むため、粗末になってしまった武器を使っていることがほとんどだ。
今回のゴブリンが持っていた槍がどんなものかはわからないが、奪ったものである可能性は高い。
そして、その貴重な武器を、二体が揃いで持っていた。
「ついでに言えば、二体一組に行動しているというのも気に入らない。
連中は群れを作ることはあれど、戦闘であろうが基本は個人個人でバラバラに動く。
なのに、こいつらはまるでチームであるかのように動いていたようだ」
「あ~、言われて見れば。あれだ、ツーマンセルってやつだな」
「ツーマン……? まあなんとなくはわかるが、大体そうだと考えてくれていい。
そして、周囲を見て何かに気がついたのか、悔しげに帰って行った。
ということは、どういうことかわかるか?」
エイジの合いの手に一瞬小首を傾げるも、ヴィオラは説明を続ける。
ある程度しゃべったところでミントに振れば、思わずミントは背筋を伸ばした。
「えっと……二人組で、槍を二体とも持っていて、何かに気付いたら戻って……。
……あれ? もしかして、何か決まり事がある……?」
指折り数えていたミントが零した呟きを聞いて、ヴィオラは満足そうに頷いた。
「その通り。このゴブリン達は、何かの決まり事に従って動いている可能性がある。それも、決して低くない確率で」
「おいおいちょっとまて、ゴブリンがそんなルールに従うなんて聞いたことねぇぞ?」
ヴィオラの言葉に、エイジが異議を唱える。
それはミントも同様だし、朝からギルドにいた面々も、半数ほどは頷いていた。
「確かに、滅多にあることではないんですけどね。
あまり知られていませんが、稀にあるんです、ゴブリンが規律を持つことが。
それは大体の場合、上位存在によって指導、あるいは使役されている場合であることが多いんですよ」
「上位存在? なんだ、ゴブリンの王様でもいるのか?」
冗談のつもりで言ったエイジの言葉に、しかし、ヴィオラとリブラはこっくりと頷いて見せる。
「ああ、まさにゴブリンキングってのがいる。滅多に出るもんじゃないから、あまり知られていないがな」
「もっと格は落ちるけど、ゴブリンリーダーやゴブリンシャーマンなんていうのもいますね。
それらは変異種で、知能は人間並みにあり、戦闘力もゴブリンとは比べものにならないとか」
「じゃあ、この依頼、そんな魔物に率いられたゴブリンである可能性があるってことですか!?」
ヴィオラとリブラの説明を聞いたミントは、思わず声を上げてしまう。
正直なところ、それがどれだけの脅威となるかは実感できない。
しかし、漠然とではあるが、比べものにならないほど厄介なことだ、ということはなんとなく理解できた。
そして、ヴィオラはそんなミントの悲鳴を肯定してしまう。
「率いられた、つまりリーダーの下組織化されている可能性は少なくないと思う。
そう考えると、このゴブリン達の行動も納得がいくんだ」
「二人組で、決められた範囲から出ないように行動していた。つまり縄張り内の哨戒行動、見回りだったってことか」
エイジの相づちに、ヴィオラはやはり頷いて返す。
「ああ、そう考えられると思う。だから哨戒網に穴が開かないよう、決められた範囲でしか動かないんじゃないかな」
「で、美味そうな獲物を前にしたゴブリンでも引き下がるくらいに言い聞かせられる奴がそれを命じてる、ってわけだな」
厄介だな、と腕を組んで真面目な顔になったエイジが呟き。
それから、はたと何かに気がついた顔でヴィオラを見る。
「けどよ、見回りなんぞさせてたからこうしてゴブリンが見つかったわけだろ?
だったら下手打ったってことじゃないのか?」
「ある意味そうだが、連中の考えによっては問題無い可能性がある。
そして、それがもう一人必要だと言ったことにも繋がるんだが」
そう言いながらヴィオラは、また依頼書の方へと目を向けた。
釣られるように、ミントやエイジもその依頼書を改めて読んで。
「なあエイジ、この依頼書には『ゴブリンの集団が村の近くに住み着いたようだから退治して欲しい』と書いてあるが、じゃあゴブリン達はどこに住んでるんだ?」
「へ? そりゃぁ、森の中だろ?」
「じゃあ、森の中のどこなんだ?」
「そりゃぁ、このゴブリンがうろうろしてた辺り……あ」
重ねて問われて、エイジはどこか間の抜けた声を上げた。
そしてもう一度依頼書へと目を通せば、そこにある情報には、なんとも不確定な情報が多いことに、今更ながら気付く。
「そう、おおよその場所はわからなくもないが、それも広い森の中で、その範囲は絞りきれない。
それだけの範囲を、ゴブリン達が二人組で哨戒している中を捜索しなければ、連中の住処を探し出せないわけだ。
当然そんなことは普通の村人には出来ないから、連中の根城は安泰というわけだ」
「な、なるほど……だから絶対もう一人必要なんですね。
森の探索に長けた、リームさんが」
「そういうことだ。リームがいれば、哨戒しているゴブリンにも早く気付きやすいし、連中の動きや足跡から根城を掴むことができるだろうからな」
レンジャーは屋外活動のプロフェッショナルであり、動物の足跡などを追いかけていくことや、屋外に仕掛けられた罠を見つけることなどもできるため、森の中で活動する際には一人いるだけで安心感がまるで違う。
その上リームはエルフで、精霊魔法を使うことまで出来るのだから、さらに心強いというものだ。
「なるほどなぁ。洞窟の中に入っちまえばアイゼンやノイズ、カルタが頼りになるのは間違いないが、そもそも洞窟に辿り着けないと話にならねぇもんな」
「最近の親切な神様であればそれを教えてくれることもあるが、今回は違うようだ。
ついでに言えば、連中は洞窟を住処にしていることが多いが、自分の家に罠を仕掛ける奴は滅多にいない。
知能の低いゴブリンが、一定の手順を踏まないと罠を解除して安全に暮らせないような所に住むとは考えられないから、カルタがいなくても当面は大丈夫だと思う」
「……当面は?」
ヴィオラの説明を聞いていたミントが、首を傾げる。
当面は、ということは次がある、ということだろうか? と尋ねれば、ヴィオラは曖昧に笑って見せた。
「その可能性が多少ある。今、住処なら罠を仕掛けないと言ったが、組織を作るようなリーダーが相手だ、根城がそれなりに城塞化している可能性も一応ある。
もしそうだったなら、一度撤退してカルタ達を連れてくることも考えた方がいいだろうな。
その場合、村にエイジを残しておけば、もし連中が村を襲ってもなんとかしてくれるだろうし」
「えっ、そんなやり方もありなんですか!? っていうかエイジさん一人残すって……」
「ああ、俺は全然構わないぜ? それにやっぱ洞窟の中よりかは、出てきてくれた方が剣も振り回しやすいしなぁ」
「エイジが戦いやすいというのもあるし、本当に城塞化するようなリーダーであれば侵攻の時は部下だけを差し向けるだろうから、ゴブリンの集団だったらエイジ一人突っ込ませればなんとかなるというのもあるしな」
「……エイジさんって一体……?」
以前の冒険において単騎で山賊達を打ち倒してしまったヴィオラが、その戦闘力にここまでの信頼を置くエイジ。
それは一体どんなものか、ミントには想像もつかない。
だから。
「……あの、ヴィオラさん。あたしもエイジさん達についていったら、だめですか?
その、足を引っ張らないように後ろにいますし、逃げろと言われたらすぐ逃げますし!」
エイジの戦闘力を、リームのレンジャーとしての腕を、見たいと思ってしまった。
ゴブリンや未知なる敵との戦いを知りたいと、思ってしまった。
その目の輝きを見てしまったヴィオラは、驚いたように目を見開き。
それから、困ったような苦笑を浮かべる。
「それは、私ではなくこの依頼を受けるエイジが決めることだ。
……ああ、もう一人いたか」
一度そこで言葉を切ったヴィオラは、じっとミントの瞳を見つめて。
「もう一人。決めるのはお前だ、ミント。
お前が決めてエイジが認めれば、私がどうこう言う筋ではなくなる。
もちろん、望まれれば助言や助力はするがな」
それを聞いたミントは、思わず息を飲み込み背筋を伸ばす。
つまりそれは、彼女の意思を尊重するということであり。
同時に、何かあった場合の責任は、エイジとミント自身が取ることになる、ということでもある。
理解した途端、ミントはふるりと身体を震わせた。
それは、勿論恐怖もあり。しかし、それ以外もあり。
だから。
「わかりました……私、決めました!
エイジさんお願いします、私もつれて行ってください!」
だからミントは決めて、エイジへと頭を下げた。