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次なるステップへ:出題編

 少女は、息を切らせながら森の中を走っていた。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……なんで、なんでこんなことにっ!」


 彼女の身に降りかかった不幸は、予測などできなかったもの。

 しかし、この世界においては時折起こるもの。

 一応話に聞いたことはあったし、怖いなとも思っていた。

 だからといって、まさかそれが急にやってくるとも思わないだろう。


 己の不幸を嘆きながらも、少女は足を動かす。

 手入れの悪い焦げ茶色の髪、そばかすの多い顔、あちこちにつぎはぎの見える服。

 どこにでもいそうな村娘である彼女が、滅多に遭遇しないような不幸に追われていた。

 荒い呼吸、下草を踏みしめる音を掻い潜って聞こえてくる二つの足音。

 

「ゲキャキャキャキャキャ!」

「ギャキャキャギャキャキャ!」


 聞こえてくる甲高い、そして背筋が凍るような気味の悪い声に、少女の喉が『ヒィッ』と声にならない音を立てる。

 とても振り返る余裕はないが、その存在がどんな顔をしながら追ってきているか、彼女の脳裏にはありありと浮かんでいた。


 逃げ出す直前に、一度だけ見たその姿。

 彼女より少しばかり小柄だが、こちらを見たその目は獲物を見るように爛々と輝き、ニィ、と尖った犬歯を見せていた。

 あれが、ゴブリンと呼ばれる魔物。

 直感的に彼女はそう思ったし、実際それは正解だった。


 小柄で知能も低く、普通の冒険者であれば1対1で苦労することはない程度の相手だが、普通の村娘である彼女にとっては十分致命的な存在。

 そもそも相手は2体、その上それぞれ粗末ではあるが槍を手にしているというのに彼女は武器らしいものなど何もない。

 強いて言えば薬草を刈るための草刈り鎌があるといえばあるが、とても役には立たないだろう。

 となれば、彼女が出来ることはただ一つ、全力で逃げることである。


「も、もうっ、諦めてっ、よぉっ!」


 山道に慣れている彼女ですら、そろそろ体力の限界が見えてきた。

 それでも、もつれそうになるのを何とか堪えながら、必死に足を動かす。

 もしゴブリンに捕まってしまえば、どうなってしまうことか。

 聞くも悍ましいあれこれを、大人達が話しているのを小耳に挟んだことがある。 


 もしも自分がそうなったら。

 それが、今すぐそこ、背後に迫っている。

 

 いやだ、いやだ、いやだ!!


 最早声も出せず、心の中で叫びながら、必死に彼女は足を動かす。

 だが、足音はどんどん近づき、もう足もどれだけ動くだろうか。

 諦めが彼女の脳裏をよぎった、その時だった。


「ギャギャギャッ!」

「ギャゥ!? ギャギャッ、ギャァッ!!」


 唐突に一体のゴブリンが大きな声を上げると、もう一体が驚いたように足を止めた。

 それから周囲を見渡したかと思うと、大きな声を上げる。

 その声は、何だか悔しげに聞こえた。


 何事か、と思いながらも振り返ることもできずひたすら走る彼女の背後で、ゴブリン達の足音が、二つとも止んだ。

 と思えば、今度は彼女から離れていくのが、音で、気配でわかる。

 何事か、わからぬままに彼女はもう少しだけ走って。

 完全にゴブリン達の気配がなくなったところで、ようやっと足を緩めながら恐る恐る振り返れば、確かにゴブリン達は去って行くところだった。


「な、何が、起こったの……?」


 疑問には思うが、いつゴブリン達の気が変わるかわからないのだ、まさかここで足を止めるわけにもいかない。

 そして、もうこうなったら、何が何でも村へと帰り着かねばならない。


「皆に、皆に報せないとっ!」


 冒険者にとっては大したことのない相手だが、村にとっては十分な脅威。

 繁殖力の強いゴブリンは群れを作って洞窟などを住処にしていることも多く、あの二体だけではない可能性も高い。

 そうなってしまえば、村が蹂躙されるのは火を見るよりも明らかだ。

 だから彼女は、最後の力を振り絞って、村へと駆けていった。





 場面変わって、王都内。

 明るい朝の日差しの中、ミントはウキウキとした顔で『妖精のざわめき亭』へと向かっていた。

 冒険者になるため王都に出てきてから、早くも三ヶ月ばかり。

 すっかり薬草採取にも慣れて体力も付き、槍も、なんだかんだヴィオラが基本を教えてくれている上に、エイジなどが暇な時には相手をしてくれるのもあって、上達してきている。

 おかげで、採取のついでに小型の動物を狩って毛皮などで小銭を稼げるようにもなり、少しずつではあるが貯金も出来てきた。


 ここまでの冒険者生活は、順調と言って良いだろう。

 それが自分でもわかっているからか、ミントは上機嫌に『妖精のざわめき亭』の扉を潜った。

 と、冒険者への依頼概要が貼り付けてある掲示板の前でエイジとリブラが話しているのが目に入る。


「あ、エイジさん、リブラさん、おはようございます。何かいい依頼が出てるんですか?」

「おうミントか、相変わらず早いなぁ。いやな、いい依頼ってわけじゃないんだが、ある意味いい依頼っていうかな」

「はい? いい依頼じゃないのに、ですか?」


 エイジの要領を得ない返答に、ミントは小首を傾げた。

 そんな二人のやり取りを聞いていたリブラが、くすくすと口元に手を当てて笑いながら補足をする。


「ええ、エイジくんにとってはいい依頼じゃないんですよ。何しろゴブリン退治ですからね、彼にとっては今更です」

「なるほど、そういえばエイジさんってすっごく強いらしいですもんね。

 あれ、だったらどうして、ある意味いい依頼、になるんですか?」


 依頼には難易度のようなものがあり、冒険者は自身に見合う内容かどうかを吟味してそれを受けるかどうか決めることが多い。

 例えば簡単すぎる依頼は報酬も少ないし、逆に報酬が高い依頼は難易度が高く命を落とす危険も大きい。

 また、簡単な依頼を熟練者が全て受けてしまっては、未熟な冒険者達が食うに困ってしまう。

 ということで、色々な意味で身の丈にあった依頼を受けるのが不文律となっており、実際その方が色々な意味で効率も良い。

 そして、話を聞くにエイジであればゴブリン程度は相手にもならないはずである。


 そんなミントの疑問に、エイジはにっかりと笑って見せた。


「いやな、ミントを連れていくにはいいんじゃねぇかってな。

 お前ももう冒険者になって三ヶ月になるんだ、そろそろ薬草採取以外も経験しとくのもありだろうし」

「えっ、わ、私を連れて行くための、だったんですか!?」


 思わず大きな声を上げてしまうミントだったが、驚くのも無理はない。

 しかし、これは冒険者の間ではそう珍しいことでもなかったりする。

 何しろ危険と隣り合わせの稼業、いきなり実戦に放り込まれて生きて帰ってこられる人間などそう多くはない。

 そしてそれを仕方ないことと放置してしまえば、冒険者の数などどんどん減っていってしまう。

 ということで、先輩冒険者が簡単めな討伐依頼に後輩を連れて行く、ということは、それなりにあることなのだ。


「私も、そろそろいいかなとは思うのよ。だけど……この依頼、ちょっと気になるのよね」


 リブラが、思案げな顔で言う。

 ぱっと見ただけでは、ただのゴブリン討伐依頼だ。

 そして、エイジであれば全く問題はないだろう。しかし。


 とリブラが自身の懸念を口にしようとしたところで、また扉が開いた。


「おや、三人とも早いな。おはよう、早速依頼を受けようとしてるのか?」


 入ってきたヴィオラは三人の姿を認めると、興味を引かれたのか掲示板へと歩み寄ってくる。


「おう、このゴブリン討伐をな、ミントの研修がてらにどうかって話をしてたんだ」

「ほう、ゴブリン退治。確かにそろそろとは思っていたし、エイジが一緒なら……」


 と、エイジが示した依頼の紙へとヴィオラは視線をやって。

 その内容を一読した後、黙り込んでしまった。


「……やっぱり、ヴィオラちゃんも引っかかる?」

「ああ、これは額面通りに受け取らない方がいいと思う」

「お? なんだ、そんなに気になることがあったか?」


 二人のやりとりに、エイジが首を傾げた。

 この二人が慎重になるということは、何かおかしな点があるに違いない、と改めて依頼の内容に目をやるエイジ。

 そんなエイジへと、ヴィオラは頷いて見せた。


「そうだな、少なくともこの依頼、受けるのならエイジとリブラだけでは不十分だ。絶対に後一人、入れた方が良い。

 それと、この依頼はただのゴブリン退治では終わらないはずだ。ミント、私がどうしてそう考えるか、そして後一人誰を入れた方がいいか、わかるか?」


 そう問いかけるヴィオラが提示したのは、以下の四人。


・堅固な鎧に身を包んだドワーフの重戦士、シュヴァルツアイゼン(通称アイゼン)

 ラウンドシールドを持ち鉄壁の防護を誇るだけでなく、バトルアックスによる強力な攻撃も繰り出す。

 ドワーフの特徴として、洞窟のような闇の中でも不自由なく見通せる暗視能力を持つ。


・自然を愛し、特に森と親しむエルフのレンジャー、リーム。

 小型ながら威力の高いショートボウを使い、火属性以外の精霊魔法を使うことができる。

 また、精霊の影響を見て、間接的に闇の中にいる生き物を把握することが可能。


・慎重で思慮深い魔術師、ノイズ。

 防具は魔術師のローブしか装備できないため脆弱だが、魔術の腕は若手の中でも突出している。

 攻撃魔術だけでなく周囲を照らす魔術など、便利な魔術を状況に応じて使い分けることができる。


・明るく元気なシーフ、カルタ。

 ソフトレザーアーマーにショートソードを装備し、素早い身のこなしで鋭い一撃を放つことができる。

 また、屋内や洞窟内などの探索、罠発見や解除に特に優れている。


 上記四人は、全員がヴィオラも認める腕を持つとする。

 

 また、依頼書には『ゴブリンの集団が村の近くに住み着いたようだから退治して欲しい』と書かれており、更に冒頭の出来事をまとめた内容も書いてあった。

 依頼料はパーティ全体で1000G、ゴブリン退治の依頼料としては相場であるとする。


 さて、エイジ達は誰を連れて行くべきだろうか。

 そして、なぜヴィオラとリブラは、この依頼に懸念を示したのだろうか。

※:解答編は4/24(土)に更新予定です。

もし解答してみる!という方がおられましたら、感想欄やメッセージなどでいただけると大変嬉しいです。

その際は、理由まで書いていただけるととってもとっても嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[一言]  冒頭の出来事から、武装したゴブリンが格好の獲物を諦めなければいけないような事情が有る。  ややメタ読みですが暗視が言及されていることから、ゴブリンの生態として洞窟等に住み着いていることへの…
[一言] エイジがいるため戦力はこれ以上増強する必要がない。 特に屈強な前衛は不要であるため、アイゼンが選択肢から抜ける。 また、カルタも選択肢から外れる。ゴブリンの集落の情報は特に無いが、 今回村人…
[一言] やはり気になるのはゴブリンの挙動。 装備・数ともに有利な状態で格好の獲物を前にしていたにも関わらず撤退とは……。 しかも、唐突に大声を発したり、それを受けて周囲を見渡したり、撤退時には悔しげ…
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