トラブル発生!:解答編
「じゃあ、私が依頼するから一緒に来てくれるかしら。相場は2000Gくらい? 流石にちょっと今の手持ちはないのだけれど」
「……なるほど、それなら問題無い。リブラなら信用もあるから、後払いでいいぞ。
ただし、敵の質と数によっては上乗せもあり、ということになるが」
「それはもちろんそうなるわよね。わかったわ、それで手を打ちましょう」
「なら商談成立、だな」
リブラの口から飛び出したのは、あまりに予想外な言葉。
呆気に取られているミントと少年の目の前ではサクサクと商談が纏まり、最後には互いに握手までしている。
その和やかな空気に耐えきれず、少年は思わず声を上げた。
「お、お前らダチじゃないのかよ!?」
「まあ、恐らく世間一般的な関係で言えば友人になると思うが」
少年の問いかけに、怒るでもなく焦るでもなく、当然のようにヴィオラは応じる。
それが、かえって少年の中の何かを刺激して、仕方ない。
「何でだよ、ダチから金取るなんて、おかしいだろ!?」
「お前がそう言う気持ちもわからないでもないがな。むしろこの場合、友人であるために、金を受け取るんだ」
「……は?? な、なんで? だって、ダチから金取ったら、ダメだろ? 喧嘩になるだろ?」
ヴィオラの言い分に、その淡々と、さも当然と言わんばかりの言い方に、少年は混乱する。
恐らくは山村育ちで純朴な性格なのだろう世間ずれのない様子に、ヴィオラは小さく苦笑を浮かべた。
「もっとささやかなことだったら、そうかも知れないがな。
例えば、お前の家が作っている野菜を、そうだな、一年分を『ダチだから、タダで全部くれるよな!』なんて言い出す奴がいたら、そいつと友達でいられるか?」
「へ? ……そ、それは、無理、だけど……それとこれとは……あれ?」
すっかり勢いをなくし、それでも言い返そうとした少年は、何かに気付いたように言葉を、動きを止めた。
彼の一家が、日がな働き収穫する野菜。つまりは、それが彼らの収入源であり、生きるための糧だ。
そして、今ようやっと、目の前にいるヴィオラにとってこの手助けがそれと同じである、と結びついたらしい。
やっと気付いた彼に……ヴィオラが見せたのは、微笑みだった。
「うん、そういうことだ。それぞれの仕事に対して評価を示すのが金の役割の一つだと私は思っている。
だから私は、金の出ない仕事では動かない。私を評価して、高い報酬を出してくれた今までの依頼人達にも申し訳が立たないしな。
ついでに言えば、そこのケミーに道具を作ってもらう時には材料費と手間賃を払うし、リブラに呪いを祓ってもらう時も謝礼を払うぞ?」
「そ、そういうものなの、か……?」
ヴィオラの説明に、まだ納得はしきれないものの、少年は理解をいくらかは示し始める。
それを聞いていたミントは、ちらり、伺うようにリブラを見て。
「あの……もしかしてリブラさんがあっさりとお金を出したのは、ヴィオラさんのポリシーを尊重するっていうだけじゃなくて、『評価している』って示すためでもあったんですか?」
「ふふ、そうですねぇ。だって、ヴィオラちゃんにお願いして、間違いなんてあったことないですもの」
ミントの問いに、返ってきたのは微笑みながらの言葉。
その言葉の端々に、いや、全てにヴィオラへの全幅の信頼が溢れていた。
これだけ互いによく知り信頼しあっている関係だからこそ、ああもあっさりと大枚を叩けたのかも知れない。
そこに思い至ったミントは、ハッと気がついた顔になって。
それから、オズオズとリブラを伺うようにしながら、尋ねた。
「でも、2000Gなんて大金、よくそんなポンと出しましたね……?」
ミントの稼ぎからすれば数十日分、宿代や生活費を考えれば貯めるのにどれだけかかるかわからない金額を、リブラは気前よく差し出した。
それも、己にほとんど益も無い、というのに。
だがリブラは、相変わらず笑顔を崩さない。
「そうですねぇ……私の場合、それなりにお金が貯まってるんですよ。
何しろ、傷を負ってもポーションなどを使う必要もないですし。
それにプリーストだとヴィオラちゃんやエイジくんと違って、装備にそこまでお金をかけなくてもいいですからね」
「おかげであたしの商売あがったりだわよ、ほんとにも~」
「あらあら、そんなこと言って、ケミーのポーションは良く効くって評判よ? 私もお守りがてらいくつか買ってるし」
「流石リブラ、毎度あり~」
なんて気安いやり取りをする二人に、確かに互いを信頼している、そんな関係をミントは見た気がした。
金銭的評価をする、ある意味ドライな関係であるというのに、それがなんとも眩しく見えるのは何故だろう。
そんなミントへと、リブラは向き直って。
「ですから、これくらい私にとっては端金なんです。
ヴィオラちゃんのポリシーを曲げさせたり、何より、ミントちゃんの初めての冒険を、嫌な思い出で終わらせるのに比べたら」
「リ、リブラさんっ!」
優しい微笑みとその言葉に、ミントの涙腺は決壊寸前。
もし『リブラ教』なんてものがあれば、今すぐ入信していたかも知れない勢いだ。
だが、流石にそこは、ストップがかかる。
「湿っぽいのはそこまでだ。話が纏まったのにぐずぐずしていたら、手遅れにもなりかねないからな。
ケミー、武器は持ってきてるか?」
「もちろん。護身用の錬金銃と、爆弾もいくつかあるわよ~」
「そうか、なら……」
しばし考えたヴィオラは、ミントへと視線を向ける。
その強さは、彼女をお客さんとしては見ていない、そんな視線。
気付いたミントは、思わず背筋を伸ばす。
「ミント、お前はケミーと少年と一緒に、私達の後方から離れてついてこい。
山賊が近づいてきたら、槍を突きつけて、足と腰の力で小刻みに振り回して、出来る限り近づけるな。
そうだな、3秒でいい。3秒近づけなければ、ケミーがなんとかしてくれる」
「は、はいっ!」
生真面目に返事を返すミント。
その顔には緊張感ともう一つ、別の表情が浮かんでいる。
それは、きっとこれからの彼女に必要なものに違いない。
「あらん、あたしのことも信頼してくれてるのねぇ」
「当たり前だ、でなければ先に帰してる」
「……ほんっと、ヴィオラってば、こういうとこよねぇ……リブラも大変だわ」
揶揄うようなケミーの言葉に、まさかのマジレス。
これには流石のケミーも一瞬絶句し、思わず天を仰ぐ。
あれこれ頭が回るくせに、こういうところだけは無頓着なのだ、ヴィオラは。
「なんのことだ? ああ、それはともかく、すまないがリブラは、私の背中を預かってくれ」
「ええ、もちろん。依頼主として最大限の助力をするわね」
申し訳なさそうに、しかし、それ以外は考えられないと言わんばかりに全幅の信頼を見せるヴィオラと、笑顔でそれに応じるリブラ。
『やってらんねーっての』と心の中でぼやきながら、ケミーはその様子を見ていた。
「さて、少年。これでとりあえずの準備は整ったから、早速村に案内してくれ」
少年へと振り返ったヴィオラは……にんまり、楽しげな笑みを見せる。
「そして、きちんと金を受け取った傭兵がどんなものか、見せてやろう」
その笑みに。
何故か気が緩んだ少年は、涙ぐみながらも頷いた。
「それからもう、ほんっとヴィオラさん凄かったんですよ!
槍を振り回して、ばったばったと山賊を薙ぎ倒して……なんだか現実じゃないみたいな、御伽話みたいな光景でしてね!」
翌日の、夕方。
『妖精のざわめき亭』の一角で、興奮冷めやらぬ様子のミントが熱弁を振るい、既に酒が回った酔っ払い共が、それに対してやんやと合いの手を入れている。
あの後、村へと駆けつけた時はまだ本格的な襲撃が始まっておらず、村をいたぶるように余裕をぶっこいていた山賊達は、その背後からヴィオラとリブラのコンビによる不意打ちを受けて大混乱。
リブラによる支援魔法を受けていたヴィオラに対抗できる者は一人もおらず、あっという間に制圧されてしまった。
ちなみに、逃げようとしていた山賊の一人がミント達に気がついて向かってきたのだが、ミントが槍を突きつけて一瞬立ち止まらせた次の瞬間には轟音と共に吹き飛んだ、なんて一幕もあったりする。
ケミーに聞けば、それが彼女曰くの錬金銃だったらしい。
その後は村人達に感謝され、時間も遅いからと引き留められ、下にも置かぬ扱いで歓待されて一晩明かして、ようやっと帰ってきたところである。
ちなみに、猪の肉はその時いくらかは調理され、残りは日持ちするように塩漬けにされお土産となった。
冒険の余韻冷めやらぬミントの口は滑らかで、その話と猪肉を肴に、飲んだくれどもの杯もぐいぐい進む。
「さっすがヴィオラだなぁ、ちくしょう、俺も行けばよかった!」
「たらればじゃが、ワシも居合わせたかったのぉ」
などと不参加だったエイジやアイゼンは口々に勝手なことを言う。
あるいはもしかしたら、ミントの初めての冒険が上手くいったことを喜んでのことかも知れない。
……違うかも知れない。それは、彼らにしかわからない。
「流石、ですって。ヴィオラちゃんもあっちに行かなくていいの?」
「勘弁してくれ、ミント一人で十分いい肴になってるんだ、私まで行って話の種にされるのはご免だ」
ミントを中心にして盛り上がる一団から離れたテーブルに、リブラとヴィオラはいた。
横に並んで座る二人の表情は、楽しげなリブラに渋面を作っているヴィオラと対照的。
もっとも、ヴィオラのそれはただの照れ隠しであるとリブラにはわかっているのだが。
「ふふ、まあ、あっちだとお金のやり取りもしにくいしね」
そう言うとリブラは、ヴィオラの目の前に革袋を置く。
チャリン、と響く澄んだ音は、それが純度の高い金属が立てたのだとわかるもの。
手を伸ばして中を確かめれば、500Gの価値がある大振りな金貨が4枚入っていた。
「……ん、確かにいただいた。これで依頼は完了、だな」
「そうね。ありがとうヴィオラちゃん、私の無理を聞いてくれて」
「いや、そんなことはない。ちゃんと私の流儀に沿ってくれていたし」
そう答えたヴィオラは、視線を天井へと逃がした。
横顔に感じるリブラの視線に、面映ゆいものを感じながら、それをしばらく無視して。
それから、ぽつりと呟くように零す。
「……正直、助かった」
「ふふ、可愛い後輩には、やっぱりかっこいいところを見せたかった?」
「別に、そういうつもりはなかったが、な。……ただまあ……うん。リブラの言っていたことは、私も同感なところがあった、ってことだ」
「あら、どれのことかしら」
「お前、わかってて言ってるだろ」
揶揄うようなリブラの言葉にヴィオラは苦笑しながらも、決して不快ではない感覚を楽しんでいた。
そう、きっとこの一件は、楽しかったのだ。
「リブラがいてくれて、良かったよ」
「どうしたの急に。お酒、まだそんなに飲んでないわよね?」
「いや、何て言うかな……こういうのも神の思し召し、なのかもなぁ」
つぶやいて。はたと何かに気がついた顔になったヴィオラは、金貨の入った袋へと手を伸ばす。
「なら、神に感謝しなくちゃいけないのかも、知れない。
なあリブラ、この金は依頼料として私が受け取った。
だからもう私の金だし、どう使おうと自由だよな?」
「え? それはもちろんそうだけど、本当に唐突ね?」
付き合いの長いリブラでも、ヴィオラが何を言いたいのか今一測りかねる言動。
そんなリブラの目の前に、ヴィオラは金貨の袋を置いた。
「ちょっとな、初めて寄付ってやつをしたくなってしまった。
だが、どこにどう寄付したらいいかだとか私はそのあたり詳しくないからな。
すまないが、リブラに預けるから、『良いように』してくれないか」
「……え? えっと、これ、全部?」
いきなりな言葉に、とまどうリブラ。
彼女の目の前にある革袋は、先程ヴィオラに渡したもの、そのまんま。当然、中身もそのままだ。
「ああ、全部、だ。私の金だ、どう使おうと勝手だろ?」
「勝手、だけど……もう、そういうことする?」
呆れたような、どこか嬉しさが滲むような。そんな微妙な微笑みを見せるリブラ。
支払った報酬を、そのまま寄付という名目でリブラに預けた。
その意図するところがわからない程、彼女は鈍くない。
「ああ、リブラにだったら安心して任せられるからな」
「もう、またそんなこと言って……わかったわ、確かに預かりました」
「うん、リブラの良いようにしてくれ」
そう言うとヴィオラは、今度こそ心から安心したように、酒の入ったグラスを口に運んだ。
これで終われば、きっとヴィオラとしては満足だったのだろう。
だが、その数日後の夜、一仕事終えて『妖精のざわめき亭』でヴィオラが酒を片手にミントやエイジ達とまた語らっていた時に、それは覆された。
遅れてやってきたリブラが、ヴィオラの姿を認めると近寄ってくる。
「あ、いたいた。ヴィオラちゃん、はいこれ」
「ん? なんだこれ、タリスマンか? 何でこんなのを私に?」
唐突にリブラが差し出した、随分としっかりした造りの護符を思わず受け取りながら、ヴィオラは首を傾げた。
用心深い彼女ではあるが、それ故に準備は自分でしっかりとしているし、リブラに買い物を頼んだ記憶も無い。
となれば、こんな上等な護符を渡される覚えはないのだが。
しかし、そこに返ってきた言葉は、予想外のものだった。
「これは、神殿に寄付をしてくれた人へのお礼に渡しているものなの。
ヴィオラちゃんのは金額も大きかったし、私が二日かけて加護をかけさせてもらったわ」
「……は?」
リブラの言葉に、ヴィオラは絶句する。
確かに、寄付をされた神殿がお礼に護符を渡すこと自体はありえることだろう。
だが、問題はその前のところにある。
「ま、まて、なんでほんとに寄付してるんだ!? 私がなんであれをそのまま渡したか、わかってただろう!?」
そう、彼女の意図していたところは、受け取った依頼料をそのままリブラに返すこと。
それは、察しの良いリブラとてわかっていたはずだし、わかると思っていたからそうしたのだ。
だが、困惑するヴィオラへと向けられたのは、それはもう清々しい笑み。
「もちろん、わかってはいたけれど」
「だよな、だったら!」
「でも。もし私がそのまま懐に入れていたら、横領になっちゃうわよ?」
「え。そ、それは……いや、出資者である私がそれを咎めなければ問題ないはずだ!」
二人のやり取りに、周囲から視線が集まってくる。
それを感じて、ヴィオラの顔が朱に染まり出す。
それを誤魔化すように声を張り上げるが、リブラはまるで動じない。
「そうねぇ、法律的には問題ないのかも知れないけれど。
私が、いやだったのよ。だって、寄付するって言ってたヴィオラちゃんを、結果として嘘つきにすることになっちゃうじゃない?」
「いや、私は、構わない、が……いや、リブラが構うのか……?」
リブラの返答に、ヴィオラは言葉をつまらせる。
確かにリブラの性格を考えれば、それは、重たいものに違いない。
「それにね、私、嬉しかったの。お金にきっちりしているヴィオラちゃんが、やっぱり守銭奴だとかそういうのじゃなかったことが。
でもお金を返すわけにもいかないし、受け取ってくれないでしょう?
だから、こうして護符の形にして渡すことにしたの。これだって、あなたの行為に対する正当な評価の形よ?」
そう言われて、ヴィオラは手にしたタリスマンへと視線を落とす。
魔力があまりない彼女でも、手にしているだけで感じる加護の強さ。
それはきっと、リブラが込めた気持ちそのものの強さなのだろう。
そう思うと、これ以上拒否することもできなかった。
「……はぁ……仕方ない。わかったよ、これは受け取らせてもらう」
「ええ、大事にしてね」
「ああ、もちろん」
微笑むリブラへと、照れたような笑みを返して。
何だが背中がくすぐったくて、ふっと視線を逸らす。
その視線の先には、目をうるうるとさせてヴィオラを見つめるミントがいた。
「うわっ、な、なんだ、どうしたミント」
「ヴィオラさんっ! やっぱりヴィオラさんは流石です、素敵な先輩ですっ!」
「なっ、ちょっ、何を言ってるんだ!? おいエイジ、ミントに飲ませすぎてないだろうな!?」
「いんや、適量しか飲ませてないはずだぜ? 大方、先輩の美談に酔っちまったんじゃねぇかなぁ~」
「お、お前まで、からかうな!」
珍しく焦って言い返すヴィオラと、それをからかうエイジ。
なんとも珍しい光景に周囲の冒険者達もやんやと囃し立てる。
こうして、賑やかで和やかな雰囲気の中、ミントの初冒険は幕をおろしたのだった。
後に。『必ず戻る者』『帰還者』といった二つ名をヴィオラは贈られることになる。
そんな彼女の懐には必ずこのタリスマンがあり、その隣には一人の女性プリーストがいたのだとか。
※これにて一章終了となります。
ここまでたくさんの解答を頂き、本当にありがとうございます!
いつもいつも素敵な、あるいは鋭い解答をいただいて、身が引き締まる思いをしつつも楽しませていただいておりました。
ここで一旦一週間から二週間ほど充電期間をおきまして二章を準備いたしますので、しばしお待ちいただければと思います。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします!