冒険への第一歩:出題編
ここは、ランペール王国王都にある、妖精のざわめき亭。
冒険者が集う酒場であり、そんな荒くれ者どもを束ねる冒険者ギルドでもある場所。
依頼を受けた者が旅立つ場所であり、特にこれといった用事も無く酒を求めて飲んだくれがやってくる場所でもあるそこへ、一人の少女が訪ねてきた。
扉を開けた瞬間に向けられたいくつもの視線にびくっと身を竦めるその様子は、いかにも普通の少女。
明るい茶色の、背中まである長い髪を首の後ろで縛り、愛嬌のある顔を不安で曇らせたその様子を、見る者が見れば、いや、腕に覚えのない者でも見ればわかる。
あまり筋肉の付いていないほっそりとした腕、おっかなびっくりと腰が引けた姿勢、あちらこちらへと無意味に彷徨う覚束ない視線。
明らかに普通の、訓練らしい訓練を受けたことのない素人の少女だ。
そんな少女が、荒くれ者どもが集まる冒険者ギルドを尋ねてくるとなれば、考えられる理由は二つ。
冒険者への依頼を持ってきたか。
あるいは。
そして、彼女を見るに、冒険者に依頼を出来るだけ裕福な家の者には見えない、となれば。
すぐに興味を失い、再び酒をあおり、あるいはテーブルを同じくする者と愚にも付かない会話に戻る連中が大半で。
そんな光景を見た少女は、自分が場違いであると、わかってはいたことを改めて突きつけられて不安の色がさらに濃くなってしまう。
だが、今にも心が折れそうになっていた少女へと、声を掛ける者もいた。
「おいお嬢ちゃん、こんな場所に何しに来たんだ?
ここが冒険者ギルド、ろくでなしの荒くれ共がたむろする場所ってわかって来たのか?」
つっけんどんな、何なら咎めるような口調で話しかけてくる女性。
若い、はずだ。肌や顔を見たところ、二十代半ばほどだろうか。
しかし日に焼けたような褐色の肌は年齢がわかりづらく、何よりも目を引くのはその乱雑に流れるままの白髪。
ランプの明かりを透かすそれは、絹糸のよう。老いを連想させる色でありながら、その艶には生命力が溢れている。
身に纏っている革鎧や腰に提げた小剣を見るに、彼女もまた冒険者なのだろう。
冒険譚に出てきそうなその姿を見てしばし言葉を失っていた少女は、訝しげな視線を向けられて、はっと我に返った。
「は、はいっ、わかってて来ました! あたし、冒険者になりたいんです!」
自分を鼓舞するかのようにギュッと胸元で両手を握りながらの言葉に、やはりか、と女性は困ったように溜息を吐く。
周囲で聞いていた者達はあるいは笑い、あるいは止めておけと言わんばかりの心配げな視線を向ける。
いずれにせよ共通しているのは、この少女が冒険者になることを誰も歓迎していない、ということだ。
「そうか。だが、止めておけ。悪いことは言わない、止めておけ。冒険者は、お前が思うようないいもんじゃない」
「た、大変なことはわかってます! ……いえ、わかってる、つもりです……ううん、多分わかってないけど、大変だってことは……」
勢い込んで言い放ってから、徐々に言葉が弱くなっていく少女を見て、女性は目を細める。
その表情には、僅かばかりではあるが、拒絶以外の色が滲み始めていた。
「そうだな、経験したこともない人間から『わかっている』などと言われては、私も不快なところだが……わかっていないということに気付いた点は評価しよう」
「ご、ごめんなさい、あたし、その……」
「まあ、すぐに気付いて改めたんだ、これ以上は言わない。だが、冒険者になることはやはりお勧めはしないな。
その格好、どこかの村から出てきたのか? 悪いことは言わないから、村に戻って普通に暮らせ」
「嫌です、戻りません! あたしは、冒険者にならないといけないんです!」
先程よりは若干柔らかくなった声音に、しかし少女は頭を振る。
理解力や頭の回転は悪くないように見える少女が、頑なに拒否する様子に違和感を覚えた女性は、しばし考えた後に、口を開いた。
「……もしかして、戻れない理由があるのか?」
問いかけに、少女はびくりと肩を震わせて。
それから、ゆっくりと頷いて見せた。
「あたしの村は、去年今年と酷い不作続きで、蓄えも底をついて……だから、外に出られる人間は一人でも外に出なくちゃいけなくて」
「なるほど、自主的な口減らし、か……」
溜息交じりに、そう呟く。
残念なことに、そういった話は珍しいものではない。
なんなら、今ここに居る連中の内、幾人かは似たような経緯で冒険者になっていたりするくらいだ。
そして、冒険の途中で食う物もなくなり、強烈な飢えに襲われた経験は大半が経験していて、その苦しさもわかっていたりする。
だから、同情的な空気が広がり始めたのも無理はない。
「理由はわかったが、やはり冒険者になること自体はお勧めしない。街で給仕なり何か別の仕事をだな……」
「もう、そこまで言わなくて良いじゃない、ヴィオラちゃん。本当に心配性なんだから」
横合いから、穏やかな声が掛かる。
そちらを見やれば、緩くウェーブの掛かった金髪を肩の辺りで切りそろえた、やはり二十代に見える女性。
声と同じく穏やかな表情、着ている服を見るにシスターなどの聖職者に見える。
「いやリブラ、べ、別に私は心配しているわけじゃなくてだな、無駄死にされたら迷惑というか困るというかなだけで」
「あらあら、それを心配しているというのではないかしら」
そう言い返すヴィオラの頬が、若干赤い。
まさか図星だったのか? と少女が目を幾度か瞬かせている間にも、二人の口論というかなんというか、は続いている。
「なんで私が、見ず知らずの人間の心配をする必要があるんだ。何も知らずに死地へと向かう人間を止めるのは当然だろう?」
「もう既に色々と矛盾しているような気がするのだけれど……でもそう言うなら、死なないようにきちんと知識を教えてあげればいいのではないかしら。
私達だって、先輩の皆さんから教わってきたからこそ、今があるのでしょう?」
「それは、まあ……否定はしない、が……」
リブラと呼ばれた女性の言葉を受けて、ヴィオラは歯切れが悪くなる。
今やすっかり立派な冒険者となった彼女にも、確かに初心者だった頃があったのもまた事実なのだから。
ニコニコとしたリブラの笑顔と縋り付くような少女の視線に挟まれ、困ったように考え込むことしばし。
ヴィオラは、大きく息を吐き出した。
「はぁ……仕方ない。リブラ、そこまで言うならお前も責任持って教えろよ?」
「ええもちろん。私もちゃんと教えるわ」
「ついでに、今日明日、教会の方に泊めてやれ。どうせ宿代だってろくに無いんだろうから」
若干諦めにも似た視線を向けられて、少女はびくりと身を竦ませ、それから誤魔化すような笑みを見せる。
どうやら、図星らしい。
やっぱりか、と呆れたような溜息をもう一つ。
元々蓄えもなくなった村から出てきた少女だ、当然碌な路銀もなかっただろう。
「となれば、お前は今日からでも働かないといけないわけだ。
幸か不幸か、冒険者ギルドに登録すれば今からでも働けるし、登録自体もすぐだ。
ただし。今のお前が受けられるような依頼は、薬草採取だとかそんな依頼料の少ない物しかないと思え」
ヴィオラの言葉に、少女はむしろ安堵したような顔を見せた。
見ての通りまともな戦闘訓練など受けたことのない少女だ、魔物討伐などよりは薬草採取の方がずっとまし、というもの。
そんな少女を見て、ヴィオラは少しばかり意地悪な顔になる。
「薬草採取と言っても、野生動物などは出るし、身を守る術を持たないといけない。
見たところ武器らしいものは持っていないようだし、購入してもらわないといけないわけだが……何を買うべきかただ教えるだけなのも面白くない。
お前の冒険者としてのセンスを見るためにも、クイズ形式にしようじゃないか」
「えっ、ク、クイズ!? 私、そんな頭良くなくて……」
「何、知識を問うようなものじゃない。いや、知識があった方がもちろん正解はしやすいんだが。
今から上げる武器の中で、お前が買った方がいい武器を選んでみろ」
少女の所持金が200Gであると聞いたヴィオラが示したのは、次の4つの武器。
・鉄製の片手剣 200G
・大振りなマチェット(鉈) 20G
・少女の身長程度の長さの槍 30G
・弓と矢20本のセット 100G
さあ、少女はどの武器を選ぶべきなのだろうか。
※:解答編は2/27(土)に更新予定です。
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