最前線の主役たち
狼は逃げるよ、どこまでも。
~side シャイル国最前線砦~
魔王軍との最前線砦に着任して早5年。
シャイル国第二王女でありながら、王国騎士団団長を兼ねて早5年。
王族の責務を果たすため、国の希望となるために戦い続けてきた。
時には大襲撃で砦が落とされそうになり、時には敵の策にはまり少数で孤立したりしたが、全ての大きな戦いでは相手を壊滅に追い込んできた。
たとえ魔王軍の幹部が軍を引き連れてこようとも、全てを追い払ってきた。
この砦を中心に守るのであれば、それこそどのような大軍が来ようともしのぎ切る自信はある。
しかし、度重なる戦闘のためにこちらの兵士も大きく数を減らしている。
特に、私が赴任する直前の大戦。
双方総力を挙げた戦いの結果、魔王軍は幹部を二人失い、我が国は先代騎士団長を失い、双方多くの兵士を失った。
このため、こちらから攻め上げるための戦力が足りなくなった。
攻めるだけなら現在の戦力でも十分だが、砦や周辺の防衛力が大きく落ちてしまう。
それこそ、奇襲を受けたらそれだけで砦や防衛拠点が落ちかねない。
そのような状況が続いていた最中、昨日王都から緊急用の通信連絡が入った。
曰く、
「勇者がマーチ王国に現れ、現在魔王城へと向かっている。決して敵対するな。みじんも不快にさせるな」
である。
はっきり言って、王都の貴族連中は増長しまくって腐りきっている。
どのくらいかというと、もし魔王軍との戦いが終わったときに『私たち』が戦える状態であれば、クーデターを必ず起こして大規模粛清を行うと決意しているくらいに。
ゆえに、今までどのような英達たちが来ようとも、
「我が国の意向を見せつけよ!」
だったのに。
いったい、王都で何が起こっているのか?
それとも、あの戦闘経験が無いがゆえに危機感知力が全くないあの連中でさえ危機感を抱くほどの存在なのか?
というか、男か女かの性別くらい伝えてほしい。
さすがに女性がいるパーティーだと、部屋の大掃除や湯あみの準備を念入りにしたいのだが。
と、のんきに考えていたからだろうか。
どこかでフラグが立ったらしい。
「て、敵襲ーーーーー!!」
「方向、数、種類は!」
一瞬で意識を戦闘用に切り替えて確認する。
「南東方向、数は…数十~百ほど、種類は……、あ、あぁぁぁ」
「種類は、どうした!?」
まさか、魔王軍が既に迂回して砦の背後に奇襲をかけたのか!?
いや、北側からの報告がない以上、駐屯地に動きはない。
挟み撃ちにできないのなら、たかが数十で何が…
「フェ、フェンリルの群れ、です…」
「フェン、リ、ル、……?」
神獣!? それも数十の群れ!?
一頭で騎士団中隊に匹敵する強さ、数匹の群れで連携されたら王都も落ちる化け物だぞ!?
いや、ちょっとまて、そもそも
「グレートウルフではなく本当フェンリルか!?」
「は、はい! 毛並みは白銀で揃っており、何より速度が違いすぎます! あと5分ほどで接敵です!」
フェンリルはめったに人里に現れない。
性格は温厚。だが、手を出されたら相手が死ぬまで執拗に追いかける。
そのため、数十年前にはフェンリルの群50頭VS巨人族の王国数千人という大戦にまで発展し、巨人族は滅びたがフェンリルも数頭残して死んだ。
それ以降、フェンリルの住処の『奥深く』まで踏み込まない限りフェンリルは全く出てこなくなった。
そのフェンリルが群れでこの砦に向かっている、ということは
「王国がフェンリルの住処に手を出して、そして滅んだ、ということか……」
あの王都の愚か共めが!
そして、次の標的としてこの砦が選ばれたということか。
時期的に考えて、この砦へ通信連絡を出して間もなく襲われたのだろう。
それも、緊急通信を出す暇もないくらいに一瞬で蹂躙されたのだろう。
「警邏中の第四隊は現状装備で攻撃開始! 少しでも到達を遅らせろ! 第二・第三隊は装備を整え次第配置につけ!」
「「「はっ!」」」
だが、フェンリル数十頭の群れなら当然だ。
「第一隊は突撃準備! フェンリルが砦に到達次第打って出る!」
「「「はっ!」」」
我々も正直なところ、良くて全滅。悪くて、生きたまま喰われる。
だが、
「少しでも、少しでも無辜の民の仇を撃つぞ!」
「「「「「「はいっ!」」」」」」
ただでは殺されてはやらん!!!
我々が全力で抵抗すれば、数頭は仕留められるはず!
王国の愚か共のせいで亡くなった国民の無念を少しでも晴らす!!!
そして、激突の時が訪れようとした。
と、思った頃もありました。
「「「「「「「…………」」」」」」」
なぜか、直前でフェンリルの群れが砦を迂回して、そのまま魔王軍の駐屯地へ突撃していきました。
「「「「「「「…………」」」」」」」
今、魔王軍の駐屯地があったと思われるところからは、怒号と火の手と大量の煙が上がっています。
「あー、誰か今の状況説明できる人、いる?」
「はい! 全く意味が分からないということは分かります!」
「あー、うん、私も同じ……」
フェンリルの群れが向かってくる=関係者の誰かが手を出して怒りをかった、だよね…?
現に、今までフェンリルの群れが襲ってきたという報告があったとき、『名声だ!』とか『力試しだ!』とか『毛皮!!!』とか、必ず先に人側から手を出していた。
で、何ケ国も滅んだ。
町も、村も、含めて。
そもそも、フェンリルたちの目的は何だったのだろうか?
王国が手を出したのなら、砦直前での迂回はありえない。
今なお火の手と怒号が絶えない魔王軍が原因なら、最初からそっちに向かっているはずだし……
疑問はいったん置いておいて、まずは状況確認。
「周辺に斥候を出せ! 第二・第三隊は厳戒警備を維持したまま待機! 第四隊は今のうちに休憩をとれ! 第一隊は最低限の装備で待機、ただし直ぐに動けるようにしておけ!
最低限の指示を飛ばし、私は副団長と打ち合わせを行うことにした。
そしてフェンリルの群れ事件の翌日、ある程度の情報が集まった。
こちらの被害はほとんどなく、しかし魔王軍駐屯地はかなりの被害を出しているようだった。
この機会に魔王軍駐屯地へ進軍すべきかどうか確認すべく、放った斥候の帰りを待っていると、
「!?!?!?」
な、なんだ、この悪寒は!?
直ぐに装備を整えて建物の外に出ると、警邏中の兵士達が倒れていた。
「おい! どうした!? 敵襲か!? 見張り、どうなっている!」
だが、返事はない。
倒れた兵士に近づいて様子を見てみると、
「んん? これは、気絶しているだけ…?」
他の兵士も確認してみるが、気絶しているだけのようだ。
これは、いったい…?
ガタッ
「誰だ!」
物音のした方に目を向けると、副団長が建物にもたれかかっていた。
「私です。殺気を感じたので直ぐに外に出て状況を確認していたのですが、気絶と分かって少し気が緩み、一瞬意識が飛んでしまいまして…」
「お前ほどでも一瞬とはいえ意識を持っていかれるのか…、となるとこの状況は、どこかからくるこの殺気で一瞬で意識が飛んでしまった結果、ということか…?」
「考えたくはないのですが、おそらく…」
私も考えたくない。
練達の兵士が一瞬で気を失うほど強い殺気、それがこのあたり一帯を占めている。
その発生源が全く分からないとか、考えたくない。
だって
『発生源がとても遠くて、ここだけじゃなくてこの辺り広範囲にわたって同じ現象が起きてしまうくらい強い殺気』
ってことですよ?
「ふ、ふ、ふふふ……」
うん、無理。
これはあかんやつや。
「政略でもいいから、結婚したかったなぁ…( = =) 」
「お気を確かに!!」
そのあとのことは何も覚えていない。
ただ、砦も兵士も私も無事だった。
それだけが救いだった。
だから、私の色々な尊厳を投げうったとか、そんなことは無かったのだ。
~side 狼~
得体のしれない化け物との遭遇から1か月。
我らはヤツが去っていった方向とは反対側へとどんどん移動していった。
道中にいたほかの魔物はできるだけ無視し、移動を優先していった。
途中、やたらと壁の高い砦があったので、跳び越える時間が惜しいと思い迂回。
そしたら魔王軍とやらが集まっていたので急襲した。
それなりに食料があり、たくさんある変な形の物も我らが身を隠しながら戦うにはうってつけ。
ということで、我々はここで少し休憩をとることにした。
さすがに1か月の走り続けては我々も疲れが溜まってしまう。
しかし、さすがにここまでくれば問題ないだろう。
なにせ、ここに来るためには我らでも一苦労する。
ここまで真っすぐ来るには、灼熱が吹き荒れる炎の大河を越え、生物がすめない大きな砂場を通り抜け、氷に閉ざされた峻険な山々を越えなければならない。
大規模な儀式魔法『転移』では距離が出ず、『魔導船』なる空飛ぶ箱では灼熱の大河も峻険な山々も越えられない。
それらを迂回するには、うねりくねった道を一年以上かけて進むか、魔王軍のように水に浮かぶ箱を水棲魔物に2か月ほど引かせるしかない。
だから、そう。
この威圧は
きっと
まぼ
ろ
「「「ワォーーーーーン!!!」」」
何故だ!? なぜ奴の気配がこんなところにあるのだ!?
もしかして、もう南方を襲い切ったというのか??
我らが群れても、広大さゆえに時間をかけなければ滅ぼせない国が幾つかあったはずだが!?
くそっ、さらに北に進むしかないか!!
さすがに魔王の小僧と正面からぶつかれば群れの半分はやられるかもしれない!
だが!!!
「「「ワォーーーーーン!!!」」」
我らは進むのみ!
確実な全滅より、群れが半減しようとも生き延びる道を選ぶ!
目指すは魔王城の先にある、ベヒモスの住処!
あやつらなら、事情を話せば数十年は住処の端を分けて匿ってくれるはず!
全軍、進撃!!
巨人族100人集まれば、そこらの国の王都を半壊まで追い込めます。
1000人集まれば、ほとんどの国が大連合を組まない限り、抵抗できずに滅びます。
そんな巨人族に出番はない。これが現実。
お読みいただき、ありがとうございます。