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第八話「痛飲の代償」

 目が覚めたのは現実ではなく、夢の方でだった。

 前回同様の黒い空とモノトーンの床。テーブルを挟んだ向こう側には、豪奢な椅子に座る銀髪の美しいリア様。


「なんとか撃退できたみたいでよかったわ」


 優しい笑みを受けべながらそう口にするリア様。その口元が僅かに引きつっているのは、気のせいではないだろう。


「えぇ、大変でした。何故か、僕が使徒になった事と、居場所と、見た目が魔界の神様に知られていましたので」


 なるべく笑顔を心がけながらそう言い放つ。同時にリア様の後ろ側へと移動し、その髪に触れる。今ならきっと何も言われないだろうと、手入れをする訳でもなく、さらさらと。


「そ、そう。

 何故かしらねー?」

「何故でしょうね。

 知っているのは僕と朱里。そしてリア様だけだったはずなんですけどね」


 左手で髪先を弄びながら、右手でも髪に触れる。そのまま頭まで手をやり、優しく撫で上げる。僕の女神様は頭の形も綺麗だな。


「えっと、その。怒ってる?」

「いいえ。死にかけましたけど、それは何故か魔界の神様が僕の事を知っていたせいですし。

 リア様は怒られる理由に心当たりがあるんですか?」


 言葉通り、僕は別に怒っていない。むしろ降って湧いたチャンスに歓喜している。何せ僕は今、幸せの絶頂にあるのだから。


「実はあの後、新しい使徒が出来たって自慢しちゃって……」

「ほう、どなたにですか?」

「ルーテシアに」


 聞き覚えのない名前。でもまぁ、予想はつく。

 左手で髪先を持ち上げ、鼻へと近づける。ふわりと香るのは今まで嗅いだことのない芳香。


「それが魔界の女神様の名前ですか?」

「そうなの。お酒の勢いでちょっと気が大きくなったというか」


 敵対してるっぽい話だったのに、一緒に呑む仲なのか。一体どう言う関係なのだろうと思いながら、右手を髪の根元から髪先まで通す。相変わらずひっかかりひとつない、素晴らしい指通りだ。


「ひうっ。

 悪かったと思ってるから。ちょっとサービスするから許して。ね?」

「サービス、ですか」


 それは嬉しい。出来れば髪触り放題か自衛力を得られる何かだといいなと思いながら右手に万能ブラシを召喚。僕の言葉をどう解釈したのか、肩が跳ねたリア様の髪を梳り始める。


「お詫び、と言うか女神として私の敬虔信徒であり、使徒でもあるアラタにはがんばったご褒美を与えようと思うのだけれど」

「ありがとうございます。殺されそうなくらいがんばったので嬉しいです」


 今まさにご褒美を頂いている最中です、とは口にせず手入れを続行する。うん、楽しい。


「まず、情報です。

 あの魔族の置いて行った杖とローブですが、風刃の短杖と認識阻害のローブと言う名前のアイテム――魔道具です。

 風刃の短杖ですが、ウィンドカッターのキーワードで同名の魔術行使が可能だそうです。振りぬけば刃を飛ばし、握りしめれば刃を留めて短槍の様に扱う事が出来ます。威力は無造作に剣で切りつけたくらい。

 認識阻害のローブは魔力を込めておく事で相手に不自然のない印象を与える事が出来ます」


 もしかしてあの魔術は杖の効果だったんだろうかとヴィオレの放ってきた風の刃を思い出す。てっきり魔術の強化や補助の為のアイテムだと思っていたので、予想を外した事になる。もしかしてヴィオレは魔術師ではないのだろうか。いや、でも。


「ウィンドストームとかは使えないんですか?」

「使えない、はずよ」


 大風の魔術は自前だったらしい。やはり魔術師だったのだろうか。そうすると何故そんな杖をもっていたのかが謎だ。


「認識阻害はどの程度の効果があるんですか?」

「フードを被っていれば相手が看破系の能力を持っているか、よほどおかしな行動をしなければ大丈夫。フードをしていないと違和感を感じさせないくらいで、ちょっと勘の良い相手には気づかれる、かな」


 侵入偵察用アイテムと言う感じなのかな、と思いながら梳る手を止めて指に髪を絡ませ、弄ぶ。朱里に着せれば絡まれたり、ナンパをされたりを防止出来るかもしれない。あと同郷対策。


「短杖の方は、魔法を覚えたら不要になりそうですね」

「事前に魔力を込めておく事で節約したり手数を増やしたり出来ますよ」

「魔力の貯蔵とか出来るタイプなんですね。ロックと併用出来れば便利そうです」

「ロック、ですか?」


 開発した魔術を説明すると、リア様はなるほどと納得しながらカップを手にして紅茶を口に含む。いつの間に準備されたのだろう。


「たくさん訓練を積めば魔術の同時使用も可能になりますよ。

 折角ですから、魔術についても少し助言しておきましょう」


 そう言ってリア様が説明してくれたのはまさに僕が行き詰っていた部分だった。ありがたい、と思いながら髪の手入れを再開する。


「アラタの魔術行使は主に魔道具、あの短杖のような道具を作る際に利用されるものです。最初に込めた魔力かイメージが尽きたら消えるのが特徴です。

 そしてアラタが苦戦しているライティングの魔術。これはこう使うのが正解です」


 そう言ってリア様はカップを持たない手で虚空を指さし、光球を生み出す。無詠唱なのはさすが女神様と言うべきか。

「よーく観察してみてください」


 小さな手と長い指。しばらく白くて綺麗な指だなと見つめていると、リア様が笑顔でこちらを見ているのに気づく。どうやらこちらの機嫌が悪く無い事に気づいたらしい。表情から余裕が感じられる。


「アラタは魔術を構築した後にすぐ手放してしまう、乱暴に言えば投げ捨てる癖があるようですね」


 言われて気づく。光玉とリア様の指の間には魔力が繋がっている事に。


「気づきましたか?

 行使した後も繋がり維持し続ける事で操作したり後付けの命令を発したりする事が出来ます。こんな風に」


 光玉がふわりと移動を開始し、僕の鼻先まで移動。そして手入れ中の銀糸にまとわりつくように飛ぶと髪に吸い込まれるように消失する。


「魔力を継ぎ足せば途中で火力アップさせたりも出来そうですね」

「最初に込めたイメージを超えるのは難しいと思いますよ。やって出来なくはないですけど、魔力消費が凄い事になると思います」


 これで色々な魔術の訓練が捗りそうだな、と思いながら1点、気になる事が出来たので確認の為に口にしながらシュシュを1つ生み出す。


「魔族と仲良くするのって、リア様的にはどうなんですか?」

「魔玉の在りかを聞きだしたり出来ると嬉しいですね」


 それは遠回しにダメだと言っているのだろうか。僕のそんな表情を見て、リア様はくつくつと笑う。


「私と魔界の女神は、競い合っています。ですが譲れないモノはあれど不仲と言う訳ではありません。ですから私の使徒たるアラタが魔族と仲良くするのはまったく問題ありませんよ。目的の邪魔にならない限り」


 それは朗報、と言う事にしておこう。ヴィオレは魔王軍所属とは言え諜報部らしいし、直接争う可能性は低いだろう。多分。きっと。


「そうですね。そのせいで妨害が入って殺されそうになる、なんて事態にならないように気を付けます」


 しまったと言う顔をするリア様。動揺する姿も可愛らしいなと思いながら集めた髪にブラシを通し、結って行く。今日の髪型はサイドテールだ。一応、前回のような可愛い特大リボンは自重しておく。


「そうそう、もう1つのご褒美も準備中だから楽しみにしていてくださいね」

「わかりました。楽しみにしています」


 ごまかそうとしていません? と聞いて揶揄ってみたい衝動を抑えつつ、仕上げとばかりにシュシュで束ねた髪にブラシを通す。よし、完成だ。後はひたすら愛でて撫でて楽しもう。


「そろそろ時間ですね」

「断固拒否します」


 逃げる様に立ち上がるリア様。手の中のサイドテールがするりと逃げる。逃がしたくはないが、さすがに髪をを掴んで引き留める訳にもいかない。毛根へのダメージ的な意味で。


「手入れの前に十分触ったでしょう?」

「手入れ前の髪に触るのと、手入れした後にその成果を楽しむのは別です」


 呆れ顔のリア様から溜息が1つ。朱里とのやり取りで学んだ経験上、これ以上やると次回に響きそうだと感じるが触れたいと言う衝動は薄れてくれない。


「ダメです。お仕舞です」


 聞き分けの悪い子供を諭すような声色。ならばせめてもうひと撫でだけでも」


「人界の女神、タリアからの神託です。

 神都で、って、ダメですってもう、あぁ」


 リア様に向けた手が空を切り、全身に倦怠感を感じて倒れる。

 床にうつ伏せに倒れ、頭の上から「大丈夫?」と聞こえる銀鈴の声を最後に意識が途切れた。







 半覚醒と共に伸ばした手が求めてやまない柔らかな感触を捉える。至高の感触に心震わせながら指を動かし、堪能する。楽園はここにあった。


「先輩、寝起きにその指使いは卑猥です。やむを得ず寝床を共にしましたが、そこまで許したつもりはないので早急に手を離してください」


 聞きなれた声が何か言っている気がするが、寝ぼけた頭には沁み込んでこない。理解出来ない。する必要はきっとない。


「これ以上続けるつもりならこちらにも考えがあります。今すぐ離れなければ二度と私の髪に触れる事を禁止します」

「申し訳ございません。寝ぼけておりました。気持ち良くて。決してわざとではなく、かならずお詫びはしますので平にご容赦を」


 寝ぼけているのは嘘ではない。その証拠に脳から溢れ出た言葉はフィルターをかける事なくそのまま口からも溢れている。


「起きましたか? では、すぐに出発しましょう。早く。ハリー」


 急かされ、慌てて背負い袋に荷物を詰め込んでいく。この宿は緊急措置的に決めた場所なので荷物を全て持ち出さなければならない。そこまで考えてから気づく。隣の部屋から漏れ聞こえる音に。


「ん? 何か違和感が」

「はいこれ先輩の服です。荷物はこっちで適当に詰めますね」


 何故か視線を合わせない朱里に、こちらにも違和感。手を開き、閉じると手首に違和感がある事に気づく。この少し引きつるような感覚には覚えがあるなと、鎖骨に触れる。さすがもう違和感はないが、あの感触は忘れ難い。


「準備出来ましたか?」

「最終確認するからちょっとだけ待って」


 ベッドの上にも下にも忘れ物はなし。この部屋にはそれ以外の調度品は存在しないので他に確認するのは床くらいだ。準備を終えると何も言わずに部屋を出る。朱里の方も無言で続く。その顔は少し朱が指している、ような気がする。


「報告したい事があるから、朝食がてら話そうか」

「賛成です」


 少しばかり気まずい空気。原因は無断で髪に触れた件ではないだろうが、それを口にするのは野暮と言うものだ。僕にだって最低限のデリカシーと言うものはある。基本的には。


「店に入るか、露店でも探すか」

「出来れば落ち着いて食べたいです。早朝から開いている店があれば良いのですが」


 朱里の提案に従い、開いている店を探す。何店か開いていたので、その中から店構えと看板で適当な店をチョイスする。中に入ると店員さんが寄って来て、席へと案内される。


「文字が読めるのはありがたいんですが」

「ファンタジー感がない?」


 前にも朱里と話していたが、この世界は日本人が困らないように色々と改変されている節がある。作り物っぽいと言うか、似非ファンタジーと言うか。文字もその1つで、どこからどう見ても日本語表記である。


「意味不明の単語、と言うか固有名詞も多いですけどね」

「ケチャッチャのプラー煮とか? 頼んでみれば」


 メニューの中ほどにある見た目も味も想像のつかない品目。冒険をスパイス程度と言っていた朱里ならばここで冒険するのはどうだろうと提案したのだが、首を振って拒否される。まぁ、僕も食で大冒険する気はない。

 ほどなくして注文を取りに来た店員さん――金髪の娘――にメニューを指さす事で注文し、お金を払う。


「先払い、食べたら勝手に出ていく、と言うシステムみたいですね。お客の少ない時間とは言え、話をするには向かない店なのではないでしょうか」

「かもしれない。話合いは場所を改めよう」


 時間をおかず食事が運ばれてくる。頼んだのは無難に肉野菜のスープと平焼きパン。保存食代わりの硬いパンと違ってそれなりに柔らかくて美味しい。スープは塩と胡椒とベースに何か味付けしてある気がする。舌が肥えていないので出汁の種類などはわからないが、それなりに美味しい事はわかる。


「香辛料が高い、と言う定番の展開はなさそうですね。ありがたい事です」

「食も神様が日本人向けに色々やってくれたのかも?」


 そうだとすれば確かにありがたい事だ。

 雑談を交えながら店を出た後は昨日の街外れへ移動する事を決めたながら、僕たちはゆったりとしたペースで食事を終えたのだった。


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