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第七話「魔族の友人」

 街に着いたのは真夜中で、宿を探す気力もない程に消耗していた僕は、朱里が眠気と疲れで前後不覚気味であるのを良い事に彼女を連込み宿へと連込んだ。お金さえ払えば詮索されず、男女2人組が違和感なく隠れられる便利な場所だ。

 朱里をベッドに放り込むと、自分は野宿用の毛布に包まって床で眠る。


「朝、か」


 身体の痛みで目を覚ます。

 床で寝たのが半分、昨日の戦闘と逃亡の後遺症――筋肉痛――が半分。身体を動かせば少しはましになるだろう。


「おはよう、アラタ」

「おはようございます、ヴィー、さ、ん?」

「気持ちよさそうに眠ってたわね? ちなみに私は朝まであそこに居たから寝る暇もなかったけど」


 意外とバレなかったらしい。しかしどうやってここを見つけたのやら。


「あの時間から泊まれる場所なんてそんなにないし。街を出てたらもう見つけられなかっただろうけど」

「それは、なんと言うか。大失態ですね」


 そう言えばこの人、諜報部所属とか言っていたような。本職に勝てる訳がなかった。


「私を出し抜いた割に抜けてると言うか。なんでこんなの相手に負けたんだろ」

「あれ、こっちの勝ちなんですか? 良くて引き分けかなと思ってたんですが」

「私は負けたつもりだけど?」


 どうやら僕達は、異世界での初戦闘と同時に初勝利も得ていたらしい。ただし、2戦目は敗北必死だろう。間違いなく。


「それで、負けたからには手を引くべきなんだけど、どうしても気になる事があって」

「いやいや、ヴィーさん軍属なんでしょ? 命令違反とかマズくないですか」

「これ、軍の命令じゃなくて女神様からのお言葉だから」

「それなら猶更マズいのでは?」


 この世界における信仰は日本人の僕にはイマイチ理解出来ないが、神様の言葉に逆らう事の重大さくらいは理解出来る。それを目の前の女性が曲げられるとは思えない。

 ……別に殺されたい訳でもないのに、なんで僕はわざわざ否定しているんだろう。


「いいえ。だって女神様が教えてくれたのは人界の女神が使徒を取った事と、その使徒の居場所と容姿だけだもの」

「……はい?」

「殺せとも連れ去れとも、なんなら接触しろとも言われてないの」

「えーっと、では何故あんな事を?」

「それはもう、我が女神様に貢献する為よ。お言葉を頂いた時は天にも昇る気持ちだったわ。これはもう、ヤルしかないなって。人界の女神を妨害すれば、きっと喜んで下さるって」


 テンション高いなー、と思いながら考えをまとめる。

 要するに、ヴィオレの独断専行、もしくは女神様の手抜き、と言う事かな。情報を与えておけば勝手に排除しに行くだろう、と言う感じの。なんとなくそっちが正解のような気がする。


「正直、魔族と人族って、もっと敵対的なものだと思ってました」

「国家間、大陸間って意味なら間違っていないわ。でも、個人での交流はまた別だからね」


 そんなものだろうか。まぁ、そんなものなのだろう。実際に僕は、ヴィオレの事をあまり恨めしく思っていないし、どちらかと言えば好ましく感じている。殺すの止めてくれたみたいだし。


「それで、出来ればこれからも仲良くしたいなと思ってるんだけど。髪に触るのが好きなんだって?」

「はい、大好きです」


 触れる時に触らせて貰わねば触れざる。いやまて、これはきっと罠だ。ついさっきまで敵対していた相手が髪を触らせてくれるなんて美味しい、じゃなくておかしい状況、罠でなければ夢か何かに違いない。


「お詫びの印にこのローブと短杖か、髪触り放題。好きな方を選ばせてあげる」

「かっ、……その2つの能力を聞いても?」

「今、髪触り放題って言いかけましたよね、先輩?」


 あ、やっぱり罠だった。ナイス、僕の危機察知能力。

 ヴィオレの後ろからひょこりと顔を出したのは、僕の愛しい黒髪の後輩、朱里だ。どうやらヴィオレの背中に隠れていたらしい。


「朱里の方が先に?」

「起きてました。ヴィーさんとは和解済です。いえ、元々私は先輩のおまけだったんですけど」


 別系統の神様の使徒と言うマイナスポイントはあったが、基本的にヴィオレは朱里の事を好ましく思っていた、と思う。きっと僕が寝こけている間に、何か密約でも交わしたのだろう。


「そういえば、私はこのあと国に帰って女神様のお言葉を伝えたりしなきゃいけないの」

「え、それはちょっと困るような」

「こればっかりは譲れない。あと、アラタの言う通り軍属の辛いところね」

「そこをなんとか」

「じゃあ、私を出し抜いたカラクリを教えてくれたら、黒髪の男の子が使徒になった、くらいの報告にしてあげる」


 そういう意図の発言か、と理解しながら考える。同郷の何割かは黒髪男子だ。それにこの世界にも黒髪男子はそれなりに存在する。ならば問題ないかな、と僕はネタ晴らしを了承する。


「全部ハッタリと位置把握のおかげです」

「ハッタリ、は朱里ちゃんが半吸血鬼だとか近接戦が出来る振りをしてたとか、アラタが勇者だとか言っていたあれよね?」

「まぁ、バレてますよね。逃げた時点で」

「その前に気づいてたわよ? まぁ、半吸血鬼かも、って言うのはちょっと疑ってたけど」


 最近、人界の大陸西側にそう言ったハーフや新たな種族が増えつつあるらしい。人と魔の血が混ざったせいか、神々の悪戯か、などとささやかれているのだとか。


「位置把握は、ソレです」

「ソレ、ってこれ?」

「はい。僕はそのシュシュ――髪留めの現在位置を探る事が出来るんです」


 僕の言葉に、ヴィオレは手首に付けたシュシュをひっぱり、離す。そして朱里の手首にあるシュシュに目を向ける。ポニーテールは解かれているのでもうないのだが、視線はそちらにも向けられた。


「過保護なの?」

「単純に便利なんです。使い減りしませんし」

「束縛する男なんです、先輩は」


 昔なら否定したが、今はちょっと否定できない。こっちに来てから、過保護にしている自覚もあるし、無自覚に逃げられない様に囲おうとしていたのも事実だ。


「それで正確に位置を確認して逃げたのかぁ

 逃げたのは通路を一周した時? それとも洞窟の外へ出てた時? それともちょっと長めに瞑想してた時?」

「洞窟の外の時ですね」

「やっぱりそっちか。

 アラタはかなり慎重だったし、待ち伏せの可能性とか考えて動かないと思ったんだけど、こっちの動きが筒抜けだったのは予想外だったなぁ」


 慎重と言うか無理出来なかったと言うか。自分から戦闘を仕掛けてきた相手が弱い訳はないし、こっちは戦闘未経験者ばかりな上にまともな攻撃手段が鉈と銃撃くらいしかなかったので単に攻める事が出来なかっただけである。


「そう言うヴィーさんもかなり慎重だった気がしますけど。正直、無理やり踏み込まれたら負けでしたよ」

「やっぱり? でも、開幕でこうなったからそういう訳にもいかなくてね」


 そう言うとヴィオレは大胆にローブを捲り上げ、その下に着ていた服の裾も捲って行く。


「先輩、どこ見てるんですか。ジロジロと」

「いや、ローブの中の髪ってこうなってたんだなって」

「え、そこはドギマギしたり慌てたりするところじゃない? と、言うかホントにどこ見てるの?

 まぁいいけど。これ見て」


 捲った服の下にあったのは包帯。しかも血が滲んで赤くなっている。これはもしかして。


「銃撃、あたってたんですか?」

「そうなの。煙の中から正確に私のいる場所に撃ってくるなんて良い腕ね」

「全然気づかなかった。うめき声1つ上げないとか、さすが軍属……」


 狙いが正確だったのはシュシュの反応に向けて撃ったおかげだろうか。そんな事を考えながらため息を吐いていると、ヴィオレはローブを脱ぎ、僕の前に置いた。どうしろと。


「これでも鍛えてるからね。

 発動の速さ、静かさ、貫通力。効果範囲は狭いけど優秀な魔術ね。対人戦特化で暗殺向けのオリジナル魔術と言ったところかしら」

「オリジナルなのは正解です。思っていたよりも使えそうでよかったです」


 対人戦特化のつもりも暗殺向けのつもりもなかったのだが、察するに魔物相手では火力不足なのだろう。対魔物用は大砲でも準備した方が良いだろうか。もしくは真・銃撃で機関銃とか対物ライフルを再現出来れば。多分無理だけど。


「何? 性能を把握していなかったの?」

「ヴィーさんと出会う直前に開発した、出来立てほやほやの魔術だったので」

「え、ホントに? あれ見たから警戒して引っ込んだんだけど」


 そう言えばあの後、ヴィオレの姿を見た記憶はない。そして妙に交渉に乗るように言われたような。


「そうか。通路にずっと退避していたのは、負傷を隠すためだったんですね」

「その通り。手だけだせれば中に向けて魔術は撃てるからね」

「その場で治療をしなかったのは?」

「止血くらいはしてたけど、本格的な治療には時間がかかるから。治療中に攻撃されたら反撃出来ないし。攻められた時の為に足止めを準備をしたかったけど資材はないし痛みは辛いし。簡単な罠でも引っ掛かりやすいように暗い場所にしかけて、光が漏れない場所で隠れて治療してたの」


 痛みで判断力が鈍っていてこれか。よく逃げ切れたな。完全に運、ラッキーヒットのおかげだ。あれが無ければ位置を把握しているとか関係なく、普通に攻め込まれて終わっていた可能性が高い。


「一応、負傷していても正面戦闘なら勝てる自信はあったのよ? だから奇襲も実行したんだし。でも気づかれて避けられた。追いかけっこに持ち込まれて、銃撃だっけ? を撃ちながら逃げ回られたらやっかいだし、失血でどんどん不利になるし」


 その後も逃がさない様に場所を選定したのに失敗だったとか、実は朱里は半吸血鬼並みに怪力だとか話すうちに、また眠気に襲われる。まだだいぶ疲れが残っているらしい。まぁ、寝たの床だし。


「じゃあ、私はそろそろ帰るから」

「出来れば今度は味方でお願いしたい。友人と殺し合いたくないし」

「友人? ふーん、友人なんだ」


 それはもっと良い立場をよこせと言う意味なのか、それともお前の友人になった覚えはないと言う意味なのか。どっちでも良いので敵対はしないで頂きたい。


「じゃあ、友人として忠告。魔族は人界の女神の使徒を神器で判別してるの。今回は使わなかったみたいだけど、今後も無暗に使わない事をお勧めするわ」

「あー、そうするとこの髪留めとかもマズイです?」

「え、これ神器なの? 全然わからなかった」


 どうやらこのおまけに貰った髪留めは、神器ではないらしい。ついでとばかりに万能ブラシも取り出し、ヴィオレに向ける。


「何? やっぱり髪に触りたいの? 朱里ちゃんから乗り換える?」

「乗り換えません。これが女神様からの貰い物で多分神器です」

「えぇっと、言いにくいけど神器じゃないと思うわ、これ。ちょっと借りて良い?」


 ブラシを手渡すと、ヴィオレは撫でまわしながら全体を観察し始める。ほどなくして虚空に消失。ヴィオレは慌てる様子もなく、首を傾げている。


「内包している力は神器級みたいだけど、神撃の力は込められていないみたい」

「何ですそれ」

「人界の女神の使徒が魔族の天敵たる所以。神の代行者たる一撃を放つ権能の事」

「神器って魔族スレイヤー的な特効武器だったのか」


 そりゃあ、万能ブラシを欲しがった時にリア様が困惑する訳だ。まぁ、僕の使命は魔玉の入手なので魔族スレイヤーはなくても良いかな。別に。


「これ、私が見逃したら永遠に見つからないんじゃないかな。判別方法がない訳だし」

「それはいい事を聞いた。逃げ切ろう。なぁ朱里、って、寝てる?」

「お疲れみたいね。そろそろ本当にお暇させてもらおうかな。また機会があったら会ってくれる?」

「もちろん」


 言葉と共に掲げられたのは、シュシュのついた腕。近くに来たら挨拶しに来い、とかそう言う感じに解釈しておけば良いだろう。


「しまった、予備のローブ持ってくればよかった。朱里ちゃんのこれって普通のローブよね?」

「そうですよ。ただの中古品です」

「じゃあ、交換に貰って行くからよろしく伝えておいて。友情の証に、とか」

「覚えていたらでいいですか?」

「ダメです」


 軽快に会話を交わしながらローブに袖を通して行くヴィオレ。朱里の方が小柄だが、ローブは大きめサイズだった事が幸いし、裾は少し短いが問題なく角を隠せている。


「じゃあ、アラタも寝なさい。宿の方には私が伝えておくから」

「ありがたいですけど、良いんですか?」

「その代わり、ちゃんとベッドで寝なさいよ。朱里ちゃんも怒ってたわよ。何で床で寝てるんですか、って」

「あー、それは何と言うか。さすがにこの宿で無断で同衾はマズイかなって。知らせず連込んだし」

「今はちゃんと私が教えておいたし、同意もとってあるからちゃんと寝なきゃダメよ?」

「う……。わかりました」

「はい、すぐ寝る。添い寝を確認したら私は帰るから」


 勘の良い人だ、と思いながらしぶしぶベッドに潜り込む。朱里の体温なのか、さっきまで座っていたヴィオレの体温なのかわからないが、妙に暖かい。


「君の事だからこうしないと床で寝るつもりだったでしょ?」

「はい、その通りです」

「正直でよろしい。じゃあ、私は宿の主人に伝えてくるから。3人で楽しんだせいで男の方がダウンしたからもう一泊、って」

「それは待って!」


 僕の声は届く事はなく、無情にも扉は閉ざされた。まぁ、聞こえていても無視されただろうけど。

 もうどうにでもなれ。そう思いながら眠る体制に入った僕が、ヴィオレの残していったお詫びの品の効果を聞き忘れた事に気づくのは、意識が落ちる直前だった。

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