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第五話「女神様の使者」

 改めて相対した女性は、顔を隠す様に深くフードを被ったローブ姿で、右手には短杖持っており、僅かに覗く髪の色は赤系統。そして何故か、僕の秘密を知っている。


「貴方、一体何の目的で先輩に近づいてきたんですか?」

「朱里、言い方、言い方」

「先輩は私のです」


 そう言って僕に腕を絡ませる朱里だが、残念な事に密着度の低さと厚さと薄さで嬉しい感触はしない。何のかって? それはもちろん、服と体躯。

 僕が少し残念に思いながら視線を向けると、表情はそのまま、赤さが3倍になっていた。何基準で3倍かは知らないが。


「恥ずかしいならやらなきゃいいのに」

「先輩シャラップ。それで何が目的ですか。名乗りもしないお方」

「あ、これは失礼しました。私の事はヴィーとお呼びください」


 愛称かな、と思いながら自分も自己紹介しようとして思い出す。もう自分の呼び名は知られていたのだと言う事を。朱里の方は警戒心全開の猫のように威嚇行動中だ。こんな状態になるのは初めての事なので、対処にちょっと困る。


「この子は朱里。ちょっと色々と不安定になっているみたいで。すいません」

「突然の事で彼女さんも混乱しているのではないでしょうか。仕方のない事です」

「先輩、騙されてはいけません。この人は敵です」

「朱里さんや。それ、ヴィーさんの胸見て言ってません?」


 ローブの上からでもわかる女性らしい豊満な身体。男性に仕える者として送り込むという意味を考えれば、それは魅力的と言えるだろう。個人的な趣味嗜好を無視すれば。対して朱里の方は……。


「邪推です。気のせいです。先輩が誘惑されて取り入られているだけです」

「取り入るだなんてそんな。

 私はただ使徒様の為ならばなんでもさせて頂く覚悟でやって来ている、と言うだけですよ」

「ほら見てください。隙あらば身体で迫ろうとか、浅ましいにも程があります。逆に聞きますが、先輩はあの人のどこを見て信用出来ると言うのですか?」

「いやまぁ、そう言われるとそうなんだけど」


 信じられる理由があるとすれば、僕と朱里以外で使徒になった件を知っているのはリア様だけだと言う点くらいだろう。消去法で考えれば彼女はリア様の関係者であり、使徒たる僕に仕える為にやって来たと言う言葉も事実である、と考えられる。


「ここは日本ではないのです。疑わしきは罰するべきなのです。信じた結果、殺されたらそこでお終いなんですよ?」

「朱里、落ち着いて。

 言いたい事は解るし、警戒もすべきだと思うけど、その態度はダメ」


 絡められていた手を外す。あっ、と漏らした声と泣きそうな表情。そんな顔をさせてしまった事を後悔しつつ、すぐさま頭を抱き寄せ、胸に押し付ける。


「僕はこの世界で一番、朱里の事を信頼してるし、好いているよ」

「え、あの、その」

「信じて欲しいな」


 反論を封じると言う意味も込めて、抱き寄せた頭にもう少しだけ力を込める。初対面の女性の前で何をしているんだろう、僕は。いや、そうでなくとも恥ずかしい行為で発言ではあるのだけれど。


「お騒がせしてすいません」

「いえいえ、面白いものを見せて貰いました。むしろありがとうございます。ご馳走様です」

「揶揄わないでください」


 面映ゆい。顔が燃えているのがわかる。

 と、言うかその表現、こっちでも通じるんですね。


「えっと、それでヴィーさん。そうですね、とりあえず名前を教えて貰えませんか」

「愛称ではなく、と言う事ですね。ヴィオレと申します。

 異世界の方は本名を名乗るとそちらで呼びたがる事が多いと聞いておりまして」


 照れ屋が多い日本人にありがちなやつだ。多分、普通に自己紹介されたら僕もヴィオレさんと呼んでいた事だろう。


「では、ヴィーさんと。

 こっちの泣きべそをかいている女の子は朱里と言います」

「使徒様の大事な女の子、ですね?」

「な、泣いてません!」


 一拍遅れての朱里の主張。まだ落ち着き足りないのか、いつもの平坦な声色ではなく、少し語調が荒い。


「泣き虫の主張はさておき、ヴィーさんはこの後どうする予定ですか?」

「泣き虫じゃありません」

「そうですね。使徒様の寝所に忍び込んで大事なモノを頂戴しようと思っていたのですけど」

「な、ななななな」

「ヴィーさん。この娘、基本的には初心な箱入りなんであまり揶揄わないでください。噛まれますよ」

「噛みません。かぷ」

「言ってる傍から噛まない」

「こっちに来てから噛んでないなと思い出しまして」

「あら、普段からそんな事を?」


 がじがじと甘噛みする朱里の頭を押さえつつ、今は好きにさせておく事にする。朱里は僕の髪好きに色々言うが、本人も異常な、いや歪んだ? 性癖の持ち主だ。まぁ、甘えられているのだと思えば許容範囲内、だと思う。


「仲良しですね」

「否定はしませんけどね。それで、この後どうする予定で?」

「この先に、夜にしか入り口の開かない洞窟があるの。そこに色々なものが封印されているから、必要な物を取りに行ければと思っていたんだけど」

「夜、ですか。そうすると今から移動した方が?」

「時間的には良いかも。一晩、2人きりで色々したいなら明日出直しても良いけど?」

「いや、これはそういうのじゃないので」

「いつの間にか砕けた口調になっていますね。やはり油断ならない」


 あ、復活したと思いながら手を離す。指、腕、後ろから肩口あたりは齧られた経験があるのだが、さすがに正面から鎖骨を齧られるのは初体験だった。吸血鬼かな?


「落ち着いたみたいだし。朱里、ちょっと頭働かせて」

「なんでしょうか」

「リ、じゃなくて女神様から色々、道具の支給があるらしい」

「聞いていました。具体的に何があるのか聞いても?」

「前任の使徒様とその仲間たちが使っていた武器・防具・魔道具が安置されているそうよ。それ以上は聞いていないの」


 言葉を咀嚼し、吟味しているのだろう。朱里は地面に視線を落とし、僅かに俯く。僕の方もヴィーさんの誘いに乗った場合と乗らなかった場合、双方のメリットデメリットを比較検討し始める。


「最善はご本人に確認を取ってから行く、ですがいつ確認が出来るかわからないのが問題です」

「それまでここにずっと滞在するのは、出来なくはないけど色々と準備が必要かな」

「あ、洞窟の開封はあと2、3日しか持たないそうよ」

「くっ、時間制限を付けて急かそうと言う魂胆ですか」

「それを私に言われても。決めたのは女神様だから」


 正直、タダで装備が手に入るのならば是非とも頂いておきたい。魔道具と言うものにもかなり心惹かれるものがある。それは朱里も同じなのだろう、否定的に振舞ってはいるが、出来れば欲しいと言う思いが滲み出ている。


「1日、彼女と過ごして様子を見る?」

「そして今夜はお愉しみですか?」

「それはさすがに邪推が過ぎるだろ」

「私はそれでも良いわよ?」


 どっちの意味でだよ、とつっこんだら藪蛇だろう。間違いなく追加で揶揄われる。


「本音を言えば、ヴィーさんを縛り上げて先頭を歩かせる、くらいやりたいんですが」

「する? 使徒様が優しく縛ってくれるならいいわよ」

「しません」

「させません」


 会議は踊る、されど進まず。

 結局のところ、朱里がヴィーさんを信じられないのが問題だ。ならば朱里の案――さすがに縛り上げはしないが――で行けば良いのではないだろうか。


「ヴィーさんを先頭に距離を開けて僕が2番目。その後ろに朱里が付いていく。これでどう?」

「わー、私を疑うなんて使徒様ひどいですー」

「なんという棒読み。揶揄いたいだけですよね?」

「だって面白いんだもん。2人の反応が」


 使徒様とか呼ばれているが一切敬意を感じないのは何故だろう。傅かれたい訳ではないのだけれど、何か、こう、対応に困る。


「私と先輩の立ち位置を入れ替えましょう。それでよければ回収に向かうのも吝かではありません」

「信じてもらえて、ヴィーお姉さんは嬉しいです」

「お姉さんて。そんなに年齢、変らないと思いますけど」

「日本人は若く見える。定番ですね。ちなみに私は16歳です。女の子に年齢を言わせるなんて、デリカシーがないですね」

「私は18だからやっぱりお姉さんであってるわね。私も年齢を言わされちゃった。デリカシーがない男の人って駄目よね」

「同意します」

「待って。なんで僕に流れ弾が来てるの? って言うか急に仲良しだな、2人とも」


 少し調子の戻ってきた朱里の様子に安堵しつつ、軽口を叩きあう。その中に自然に混ざって来るヴィーさんは中々にコミュ強だなと思う。僕たちと違って。


「じゃあ、そういう事で洞窟へ向かうか」

「案内はお姉さんにお任せよ。1時間くらい歩くけど、大丈夫?」

「私は問題ありません」

「ちょっと待って。ヴィーさん、これを」


 ポケットから取り出したように偽装しながらシュシュを1つ取り出し、ヴィーさんに手渡す。


「出発する前にヴィーさんの髪を結わせ――」

「させません」


 言葉と共に腕を掴まれた感触。次いで、噛まれた痛みが襲う。


「がふ。先輩、約束」

「同意があれば別じゃない?」

「じゃないです」


 ヴィーさんがシュシュを手にくすくす笑っている。折角のチャンスなのでなるべく不自然がない様に笑みを浮かべ、口を開く。


「後でこっそりお願いする事にしよう」

「あら、使徒様。浮気しようだなんて、大歓迎よ?」

「先輩、契約! 浮気厳禁!」

「はいはい」

「絶対やる気ですよこの人!」


 大騒ぎだなぁと思いながらもう1つシュシュを取り出す。そして掴まれている手を掴み返し、朱里の手首にシュシュを留める。


「朱里にもあげるから、落ち着こうな?」

「いりません、っていうかもう持ってます!」


 頭に結われたポニーテールを指さす朱里。視線がそこに集まり、次の瞬間ヴィーさんとどちらからともなく笑いあう。


「じゃあ、これは後で使う為に私が預かっておきます」

「あ、ダメです。返してください!」

「これは使徒様の物であって貴方の物ではないのでしょう? だったら貴方が返せと言うのはおかしな話よね?」


 悪戯っぽい笑みを浮かべ、挑発するようにシュシュを手首に留めるヴィーさん。なんか、こう。揶揄い方に手慣れている感が凄い。


「詳しい事は後で、こっそりとしましょうね、使徒様」

「わかりました。出発しましょう」

「待ってください。まだ話はまだ終わってませんよ!」

「出発しますよー」


 宣言と共にヴィーさんが歩き出す。

 事前の取り決めの通り、ヴィーさん、朱里、僕の順で微妙に距離を取って移動を開始する。幸い、森の方ではなく見通しの良い、遠目に岩場が見える方向へと歩き出したので見失う心配もないだろう。


「ちらっ」

「ちゃんと付いてきていますよ」


 まだご機嫌斜めの朱里と楽しそうなヴィーさんがそんなやりとりをしているのを見ながら、先ほどの事を思い出す。朱里の取り乱し方は中々に酷かった。それだけ追い詰められ、ストレスが溜まっていたという事だろう。物質的な余裕はそれなりに確保してきたつもりだったが、それだけでは足りなかったようだ。


「先輩、遅れていますよ」

「すぐ追いつく」


 齧られていた鎖骨に触れる。あっちでは基本的に本を読んでいれば幸せそうだったので、こちらでも同じで大丈夫だろうと思っていた。直接的なスキンシップを求められるのは本当に稀で、こちらに来てからされていない事に気づいたのは、朱里自信がそう告げた時だった。


「ここが噂の洞窟です」


 朱里のメンタルケアについて延々と検討している間に時間は経過し、洞窟に到着する。距離があるので会話はあまりせず、途中で洞窟内では明かりが必要だと伝えられたくらいだ。


「発光。朱里、これ」

「ありがとうございます」

「珍しい魔術だけど、使徒様のオリジナルかしら?」

「そんなところです」


 自分用の木の枝にも発光の魔術を行使。遠目から興味深そうに見ていたヴィーさんは「ライティング」と唱えると光球を呼び出した。


「先輩、あれがライティングです。お手本です。きちんと覚えて帰ってくださいね」

「がんばるけど、その言われ方、何か釈然としない」


 暗い洞窟に入った事で距離を少し詰めながら、3人は再び歩みを進める。途中、分かれ道があったのだがヴィーさんは迷わず右へ進み、僕たちもそれに続く。

 曲がった先は左カーブになっていた。角度はかなり急で、しばらく歩くとまた分かれ道が現れ、ヴィーさんはまた右側の道へと足を踏み入れ、立ち止まる。


「2人の事、結構気に入ったの。

 だから聞きたい事があるのだけれど、少しだけ時間を貰っても良いかしら?」

「わざわざ洞窟内で話す必要はないと思います」


 朱里の声に警戒の色が帯びる。僕の方も警戒度を上げ、何時でも逃げ出せるように身構える。


「私達のところへ来ない?

 うん、と答えてくれたら悪いようにはしないから」

「その、私達のところと言うのは、どちらの事でしょう」

「うーん。ここから少し西に行ったところ、かな」


 フードから除く口もとが楽しそうに歪んでいる。

 そう言えば、僕たちはあのフードの中身を見た事がない。あんなに警戒心を剥き出しにしていた朱里でさえ、何故かそれを指摘する事はなかった。明らかに、おかしい。


「朱里!」

「はい!」


 煙幕の魔術を後方に向けて行使。朱里が横を走り抜けたのを確認し、更に追加で行使。ヴィーさんはまだ動いていない。動く素振りを見せたら銃撃を。ある程度時間を稼げたら言葉をぶつけるつもりで見つめていると、何故か左前方の通路から朱里が飛び出してくる。


「えっ」

「残念。ここは行き止まりなの」


 最初の右折の後に続いていた急角度のカーブ。どうやらそれは円状の通路であったらしい。そして僕たちは、その通路に追い込まれている。


「人界の女神、その使徒であるアラタ。魔界の女神に下りなさい。そうすれば命だけは助けてあげる」


 そう言ってヴィーさんはフードを取り払うと、窮屈そうに収められていた髪を振り払い、開放する。

 ローブの中から引き出された赤黒い長髪が揺れる。そして何より目を惹いたのは、髪を掻き分けて突き出している、2本の角だ。


「魔族の方でしたか」

「えぇ、そうよ。魔族を見るのは初めてかしら?」


 こうして僕達は、リア様が明確に敵であると示した相手である魔界の女神、その眷族である魔族との初邂逅を果たす事となった。

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