第四話「魔術の確認」
「おかしいです」
旅に出て2日目の昼、僕たちは第二の目的地である街で昼食を取っていた。
「何かおかしかった? 異世界と言えば串焼き肉かなと思ったんだけど」
「いえ、これはこれで美味しいので良いです」
「じゃあ、移動速度と言うか僕たちの身体能力の事?」
魔王を倒せ、などと言う義務を押し付けるだけあって、恩恵による身体能力の上昇は想像以上だった。全力疾走はさすがに試さなかったが、それなりの速度で村から街の道のりを走り抜けた結果、予定の半分以下の時間で街に到着してしまったのだ。
「それも別に良いです。色々と便利、と言うか楽出来そうですし」
「それじゃあ一体、何が不満なの?」
僕の存在が、とか言われたら泣くかもしれない。そんな馬鹿な事を考えながら、朱里の言葉を待つ。
「異世界なのに、魔物も盗賊も、襲われる馬車にも遭遇しないなんて」
「いや、遭遇したら普通にマズイからね?」
現在、僕たちはどちらも戦闘能力を保持していない。一応、森の中を移動する為に邪魔な枝草を払う鉈は持っているが、これを武器として戦闘に挑むのは、出来れば遠慮したい。
「そこは、ほら。先輩が魔術でなんとか」
「出来ません」
道中は身体能力強化の魔術を行使し続けていた事もあり、訓練の為に使える魔力もなかったので、僕が使えるのは相変わらず火・水・風・光をその場に発生させる事だけだ。野宿する事もなかったので、旅の間に使ったのはほぼ水を出す魔術のみ。
「冗談はさておき」
「本当に冗談?」
「さておき。
折角の異世界なのに異世界っぽさが足りません。異世界成分の補給を要求します。具体的には、魔術の研究をしましょう」
異世界=魔術と言う連想が間違っているとは言わないが、それなら自分の恩恵を研究すれば良いだろうに。
「恩恵は使い方がなんとなく解ってしまいますし、用途が限定的過ぎて研究しがいがないんです。劇的で、刺激的な展開を希望します」
「さいですか」
朱里にとって読書以上に刺激的な事はないだろうに、等と考えながらもそれは口にせず残りの肉を頬張る。朱里の方も言うだけ言ってある程度発散したからか、黙って口を動かしている。どうやら硬めの串焼き肉はそれなりに気に入ったようだ。
「ごちそうさま。じゃあ、この後は街外れで魔術の研究と練習でもする?」
「大賛成です」
宿くらいは先に確保すべきかな、と思ったが逆にそれを理由に早めに切り上げようと考え直し、立ち上がる。
「あ、待ってください」
残りの肉をぱくりと口に入れた朱里は、咀嚼しながら立ち上がる。基本、お行儀の良い朱里がこんな行動をするなんて珍しいな、と魔術に対する好奇心の大きさに少し迷う。切り上げると言って聞き入れられるかな。宿、先に取っておくべきかな、と。
「さぁ、行きましょう。すぐ行きましょう。早く行きましょう」
「テンション高いならもう少しそれっぽくしない?」
相変わらずの淡々とした声色に苦笑しながら、急かす朱里の後を追う。
街に入ってさほど歩かないうちに昼食にしたため、街外れにはすぐ到着した。
「一先ず、おさらいから」
魔術の原理をごく簡単に説明すると、想像した事象を魔力で起こす、となる。
具体的にはまず、起こす事象を明確に想像する。その補助として言葉――呪文等――を用いるのが一般的だ。不慣れな間は暴発防止と言う意味合いもあるらしい。
次に、魔力の想起。想像した事象を起こすに足る魔力を準備し、魔術の種類に応じた指向性を持たせる必要がある。こちらは動作で補助するのが一般的だ。この魔術を使う時にはこの動作と決めて練習を重ねれば、身体と連動して魔力も動かせるようになる。
「<給水>」
初めて覚えた魔術。
魔術名と共に右手を傾けると水が生成される。基本はペットボトルから水を灌ぐイメージで、訓練により傾きを変える事で給水量が変化するようになった。余談だが、魔術名は一度改名している。
「ある意味、生命線の魔術ですが、地味ですね」
旅では生命線、街でも手間が大いに削減される。井戸はホント、大変なのだ。
「<ライター>」
2つ目に覚えたが、もう使っていない魔術。
親指で擦る事で火を起こすイメージだが、指を離すと火が消える。
「そんな名前でしたっけ?」
「別に見せなくてよかったか、これ」
改名前の給水の魔術と同じ、別名の同魔術扱いで省略すればよかった。
「<着火>」
こちらはマッチをイメージした魔術。利点は手を離してもしばらく火が消えないこと。
人差し指と中指で虚空を擦る事で火をつける事が出来る。
「マッチって人差し指と親指で掴んで擦るのが一般的なのでは? あぁ、格好つけですよね。知ってました」
だったらつっこむな、と言いたかったが、口にすればさらなる追い打ちを食らいそうなので黙って次の魔術を行使する。
「<エアー>」
掌から風を起こす魔術。
朱里曰く扇風機の魔術だが、僕としては酸素ボンベと言うかスプレーのイメージだ。酸素吸入による肉体的・精神的な負荷の軽減やもしかしたら水中呼吸に応用出来ないかなと考えて覚えた。出ているのが酸素のみなのかは今のところ不明である。
「エアコン代わりにしたいので、熱いのと冷たいのもお願いします」
熱風、冷風の魔術か。余裕が出来たら試そうかな。でも朱里。これは扇風機の魔術じゃないからな?
「<ライト>」
ファンタジーの定番魔法、の割に習得に苦労した魔法でもある。
苦労した原因は、懐中電灯などの代替えのあるイメージで魔術行使をしなかったから、だと思われる。さすがに『中空に浮いて自在に動かせ、必要であれば自動で追従させる事も可能』と言う想像は上手くいかず、これは生み出した光源がその場で浮遊するだけの魔術となった。効果時間も短い。
「魔術書にあったライティングとは別の魔術ですか?」
「あれの簡易型と言うか。ライティングだと何故か発動しないと言うか」
動かせるライト開発挫折後に、参考にと朱里の食べた魔術書で読んで知った魔術がライティングだ。こちらが使えるようになったら、これもお蔵入りかもしれない。
「<発光>」
これは物に対して付与するイメージで作った光源魔術の亜種だ。棒切れなどに付与すれば松明の代わりとして使える。ライトよりは長持ちするが、ライトと違って何もない空中には出せないので使い分けている。
「今のところ、こんな感じかな」
「全体的に地味ですね」
身も蓋もない総括だった。
旅のお供に必要な魔術だけをピックアップして覚えたのだから、実用重視で地味になるのは仕方がない。
「攻撃用の魔術と、防御用の魔術が欲しいですね。あと、派手なのを所望します。個人的に。花火とかおすすめです」
「何その完全な趣味魔術」
最後のはさておき、前2つは自衛力を得るという意味でも重要だ。あと、逃走補助的な魔術も欲しい。
具体的にどうするか。僕は魔力を捏ね回しながら出来そうな事を模索して行く。朱里の方は神殿にあった分厚い魔術の本――食べるのに2日かかった――を呼び出して読み始めている。
「火を呼び出して射出する。ファイヤーボール的な魔術は覚えないんですか?」
「訓練すれば出来なくはないだろうけど、どこかで使える人のを見てからの方が想像しやすそうかなと」
「確かに、既存の魔術はその方が効率が良さそうですね。ならばやはりオリジナル魔術か。核爆発とか、地球破壊爆弾とか行きますか? 行きますよね」
本から顔を上げずに物騒な事を言う後輩に、実験中の新魔術でつっこみだけ入れておく。扇子で仰ぐイメージで作った名無しの魔術。イメージがしっかりしていれば言葉の補助がなくともいけそうだ。
「言葉や動作でイメージが補完出来るなら、物を使うのはどうでしょう」
「ん? 魔術媒介的な?」
振り返ると、朱里の手元から本が消えており、代わりに小石が1つ。それを親指を上にして握った拳の、人差し指の上に置いた。
「それ、魔術と言うより武術では?」
「先輩には柔軟な発想が欠けていますね。それにこれは、新しい魔術じゃありません」
そう言って朱里は親指で小石を弾いた。
指弾。漫画などでその辺にある石ころを指で弾く事で飛ばし、攻撃しているのを読んだ事がある。そして今、僕達の力は漫画みたいな事になっている。
「身体能力強化か」
「石の硬質化とか、弾道補正とか、なんならホーミングとかつけても良いですよ?」
それもう指弾じゃないな、と思いながら石を1つ手に取る。武器、今はこの石を身体の一部であるとイメージしながら身体能力強化魔術を行使してみるが失敗。次は試しにと「ロック」と呟き、一点を注視。すると、視線の先に赤い点が生み出された。石を弾くと、見事に赤い点へと命中する。ちなみに着弾したのは木で、威力は表面に少し傷をつける事が出来た程度だ。
「威力はまぁ、悪くはないかな」
「そうですね。試して貰ってから言うのも何なんですが、もしかして普通に投げた方が良いのではないでしょうか」
「……一理ある」
今度は大きめの石を手に取り「ロック」と唱えてから投擲する。狙いどおりの位置に着弾し、的にした木がそれなりに大きく削れる。朱里の方へ視線を向けると同じ様に石を投げるところで、着弾箇所は先ほどの僕の指弾より大きく傷ついていた。
「指弾、いらなくない?」
「何かに使える可能性がなきにしも非ずですよ。男が細かい事を気にしてはいけません。開発に失敗はつきものです。成功の母です。朱里の母性が母を生んでしまったか」
別に非難したつもりはなかったのだが、本人が謎の納得しているようなので特に言及はせず実験を再開する。
数時間、ああでもないこうでもないと意見を交わしながら開発を行った結果、使えそうな魔術を幾つか手にする事が出来た。
銃撃。
銃、と言っても実銃ではなくエアガンの方だ。使用魔力を上げると威力も上がるので、訓練を重ねれば将来的に使える魔術になる、予定だ。
煙幕。
文字通り煙を出す魔術。白・黒・ピンクを選択可能。ピンクがイメージ出来る理由は推して知るべし。
閃光。
光源に目いっぱい魔力を込めただけのお手軽魔術。目くらましに使える。
指弾。
正確には身体能力強化魔術であり、魔術名ではない。朱里がリストに入れる事を強行した。
ロック。
指弾や投擲の命中率が格段に上がる。今のところ身体能力強化魔術以外は2つ以上の魔術を同時起動出来ない為、銃撃との同時使用は出来ない。
「そろそろ宿探しに行こうか」
「そうですね。残念ながら刺激的な魔術の開発には至りませんでしたが、致し方なし。将来性に期待します」
本物の銃撃や爆弾、障壁魔術や花火など、色々と思い浮かぶままに実験したのだがそれらに関しては今のところ手応えを感じる事は出来なかった。防御的な魔術が手に入らなかったので、そのうち現地の人から手解きして貰う必要があるだろう。
「お風呂付の宿を探しましょう。清潔は保っていますが、日本人としてお風呂は別腹です。その為なら多少の出費も辞さない覚悟です」
「上限は決めておこうな?」
成果をメモしていた朱里がペンとノートを消し、立ち上がる。まだ夕方にもなっていないが、宿を取って夕食、可能なら入浴、次いで朱里は読書、僕は魔術訓練とやる事は十分にある。遅くなって部屋が無くなる方が問題だ。
「あの、すいません。使徒アラタ様で――」
「人違いです」
背後から突然聞こえた声にそう答えると、朱里の腕を取って歩き出す。その情報を知っている人間は少ない。と、言うか僕と朱里だけだ。声をかけられるまで気づかなかったのは僕の未熟だとしても、ピンポイントに居場所と素性を知られてしまっているのだ。警戒しない訳にはいかない。
「その、私は怪しい者ではありません」
怪しさしかないよ、と思いながら振り返る。声からして恐らく女性。フード付きのローブを着ている。手には短杖。ある程度距離を取りながらそれらを確認。並行して逃走用の魔術を準備し、顔には笑みを張り付ける。
「俺達に何か用か?」
「あの、えっと。私の信仰する女神様から神託がありまして」
わざと荒っぽく告げた言葉への返答は、予想外のものだった。いや、予想してしかるべきだったのかもしれない。リア様の使徒という僕の素性を知っている人間は2人しかいないが、女神はいるのだから。
「我が女神の命により、貴方に仕える為にやって来ました。
この身この心、魂まで全て貴方様のものです。どうぞ、ご自由にお使いください」
予想外の展開に、僕は思考が追い付かず、思わず朱里へと振り返る。朱里も僕と同じく虚を突かれたのだろう、呆けているように見える。
そんな彼女の表情を見た僕は、少しでも冷静さを取り戻す為にいつも通りの口調でこう告げた。
「お望み通りの刺激的な展開が来たみたいだけど?」
「こんな展開は求めてません」
ばっさりと否定する朱里に苦笑を浮かべる。勿論、僕だって求めていない。
そんな僕たちがその女性と正しく相対するには、もう少しだけ時間を必要とする事となる。