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第二十八話「決闘の行方」

 朱里と対峙する僕は、決闘開始の合図を待ちながら過去最大級に困惑していた。予想外な事が連続で起こり過ぎて、もう何が何だか。


「はじめっ」


 ヴィオレの合図と共に、朱里が投げナイフを構える。反射的に盾を向けるが、攻撃してくる気配はない。もちろん、こちらも攻撃など出来ない。朱里を傷つけたら大変だ。


「人質に傷をつけようなんて思いませんよね? 先輩」

「卑怯だぞ! とか言えばいい? 別に盾にされた訳でもないけど」

「大人しく負けを認めてください。判断が遅いですよ。勝負は始まる前から決まっているものです」


 そしてやってくる口撃。朱里の言う通り、既に勝ち目がない気がする。リーリアなら怪我をあまりさせずに制圧、とか出来たかもしれないが、僕には無理だ。先にこっちの出方を確認したのはそのためだったのかもしれないと気づくが、後の祭りだ。


「希望を聞こう」

「私と一緒に魔界へ行きましょう。国賓待遇を取り付けてあります」

「さすが、優秀と言うべきかな」


 根回しも完璧と言う訳だ。魔玉の重要度から言えば、そのくらいは何とかなる、のかもしれない。ヴィオレの判断と言うか独断だと思われるので、どこまで履行されるかは少し怪しいが。


「その為に人界の女神の使徒を辞めて、魔界の女神に改宗してください」

「朱里の立場は?」

「先輩が改宗してくれるなら、その庇護下に置いて貰えるから大丈夫です」

「そうなるよねぇ」


 朱里が動いた。投げナイフは僕にあたる事なく、遥か後ろに向かって飛んでいく。ちらりと振り返るとリーリアが下がるのが見えた。動こうとしたリーリアへの牽制、かな。


「恩恵持ちはこの世界の人と比べ物にならないくらい強いのは知ってるよね?」

「はい」

「だから人界軍が攻めてくる魔界へ行くのは反対だ」


 同郷を警戒していたのは敵対した時の危険度故にだ。魔界に、彼らが敵対する土地に行くのでは本末転倒。そう考えていると、朱里がもう一本投げナイフを出してかまえていた。


「荒木さんを窓口に和平交渉が出来ないかと考えています」

「悪く無い手だけど、それは朱里が人界まで出向く必要があるんじゃない?」

「それは、そうですけど」

「そもそも魔界側にその気があるのか、あったとしても朱里が代表になるのを許すかわからない」


 戦う理由が女神様、と言うか宗教なのが問題だ。元の世界でもこればかりは利害関係でも調整が付かない、やっかいな戦争理由なのだ。朱里がどうあがいたって、まとまる訳がない。


「僕の方も希望を言っておく」


 そう言って数歩近づく。朱里は警戒して盾を構えたが、ナイフを投げてくる事はなかった。


「この世界の。いや、誰よりも君が好きだ。だから僕と共に居て欲しい。叶うのならば、死がふたりを分かつまで」


 告げて、踏み込む。

 好きだと伝えた事は何度かあった。だが、積極的に関係を進めた事はない。だからこれは、僕の初めての告白。

 動揺する朱里の手をナイフごと掴み、取り上げると投げ捨てる。そしてその勢いのままに盾を構える手もどけると、そのまま地面に押し倒す。ちょっと痛そうだ。


「い、っう」

「降参してくれる?」


 鼻先が触れあいそうな距離でそう告げる。残念な事に降伏勧告に返答はなく、仕方なく僕は更なる追い打ちをかける事になる。心苦しいが、致し方ない。


「ひ、卑怯ですよ!」

「唇を奪ったら降参してくれるかな?」

「なっ! そんな理由で私のファーストキスを奪う気ですか!?」

「解りやすく動揺するなんて珍しい」

「先輩のせいです」


 そうだろうね、と思いながら唇、はさすがここで奪うと後が怖いので止めておく。首か、ちょっと後ろでうなじとかが良いかな。


「ヴィーさん助けてください!」

「えー、決闘を邪魔するのは野暮じゃない? 私、人界の女神の信徒とは違うし」

「うぅぅ」

「むぅ」


 唸る朱里とリーリア。そう言えばこの2人は敵対的な関係だったなと思い出す。今はそんな些細な事はどうでもいいが。


「って、何を、あっ」


 首筋に唇を落とす。触れるだけの軽いモノだが、さすがに恥ずかしい。見物人も居るし。


「ちょ、まっ」

「朱里と僕でもう一度別の世界へ引っ越せるようにリア様に交渉した。一緒に行きたい相手がいたらその人も連れていける」


 他の人、特にヴィオレに聞こえない様に耳元でそう囁く。朱里には聞こえているはずだが、相変わらずわたわたしている。伝え方、失敗したかな。


「あー、とりあえず降参が嫌なら仕切り直して話合いでどう?」

「それで、それでいいですから離れてくださいっ」


 そんなに拒否されると傷つくな、と思いながら身体を話す。肩で息をしている朱里。上気した頬と荒い呼吸が色っぽい。もう一回、押し倒してもいいかな?


「ヴィーさん助けてください。ケダモノに襲われました。と言うかまた襲われそうです!」


 視線か表情か、僕の思考は見抜かれているらしい。こっちに来て以来、ずっと色々な我慢を重ねてきたので、さっきのでタガが外れたのかもしれない。人前じゃなかったら止まらなかったんじゃないかな。


「はいはいよかったわね」

「全然よくありません」

「そうね。で、アラタ。どうするつもりなの?」

「それを話し合いたいんですよ」


 立ち上がらず、地面に座り込む。疲れたし、色々と恥ずかしいので誤魔化したい。


「リーリア、その子を見張ってて」

「はい、アラタさん」

「ヴィーさん。確認なんだけど、あの子自体が魔玉と言う認識で間違いない?」

「えぇ、そうよ」


 玉と言う言葉で完全に水晶玉のようなものを想像していたので、予想外にも程がある。将棋で言う玉将的な意味なのか、大穴で玉の肌と言う意味で女性なのか。思考が逸れた。


「この子、リア様のとこに連れて行きたいんですが、困ります?」

「困る、と言えば困るかな。魔界の宝だし」

「ヴィーさん個人的には?」

「そうね。魔界の女神ルーテシア様の信徒としては渡す訳にはいかない、かな」


 それは宗教的な理由では、と思ったが口にはしない。宗教関係はどうにもならないので諦めるか、後でリア様に相談かな。勝利宣言後に戻したり出来るかもしれないし。


「朱里と2人で話しても?」

「魔玉を置いて行くなら構わないわ」

「そう言えば人質でしたね、どっちも」


 茶番だけど、と思っているとヴィオレがリーリアの方へと向かって歩き出す。それは置いて行くとは違う気がするが、別に問題ないかと少し音量を抑えながら朱里に声をかける。


「朱里」

「なんですか」


 返事が素っ気ない。照れ隠しなのか怒っているのか。前者だといいな。


「返事、貰ってない」

「先輩が気にするのは私の髪ばかりで、あまり見たり触ったりしてこないので興味ないのかと思ってました」

「女の子に?」

「私の身体に」


 そんな事はまったくないのだけれど、髪の件があるので言い辛い。こればっかりは性分なので仕方がない。朱里に諦めて貰おう。


「僕は結構前から朱里の事が好きだったんだけど」

「そうは思えませんでした」

「そう言うのは照れ臭いしね。関係が崩れるのも怖かったし」

「……そうですね。私も似たようなものなので、そこは追及しない事にします」


 出会いが出会いだったので嫌われて、はいなくとも好かれていない期間が長くあったと思っていたのだが、意外と前から好感度は高い方だったようだ。勝因は本か、それとも噛み心地か。


「一緒に来てくれる?」

「先輩が、いえ、シンさんが望むなら」

「名前で呼ばれるのはむず痒いな。

 愛しています、アカリさん。僕と一緒に生きてください」


 今なら唇を奪っても許されるかな。理性のタガが外れている僕はその衝動に耐える事が出来ず、照れた朱里による反撃で気を失う事になる。


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