第二十七話「最凶の敵」
予定通りに脱走した僕は、こそこそと教会内を移動していた。ミサンガの反応のほとんどは教会の外、西の軍通りにあり一部残っている反応は避けて移動していた。その途中、ルアーナさんらしき反応もあったが接触する理由もないので無視する。
慎重に移動と潜伏を繰り返し、ようやく到着した出口を前に足を止める。そして外に反応がある事を確認すると、素直に出て行って良いモノか、少し悩む。
「ええい、ままよ」
すぐにでも魔術行使出来るように、構えながら開かれている扉を潜る。そこに居たのは、当然だが葛西だった。
「よう、良く来たな」
「このまま帰っちゃダメですかね?」
「脱走犯を逃がす訳がないだろう?」
「だったら先に共犯者を焼けば?」
「何のことかな」
会話をしながら少し左へ移動する。思考と視線を誘導して、隙を作れれば良いのだが、そう簡単にはいかないだろう。
「さて、じゃあやろうか」
「騒ぐと人が来るし、場所を変えたいかなーって」
残念ながら僕の言葉は受け入れられず、葛西の手から炎が発せられる。予想はしていたし覚悟も決めたつもりだったが、普通に怖い。なんとか回避しようと地面を転がるが、完全には回避しきれず腕を焼かれてしまう。
「はぁ? なんで恩恵使わねぇんだよ」
「実はまだ使えない」
炎に焼かれた腕が痛い。治癒魔術をかけるためには死角と時間が必要になるので今は放置するしかない。
「まだあいつの射程内かよ。ちっ、仕方ねぇ。待っててやるからそこから離れろ」
「先に確認しなかったそっちが悪いと思うけど?」
「知るか」
頭をガシガシをかく葛西。あっさり油断したな。じゃあ、反撃させて頂きましょうかね。
「<銃撃>、<銃撃>」
「はっ、不意打ちかよ!」
言葉と共に殺気を向けられた、と思う。素人なのでわからないけど。葛西はようやく戦いが始まった事に喜んでいるのか、口元に笑みを浮かべながらこちらだけを見て炎を放出する。残念なヤツだ。
「<フリーズ>」
「なっ!?」
横合いからの攻撃。木陰から一足飛びで接近し、魔術をまとわせた手甲を葛西に叩き込んだのは勿論、伏兵として配置していたリーリアだ。さすがうち唯一のまともな戦闘要員。
「残念だったな、葛西」
「ど、うや、って」
「企業秘密だ。リーリアお疲れ。ありがとう、助かった」
「お役に立ててよかったです。心配しました。あ、盾持ってきました。一応、予備のブーツも」
早口でまくし立てるリーリアから盾を受け取る。ブーツは取り上げられていなかったのでその場に放置して行く事に決める。リーリアは葛西を縄で縛りあげて木陰に隠しているが、意識が戻ったら普通に焼いて脱出しそうだ。
「一撃で昏倒とか、凄いなリーリア」
「そうですか? 魔術を込めた一撃を、完全に意識の外から直撃させたので普通なら殺せるはずなんですけど」
殺す気だったのか。いや、使徒は頑丈だし、きっと防御力も高いはずだ。だから加減するなと朱里あたりが言ったのかもしれない。殺してたらさすがちょっと気にするぞ、僕は。
「朱里達は?」
「外に居ます」
それは知ってる。知りたかったのは状況だったのだが、聞きなおすよりも先に移動を開始する。門から出る訳にはいかないのでまた壁を超えるのだが、内側からなら壁の上にあがれるので少し楽だ。問題は昼間にやるととても目立つと言う事だろう。
「夜を待つの?」
「脱走がバレたら警戒が厳しくなるでしょうから、このまま行きます」
中に閉じ込められるよりは見つかって追いかけっこの方がまし、と言う判断だろうか。目立たない場所で降りれば見つからずに脱出が出来る可能性もあると考えれば妥当な判断かな。
「ロープで降りるの?」
「さすがにあの高さを飛び降りるのは……」
それはそうか、と思っているうちに壁に上る階段へ到着。本来は見張りが居るはずなのだが、その辺りは根回し済みで素通り。ロープも後は落とせば良いだけの至れり尽くせりの状況だ。
「アラタさん、先に行ってください」
「いや、時間短縮の為に一緒に行こう」
そう言って背中を向けると、少し躊躇してからリーリアが背中に乗る。所謂おんぶと言うやつだ。登攀訓練の時もやっているので、問題はない、はずだ。ちなみに、僕の身体能力強化魔術は出力がおかしいらしい。使徒である朱里と同じように動けていた時点で疑うべきだったのだが、リーリアのものと比較するまで気づかなかった。
「早い早い怖い怖い」
最初は落ちる速度で、半分くらいからは力任せにブレーキをしつつ速度調整。ちょっと勢いが付きすぎたせいで手と着地の足が痛かったが、無事に地面に到着した。よく考えるとロープが切れたら大怪我するところだった。まぁ、かなり時間が短縮出来て見つかる可能性も下がったはずだし、結果オーライで。
「じゃあ、行こうか」
「は、はい」
ちょっと膝が震えているリーリアを引き連れて移動開始。向かうは南西方向。移動中の朱里たちを追う形だ。
「合流地点はどの辺りの予定?」
「森の入口です。その手前は草地で見晴らしが良いので、追っ手が来るのが解りやすいから、と」
「なるほど」
「こちらの無事は知らせておきました」
いつの間に、と思っていたら、リーリアが説明してくれた。朱里の恩恵である本、と言うかメモ帳とペンを借りて報告を書き込み、破る。ダメージにより消えたメモ帳は朱里が再召喚可能。2人が移動を開始したのは、それが合図だったらしい。
「そう言う使い方があったか」
ペンはインク代わりの朱里の力が尽きると消滅するので長い文章は書けないが、十分な効果が見込める。他にも応用が利きそうだが、僕と朱里は一緒に行動している事が多かったのであまり有効活用していなかった。
「急ぎましょう」
「何? 背負って欲しいの?」
これもまた僕とリーリアの身体能力強化魔術の差で、僕の方が何倍も長く持続する。そう考えるとある意味永続の使徒はやはり強いな。
全力で遠慮されたので、僕達2人はひたすら並走し、距離を詰めていく。しばらくすると遠くに3人分の人影を見つけ、思い出す。そう言えば姫様居たな、と。余裕もなかったし、いつの間にかミサンガの反応がなくなってたから忘れてた。
「おーい、朱里! ヴィーさん!」
声をかけると2人が振り返る。呼ばなかったのは僕だが、姫様は振り返らなかった。反応の薄い娘だ。
「先輩!」
走るのを止め、歩きの速度に切り替える。あちらも足を止めており、姫様もこちらは見ていないがもう歩いてはいない。
「アラタ、そこで止まって」
「へ?」
少し離れた位置でそう告げられ、反射的に足を止める。リーリアも同じく足を止め、僕の後ろに立っている。ちょっと息が上がっているようで呼吸が洗い。
「無事、取り戻せたわ。ありがとう」
「どう致しまして」
この場に緊張感が満ちている事に気づく。何か問題でもあったのだろうかと考えていると、姫様がこちらに向かって歩いて来ていた。どうやらヴィオレがそう指示したようだ。
「それでね、アラタ。私は約束は守るべきだと思っているの」
「それは良い心がけだと思います」
「えぇ。だから魔玉をそちらに引き渡すわ」
どうやら魔玉は姫様が持っていたらしい。取り上げられなかったのか、取り上げて荒木さんが保管していたのを盗って来たのか。どちらにせよ、ありがたい事だと思いながら目の前まで来た姫様に視線を向けると、手を差し出される。
「どうも、って、あぁ、握手ですか」
てっきり魔玉を渡されると思っていた手は空で、勘違いを恥じながらその手を握る。そして、理解する。
「え? 魔玉?」
「そうよ。その子が魔玉。貴方が欲しがっていたモノよ」
予想外な展開に戸惑う。この子が魔玉と言う事は、リア様に送還しなければならない訳で、そうするとヴィオレが奪還した捕虜を奪い取る事になる。あれ、これ、中々に鬼畜の所業じゃないかな。
「えっと、どうしましょう」
「そうね、人質交換とかどう?」
そう言いながらヴィオレは、朱里の首筋にナイフを当てる。人質と言っているが、朱里の落ち着きぶりから見るに共犯なんじゃないだろうか。一体いつから共謀していたのやら。
「もしくは、人質をかけて決闘とか」
「うーん、話合いとかでどうにかなりませんか?」
「ならないわね」
本気で人質に取られているなら、降参して朱里と姫様と言うか魔玉に触れた瞬間に送還すれば危機は脱する事が出来る。だが朱里の意志でこうなっているのであれば、話くらいは聞いておきたい。本気で恨まれるのはさすがに嫌なので、避けられるならそうしたい。
「僕は戦闘向けじゃないんですけど」
「じゃあ、代理人ありの決闘ならどう?」
僕の後ろには戦闘要員が居る訳だが、実は戦闘力で言えば僕の方が高い。超接近戦スタートなら別だが、こちらの方が魔術の展開速度が速いので躊躇さえしなければ先手を取って制圧可能なのだ。持久力と速度の関係で、逃げ撃ちする事でもかなり優位を取れる。
「アラタさん、私の出番ですか?」
「いや、出番じゃないから」
「じゃあ、決闘で決めましょうか」
「いや、待って」
「先輩が私を賭けて決闘。女冥利に尽きますね。賛成です。格好いいところを見せて貰いましょう」
「なんで朱里まで!?」
緊張感のない台詞だが、言葉はどこか硬い。普通ならそう言え、と言われているのかなと考えるところだが違うような気がする。あっちの狙いが、わからない。
「こっちが勝ったら貴方と魔玉を頂く。そっちが勝ったらシュリちゃんと私の身柄を引き渡す」
「いや、なんでヴィーさんと僕まで賞品に?」
「そうしないと貴方を魔界へ連れていけないからよ」
なるほど、と理解する。
朱里は僕がリア様の使徒である事を止めさせたい。ヴィオレは魔玉を持ち帰りたい。確かに利害が一致している。ついでにリーリアも追い払えるのなら朱里にとっては一石二鳥だろう。
「じゃあ、そっちの代表は後ろの子でいいの?」
「さすがにそれは格好悪いから僕が嫌々、しぶしぶだけどやらせて頂きます」
僕が出れば、勝っても負けても死傷者なしに出来るだろうと言う打算と、朱里を説得さえすれば負けてもどうにかなるだろうと言う判断だ。勝利後のお引越しをヴィオレに知られて形振り構わず魔玉を確保されると厄介だから、と言うのもある。
「私の為に戦うのがそんなに嫌ですか?」
「朱里の為じゃなかったら絶対にやらないよ。逃げる」
やりたくないのは本当だ。あれから多少、訓練と実践をしたとは言えヴィオレに勝てる気はしない。殺す気でやれば別かもしれないが、それはさすがにやりたくない。開幕投げナイフで足元狙って、その後はウィンドカッターで削るしかないかな。銃撃は当たり所が悪いと即死だし人には向けたくない。葛西には牽制で撃ったけど。
「じゃあ、こっちの代表はシュリちゃんで」
「は? はぁぁぁ!?」
がんばります、と握りこぶしを作った朱里が前に出る。
こうして『それは反則じゃないかな』と思う僕の心境を置いてけぼりに、僕と朱里による決闘が始まるのだった。




