第二十四話「潜入後の聞込み」
決行日の夜、仮眠から目を覚ますと既に潜入予定のメンバーが食堂に集まっていた。そう言えばリア様に会えなかったな、と思いながら軽食を口にする。緊張しているのか、誰もが口数が少ない。
「壁を登って潜入。中に入ったらアリタ商店で協力者と接触。拠点を得る」
再確認代わりに口にすると、全員の視線が集まる。計画としてはかなり行き当たりばったりなものになったが、そもそも情報が少なすぎて所在すら不明だ。かと言って内部の協力者に調べさせると潜入の足掛かりさえ失う可能性がある。
「本当に大丈夫でしょうか、接触して」
「逃げる算段は朱里がしてくれたし。使えるものは使わないと」
接触予定の相手は同郷だ。使徒であれば本人が人界軍参加者か、そうでなくとも知り合いである可能性が高いし、クラスと名前を名乗れば登録を要求されずに身元確認をさせる手段になる。穏便な情報収集の相手としては最上だ。
「よし、行こうか」
「はい」
3人分の返答と共に外へ。自分で借りた訳でもないが、短い間とは言えお世話になった住居に別れを告げる。
内部への潜入は意外にあっさり果たされた。原因は僕と朱里の身体能力で、手はず通り壁の上から垂らされたロープを苦も無く、しかも女性を1人背負って登り切った。これは別の場所で行った予行演習通りでもあるのだが、体力が切れなかったのは僥倖と言える。
「先輩、変なとことか触ったりしませんでしたよね?」
「さすがにリーリア相手にそんな事はしないよ」
「あら、じゃあ私ならしてくれたの?」
「ヴィーさん相手は後ろから魔術が飛んできそうですし」
「じゃあ、私ならどうですか、先輩」
「大事な女の子に変な事はしないよ?」
潜入任務中とは思えない、軽いノリの会話をしながら移動。アリタ商店から無断占拠している体で倉庫の一角を借り受ける。情報収集は基本的に僕と朱里の仕事だが、リーリアには退路の確認を頼んでいる。もちろん、魔族であるヴィオレはお留守番。認識阻害のローブがあるとはいえ、わざわざ危険を冒す必要はない。
「あれ、2年の日野さん?」
「どうも。そう言う貴方はどちら様でしょう」
教会に向かう途中、正面からやって来た男に声を掛けられる。同郷らしき相手は、どうやら朱里を知っているようだ。ちなみに朱里の認識阻害のローブは現在リーリアに貸し出し中だ。
「あー、そうだな。俺は3年の葛西。めっちゃ可愛い後輩がいるって聞いて知ってただけだ」
「それはどうも、ありがとうございます?」
「はは、何の感謝だろうな。で、そっちは?」
「3年の古井。多分クラスメイトではないと思う」
「俺は2組だ」
「僕は3組」
葛西と名乗った男に見覚えはない。交友関係の狭さが仇になったと言うべきか。いや、広かったら別の意味で困ったのでこれで良いのかもしれない。
「こっちは2人で図書委員の仕事をしていて、巻き込まれた」
「俺は部活中だったな。卓球部なんだが、弱小で少人数だったからな。全員、教会の世話になってる。お前らは?」
「さっき来たばかりだ。なんか魔族に勝ったって聞いたからここなら安全かなと」
「なるほどなー」
どうやら葛西と言う人物は中々温厚な性格で口も軽めの様だと判断し、朱里に目配せする。聞けるだけ、聞きだしておこう。
「俺、と言うか日野もだけど、聞きたい事があるんだが良いか?」
「そうなのか? 日野さん、何?」
男のサガと言うか、なんと言うか。会話している俺をそっちのけで葛西は朱里に詰め寄る。まぁ、さっきも言われてたけど、可愛いから仕方がない。
「魔族の捕虜が居ると聞いたんですが、本当ですか?」
「あー、そんなの居たな。確かバレー部の奴らが捕らえたとか。それが?」
「出来れば会いたいな、と。本当に敵対すべき相手か見極める為に」
「日野さんはそう言うの気にするタイプか。バレー部もなんか話合いが出来ないかって言ってたし、面倒な事考えるね。神様が倒せっていうんだから問答無用でやればいいと思うけど」
前言撤回。コイツ全然温厚じゃない。好戦的過ぎ。そして考え無し過ぎ。
「そのバレー部の人には会えますか? その、古井先輩の知り合いがいるそうなので」
「そうなのか?」
「去年のクラスメイトが居てな。女マネが今も仕切ってるなら合流しようかなと」
「日野さんいたら男所帯は避けたいし、女所帯はお前が困る、ってか?」
「ご名答」
脳筋発言をしていた割に、少しは頭も働くようだ。バレー部の居そうな場所を聞き出している朱里の様子を見ながら、案内してくれるのでもなければそろそろ切り上げ時かな、と考えていると、同じ様に考えたのか、朱里が話題を変える。
「そう言えば、身代わりアイテムを作ったんですが」
「へぇ、恩恵で?」
「はい。実戦での効果確認はしていないのですが、力はちゃんと籠っていると鑑定して貰いました。本当に身代わりになってくれるのかは見えなかったそうです」
「誰に、って花井あたりか」
「それで、大量に作ったので皆さんに配れませんか?」
そう言って袋を1つ、葛西に差し出す。中には色とりどりのミサンガが入っている。数を揃える為に結構がんばったのだ。主にリア様の信徒さん達が。
「戦争で怪我をしないように、御守の意味も込めて。同郷の皆さんと、もしよければ教会の警備兵さんなんかにも」
「おー、それは皆喜ぶよ。会ったヤツに渡しとけば良いの?」
「お願いできますか」
朱里は葛西とひとしきりお礼を言いあうと、話を打ち切り、出来れば早めに配ってくださいとお別れする。もちろん、これは仕込みである。
「次はバレー部のところですか? それとも予定通り教会に?」
「バレー部かな。捕虜の監禁場所とか、状況とか聞ければありがたいし」
バレー部員も基本的に教会に滞在しているそうだが、さすが運動部と言うか、しょっちゅう外出しているらしい。その中に商売を始めた者がおり、そこによくバレー部員が屯っているそうだ。ボスである女マネの目から逃れるために。
「って、近くにアレッシオが居る」
「ルアーナさんも一緒ですか?」
「いや、1人みたい」
会っておくべきか否か。少し考えてから接触する事を決める。数少ない知り合いだし、同郷では知る事の出来ない何かを知っているかもしれない。
「よう、アレッシオ。久しぶり」
「アラタ。それにシュリさんも」
「そっちは1人か?」
「あぁ」
知ってはいたが、一応聞いておくべきだろうと返事の判り切っていた会話を済ませる。さて、少しだけ話を聞いてみましょうかね。
「なぁアレッシオ。教会に伝手とかないか?」
「なくは、ないが」
「折角来たんで、お忍びで中を見せて貰えないかなと思ってな」
「難しいな」
「じゃあ、何か教会の噂とか知らないか? なんでも良いから」
「……ない。入る時は教えてくれ。案内くらいは出来る」
「そうか、ありがとう。ところで、ルアーナさんは忙しいのか?」
「あぁ。折角だが会いに行くのは無理だ」
「それは残念です」
本当に残念そうな朱里。残念そうな理由の半分は会えない事であり、もう半分は教会内に入れなかった事だ。ルアーナさんの反応は今は教会にあり、先ほど朱里にもそれを伝えてある。
「悪い。使いの途中だった」
「それは引き留めてすまん。ルアーナさんによろしく伝えておいてくれ」
「また会いましょう、と伝えておいてください」
「わかった」
あっさりと別れ、元の目的地に向けて移動を再開する。商店にはすぐに到着する。そこに見覚えのある顔があったので、一旦朱里と別れてから声をかける。
「久しぶり」
「ん?」
「去年のクラスメイトだ。覚えてないか?」
「あー、居たな。確か球技大会で同じチームになった」
「で、部活の、と言うか女マネの愚痴を聞いた」
「あぁ、あったあった」
どうやら思い出して貰えたようだ。いきなり顔見知りに会えたのは運が良い。だが残念な事に、お互いに名前は憶えていようだが。
「戦争に行ったんだって?」
「あぁ。お前はいかなかったのか?」
「今さっき着いたとこだからな」
「行かない方がいいぞ。俺はもう行きたくない」
「それで商売を?」
「あぁ」
適性が無い人間は、そりゃあ居るよなと思いながらヴィオレを思い出す。角こそ生えているが、どこからどう見ても人間。言葉も通じるし、殺し合うのは普通の神経じゃやれない。やっぱりさっき会った葛西はおかしい。
「似たような話を聞いてな。出来れば捕虜になった子に会いたいんだが」
「会わない方が良いと思うぞ」
「戦わない為に会いたいんだよ」
「うちのボスと同じような事を言うな。和平の足掛かりに出来ないかって、保護してた」
窓口がないのによくやるな、と言うのが本音だが口にはしない。話し合うには敵地に乗り込んでそれなりに偉い人を捕まえて説得して、恒常的な窓口として大使館を設置して。うん、無理だ。
「会うのは無理か?」
「無理、とは言わないが」
「これを配ると言う名目でどうだ?」
そう言って袋の口を開けて1つミサンガを取り出す。そして朱里が葛西にしたように嘘の効果を説明する。
「まぁ、気休めの御守替わりだと思えば損はないだろ?」
「本当に身代わりになってくれるなら良い土産になるな」
商店が閉まる頃に来れば案内してくれると言う話になり、その場は解散となった。残念ながら他のバレー部員は姿を見せず、僕と別れて買い物をしていた朱里と合流すると一旦倉庫へと戻る事となった。
「どうだった?」
「捕虜は無事らしいです。予想通りましな集団に保護されているそうです」
「――よか、った」
涙を浮かべて喜ぶヴィオレの頭を朱里が優しく撫でる。そんな光景を見ながら、僕は捕虜について考えていた。魔玉と言う重要アイテムと共に攫われ、和平交渉の足掛かりになるかもしれない人物。うん、普通に大物っぽい。
「この後、教会内部へ潜入出来るかもしれません」
「え?」
「展開が早くて申し訳ないんですが、滞在するだけでリスクもありますし、準備不足でも行くべきかなと判断しました」
呆れているような驚いているようなヴィオレの反応を無視し、これからについて軽く説明。朱里の提案でヴィオレとリーリアに認識阻害のローブを着せて朱里の友人に偽装する事になり、2人にはクラスメイトの坂と斎藤と言う偽名が割り振られた。引っ込み思案で口下手と言う設定にして自己紹介すらさせない予定だが。
「自分の名前はしっかり覚えて、呼ばれたら振り返って誰かの後ろに隠れる。良い?」
「はい」
2人の返事と共に僕達は倉庫を出発する。上手く事が運ぶといいな、と祈りながら。




