第二十一話「焦燥の再会」
朝起きると、朱里の寝顔が視界に入った。起き上がり、その顔を見つめながら給水の魔術を行使。一杯の水で喉を潤す。
「おはようございます」
「おはよう、朱里」
「女の子の寝顔を見つめているのはどうかと思いますよ、先輩」
隣のベッドからとは言え、起き抜けに見つめられていた割に冷静な返答をしてくる朱里から視線を外す。ついでに意識も外す為に、今日会いに行くヴィオレの位置を確認。どうやら南外区の辺りに居るらしい。
「どうしました?」
「ヴィーさんはなんで神都に来てるのかな、って」
昨日の話合いで出た可能性は、諜報員として再潜入、敗戦処理の使者、逆侵攻の為の偵察等があった。
「考えても仕方ないから会いに行こう、って昨日決めましたよね。あ、着替えるのでお願いします」
「了解」
タオルを1つ掴んで廊下へ。そのまま井戸端へ移動し、顔を洗う。水は自前の魔術産だが、さすがに廊下で洗顔をする訳にはいかない。
「朝食を貰って来ます」
「よろしく」
部屋に戻ると、入れ替わりで朱里が部屋を出ていく。手早く着替えてから荷物をまとめ、朝食を終えると宿を引き払う。荷物は出来れば新居に預けたかったのだが、魔族とリーリアを接触させる訳にはいかないので、仕方なく全て背負っていく事にする。
「食料が無くなった後でよかったです」
「買出しは、なんとなくリーリアがしてくれていそうかな」
ヴィオレの位置を確認しながら南へ向かって進んでいく。向かった先にあったのは、安宿の集まる一角。顔を見られると困るヴィーさんが、プライバシーが侵されやすそうなこんな場所に居る事に違和感を覚えつつ、シュシュの反応がある場所へと足を進める。
「あっちの状況がわからないし、予定通り声はかけない方針で」
「近くに仲間とかいたら困るから、ですよね」
「そうそう。気づかせて、声をかけられたら接触で」
一応、連絡先を知らせるメモも準備済みだ。小さく折って手の中に隠してあるので、ぶつかった振りをして握らせば良いだろう。ちなみに連絡先の他に、ナンパでもするような文言も書かれている。他に見られてしまった際のカモフラージュの為に。
「この辺のはず」
「先輩」
朱里の視線の先には、フードで顔を隠した良く解らない女性。その人を僕はシュシュの反応で確認。きっと朱里は認識阻害を受けている雰囲気からの推測だろう。
「え、アラタ?」
「いま、大丈夫ですか?」
その言葉の意図が理解出来なかったのか、ヴィオレは一瞬だけ固まる。しかしすぐにはっとした表情になり、僕の隣にいる朱里へと視線を向ける。
「シュリ、ちゃん?」
「はい、お久しぶりです。おひとり、ですか? ここで話して平気ですか?」
朱里の露骨な質問。前に会ったヴィオレならその前に意図を察する事が出来ただろう。だが、今のヴィオレにはその余裕がないようだ。傍目から見ても焦っているように見える。
「シュリちゃん、アラタ。助けて」
「え?」
「朱里、移動しよう」
何を言われてもマズイ気がした僕は、そう告げると辺りを見渡す。そして話し合うのに良いスペースはないかと考え、近場の少し高めの宿に入ると1人部屋を1つお願いした。3人では使えないと言われたが、話合いの為に昼まで場所を借りたいと告げて素泊まり料金を支払うと、鍵を渡される。うちは連れ込み宿じゃないからな、と言う言葉と共に。
「改めてお久しぶりです、ヴィーさん。助けてとおっしゃいましたがどうしたんですか?」
「その、ね。何て言ったらいいか」
疲れ切った様子のヴィオレ。声をかけた朱里が聞く態勢に入っているようなので、僕もそれに倣う事にする。
「神都に、入りたいの」
「それは壁の中に、と言う事ですか?」
「えぇ。ちょっと取り戻さないといけない、えっと、モノがあって」
それは魔王軍にとっての話なのか、ヴィオレの個人的な理由なのか。そんな風に考えた僕と違って、朱里はそれに心当たりがあるようだった。
「人、ですか?」
「う……、うん。そんな感じかな」
「先輩、どうしましょうか」
神都の『中』に入る。それを正攻法で行うのはある意味簡単で、僕達にはとても難しい。理由はもちろん、教会登録だ。その後にお金の問題もあるのだが、今は些細な事なので無視する。
「捕虜の奪還、かぁ。ちなみに使者を出して平和的に身代金とか捕虜交換とかは」
「出来ない」
外交窓口が無いのか、それとも魔界の国内問題か。確認したら両方だった。しかし、一度会ったきりの僕達に助けを求めるくらい人手と手段がないと言う事は、恐らくヴィオレの独断だろう。無理かな、これは。
「安否を確認出来れば良いなら中の伝手を探しますけど」
「それはそれで頼みたいけど、救出は救出で、なんとか」
安否確認すれば気づかれて警備が厳しくなる可能性があるので、やらない方がいいかも。そんな風に思いながら朱里へと、これ無理じゃないかな、と視線で訴える。
「私が教会登録をして、従者として潜入する、とかどうでしょうか」
「普通に考えて従者も登録の提示を求められると思うけど」
「じゃあ、荷物に紛れて」
「検査くらいすると思うよ。登録する事自体も含めて、リスクしかない」
朱里が単独潜入して救出、はもっと無理だ。相手の顔、はヴィオレに聞く事が出来ても、朱里が行って助けに来ましたと伝えても素直に従ってくれる可能性は低いだろう。何せ朱里は、相手は住処を蹂躙した人族なのだから。
「シュリちゃんが私を捕虜として中へ連れて行ってくれれば」
「で、逃がした罪を朱里に負え、と?」
可能ではあるだろうが、朱里の負担ばかりでその後の立場も危うくなる。そんな計画を絶対にやらせる訳にはいかない。
「じゃ、じゃあどうすれば」
「案が無い訳ではないですが、その前に相談したいですね。潜入とか工作とか、得意そうな集団に」
勿論、リア様の信徒達を当てにしての話だ。もしかしたら『内』に入る方法も何かしら持っているかもしれない。問題があるとすれば。
「仮にその集団に手段があったとして、何か払える対価はありますか?」
「先輩、それは」
反論しようとする朱里に向けて首を横に振る。僕達だけで済むならば、タダ働きでも良い。だが他も頼るのであれば別だ。特にあの集団は、魔族とは敵対関係にあるのだ。協力が必要な手法であった場合、引き受けて貰えるに足る何かは絶対に必要になる。
「私が出せるものなら、なんでも出すから。だから」
「覚悟はわかりました。ただ、絶対に方法がある訳ではないのは覚えておいてください。
朱里、少し休憩したらヴィーさんの宿を新居付近で探しておいて。で、落ち着いたら戻って来て」
「わかりました」
ヴィーさんの返事を待たず、僕は部屋を出て、リーリアの待つ新居へ移動する。
「アラタさん、遅かったですね。あれ、シュリは?」
「ちょっと友人に会ったから別行動中。ところでリーリア。壁の内側に行きたいんだけど、何か手はない?」
自然さの欠片もない話題転換だが、何故かと問われたら別の目的を告げる予定だった。幸い、リーリアは細かい事を気にしなかったようで、すんなりと答えを得られた。
「あります」
「どうやって?」
「あれ、本当にただの壁なので上を超えれば入れるの。内からの手引きがあれば結構簡単に入れるし、なくてもまぁ、なんとかなると思う。
中で見つかったら大変だし、出る時もちょっと気を使うけど」
方法があったのは予想通りだが、想定以上にシンプルな、と言うか強引な手段だった。何か、こう、もっと神様的な不思議な防御結界とかあるイメージだった。
「じゃあ、更にその中は」
「中の教会に?
礼拝堂とかは入場料払えば入れるらしいけど、入りたいのはそこじゃないよね?」
詳細は不明だが、人界軍に拉致されて捕虜とされた者の救出が目的だと思われるので、教会内部に居る可能性はそれなりにある。奴隷的な立場でどこかの屋敷に売り払われている可能性もあるが、それならそれで救出し易い。あくまで、教会内部よりはと言う意味で。
「目的のモノがどこにあるかわからないから、調査からかな」
「それなら先に情報屋で調べておくべきかな。あんまり当てにはならないけど。どこにあるかは解らなくても、最低限どこには無いかが解るだけでも中に入ってからの作業が減らせるし」
その辺りは朱里にも情報屋に確認して貰うかな、と思いながらプランを立てていく。出来れば実行はしたくないな、と思いながら。
「私は何をすればいい?」
「あー、今回は情報提供と後詰をお願いしたい。中でバレたり、脱出時に失敗した時用に」
「それは神都にいる他の信徒に任せるから、私はアラタさんに付いていっても問題ないよ」
後詰をお願いしたい理由はもちろん、魔族関連だと言う事を隠すためな訳で、それでは困ると言うか。朱里相手にあそこまで拒絶反応を起こすリーリアを、出来れば魔族であるヴィオレに会わせたくない。
「んー。とりあえずまだ計画段階で実行するかどうかも判らないから」
「準備だけはしておいた方が良い?」
「潜入の手引きだけはお願い」
「わかった」
話を終えると、リーリアから割り当てられた部屋に荷物を置き、屋上へ移動する。朱里がこちらに向かって来ているのを確認済みだったので、お出迎えだ。
「どうでしたか?」
「潜入だけならなんとかなるかも。荷物置いたらもう一回会いに行こう」
「わかりました」
朱里が何故か僕の部屋に荷物を置くと、再出発。ヴィーさんが泊まる宿へと向かい、部屋を訪ねる。
「ヴィーさん、戻りました。先輩から耳寄り情報があるそうです」
「ほんとに!?」
「あー、はい。中へ入る手引きをお願い出来そうです」
移動中に朱里には軽く説明してあり、後で情報屋と接触をしてくるとの返答を貰っている。そして僕の方は、ヴィオレが救出に来たのが、青髪一本角で13歳くらいの少女である事を聞いている。
「攫われた娘の特徴は聞きました。ちなみに、攫って行った集団の名前とか、解りますか?」
「バレーブと言う集団だそうよ」
バレーブ。いや、バレー部か。
確か、女子マネージャーが率いる男子部と、定員割れでほぼ帰宅部な女子部だった記憶がある。僕の記憶が正しければ、女子部は来ていない可能性が高いので男子バレ―部と言う事になる。去年のクラスメイトが居るかもしれない。
「ましな集団ですね」
「知り合いなの?」
「知り合いが混ざってるかも、程度です。後は噂に聞いたくらいです」
スポコンのお手本みたいな女子マネージャーはそれなりに有名、と言うか件の元クラスメイトから凄い怖いと聞いた事がある。今もバレー部が彼女の支配下にあるのであれば、敵とは言え13歳の女の子に無体な事はしない、んじゃないかな。希望的観測だけど。
「朱里、バレー部に知り合いとかいない?」
「……1人、一応顔見知りが」
どうやら僕と似たようなものらしい。言い辛そうなので、もしかすると口説かれたとか告白されたとかそう言う関係なのかもしれない。朱里が覚えている事を考えれば、古風に恋文を認めた可能性もある。
「さて、ここで2人に選択肢。
1つ、ヴィーさんを中に送り出してお別れ。
2つ、一緒に潜入して全面的にお手伝い。
正直に言えばあまり危ない橋は渡りたくない」
ヴィオレは仕方ないと言う表情。朱里は手伝うべきだと思っている表情。それを声に出さないのは、僕の存在があるからだろう。朱里は見つかっても言い訳が効くが、僕はどうなるかわからない。下手をすれば僕とヴィオレが朱里を脅していた、なんて誤解される可能性もある。
「今日は解散にしよう。最低でも潜入は手伝うつもりだから、その準備も必要だし」
「そう、ですね」
「そうね。本当にありがとう。中にも入れず立ち往生してたから、本当に助かるわ」
だから最後まで付き合ってくれなくとも大丈夫、と言いたいのだろうか。だが、僕が提案しなければ彼女は中に入る事も出来ず、諦めて帰ったかもしれない。いや、失敗しても良いからと強引に突破していたかな、最初に会った様子だと。
「他に手があるかもしれない。時間をかけて色々考えて、結論は潜入までに決めれば良い」
「わかりました。私は情報収集をしてきます」
「私も何か」
「ヴィーさんは休んでください。中に入ってから碌に動けないとか、救出の成功率が下がりますよ」
元からほぼ無い気がするけど、と思いながらため息を1つ吐く。
朱里は暗くなるまで戻らず、そんな彼女をなんとか説得しようと言う試みるも、当然のように失敗。そして何故か同室で就寝する事となり、僕はひさしぶりに床で眠る事になった。




