第二十話「神託の遂行」
神都スイーツ食べ歩きツアーを敢行した翌日、僕達は宿の食堂でリーリアと合流して西外区を目指していた。
「貴方の事はすごく気に入りませんが、先輩のお願いなので仕方なく受け入れて上げます」
「私もアラタさんの決定には従う。でも、シュリの指図は受けない」
今日になっても絶賛不仲中の2人を従え、歩く事1時間弱。人界の女神の信徒が不定期に集まると言う隠し聖堂に到着する。案内はもちろんリーリアだ。
「ここが摘発されたら裏切者はシュリです」
「リーリア」
「すいません、アラタさん」
僕が注意した事で朱里の機嫌が少し良くなった、気がする。リーリアのフォローも必要かと思うと、正直胃が痛い。自業自得と言えばそれまでだが、癒しが欲しい。
「ようこそお出で下さいました、使徒様」
「あー、あんまり畏まられるのは苦手なので。アラタと呼んでください」
「私は朱――」
「こっちの女は他の使徒なので、警戒をお願いします、司教様」
自己紹介を遮られムッとしている朱里だが、反論する気はないようだ。まぁ、ある意味アウェーだし、下手な事は言わない方が良いと言う判断かもしれない。僕としてはとてもありがたい。
「リーリアさん、気持ちはとても、とても良く解りますが、使徒様の意志に沿わない事はおやめなさい」
「はい」
「では、改めまして。
司教などと呼ばれていますが、実際はただの管理役です。この場所の責任者、くらいに思ってください」
実績による階位と言うよりも、儀式を取り仕切る為の役職、と言う事なのだろうか。そんな風に予想しながら、あたりを見渡す。
隠し聖堂と言うだけあって、ここまでの道のりは複雑で、この場所に至っては隠し扉になっていた。そして聖堂らしく、祭壇にはリア様を模した聖像が安置されている。
「それで、どう言ったご用件でしたでしょうか」
「リア様――人界の女神様から西外区の信徒に会うよう、神託がありました。ですので、貴方に会う事が目的と言えば目的です」
そこで一旦、言葉を止める。何かこちらに伝えるべき事があれば言ってくれるのではないか、という期待は残念ながら叶わず、仕方なく僕はもう1つの目的を果たすべく、再度口を開いた。
「生活基盤を整えたいと考えています。何か良い職と、住居を紹介して貰えませんか」
「アラタさん、住居は私が準備したあの店があります。司教様、問題ありませんよね?」
「リーリアさん、使徒様に向かってその言葉遣いは不敬ですよ」
「いえ、僕がそうするように指示しましたので」
「そうでしたか」
少し納得のいかないような口ぶりだったが、それは無視して話を戻す。
「それで、どうでしょうか」
「多少であれば援助も可能ですが」
「いえ、あくまで自分たちで稼ぐ方法が欲しいので」
「なるほど。そうですね、紹介できる働き口が無い訳ではないのですが」
向けらた視線の意味を考え、気づく。こちらが何を出来るのか、説明をしていなかった。何も解らず紹介出来るのは、どこかの下っ端仕事、雑用くらいだろう。
「僕は読み書き計算、最低限の魔術行使が可能です。朱里の方も同じく、読み書き計算が出来て、魔術は使えませんが自衛くらいは可能です」
「いえ、そう言う事ではなく。
使徒様に相応しい仕事、とまでは言いませんが、紹介出来そうなきちんとした仕事がないのです」
確かに、女神様の使徒に下手な雑用を斡旋したとなれば、他の信徒に示しがつかないと言うか、何を言われるかわかったものではない。それなりの格と言うものが必要だ、とかそんな感じの話だろう。僕は気にしないが、そういう問題ではない。
「なるほど。
では、今やっている仕事の窓口をお願いできたりはしませんか?」
現在やっている冒険者擬きの仕事。それを信徒内での困り事解決にも利用し、かつ収入を得る。そうして登録のない人間との面識を増やし、最終的には職を得る。これならば僕自身が選んだ事なので、司教様もその周りの人間も文句は言えないだろう。
「遠当の名で何でも屋みたいな事をやっているんです。正規の依頼が出せない困り事とかありませんか?」
「遠当の噂は聞き及んでおりましたが、そうですか。使徒様の事でしたか」
「採取や狩猟、雑用もやりますし、何なら行商人の護衛とかも出来ますよ」
今の装備ならまぁ、なんとかなるだろう。最悪、依頼人を担いで逃げるくらいは出来ると思う。
そう考えていて、ふともう1人の存在を思い出す。
「そう言えばリーリアは戦闘とか出来るの?」
「護衛修行の一環で前衛職の訓練を受けてます。武器はこれ」
ポンチョの下のローブの更に下から出て来たのは、手甲だった。曰く、遠距離魔術が苦手なので手甲を魔術媒介にして直接叩き込むスタイルなのだとか。体術もそれなりに覚えがあるらしい。
「壁くらいにはなりそうですね」
「ちゃんと守りますよ。アラタさんは」
「信頼関係のない前後衛とか怖くて連れていけないかなー」
「言葉の綾です。ちゃんと2人とも守ります」
「いや、綾て。まぁ、今のは朱里が悪い。申し訳ないけど、戦闘になったら朱里共々よろしく」
「任せてください!」
頼られて気合十分なリーリアの姿を見て、僕と司教さんは顔を見合わせ、苦笑する。朱里の方はマズい事を言った自覚はあるのか、そっぽ向いている。
「朱里。無理に仲良くはしなくてもいいけど、喧嘩を売るのはダメ」
「わかりました。わかりましたけどストレスは溜まります。その分、甘やかしを要求します」
そう言うのは2人きりの時に、とだけ告げて司教さんに向き直る。そろそろ話を戻さないと、無限に脱線しかねない。
「それで、斡旋と言うか仲介をお願いできませんか?」
「やって見ましょう。連絡は、リーリアにさせて頂けばよろしいですか?」
「はい。よろしくお願いします」
そう言って握手を交わした後は、世間話と言う名の僕たちの常識チェックや、聖像がリア様にちゃんと似ていると言う話、ついでにこの前会ったリア様の様子について少し話してからお暇する事になった。
「何か外が騒がしいですね」
「大通り、と言うか軍通りの方のようですね」
司教さんの言う軍通りと言うのは、教会、と言うか人界連合軍が『中』から出陣・帰還する為の大門に繋がる神都最大の通りの事だ。様々な訓練や式典等にも利用される事がある為、よく通行止めになる通りでもある。
「人界軍が帰還したようです」
するりと聖堂の隠し扉のある部屋まで入ってきた男がそう告げる。そう言えば、魔界の女神が苦戦していたとリア様から聞いた記憶がある。
「同郷に会わないように早めに帰ろう」
「はい。色々言いたい事もあるので、覚悟しておいてください」
それは聞きたくなかったな、と思いながら僕たちは司教に別れを告げると北外区に向かって移動を開始する。そして僕達は宿へ、リーリアは借りている建物へ向かう為に途中で別れた。
*
リーリアの準備してくれた住居に明日移動する事を決めていた僕達は、宿を引き払う前準備として荷物の整理をしていた。
「ところで先輩、私の仕事を取った理由を説明して貰えますか?」
「え、何かしたっけ?」
「司教の人に依頼の窓口を頼んだ件です」
そう言えば外部委託を勧めた時に、仕事を取るなとか言われたな。そんな事を思い出しながら、朱里の思い違いを訂正しておく。
「取ってないよ。窓口を増やしただけ」
「それは、これからも私は窓口兼情報収集を続けても良い、と言う事ですか?」
「もちろん。逆に、止めても良いし」
「私の仕事ですから、やめる気はありません」
「居ない間はリーリアと2人きりだけどね、僕」
「うぅ、そう言えばそうでした」
仕事は多ければ選ぶ余地も増え、安全の確保もしやすくなる、かもしれない。何よりとにかくコネが欲しい。生活の安定にはこれが一番重要だ。
「そうですね。リーリアを働かせて私は先輩と過ごせば……」
「で、居心地が悪くなってまた悩む?」
「否定出来ないのが辛いです。私の弱点を的確に突いて来る先輩は鬼ですね。悪魔の所業です」
なんかこの手の軽口を聞くのはひさしぶりだな、と思いながら笑みを返す。ストレートな罵詈雑言なら結構聞いた気がするが、出来れば忘れておきたい。
「まぁ、リーリアとの関係も含めてのんびり決めていこう」
「そうですね。手始めに1つ追加で要求を出しておきます」
「何?」
「リーリアの髪の手入れは禁止で」
期待していなかったと言えば嘘になるが、まさか全面禁止を正面から言い渡されるとは。なんか、こう、文句を言いながらも陰でこっそりやる分には目こぼしして貰えないかな、と思っていたのだけれど。リア様みたいに。
「わかった。朱里の許可なくリーリアの髪の手入れはしない」
「絶対ですよ? 不自然に綺麗になってたりしたら解りますからね?」
「リア様にでも誓おうか? いや、僕の場合はこっちか。
朱里の至高の黒髪に誓って、朱里の許可なくリーリアの髪の手入れはしない。これでいい?」
きちんと誓いを立てたのに、朱里は何故か頬を膨らませてだんまりを決め込んでいる。何か不服な点でもあったのだろうか。
「そう言えば、人界軍が戻って来たらしいけど」
「露骨に話題を逸らしましたね」
「勝った、とは思うけど同郷達は無事かな?」
関わりたくないが安否は気になる。いや、訃報が聞こえてこないなら別に良いかな。さすがに死んだと聞けばちょっとへこみそうだから。
「それよりも、一度戻ると言っていたヴィーさんの方が心配です」
「そう言えばそんな事言ってたっけ」
僕の思っている以上に仲良くなっていたらしい朱里とヴィオレ。言われて思い出したので、西方向に向けて髪留めの位置確認を行う。
「あれ?」
「どうしましたか、先輩?」
「ヴィーさん、神都に居るっぽい」
「なんで、って、そう言えばヴィーさんにシュシュを渡したんでしたね。
ストーカー能力の面目躍如と言ったところですか」
「いや、返して貰えなかっただけなんだけどね」
また潜入工作中かな、と思いながら朱里と話合い、明日にでも顔を出そうと決める。
そんな風に会話を交わし、梳いたり噛まれたりしながら穏やかな時間を過ごした。まさかあんな事が起こっているなんて、思いもせず。




