第十九話「神擬き共の使徒」
目が覚め、朝の日課にしている朱里のヘアメイクをしながら、僕は単刀直入に結論を述べた。
「リーリアを受け入れる事になった」
「死ねばいいと思います」
暴言と言って差し支えないレベルの罵倒に心折れそうになった。勢いで誤魔化そうと言う作戦は失敗してしまったようだ。
「いや、実はリア様が――」
「嘘つき」
無感情に言い捨てられた一言目と違い、少し寂しそうに言葉を口にする姿は反則だと思う。反射的に謝りそうだった。
「リーリアは生ま――」
「私と二人きりはそんなに嫌ですか?」
そしてこの追撃である。目に涙を浮かべていたらリーリアを見捨てる事になっても前言撤回していたかもしれない。そんな事を考えながらヘアメイクを中断。そして朱里の要望で膝の上に彼女を座らせ、腕を抱え込まれてしまう。
「言い訳を聞いてあげます。あと、慰謝料を請求します」
「慰謝料て。いっ、つぇ、すいません。すぐに説明させて頂きます」
右手首を齧られた。説明を開始するために息を吸ったら、次は左腕の柔らかい部分に歯を立てられる。変なこと言ったら噛むと言う脅しだろうか。
「リーリアは使徒の従者として育てられっ、たから。だっ、からそれ以外の生き方を知らないから引き取れ、ってえ! リア様が」
この短い発言の間に歯形が3つ増えた。説明が終わるまで、僕の肉は無事に残っているか、ちょっと心配だ。
だがそんな心配は杞憂に終わり、その後の説明中は軽い甘噛みこそあったが、言葉に詰まる程のダメージを与えられる事はなかった。
「そんな訳で、従者と言うか共同生活者的な立ち位置に押し込めればいいな、と」
「最終的にはどこかに嫁に出しましょう」
「僕らは親か。
いや、でもこっちの宗教観があっちと似た感じなら、リーリアはもう神の伴侶で婚姻はしない可能性も」
そこまで言ってから思い出す。神の伴侶である神官とか巫女さんの処女性がどうとか言う知識と、リーリアの誓いの内容を。
「その論で行くと、リーリアさんは既に使徒様の伴侶のつもりなのでは?」
「いやー、どうかなー。僕の言葉に逆らって女神様のお言葉を優先してたし」
「その女神様のお言葉で使徒様に仕えるのは、下賜されている状態なのでは?」
やばい、追加で地雷踏んだかも。いや、間違いなく踏んでるな、これは。
何故僕は適当に相槌を返さなかったのかと後悔しながら、現状を打破する方法を考え始め、止める。
「リーリアの受け入れは決定事項として、それに関する意見とか希望があれば教えて欲しい。あと、苦情とお詫びの内容も」
覚悟だけを決め、そう告げる。よほどの事でない限り受け入れる、と。
「先輩の見境なし節操なし女好き女の敵変態髪フェチ」
「一息で言い切ったね」
「はぁ。常にリーリアさんより私を優先する事を希望します」
「出来る限りさせて頂きます」
「出来る限りでなく、絶対です」
絶対に、と言えば何時か何処かで約束を違えてしまう可能性が高い。誠実であるべきか、結果的に嘘になる可能性があっても安心させる言葉をかけるべきか。
「僕が実現可能な範囲で、必ず」
「むぅ。後で他の要求もするので覚悟しておいてください」
「畏まりました、お嬢様」
わざとらしい台詞が更に機嫌を斜めにさせてしまった、ように見えるがまぁ仕方がない。やらかしたら誠心誠意謝る方向で行こう。
「真面目な話をします。
リーリアさんの受け入れは女神様の精神干渉の結果だと思います」
「あり得るね」
「では、拒否しましょう」
「受け入れは前提でお願いします」
そうでなければわざわざあんな罵倒に晒された意味がなくなってしまう。いや、どうしても必要であれば拒否もするのだが、今のところ反対理由のほとんどが朱里の感情面だから、さすがにそれでリア様との約束を破って1人の娘さんの人生を見捨てるのは、ちょっと。
「じゃあ、合流せずに情報やお金を貢がせましょう」
「それを貯金しておいて結納金にでもする?」
「追い払えるならそれもいいですね」
本気で拒否してるな。まぁ、僕も一生彼女と付き合いを続ける気かと言えばそんな事はない。どこかで彼女とは道を分かちたいとは考えている。ただ、その方法はまだ思い浮かんでいないのだが。
「リア様の使徒は異信仰者だから、登録のない生活に慣れてると思う」
「利用するだけなら受け入れる必要はないですよね?」
「ある程度生活が軌道に乗ったら、リーリア含めて話が出来れば良いな、と」
「……そんなにあの子に肩入れする理由はなんですか?」
そう言えばリア様から聞いた事は説明したが、それに対する考察や感想は口にしなかったなと思い出す。余計な事を言うと噛まれそうだったし。
「僕達と境遇が似ているから。有体に言えば同情。生活サポートと精神的な充足、ついでにリア様からの保障も得られるから良い事が多い」
「私が我慢すれば、ですか?」
それを言われると弱い。
とは言え、一時の感情であるのならば将来的な朱里の生活の安定の為に飲み込んで貰う事も必要だ。そう思っていたのだが少し自信がなくなってきた。なんかこう、嫁姑関係の間に入った夫みたいな感覚が。いや、見た事ないけど、そんなの。
「朱里がどうしてもと言うなら、共に行動せずに使徒としての責務を果たしているとリーリアが納得できる方法を話し合おう。でも、出来れば利用する相手としてでなく、人間同士、持ちつ持たれつの関係を築ければいいな、と思っている」
自分が強制している事を半ば棚上げしての譲歩発言だが、朱里も少し冷静になったのか思考を回し始めているようだ。
「わかりました。受け入れます」
「ありがとう」
「そして最速で追い出して見せます」
怖いと言うべきか、さすがと言うべきか。
とりあえず、強引過ぎる行動・言動をしない限りは約束通り朱里の味方をしようと心に決めながら、リーリアに連絡を取るべく行動を開始した。
*
連絡先を訪れると、昨日の貸し物件へ来てくださいと言うメッセージが残されていた。そして向かうと、何故か物置小屋の片付けをしているリーリアが居た。
「アラタ様、こんなに早く来ていただけるなんて、望外の喜びです!」
「あー、とりあえず色々と話があるんだけど、どこか落ち着ける場所に」
「では、下に参りましょう」
リーリアに促され、僕とその後ろを不機嫌オーラを発しながら無言でついて来る朱里は一階の食堂スペースへと向かう。
「どうぞ、お座りください」
「どうも。えっと、借りたんですか、ここ?」
「はい。あそこはうちの関係者がやっていますので。融通を効かせて貰いました」
あの不動産屋はリア様の信徒が経営する店だったらしい。良く考えれば異信仰者であるリア様の信徒は基本的にモグリの仕事をしている訳で、十分に予想出来た事だ。
「あー、色々と聞きたい事があるんですが、その前に幾つか」
「はい、なんでしょうか」
「まず、呼び方。僕も朱里も呼び捨てか、せめてさん付けでお願いします。あと、あまり改まった言葉を使ったり大げさに敬ったりしないでください。それが守れないのであれば、共に行動は出来ません」
実質的な上下関係は仕方がないが、せめて表面上は同等の立場を装う方が色々と便利、と言う建前だ。それで実際に対等な立場で仲良くなれれば、将来的に独立なり嫁に出すなり説得出来る、かもしれない。
「わかりました。いえ、わかった。これから私はアラタさんとシュリさんの仲間として振舞う」
「じゃあ、こっちもそれなりの言葉遣いにさせて貰う。朱里からは何かある?」
「そうですね。まず、上下関係を叩きこんでおきましょうか」
それ、僕が今否定したやつ。
色々と台無しだなと思いながらも、とりあえず状況を見守る事に決めて口は出さない。なんだかんだ言って、朱里は優しいので見捨てるような事は言わないだろう、と言う打算もある。
「先輩は私のです。先輩を取ろうとしたら即追い出します」
「はい、シュリさん。同じ信徒同士、女神様の為にアラタさんに尽くしましょう」
「私はあんな女神に尽くす気はありません」
朱里は一緒に行動する以上、いずれバレるのだから早い方が良いと判断したようだ。挑発的に言ったのは、これで喧嘩別れになったらそれはそれで好都合と言ったところだろう。その場合、朱里と別れてリーリアと、と言うのはありえないのでリア様に謝罪する事になるが。
「あ、シュリさんは別の神の信徒なのね」
軽い。かなり緊張していたので拍子抜けだ。
「どうかした、アラタさん?」
「いや、リア様の信徒じゃないって聞いたらリーリアがどんな反応をするか予想出来なかったから」
「うちではよくある事だから。
私たちは教会登録が出来ないから、他の信徒の伴侶を見つけて街に住んだり、紹介して貰って店で働いたりするの。あと、出資者を見つけて店を出したりも。名義借り、って私達は言ってる」
なるほど。そんな手があるなら僕達もなんとかなるな、と思ったが違和感を感じた。そして気づく。それをするには、その前にコネが必要だ、と。
「信徒同士、色々と融通を利かせてるの。紹介があれば登録がなくとも潜り込めるところも多いし、結婚は教会で挙げなければ良いだけ。他にも農村に嫁入り、婿入りして乗っ取ったり、行商人をしてたりでうちの信徒はどこにでも居るから意外とどうにかなるよ」
なんかスパイみたいな集団だな、と思いながらも見えた光明に内心で喜ぶ。これは生活環境を整える当てが出来たかもしれない。
「それとシュリさん、他の信徒とは言え、私達の女神様を侮辱するのは止めてください」
「あー、悪い。朱里はちょっと気がた――」
「私の先輩を誘惑する女神に払う敬意なんてありません。が、わかりました。口にはしないようにします」
「お願いします。それと、人の身で神に、しかもアラタさんの信ずる神を侮辱するのはどうかと思います」
「……先輩、言っておいてもいいですか?」
「あー、どうだろう。バレる要素は多いし、後で揉めるよりはいいかな?」
本の召喚に紙食。伏せておく方が無難だが、リア様の信徒でない宣言をしてしまった以上、朱里が登録持ちでない事でもバレる可能性がある。
「私は書の神の使徒です」
「えーっと、信徒、ですよね?」
「いいえ。使徒です」
リーリアがぐるんと音がしそうな勢いでこちらに首を向ける。それに首肯で答えると、彼女の目が吊り上がり、心なしか眼の光が薄くなっている気がする。
「アラタ様。何故あの神擬き共の使徒と行動を共にしているのですか?」
「使徒になる前からの付き合いなんだよ、朱里とは」
「なるほど。信用出来ないので追い出しましょう」
「何を言っているんですかこの女は。気に入らないのであれば貴方が出ていけば良いじゃないですか」
唐突に勃発する言い争い。これ、立場的に僕が介入しないとダメなやつなのだが、凄く逃げたい。表面上はどちらも笑顔なのが、凄く怖い。
「アラタ様、今すぐこの女を追い出す許可を」
「先輩、今すぐ神都を出ましょう」
「あー、とりあえずリーリア、様付けに戻ってる。朱里、リーリアが納得しなかったら追い出す。だから今はちょっとだけ抑えて」
そう言って僕は、朱里に右手を与えてリーリアと向き合う。気に入らない事があったらきっと抗議の代わりに齧られるんだろうな、と覚悟を決めながら。
「朱里は僕にとってこの世界で一番大事な人だから、リーリアがその態度なら悪いけどここでお別れだ」
「で、ですがアラタ様!」
「様付け禁止。この件に関しては譲る気はない。リア様だって、朱里と行動してる事に何も言ってないし、魔族と友誼を交わしても、問題ないと言ってくれた」
「なっ、魔族とですか!?」
まぁ、基本的に魔族は敵! だもんね。特にリア様は魔界の女神と敵対している、と言うか勝ち負けを競い合ってるし。
「朱里に謝れ、とは言わない。でも危害を加える気なら追い出すし、実際に加えたら反撃する。ついでに、リア様にも報復をお願いしようかな」
神罰を仄めかすと効果は覿面で、リーリアは納得はしていないが鉾先は収めてくれた。僕の方は指を甘噛みしている朱里に視線を向け、手を取り戻す。涎のせいで、風が肌に冷たい。
「色々と思うところもあると思うし、今日は解散しよう。
明日、西外区にリア様の信徒を探しにいくから、ついて来る気があるなら朝食後にここへ」
まだ言いたい事は色々とあるだろう。だが、それは一度冷静になって情報を整理してからの方が良い。そう考えた僕は、今日のところは宿泊先のメモだけを渡してこの場を退散する。そのまま朱里の機嫌を取るべく、連れ立って甘い物探しの旅に出る事になるのだった。




