第十八話「本物の信徒」
ひとまず話を、と言う朱里の言葉で建物内に戻った僕達は、食堂に移動する事にした。先ほどかけた発光の魔術がまだ切れておらず、内部はそれなりに明るい。
「とりあえず、座って話そう」
「はい、遠当様」
呼ばれ方に言いたい事はあるが今は飲み込む。そして朱里に、何か不味い事を言わない限り黙っておいてと耳打ちする。話すのは、本当の使徒である僕である方が良い、と言う判断だ。同じ様に考えてくれているのだろう、少し頬を染めている後輩は小さく頷いてくれた。
「まず、リーリアさん。どこで彼女の名前を?」
「遠当様が呼んでいるの聞いた、と言う方がいます」
元々が偽名である朱里の名前をあえて隠し立てしたりはしていないので、当然と言えば当然の返答だった。僕の名前が隠蔽されているのは、単純に朱里が名前で呼ばないからであり、隠している気はない。良く考えると、遠当が嫌なのだから、初期の頃にアラタで上書きすべきだったかもしれない。もう手遅れだが。
「では、なぜ彼女が使徒である、と?」
「私は、近距離であれば私の信奉する女神様のお力を感知する事が出来ます」
思い切り間違えてるけどな、と思いながら頬をかく。自信満々過ぎて訂正し辛いが、しない訳にもいかない。
「彼女は人界の女神様の使徒ではありません」
「ですが、女神様のお力を感じます」
「そうですか。でも、実際には僕の方が使徒なんです」
胡散臭いモノを見るような視線。リーリアさん、もう少し取り繕わないと後で大恥、と言うか後悔する事になりますよ。そんな風に考えていると、リーリアさんの表情に理解の色が浮かぶ。どうやらわかってくれたらしい。
「あぁ、なるほど。そういう事になっているのですね」
まったくわかっていなかった。それどころか誤解が深まった。まだリーリアさんの言葉の真偽確認すら出来ていないのだが、既にかなり疲れた。
「リーリアさん、判別した方法を詳しく教えて貰えますか?」
「はい、使徒様」
どうやらリーリアさんは、僕の事を対外的には使徒として扱う相手と認識したらしい。影武者的な。
「私は女神様のお告げを頂いた際に、そのお力を感知する事が出来るようになりました。そして朱里様からも同じ力を感じます」
「力、ねぇ」
考え、気づく。髪留めだ、と。
朱里のフードを取り払い、緩く編んだ三つ編みを手に取ると、その先端に結ばれた髪紐を見せる為に。
「そう、それです。それから女神様の力を感じます」
「なるほど」
そう言いながら髪紐を消す。三つ編みが解け、緩くウェーブ風になった朱里の髪が広がる。あぁ、触りたい。万能ブラシを取り出すと、軽く梳いて行く。
「先輩、やりたい事はわかりますがそこまでする必要はあるんですか?」
「ない」
即座に断言すると、朱里から溜息が1つ返される。無視して髪を集め、ポニーテールに。髪先が少しウェーブになっているので普段とは印象がかなり違う。
「わ、私は何という間違いを」
「他にも3人、これを預けている人がいるので気を付けてください」
唇が、顔色が青褪め、身体を震わすリーリアさん。まぁそうなるよね、と言う気持ちと、だから言ったのに、という気持ちが半々だ。そして、これは本当にリア様の信者っぽいな、と考えながら言葉を続ける。
「リーリアさん、僕たちは貴方が本当に女神様の言葉でここに居るのか、疑っています」
「それは。はい。当然の事です。過ちを犯した私は、女神様の信徒失格です」
「いやいや、そうではなくてですね」
「で、では、私はこの大罪をどう償えば?」
「償う必要はありません」
「で、ですがそれでは女神様に顔向けが」
信仰心が凄すぎて話が進まない。仕方なく、僕は適度にフォローを入れておく事にする。
「リア様には次に会った時に僕の方から話を通しておきます。リーリアさんに非はなく、貴方の信仰心は本物だ、と」
「え、女神様に会われる予定があるのですか?」
「近い内に接触があると思います。たぶん」
「本当、ですか?」
「使徒たる僕の言葉が信じられない、と?」
「そんな事はありません!」
「では、この話はこれでお終いです」
そう告げたにも関わらず、リーリアさんは祈り始める。リア様にではなく、僕に対して。よし、無視して話を進めよう。
「リーリアさん」
「リーリアとだけお呼び下さい、使徒様」
「じゃあ、僕の事もアラタと呼んでください」
「無礼を働いた私に名を呼ぶ事を許して下さるなんて。アラタ様、ありがとうございます」
様付け止めてとか一々祈るな、とか言いたい事は山ほどあるが、今は全てを無視。後でまとめて注意する事にして話を進めていく。
「リーリア、折角来て貰ったのに申し訳ないのですが、貴方と一緒に行動は出来ません」
「それは出来ません」
強く否定され、たじろぐ。立場的に、否定されるとしてもやんわりとされるだろうと思っていたので、少し予想外だった。
「私がアラタ様のお傍に在るのは女神様の決定です。使徒様の命であっても、それは聞き入れられません」
「……なるほど」
それはリア様の信徒として正しい判断基準なのだろう。神の言葉は絶対、とかとても宗教らしい。いや、完全に僕の勝手なイメージでだけど。
とは言え、こちらには受け入れる準備が整っていない。安全確認も含めて。
「女神様から聞いていませんし、証拠もありません。そして過去にそう言って近づいて来た魔族がいました」
魔族、と聞いてリーリアの肩が震える。人界の女神の信者としては敵だろうし、同列に語られた事が許せない、とかかな。
「幸い、その時は逃げ延びる事が出来ました。ですから、僕が女神様のお言葉を賜るまで、待機をお願いします」
「……わかりました。私への連絡手段をお渡しさせて頂きます。出来れば定期的に連絡をさせて頂きたいのですが」
「その辺りも含めて、後日連絡します」
「わかりました」
思ったよりもあっさりと引いたな、と思いながら会話を打ち切る。朱里に関してはあえて触れる事はしなかったが、それはどうしても合流しなければならなくなった場合にすれば良いだろう。
それ以上の会話を交わす事はせず、ミサンガとシュシュを渡したリーリアと別れると不動産屋経由で宿へ戻る。その際、朱里が給湯の魔道具について確認していたが、僕の方は他に考える事も多かったので任せっぱなしだった。
「それで、リーリアさんはどうするつもりですか、先輩」
「リア様次第だけど、僕としては返品希望かな」
ちょっとタイミングが遅い気もするが、それでもこの世界の事情を把握している地元民の協力は有用だ。だが、合流するとなるとリア様の目的である魔玉の捜索を蔑ろに出来なくなる。何よりもう1人分、女の子の人生を背負うのは無理とは言わないがキツイ。精神的にも、金銭的にも。
「可愛い娘でしたよ?」
「女性使徒に仕えるつもりで来たみたいだったけどね」
まぁ、覚悟を決める時間もなく男相手に「なんでもします」的な状況だった訳で、青褪めていた何割かはその辺りに起因する可能性もある。いや、あれは単純に信仰に対する重要度がそれだけ高かっただだな。きっと。
「ルアーナさんで触れなかった金髪に触るチャンスですよ?」
「……」
「むー」
いや、その為に仲間入りさせるような事はしないから。ちょっと連絡して話合いをした方がいいかな、とは考えたけど。ほら、朱里が情報屋擬きをやってる時に僕も情報収集を、的な。うん、口に出したらマズイな、これは。
「朱里のいないところで会いに行ったりはしません」
「よろしい」
その誓いが、一晩も経ないうちに無意味なものになるなんて、その時の僕と朱里は思いもしなかった。
*
その夜、ひさしぶりに訪れたモノトーンの世界には、ちょっと困り顔のリア様が立っていた。
「お久しぶりです、リア様」
「お久しぶりね、私のアラタ」
挨拶を終えると、何時も通り椅子に座ったリア様の髪を梳って行く。何か言いたそうなリア様に言葉を促すべきかと考えていたのだが、それは杞憂に終わる。
「アラタ、リーリアを従者として受け入れて欲しいのだけれど」
「あ、やっぱりあの娘はリア様の差し金だったんですね」
「そうよ。言ったでしょ。ご褒美を準備しておくって」
そう言えば言ってたな、と思い出しながらも、人間を送り込んでご褒美て、とも考えていた。さすが女神様とでも言うべきか。
「で、リーリアさんには何て伝えていたんですか?」
「信徒リーリア、貴方が仕える使徒が神都に向かっています。己を磨き、彼の者を待ちなさい」
「なるほど」
ヴィーさんとかなり被っていた謳い文句は、どうやらこの世界の信徒共通意識と言うか、定型句的なモノのようだ。もしくは過去にそう言った事を女神様が言った事例があるのか。まぁ、どちらでも一緒だしどうでもいいか。
「従者にしたら髪も触り放題よ?」
「それは魅力的な提案ですね」
あまりそう思っていないのが声色か表情にも出ていたのか、リア様の目尻が少し上がる。不満そうな顔がちょっと可愛い。
「貴方、そう言うの好きでしょう? 何? シュリちゃんに遠慮してるの?」
「それもありますけど、リーリアは受け入れたら人生ごと背負わなきゃいけなくなる気がして。さすがにそれはちょっと」
私には遠慮しない癖に、とでも言いたげなリア様に正直に告げる。それを聞いたリア様は、何か悩んでいると言うか言葉を選んでいる風に口を閉じた。沈黙の間も髪を整える手は止めない。
「……あの娘の人生まで背負う必要はない。最悪放り出す時は私から伝えてあげるしちゃんと褒美も出す、と言っても?」
「リア様が世界的に力のある女神様なら良かったんですけど、今の状態で使徒の従者を勤め上げたって実績、生活面で役に立ちます?」
リーリアは異信仰者だ。それは教会登録も出来ず、生活するにも不便で苦労をすると言う事だと僕は身をもって知っている。人界の女神教徒の街でもあって、そこで要職を得られる、とか言うような返答があればリア様の提案は検討の余地があったのだが。
「私の信徒は各地に居るけど、信徒として稼ぐのは難しいでしょうね」
「リア様、凄い正直ですよね。そこは騙して押し付けても誰も文句は言わないと思いますよ」
そう告げるとリア様は唇を尖らせ、私は拗ねてます、と言わんばかりにそっぽ向いた。髪を引っ張るところだった、危ないな。
「はぁ。正直に言うわ。
彼女は生まれた時から私の使徒に仕えさせる為に、特別に育てさせていたの。神託を与えてね。
だから貴方が引き取ってくれないと帰る場所がないし、生きている目的が無くなってしまう」
当然のように人権とか気にしないんだな、と思いながら、だからリア様は悩んでいたのかとも納得する。そして少しだけ同情が生まれてしまう。神に人生を狂わされていると言うのは、ある意味で僕達と同じ境遇なのだ。
「それは半ば脅しでは?」
「違うわよ。アラタが責任を負う必要はないもの。ただ、出来れば受け入れてあげて欲しいだけ」
リア様的には、女神様公認で好きに扱える女の子の派遣とか、男なら喜んで受けるだろうし女でも身の回りの世話要員とかで使う為に受けるだろうと想定していたのだろう。何なら、稼がせて貢がせても良い。
「気に入らないなら僕がそれ以外の生き方を教えろ、とかそんな感じですか?」
「そんな事、思ってないわよ。そもそも、断られるのが想定外なんだし」
2人で安定し始めたところに追加人員とか面倒だな、と思いながらも仕方なく前向きに検討を始める。ひとまず朱里の付き人とか身の回りの世話とか頼むのが無難かな。戦闘力があるなら護衛とか。
「何か埋め合わせをしてくれるなら引き受けます」
「なんで褒美を準備して埋め合わせしなきゃいけないのよ。もう」
不満そうだが、どうやらそれで手を打ってくれるようだ。リア様の髪をハーフアップにしながら、僕は他に確認しておくべき事がないか考える。
「そう言えば、人界軍が魔界攻めしてるみたいですね」
「えぇ、なんか結構ピンチらしくてルーテシアが慌ててたわ。この前」
がんばるな、同郷組。魔玉の件で関わる事にならないといいな、と思いながら後ろ髪に触れ、弄ぶ。
「リア様、お金の稼ぎ方とか魔道具のおすすめとかありません?」
「その辺はリーリアに聞きなさい。そろそろ時間だから」
そう言うとリア様は指を鳴らし、振り返る。手の中から髪の感触が消え、何度か体験した意識の遠ざかる感覚がやってくる。
「使徒アラタ。西外区で私の信徒を探しなさい。そして道を開くのです」
色々と曖昧な神託だな、と考えるも思考がぼやけ始めており、それ以上は思考が進まなかった。
心地よい銀鈴の声に誘われ、僕は意識を閉ざした。




