第十七話「新生活の彼是」
依頼を終えた翌日、先日と同じ宿に泊まった僕たちは今回の収支確認をしていた。
「何をするにしてもこれで初期費用は何とかなるかな」
「いえ、折角ですから稼げるように色々と動きましょう」
そう宣言した朱里は、僕が神殿から持ち出した品の売却や情報収集をしている間に色々と工作を始めたようだった。別行動をとっていた朱里からその成果を聞いたのは数日後の事だ。
「遠当の名前、結構売れたみたいです。と、言うか売りました」
「やり過ぎると同郷、と言うか教会にバレるんじゃない?」
「いえ、内密に使いたい勢力が協力して教会関係者には隠しているようです。それに『外』での事ですし。あと、噂を聞いて新規の依頼も来てますよ」
「いつの間に」
「情報屋を使って遠当の事を調べている人が居たので、情報屋の振りをして仲介を申し出ました」
結構危ない橋を渡っている朱里だが、窓口役をする事を仕方なく認めているのは認識阻害ローブがあるからだ。これのおかげで目立たず行動出来るので、色々なところに潜り込み安いのだとか。そして正体もバレにくい。
「そう言えば先輩、おねだりしたい物がありまして」
「何の本?」
「恩恵が付与されている本です」
言ったのは僕だけど、本当に本だったとは。
まぁ、朱里は自他共に認める本好き少女だし、今は本棚と言う物理的な制限もない。食べる速度の問題はあるが、今のところ蔵書量は上限知らずだ。
「恩恵って言うと、同郷の開発品?」
「はい。電撃を放つ使い捨ての魔術具、となっていますがあれは恩恵を付与した本です」
何故そんな事がわかるのかは、きっと恩恵持ちしかわからないのか、本だからわかるのかのどちらかだろう。そして主武器の購入にアレ以降触れていなかった事からも察するに。
「食べれば使い減りしない?」
「かもしれませんし、違うかもしれません。食べていないので私の恩恵で呼び出しても作動するのかわかりません。
外の商人が中の製品を入荷する伝手があるぞと仕入れ能力を誇示する為に買った最新の品らしいです。だからか、かなり高くて」
中に入れないと買えない、と言うのは確かにプレミア的な価値がある。実際、僕らは入れないので欲しいならその値段で買うしかない。
それはさておき、朱里のおねだりだ。全財産を払えと言われると困るが、ある程度は使っても問題ない。朱里の武器代もまだ残っているし、成功すれば武器を買うより有用だ。失敗したら何も残らないが。
「失敗したら依頼の窓口を外部委託する、と言う条件なら買ってもいいよ」
「私の仕事を取り上げようと? 先輩は私の仕事を奪ってどうするつもりなのか。籠の鳥?」
「ご希望ならしようか?」
「む、悩みますが止めておきます」
「購入も?」
「買います。そして籠の鳥にはなりません」
それは残念と言うべきかよかったと言うべきか悩みながら、出かける準備をする。
恩恵付与の本は問題なく購入出来、朱里はそれを1日かけて食べきった。召喚と使用の実験は成功したのだが、呼び出し時の消耗が激しいらしく、使い放題と言うほど便利ではなかったようだ。
「本を片手に呪文を唱え、魔法を放つ。いい感じです」
「実際使ってるのは恩恵だけどね。
中・近距離自衛用って感じかな。これで倒せなかった時の留め用に刃物か鈍器も持っておく?」
「いえ、これで叩きます」
そう言って盾を示す。確かに朱里の盾は硬さも重量もあって鈍器替わりになりそうではあるが。
「解体ナイフと言うか便利ナイフは持っていますので、最悪それで」
「効かなかったら逃げるか防御すべきだし、隙が作れるなら追加で撃ってもいいし。荷物を増やす事もないか」
更に数日が経過し、素材の調達や害獣の駆除、変わったところでは開墾の手伝いなど、幾つかの依頼をこなした。
依頼全てを引き受けている訳ではなく、適性のないもの、やりたくないものは断ったり無視したりしている。要人護衛は適性が無いし、暗殺等は受ける訳がない。
「今日は雑用系だけですね」
依頼遂行中は基本的に2人で行動している。稼ぐだけなら別行動の方が効率が良い依頼もあるが、慣れるまではそうしようと2人で決めた。慣れた頃が一番危ないとも言うので実際にどうするかはその時にまた話し合う事になるだろう。
「ゴミ処理に荷物運び、は冒険者の教会で引き受け手がいないやつの盥回しかな。受注で。
魔術の伝授、はパスで飲食店のウェイターって、なんか妙に依頼料高い気が」
「今話題の遠当を見る為に、とか言う感じで客寄せする気では?」
「なるほど。パスで」
人手が足りない、と言う感じで真っ当な飲食店なら緩い三つ編み姿の朱里をウェイトレスに推したのだが。まぁ、本人に拒否されるだろうけど。
「今日はそのくらいですね。午前中には終わるのではないかと」
「マネージャー業が板について来たね。まぁ、朱里も依頼には参加するんだけど」
「比重から言えば先輩の方が大変だと思うので」
名目上、遠当に来た依頼なので僕が主となってこなすのは当たり前で、その分雑務や裏方を朱里が担っている。持ちつ持たれつではあるのだが、その辺りの感覚は個人差だろう。
「じゃあ、サクッと行ってサクッと片付けますか」
「はい」
宣言通り、サクッと依頼を片付け早い昼食を摂る。午後は朱里が情報屋から買った情報を元に不動産屋へと向かう。もちろん不正規な方の。
「風呂付の住居をお探しと言う事で」
「はい。良い物件はありますか?」
「家賃は最低でも相場の倍かかるが、問題ないか?」
初来店なので気を使ってくれたのか、挑発なのか皮肉なのか。不慣れな僕達は、どちらであっても解らない。半分冷やかしのつもりで来ているのでその辺りはどうでも良い。
「それも含めて、物件を見せて頂ければ、と」
「そうか。希望に近い物件はあるぞ。ちょっと訳アリだが」
むしろ訳のない物件がここに存在するのかとは思うが口には出さない。僕が口出しするのは遠当の名前が必要な時と、朱里に助言を求められた時だけだと事前に決めている。
「やや手狭で出入りが面倒な物件と、広いが隣が面倒な物件だ」
「詳しくお聞きしても?」
「手狭な方は出入り口の前に家が建ってる。玄関からの出入りは出来ないし残りの3方も路地でなく家だ」
「それは何と言うか、不便極まりないですね。出入りは窓から?」
「屋上の扉から入れるらしい。隣の建物の上から飛び移れば、だがな」
「それは隣に住んでいる方の迷惑になるのでは?」
「外から登る分にゃ平気だろ。知らんけど。中を抜けたいなら自分で交渉してくれ」
「えっと、広い方の隣人と言うのは?」
「多分異信仰者の集会所だ。聖堂とか言われててたまに集まってるな」
上からしか入れない四方を囲まれた家と宗教施設の隣にある家。後者はそれ以外にも何かありそうだなと考え、手狭だと言う家の方を見せて貰う事にする。ちなみに場所だけ教えられ、一か月分の家賃相当額の保証金と交換で鍵を預かった。
「なんか、隠れ家っぽい」
「身体能力的には問題ありませんが、疲れて帰って来た時に困りそうですね」
聞いていた通りに四方が家。二階建ての一階部分はかなり近い位置に塀が建てられており、日当たりは最悪だろう。二階もあまり良くはないと予想できる。屋上の日当たりは普通。
「中に入って見ますか?」
「そうしようか」
屋上にある物置小屋は無視して中に入って見ると、2階には部屋が2つ。覗いてみると中もさほど広くもない。屋上に着いた時点で気づいていたが、やや手狭と言うだけあってこの建物はとても小さい。
「1階も見てみる?」
「もちろんです」
1階に降りると、そこは厨房だった。そしてカウンター越しに見えるのは幾つかの椅子とテーブル。これは、あれだ。
「元飲食店?」
「みたいですね」
「これで営業出来る訳もないし、嫌がらせで建てられたのかな、周りに」
「そんな気がします」
厨房はそのまま利用可能、店側も食堂として使える。広すぎるので一角を仕切れば倉庫にするなり何なら部屋にする事も出来るだろう。ただし出入口から一番遠い上に日当たり最悪だが。
「厨房がなければ書庫にしたいですね」
「料理したら匂いが付いて酷い事になりそう。あと、油」
「確かにそうですね。ところで、お風呂はどこに?」
1階にも2階にも風呂は見当たらず、大捜索をしたところ、なんと地下浴室が発見された。排水とか大丈夫なんだろうか。
「手作り感が凄い」
「足踏み式シャワーですか」
そして浴室の癖に水の出るものが一切なかった。魔術頼りなのか、元は水なりお湯なりを出す魔道具が設置されていたのか。排水の方は、試しに給水で流してみたがその程度の量であれば普通に排水溝に流れていった。どこに繋がっているのか、とかカビとか大丈夫なんだろうか、とか色々と疑問はあるが、放置されていた今も発生していないのできっと問題はないのだろう。
「お湯の魔術が開発出来たら、ここに住むのもありかもしれません」
「僕としては出入り口の問題も解決したいかな」
今回は身体能力でごり押しして入ったが、魔力が切れたら帰宅不可能になる家とか嫌すぎる。借りるにしてもルート開拓をしてからにしておきたい。
「その問題もありましたね。では、今回は保留と言う事で」
「お湯に関してはそう言う魔道具がないかも聞いてみれば?」
僕の言葉に「はい」と返答しながら朱里は階段を登って行く。階段がそこそこ急角度なのローブの中が見えそうだ。いや、見えても中に服を着ているんだけど。
「ん? 屋上に誰か着地したような」
「音?」
「そうです。別の希望者が内覧に来たのでしょうか」
そんな感じで煽ってすぐに契約を交わさないと、とかいう手法を聞いた事があるなと思い出しながら2階への階段も登る。そしてそのまま屋上に出ると、物置小屋の方に人影が1つ。朱里と並んでそれを観察していると、あちらも気づいてこちらに向かって歩いて来る。
「あぁ、ようやくです。ようやく見つける事が出来ました」
感涙極まるとでも言わんばかりの態度にたじろぐ。もしかして同郷で朱里の知り合いかとも考えて視線を向けるが、同じ様に驚いているだけでそれっぽい反応はない。そして僕にも彼女に会った記憶がない。
修道女のようなヴェールと膝まで覆うポンチョを身に纏った少女。身長は朱里より高いが、歳の頃は似たようなものだろう。
「遅くなってしまい申し訳ありません。私はリーリアと申します」
挨拶と共に頭を下げる。そしてそのままの態勢で続きを口にしていく。
「使徒様とそのお連れの方、で間違いありませんでしょうか」
確信をもっての確認。これにどう答えるべきか。誤魔化しても追及されるだろう。ならば認めるべきか、とまで考えてから気づく。それ以前の問題だ、と。
「貴方は誰ですか?」
「はい。リーリアと申します」
「そうではなく、その、使徒様を探している貴方は何なんですか?」
前回は騙されて命を落としかけたのだ。警戒して、し過ぎる事はないだろう。朱里も同じ考えのようで、半歩後ろで状況を観察しつつ、思考を回しているようだ。
「重ね重ね申し訳ありません」
一度顔を上げ、ヴェールを取ってポンチョを脱ぐ。その下に着ていたのリア様の服装をモチーフにした、と言われればそうだろうと納得できる意匠の服装。長く伸ばされた金髪とサファイアブルーの瞳。それに意識を奪われていると、リーリアは静かに膝を付き、祈るように頭を垂れる。
「我が女神の命により、貴方様にお仕えする為にやって来ました。
この身この心、魂まで全て貴方様のものです。どうぞ、ご自由にお使いくださいませ」
どこかで聞いたセリフ。
ヴィーさんの再現度の高さに関心する暇もなく、次に告げられた言葉は中々に衝撃的なものだった。
「人界の女神、タリア様の使徒、シュリ様」
そっちかよ、と言うつっこみをなんとか堪える。朱里の方は予想外の状況に口が半開きになっている。そして当のリーリアは頭を下げ続けている。
僕達は正気を取り戻すのにそれなりの時間を要する事になるが、その間、この屋上には奇妙な沈黙が流れ続ける事となった。




