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第十四話「漸くの神都」

 神都へ向かって旅を始めて10日目、旅は順調に、進んでいなかった。

 出発直後、馬と同じ速度で馬よりも長く移動可能な僕達にアレッシオ達が驚き、朱里が野宿回避ルートを提案して採用。何故か行く先々で魔物被害があり、それにルアーナさんが率先して首をつっこみ、解決なり殲滅を繰り返す事3回。当初の予定を大幅に遅れながら最後の町を出た。


「本当にすまん。ルアーナも」

「すいませんでした。でも、村の人たちが……」


 昼休憩時に何度目かの謝罪を受ける。本当に気にしていないのだが、それを伝えるのは中々に難しい。


「良い戦闘訓練になったし、問題なし」

「路銀も稼げましたしね」


 困っていた村や町は、魔物から色々と被害を受けていた訳であり、危険で急を要する依頼にしては得られる報酬が少なかった。その分、冒険者としての評価は多く得られたのだが、残念な事に僕達は冒険者ではない。


「急いでたんだろ?」

「実を言うとそうでもない」

「面倒ごとから逃げたかったからそう言う事にした、と言う部分が大きいです。

 ですからルアーナさん。そんなに気にしないでください。報酬もこちらの方が多く頂いた訳ですし」

「うぅ。お気遣いありがとうございます」


 依頼達成の為にお金で雇われた協力者、と言うのが僕たち外向きの肩書だ。2人で達成したと言う虚偽の報告はしたくないルアーナ達と、冒険者の教会に直接関わりたくない僕達の都合が一致してそうなった。その結果、彼女たちには困っている人の為に身の丈に合わない依頼を、身銭を切ってまで達成してくれたと言う記録が残る事になるのだが、まぁ、些細な事だ。


「それに、僕は治癒魔術も教えて貰いましたしね。むしろ得した気分です」


 ルアーナさんは治癒魔術の行使が可能だ。と、言うかそれしか使えないらしい。それを教えて欲しいと頼み込み、暇を見つけてレクチャーを受けていた。依頼を受ける、受けないの話になった時に、今は生徒なので先生の意見に従います、と言う僕の発言を聞いたアレッシオの表情は中々に見ものだった。


「いえ。授業料は別に貰いましたから」

「変態」


 朱里の暴言の理由は、授業料の前金代わりに渡したシュシュの事だろう。今のところゴム製の髪止めは見ていないので、髪を結うのにシュシュはとても便利だろうと考えて渡した。追加で戦闘中に切れたリボンの代わりを渡し、そのままプレゼントしたりもしている。実際は位置把握の為なんだけど。


「これは返した方がいいのか?」

「いいえ、差し上げます。折角なので切れるまで御守代わりにどうぞ」


 アレッシオの方は、髪紐2本で編んだミサンガのようなブレスレッドを渡してある。と、言うか御守だと言って朱里が全員に配った。髪紐は僕、と言うかリア様の提供だが編んだのは朱里である。僕がルアーナさんにシュシュを渡した日の夜、アレッシオにもどうにか渡す方法はないかと相談をした結果だ。


「神都についたらすぐに中へ?」

「そうなる」


 神都。

 人界連合軍を統べる中央神聖教会を擁する大陸中央最大規模の都市。二重の外壁の一番内側が教会の本拠地となっており、その外側には神都商業同盟が管理を委託されている都市がある。そこに住むには教会に寄進をして許可を得て、同盟に税を納める必要がある。例外は司教以上の聖職者とその家族などが居る。

 ちなみに、街に入るだけでも寄進が必要で、四方の門の付近には教会が併設されている。


「そっちは外に?」

「だな」


 併設の教会は、当然壁の外に建てられている。そして壁の外にも街は続いており、それは『外』と呼ばれている。『中』と『外』、そして中央の教会全てを合わせた都市を、神都と呼ぶ。


「そうしますと、朱里さん達とは途中でお別れですね」

「そうですね。では、街に入ったらお別れと言う事にしましょう」


 少ししんみりとした空気で昼食を終えると出発。しばらくすると遠目に神都が見え始める。

 事前に取り決めた通り、街に入るとアレッシオ達は大通りを進み、僕達は逗留場所を決める為に街中へと向かう事になる。


「では、また。お元気で」

「朱里さんもお元気で」


 女性2人が別れを交わしているのを横目に見ていると、アレッシオから声をかけられる。出会った当初なら、既に別れは済ませているからと無言で手を振るくらいが関の山だっただろう。そう考えれば、仲良くなったものだ。


「何かあったら連絡をくれ」

「そっちもな。手くらいかすから」


 数日間とは言え、同じ釜の飯を食べ、苦楽を共にした相手との別れ。さすがに感涙極まったりはしないが、思うところがなくはない。


「アラタさんも、お元気で」

「ルアーナさんも。あまりアレッシオに迷惑をかけないようにしてください」

「もう、酷いです。普段迷惑をかけられているのは私の方です」

「だってさ、アレッシオ」

「知らん」


 相変わらずルアーナさん相手は言葉少なだな、と思いながら見ていると、アレッシオは朱里と別れの挨拶を交わし始める。


「また、会って欲しい」

「機会がありましたら、ルアーナさんや先輩も一緒に」

「そうか。そうだな。では、また」

「はい、また会いましょう」


 微妙に気になる会話ではあるが、つっこむと朱里に色々と言われそうなので聞かなかった事にする。

 2人と別れた後、まず向かったのは適当な屋台だ。朱里と2手に分かれ、適当な食べ物と飲み物を確保、ついでに評判の良い宿の聞き込み。


「この辺りにお風呂付の宿はないそうです。北外区か、西外区ならあるそうなので移動しましょう」

「こっちは食事の美味しい宿を聞いて来たんだけど、仕方ない」


 朱里は移動するつもりで飲み物しか買ってこなかったが、僕はじゃがバターを買って来たので一先ず手近なベンチでそれを食べる事にする。


「じゃがバター。名前もそのままですね」

「同郷関連の店が外に商売をしに来ているのか、コピー品かわからないけど一応気にしておこう」


 ちなみに、使徒は教会内序列が高いので普通に中に入る事が出来る。そして中に住めるのにわざわざ外で生活する理由はない。故に外に居る分には同郷と遭遇し辛いはずだ、と言うのは僕と朱里の共通見解だ。


「はい、どうぞ」

「あーん、とか言わないんだ?」

「そのせいで同郷に気づかれたらバカみたいですし」


 ちゃんと警戒してくれているんだな、と思いながらじゃがバターを頂く。芋の種類が違うのか、前に食べた物と食感が大分違う。味の方はバターの違いもあるだろう。そして塩がかかっていない。


「同郷と言えば、少し前に人界軍の一部が魔界に向けて出発したらしい」

「一部、ですか?」

「気の短いのが居たんじゃないかな。同郷か、教会かは知らないけど」


 修行などしなくとも、高い身体能力と強力な恩恵があれば実戦投入は可能だ。リストにある戦闘向けの恩恵を思い出しながら、僕はじゃがバターを追加で口に入れる。続いて、朱里も。


「不味くはないですけど」

「見様見真似のコピー品っぽいかな」

「ですね」


 食べ終えると移動を開始する。

 神都は壁の内部も外部も東西南北に区分けされている、と言うか呼び分けられている。先ほど朱里が聞いて来たように、外なら『東外区』『西外区』『南外区』『北外区』と言った具合だ。宿のお値段の傾向は南が安く、北がそれなり。西は人界軍の為に大きな道路が通っており、軍関係者とその周辺向けにそこそこなお値段、らしい。ちなみに東は未調査だ。


「人界連合軍には間違いなく同郷が居るな」

「じゃあ、北ですね。一番遠いですが。宿の為なら致し方ありません」

「はいはい。東経由で行こうか」


 確認を終えると円状の、中央通りと呼ばれる道へ向けて歩き始める。東西南北の大通りと交差する馬車道で、これに沿って歩けば迷わずに移動が可能だ。じゃがバター屋さん曰く、変な道に入ると袋小路になっていたりするらしい。


「滞在場所を決めたら防具屋で盾買って、武器屋で投げナイフ補充して」

「魔道具屋さんがあったらそれも見たいですね」

「いいねぇ。後は借家とかも調べるべきかな。宿暮らしと費用比較もしないと」

「それよりも荷物を減らす為に色々と売りに出すのが先かと。初期費用によってやれる事も違いますし」

「同郷ばかり気にしてたけど、家賃が高過ぎたら住むのは無理か。その時は移動先も考えないと」


 ここまで僕達は、生き延びる事を優先してきた。しかしここからは、生活する事も考えなければならない。今まで考えずにいられた事も、考えなければならない。


「……元の世界に戻る、って、出来ると思いますか?」

「多分、無理だろうね。朱里は戻りたいの?」

「どうでしょうか。先輩が一生養ってくれるなら、戻らなくてもいいかもしれません」


 自分の方はどうかと自問する。このままだと共依存に陥りそうだ。悪いとは言わないが、趣味ではない。


「僕は一先ず、お互いから自立すべきかなと思う」

「先輩は、私といるのは嫌ですか?」

「好いている相手と一緒なのが嫌な訳がない。けど、このままだと色々と困る事になる気がする」


 どう説明すれば良いのか、悩む。言葉を間違えると朱里を拒否しているように聞こえるだろう。かと言って実直に告げると、それでも良いじゃないですか、とか言われそうだ。


「今後について話し合うには情報が足りなさすぎる。悩むのはその後にしよう」

「戻れる方法があるかもしれない、と?」

「それも含めてこの話は保留で。最優先は宿探し。お風呂、入りたいでしょ?」

「そうですね。もの凄く入りたいです」


 予想以上に遠かった北外区に到着した頃には、夕方と言っても良い時間帯になっていた。聞き込みも兼ねてクレープ擬きを買って食べたり、フランクフルトっぽいのを買ったりしていたのも原因かもしれない。ちなみにトマトソースだった。


「あっちにしましょう」

「気持ちはわかるけどさ」


 値段そこそこ部屋は狭いが風呂あり。部屋広め風呂あり安め。順番に覗いた結果、後者はかなりのボロ宿だった。ボロいだけなら我慢しろと言えるのだが、匂いとか汚れ方がなんと言うか、値段相応?


「とりあえず今夜だけでもいいので、お願いします」

「朱里がこんな風におねだりするのは珍しいような気がするなぁ」


 神都までの道中でそこそこ稼いだので資金的には問題ない。ただ、お金はあるに越した事はないのも本音だ。


「しっかり休んで旅の疲れを癒して明日に備える為、と言う事で」

「さすが先輩、器が大きいです。さすがの甲斐性。さぁ、戻りましょう」


 来た道を引き返し、宿を取る。風呂は前と同じく予約制だったが、今なら開いていると言う事で朱里は俺に荷物を預けて直行した。受付のおばちゃんの生暖かい視線に見送られてそれを追うと、扉前で待機。


「荷物は脱衣所に持ち込めばよかったのでは?」


 色々と考えた結果、荷物は先に部屋へ移動させておけ、と言う事だと思いなおし、扉前を離れる。荷物を置くと旅装を解き、必要な物を取り出す。朱里が戻って来た時にすぐ寛げる程度に準備を終えると、着替えを持って部屋を出る。


「先輩、お先に頂きました」

「はい、これ鍵」


 少しの扉前待機の後に出て来た朱里と交代で風呂に入る。時間も残り少ないし、さっと洗って湯舟に浸かる。旅の疲れが染み出ていくようだ。時間に少し余裕を持って上がると、部屋に戻る。


「あ、先輩お帰りなさい。水、ありがとうございます」

「どういたしまして。新魔術を作ったかいがあるよ。<給水><氷結>」


 新魔術、氷結。言葉通り氷を出すだけの魔術だ。

 氷柱より簡単、と思いきや魔力供給が途切れると何故か水になる不思議に苦戦させられた。そして原因不明のまま完成した。

 氷の入った水を飲み干すと、万能ブラシを取り出し、朱里の髪へと手を伸ばす。


「明日からは情報収集をする、と言う事で良いんですよね?」

「そうなるかな。二手に分かれようかと思うんだけど、どう思う?」

「ちょっと不安ですが、これもあるのでなんとかなる可能性があるかもしれません。いえ、やり遂げて見せます」


 朱里が撫でているのは認識阻害のローブ。あと、風刃の短杖。その2つがあれば最低限、身を守る事は出来るだろう。


「危なくなったらこれを千切りますので」

「すぐに気づける訳じゃないから、過信は禁物で」


 旅の間にわかったリア様の髪留めの新機能、消失。朱里の本と同じ様に、一定以上破損すると消えるのだ。消えた事自体を知らせる機能はないが、確認すれば数が減った事はわかる。複数持っていれば合図に使える。


「私は本屋に行ってきます」

「いきなり趣味に走るな、と言いたいところだけど重要か。図書館とかあるのかも調べておいて」

「わかりました。心躍りますね。たくさん食べて、たくさん読みます」


 旅の間にも、村で買ったり貰ったりした本を食べていたのを思い出す。この世界の本は基本的に大きいので食べるのに時間がかかるのが難点だ。胃に落ちている訳ではなさそうなので、問題は食べ疲れと言うか顎疲れと言うか。あと、朱里の口が小さい。


「僕は住むところとか仕事関係を探ってこようかな」

「それなら一緒の方が良いのでは?」

「朱里は別方面からの情報収集優先で。情報は共有する予定だし」


 これからすべきこと、役割分担。それらを話し合いながら髪を整え、終えると髪を撫でる。風呂を先に譲った分だけ堪能した頃には程よい時間になっており、就寝を提案する。


「そうですね。先輩を適度に齧ったら眠る事にします」

「お手柔らかに」


 正面から抱き着かれて鎖骨と、おまけとばかりに二の腕を噛まれた。最近、噛む目的が変わってきている気がする。僕の反応を楽しんだり、痛みを与える事に愉悦を感じたりしているっぽいのは気のせいでしょうか、朱里さん。


「思いっきり噛んでもいいですか? 私、肉食系女子なので」

「ダメです。食べるのはご遠慮ください。草食動物の保護にご協力を」

「先輩は偏食系って言うか悪食系って感じがします」


 その論で行くと悪いものと言う事になりますが。ナニがとは言いませんが。

 朱里は宣言通り、適度に僕を齧った後は素直に床に入った。こうして神都の初日は終了した。

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