第十二話「遠当の魔術師」
目が覚めたのは翌朝だった。
外からはここ2日と同じ様に朝の喧騒が聞こえてくる。
「おはようございます、先輩」
「おはよう、後輩」
寝ぼけ眼の朱里を椅子に座らせ、髪を梳かす。
昨日は大変だった。肉体的にも、精神的にも。このストレスを癒せるのは、髪弄り以外にあるだろうか。いや、ない。
「ん、んん。身体の節々が痛いです」
「筋肉痛かも、それ。
ホント、ゴメン」
安全に、遠くからとしつこく言っていた張本人であるにも関わらず、朱里を最前線まで連れていってしまったのは完全に僕の失態だ。あんな乱戦になるとは思わなかった、なんて言うのは言い訳にもならない。
「それで思ったんですけど」
「ん、何を?」
髪を梳かす腕は重いが、心は段々と軽くなっていく。あぁ、癒される。
「私や先輩が、あんな風に生き物を攻撃出来るとは思えないんです」
「朱里は石とか凄い勢いで投げてたし、僕は剣とかぶっ刺したなぁ。集中していたとは言え、近くまで魔物が来ていたのに気づかなかったのはマズイから気を付けないと」
「そうではなく」
声から寝起きの気配が消え、真剣な色を帯びる。真面目に聞かないと間違いなく後で怒られるやつだ。
「私達の精神、と言うか心と言うか。そう言うのが弄られているような気がします」
「何か干渉はされてるだろうね。
いきなり魔王を倒せ、とか言われてもやれる人は極僅かだろうし、そのくらいしないと全員が何もしない可能性が高いからね」
「気づいてたんですか?」
もちろん、気づいていた。だからこそずっと学友に近づく事を拒否し続けていたのだ。朱里の様子を見る限りそこまで大きな強制力はなさそうだと思っていたのだが、そうでもないのかもしれない。
「怖いとか不安に思った時、神様に祈って見て。心が落ち着くから」
「……。確かに思考がクリアになったような気がします。怖いですね、これ」
「いや、知らないけどね? プラシーボ効果じゃない?」
「っ!? 先輩! さすがにそれは冗談が過ぎます!」
怒らせてしまったようだが、実際に効果がある可能性は否定出来ない。僕の方もリア様を思い出してお祈りするとちょっと落ち着くのだが、朱里の髪を愛でたり触ったりしても同じ様に落ち着くので、神懸かり的な効果なのか女神様の銀糸のおかげなのかイマイチわからない。
「それはごめん。でも、自覚して、自己分析出来る朱里は凄いと思うよ。僕には出来そうもない」
戦闘時も落ち着いていたというよりもアドレナリンが出過ぎて視野狭窄に陥ってたっぽいし。その影響で恐怖心とかも麻痺していたのだと思う。僕は基本、怖がりで肝が小さいのだ。
「だから先輩は契約しなかったんですか?」
「いや、気づいたのはこっちに来てから。朱里のおかげ」
細かい説明はしないし、今後もする気はない。恥ずかしいし。
「まぁ、いざと言うとき冷静に対処出来るのはありがたい」
「そうですね、確かに助かります」
慌てて対処が出来ず死亡。泣き叫んで何も出来ず死亡。そんなのは御免被りたい。
「朱里は遠距離攻撃の手段の確保。僕は治療魔術と近接戦の訓練、かな」
「……私も覚えたほうが」
「ある程度は一緒に練習しようか。
まぁ、近接戦と言っても盾で防ぐ方向で行こうかなと。襲われている方が防御している間にもう片方が攻撃して倒す」
「生き物を直接切ったり叩いたりするのはハードルが高い、という判断ですか?」
「お互いにね。僕は基本、魔術と投げナイフで近づかれる前に終わらせる感じで行きたいかな。近接戦はあくまで最後の手段」
遠距離から制圧。近寄られたら盾で防ぎ、弾く。足が止まったところに魔術で追撃。朱里はまぁ、本人の意見を尊重する方向で。髪型は勝手に決めるけど。
「消耗品は共用した方が便利でしょうか?」
「じゃあ、サブウェポンの投げナイフは共用。朱里のメインウェポンを武器屋で探す方向で。荷物になるし、今は短杖もあるから神都で買う、って事でいいかな?」
大まかな方針も決まり、僕たちは再び寝床へと転がった。そして寝ころびながら雑談と、この後の予定を話し合いながら休息を取る。しばらくだらだら過ごし、僕達が部屋を出たのは、昼食には少し早い時間になった頃だ。ちなみに今日の髪型はツーサイドアップにしてみた。フードで見えないけど。
「お世話になりました」
「あら、あんたら居たの?」
宿を出る挨拶に向かうと、それは酷いんじゃないかなと言う言葉を向けられる。ちょっと凹んで居ると、朱里が前に出て会話を引き継いでくれた。
「昨日、戻って来た時に誰もいなかったので、挨拶も出来なくて。すいません」
「それはいいけど、あんたらもしかして魔物の襲撃にも気づいてなかったの?」
「いえ、気づいていなかった訳ではないんですけど」
「あぁ、どっかに避難してたのね。見たところ武器も持ってないみたいだし」
戦場にいましたが、とは言えず朱里も誤魔化す様にお礼と別れの挨拶を済ませる。
宿を出ると冒険者の教会へと移動。街から出るルートは確認済。神都への道のりも同じく。
「すいません失礼しまーす、ってなんだこれ」
「死屍累々ですね。私、こんなに強烈なお酒の匂いは初めてです。ちょっと辛いです」
僕たちの離脱後も街の防衛は続いてだろうし、残敵掃討戦もあっただろうし、捜索や見回りも必要だ。それらを終えたあとに勝利を祝って宴会をして酔い潰れた。勝手な想像だが、多分そんな感じだろう。
「朱里、交渉と周りの警戒、どっちがいい?」
「警戒で。しゃべらせないでください。臭いので」
それは話しかけるなと言う事だろうか。それはともかく、交渉役を押し付けられたので仕方なくカウンターらしき場所に立つ女性に話しかける。ちょっと気が強そうな雰囲気の赤髪さんだ。
「すいません、ちょっとお聞きしたい事があるのですが」
「はい、なんでしょう。御覧の通り現在開店休業中ですので緊急性の高い依頼以外は対応が遅れる事になると思いますのでご了承ください」
「それはどうでも良いのですが、昨日の襲撃? 事件の参加者に褒賞とか出るのか確認したくて」
「そうでしたか。この度は街を魔物の襲撃から救っていただきありがとうございました。カードの提示をお願いできますか?」
感謝の言葉を口にしていると言うよりは、定型文を繰り返しているような赤髪さんの言葉を受け、少し同情する。多分、朝から同じ様な対応が多数あったのだろう。本物・偽物織り交じりで。
「いえ、カードは持っていないんです。僕達は冒険者ではないので」
「冒険者の教会に属さない、2人組……もしや、遠当の魔術師様ですか?」
「何ですかそれ」
そんな恥ずかしい名前を名乗った事は、人生で一度もない。しかし残念な事に少しだけ心当たりがある。
「昨日、突然現れて群れのボスを倒し、颯爽と去って行った魔術師様の事ですよ。見慣れぬ遠当ての魔術を使う方で、最後は剣でボスの頭を刺し貫いて止めを刺したのだとか」
「あってるような、間違ってるような」
戦場での事が大げさに語られる、と言うのは物語でもよくある内容だ。だがそれが自分に降りかかると、なんというか。居たたまれない。
結局のところ、僕は小物なのである。
「もう街中で噂されてるみたいですよ。街を救ってくれた英雄は、どこの誰なんだー、って」
「……勘弁してください」
ちょっと楽しそうな赤髪さんの語り口にゲンナリしながら考える。これもう、逃げたほうが良いんじゃないかな。
「報酬が貰えると言うお話だったので、受け取れるなら受け取ってから街を出ようと思い、立ち寄りました。関係者の皆様にはよろしくお伝えください。では、さようなら」
「え? いや、待ってください。武司祭様を呼んできますから。待っててくださいよ?」
もう逃げたいんだけどと朱里に視線で問いかけるが、ノーリアクション。さすがにこのまま居なくなるのは不作法が過ぎるので、軽く説明してから離脱する事にしようとカバーストーリーを考えておく事にする。
「あ、よかった。居た。武司祭様の部屋までご案内しますので」
「いえ、時間もないのでここでお暇させて頂きます」
「困ります。呼んでこないと私が怒られちゃうので、そこを曲げてなんとか」
「申し訳ないですけど、予定が推しているので」
赤髪さんが騒いでいるせいで、こちらに意識を向ける人が増え始めている。少し急いだほうが良いかもしれない。
「ここでは報酬が受け取れないと言うのであれば、もう結構です。先を急ぎますので」
「まぁ、そう言わずに話くらい聞いてくれや」
背後から声をかけられる。振り返ると、昨日の指揮官らしき人物が立っていた。これはチャンスかもしれない。
「良いところでお会いしました。
本来であれば今日の朝一番で出発する予定だったのですが、昨日の疲れもあり、先ほどまで休んでいました。これ以上遅れると、先方に迷惑がかかりますので」
「あー、そういやお前らはそう言う立場だったな。そんな中、街を見捨てずに協力してくれた事、感謝する」
すらすらと待ち時間に考えていたカバーストーリーを語る。それに対する感謝の言葉に少し居心地の悪さを感じ、誤魔化すように朱里に移動を促す。
「行先を教えてくれりゃあ、後で届けさせるが」
「貴方は依頼を遂行中に、依頼内容を漏らしますか?」
「あぁ、そりゃそうだ。悪かった。だが、食事ぐらい奢らせてくれ。まさか屋台で買い物する時間もないとは言わないだろ?」
元々、この後で食事の予定だったのだが、言いだし辛い。いや、むしろ言っておくべきか。
「予定は遅れていますが、そこまで切羽詰まってはいません。奥に行かないのは詮索されたくないのと、長々と拘束されると流石にマズイからです」
「そうか。じゃあ、美味い店があるから奢らせろ。おい、武司祭のやつにいつもの店に行くと伝えておいてくれ」
「え? え?」
混乱している赤髪さんを無視して指揮官さんが歩き出す。僕と朱里は顔を見合わせた後、その背中を追って歩き出す。
向かった先は大通りから少し外れた小さなお店。こじんまりした喫茶店、と言う雰囲気の店内に入ると指揮官さんは慣れた風に2人分のランチを注文すると席についた。僕達もそれに続く。
「改めて、俺はスライ。この街の冒険者の、まぁ、顔役みたいなもんだ」
「僕はアラタと言います。こっちは朱里。ところで1つ聞きたい事がありまして」
「ん、なんだ?」
「武司祭様、と言うのは冒険者の教会の中でも地位のある人、と言う事で間違いないでしょうか」
「そうだが、何故そんな事を?」
「今からいらっしゃるみたいですし、一応確認をと」
「いや、なんで知らないんだって意味なんだが。お前らどっかの私兵じゃなくて箱入りの方か?」
勿論、答える義理はないので笑顔だけ返しておく。どうやら常識的な知識のようだ。書の神の監修からは漏れていたが。
「冒険者の教会を取り仕切るのが武司祭。その下が助祭。こっちは普通の教会と一緒だな」
親切にどうも、と思いながらスライさんに視線を送る。誤解させている内容からして勧誘と言う事はないだろうが、どう言った意図でここに連れてこられたのかは気になるところだ。
「報酬だが、働きに見合うだけを支払えるかはわからねぇが、ある程度は出るはずだ」
「急いでいるのはこちらの都合ですし、勝手に参戦した身ですから。頂けるだけでありがたいです」
「街の英雄に報いる事も出来ないとあっちゃあ教会と冒険者、あと街の人との信頼関係が揺らぐ。悪いがこっちの都合だと思って受け取ってくれ」
予想外の反応と英雄と言う言葉に動揺しながら、探るようにスライさんを観察する。どうやらそれなりに本気の発言のようだ。
「英雄は勘弁してください」
「ようやくちょっと素が出たな。お、飯が来たな。食ってくれ」
いただきます、と口に出して言うのは自重して出された食事に手を付ける。スライさんは頼んでおらず、食べる僕たちに向けて昨日の襲撃を簡潔にまとめた内容を語ってくれた。
狼型の魔物はこの辺りでは珍しく、たまにはぐれが居る程度で群れで現れるのも指揮個体が現れるのも初めてだと言う事。指揮個体の方は人界での発見は聞いた事がないと言う事。襲撃で怪我人が大量に出たが、街の人に被害はなかった事。
「そんな訳で、お前さんたちがどこに向かうのかは聞かないが、狼型を住処から追い出した奴がどこかに潜んでるかもしれねぇ。気を付けてくれ」
魔物との遭遇。現在の僕達では危険度がとても高い。今考えると、狼型の来た方向的に予定通りこの街に来ていたら道中で遭遇していた可能性もある。そしてこの先、移動中に遭遇する可能性もある。
「その為に僕たちが護衛を雇いたい、と言ったらどのくらい融通が聞きますか?」
「慎重なのは良い事だな。融通と言うと、なんだ。口の堅さとかどの程度信用出来るのかとか、そう言う感じか?」
「いえ、教会を通さず、そうですね。冒険者歴2年以上の人を雇う事が出来ないかな、と」
教会とはあまり関わりたくないので個人として雇い、冒険者歴を制限する事で学友が来る可能性を潰す。即興にしては良い条件ではないだろうか。
「出来なくはないが、受けてくれるヤツを探すのは難しいと思うぞ」
「それは目の前にこの街の顔役がいるので心配していません」
僕の言葉を受け、スライさんがニヤリと笑う。面倒な役割を担っているだけあって、頼られるのは好きなのかもしれない。英雄発言が本気なら、報奨金以外で恩が返せる、と考えている可能性もある。
「朱里、他に何か条件はある?」
「女性は、いえ、でも男の人は怖いし、でも」
「威圧感のあまりない人か、女性だと嬉しいそうです」
「それで通じるのか。面白いな、お前ら」
朱里が委縮しているのは貴方のせいですけどね、と思いながら笑顔を張り付ける。スライさんは大柄で迫力もあるし、声も大きい。実は僕も結構圧迫感を感じている。
「行先と依頼内容は?」
「目的地は神都。依頼内容は護衛、と言うか魔物に遭遇した際の前衛です。僕たちは魔物との戦闘に不慣れなので。魔術もどちらかと言えば対人戦闘向きですし」
魔術の情報を聞いた瞬間、スライさんの眉が僅かに動く。まぁ、誤解を少し補強出来ればいいな、くらいの発言だ。
「移動は徒歩か?」
「良い移動手段があれば提案して貰えると助かります。その分、報酬に色を付けます。幸い、軍資金は今から手に入りますので」
「金の問題で歩くつもりだったから調べてない、ってとこか」
「そんな感じです。あ、出発は急ぎますが今すぐにとは言いませんので。要相談です」
「わかった。ちょっと茶でも飲んで待っててくれ」
そう言い残してスライさんが店を出る。ほどなくしてお茶と、続いて赤髪さんが席にやって来る。武司祭様が教会から離れられないので代わりに報酬と礼状を持って来てくれたのだそうだ。そして忙しいのでとすぐに戻っていった。誘ったお茶に後ろ髪をひかれた様子で。




