第33話 女が本気(マジ)になる時
国貞淑子、屋敷美禰子、清河澄美の3人との渋谷デートは、第1、第2ラウンドともに清河が他のふたりを圧倒する勢いを見せ、最後に第3ラウンドのカラオケへとなだれこんだ。
僕たちはカラオケボックスビル「Jサウンド」の店員に、5階にある1室へと案内された。
「みなさん、着席する前に、取り決めをしておきたいことがあります」
入室したとたん、清河がいきなりこう切り出した。
「そりゃなんだい、清河さん」
僕が尋ねると、清河はポシェットから高校の生徒手帳を取り出して開いた。休日にもそんなもの持ち歩いているのかよ、このひと。
「ここの『生徒心得』にもありますように、生徒たるもの、休日に外出するときも校内同様、規律正しく節度ある行動を取らなければなりません。当然、このカラオケにおいても」
さっきからのはっちゃけた行動から一転、いつもの風紀委員モードに戻った清河だった。
「わたしが黙っていると、あなたがたはいつものように両手に花状態でイチャつきまくることは間違いないでしょう。
本来ならばそれも許してはならないことなのですが、休日、そして公衆の面前ではないことも考慮して、つまり大負けに負けて、みなさんがいつもの三位一体ポジションを取ることを許可します」
瞬間、「おぉーっ」という、どよめきのような声が国貞と屋敷の口から上がった。
「ただし、ひとつだけ条件があります」
見ると顔色が心なしか紅い清河が、人差し指をかかげながらそう言った。
「各自、歌う番が来たときは、必ず立ち上がって、他のひとたちの前で歌わないとダメです。
カラオケは立って歌わないと、テンションがまるで上がりません。ダンスや振りなど、パフォーマンス込みでこそのカラオケです。
それだけは守ってもらわないと、まったく盛り上がりに欠けます。
わたし、座りカラオケだけはイヤなんです!」
清河の話を聞いて、国貞と屋敷は顔を寄せて「どうする、屋敷さん。この話、受ける?」「んー、たしかにみんなが座ったまま歌ってもテンション、上がらないかなー、でも…」などゴニョゴニョと相談している。
彼女たちがすぐに同意を表明しないので、僕は先に自分の意見を述べることにした。
「僕も、清河さんの考え方は間違っていないと思うよ。
カラオケって、やっぱり歌だけじゃなくて、パフォーマンスが大事だと思うし。
それに僕はきみたちの歌っているところを正面から見たいんだよなぁ、じっくりねっとりと」
最後は少しいやらしめに締めくくり、僕は3人の顔を見回した。
僕の言葉を聞いて、清河、国貞、屋敷はともに顔をポッと紅く染まらせていた。
これがどうやら決め手になったのだろう、国貞と屋敷も「じゃあ、そういうことでいいわ」「当然、わたしとクニクニがホッシーの横につくんだから。分かっているよね、キヨスミ?」と、曲がりなりにも清河の提示する条件をのんだのだった。
清河はちょっと誇らしげにこう言った。
「ではこれで決まりですね。言っておきますけど、あとで前言撤回ってのはなしですよ。約束してくれますね」
国貞と屋敷は渋々、それにうなずいた。
『いかにも風紀委員らしい発言をした手前、まさか清河が自分たちの領分を侵略して来ることはないだろう』
そうふたりは判断して清河の提案を受け入れたのだろう。のちにそれは後悔へとつながるのだが。
僕たちは大きなテーブルをはさんで一方のソファに僕と国貞と屋敷、もう一方のソファに清河が座るかたちとなった。
歌の番になると、立ち上がり横に出てフロアで歌う仕組みだ。
いつものように、僕の右隣りに屋敷、左隣りに国貞が座り、それぞれの足を僕の腿の上に乗せてきた。そしてふたりともその手を僕の背中に大きく回し、いつも以上に密着度を上げてきた。
だがこのぐらいは想定内事項ということだろう、僕たちの様子を見ても清河は顔色ひとつ変えなかった。
清河が勢いよく手を挙げて、立ち上がった。
「じゃあ、言い出しっぺのわたし、エントリーナンバー1番、清河澄美、行きます。
曲はわたしのリスペクトする我那覇ナミさん、1996年、日本CD大賞最年少受賞の大ヒット、『泣かないよ』です!!」
だから、どうしてそんな昔の曲、知ってるんだよ。今から四半世紀前のだよ!
準備よく曲がすぐにスタートする。清河はショートヘアなのが本物の我那覇ナミとは大きく違うものの、ノリのいいダンスや振りも昔テレビやDVDで観たことのあるガナちゃんのパフォーマンスそのままだった。
実に見事なもんだ。
歌も、本人も言っていたように、特に上手いというレベルではないにしても、あの難しい曲の音程をきちんととれているし。
このひと、これまで誰にも披露せずに(親にすら見せず)自分だけで稽古を重ねてきたわけ? ある意味、鬼気迫るものを感じるな。
国貞や屋敷も、清河のパフォーマンスを目の当たりにして、驚きの色を隠し切れない。その証拠に、ふたりとも口が半空き状態だ。
曲が終わると、僕は思い切り手をたたいて「いいじゃんいいじゃん」と賛辞を清河に送った。国貞と屋敷もお義理、お付き合いレベルではあるが、手を叩いている。
「では、女子おふたりのどちらかから次の曲、どうぞ」
清河にそう振られ、国貞と屋敷は顔を見合わせた。
「えっ、この後でわたしが歌うの?」みたいなニュアンスだ。どうしたって、今の歌と同レベルのインパクトはオーディエンス(というか僕だが)にはとうてい与えられず、いかにも損な役回りだからな。無理もない。
なかなか、ふたりは清河の求めに応じようとしない。そうか、ここは僕が場の空気を読むしかあるまい。
「すぐに決められないんなら、僕が歌ってもいいかな?」
僕が立ち上がってそう言うと、国貞や屋敷も「助かった」という雰囲気で「ええ、もちろん」「聴かせて、ホッシー」とうなずいた。
僕は最近流行りのシンガーでは得意な曲がほとんどないのだが、清河が我那覇ナミを歌ってくれたことにより、この場ではわりと昔の曲でも大丈夫かなと考えた。
そこで選んだのは、今年でデビュー28周年を迎えながらも幅広い世代に支持されているベテランロック・バンド、|Eternal SevenTeen、略称ESTだ。
2004年、僕たちが生まれた年の曲を選んだ。
「では、心を込めてきみたちに歌います。
標」
曲が流れ始める。しばらくすると、それまでまるで視野に入っていなかった、天井にあるミラーボールに灯がともり、ゆっくりと回転し始めた。
部屋の片隅を見やると、そこにはミラーボールのスイッチを入れた清河の姿があった。
グッジョブ、清河!
走馬灯のような光のさざめきの中、僕は歌う。
「きょうというこの瞬間 いつもと何も変わらないけど
君が目の前にいるだけで 僕には特別な日になる
もう二度と手放さないよ 君と 僕の標」
サビを歌い上げながら、僕ひとり分の隙間をおきながら並んで座っている国貞と屋敷の方を見やると、ボォーッとした表情をして僕の方を見ている。
いいぞ、つかみはOKだ。
僕は再び席に戻った清河に視線を送った。そして「ありがとう」の気持ちを込めて、一瞬目配せを送った。もちろん、ほかのふたりには気付かれないようにさりげなく。
清河も先ほどの硬い面持ちではなく、とても穏やかで優しい、いい表情をしていた。
3人の盛大な拍手とともに曲が終わり、僕は国貞と屋敷に声を掛けた。
「ふたりとも、僕が歌ったから少しは歌いやすくなったろ。
次はどちらが、歌うのかな?」
すると、国貞が手を挙げてこう言った。
「では、わたし国貞が、歌わせていただきます」
見ると、なんだか戦場に赴く戦士が意を決したような、深刻な表情をしている。思わず、僕も身構えてしまった。
そして、国貞は彼女のトレードマークである、黒縁の眼鏡を顔からゆっくりとはずした。
この予期せぬ行動には、その場にいた残り3人全員が息を飲んだのは言うまでもない。
『国貞のやつ、本気だ」、誰しもがそう感じとった瞬間だった。(続く)
(お断り)我那覇ナミ、Eternal SevenTeenは架空のアーティスト名です。また、「泣かないよ」「標」という曲名も、ともに架空のものです。ご了承ください。




