探索者の証明
安政元年6月7日(1854年7月1日)
「準備はしてきたみたいね。」
サクヤは弥助の簡素な旅支度を見て、一応合格点をつけた。
「けどチョット薄着過ぎない?山頂はスゴイ寒いんだけど。」
「....大丈夫だ。一応襦袢やらサラシやら、親分からいただいたモンがある。」
この後富士宮から富士山へ登山する。最低限ワラジ履きで来いという指示は守られていた。
「随分と待たされたから、準備は抜かりない。....何だって夏まで待った?」
「段状窟入る前に死ぬ気?冬の富士山舐めないでくれる?」
サクヤが管理する段状窟は富士山の上に存在する。春までは近づく事すら困難だ。
「.....富士にそんな物騒なモンがあるとは知らなかった。」
「有名なのよ。古くは聖徳太子が入って行ったし、役小角やら坂上田村麻呂やら....数えたらキリ無いわね。」
既に弥助の足は富士宮へと向けて歩き出している。
富士宮には当然浅間神社があり、段状窟の前にも鳥居があるためサクヤは転移する事が可能だが、道々話すこともあるので弥助の後をついて行くことにしたのだ。
「ソイツらみんな帰還者っていうことか。」
「まあそうね。時代時代でどんな役割を背負うかは違うけどね。」
今日は随分と口数が多い。やはりコイツなりに不安を感じているのか、とサクヤは推測する。
「......アンタが言ってた武士の時代を終わらせるってのは....サムライ皆殺しにするってことか?」
うーん馬鹿なりに考えたのだろうが、結論が馬鹿過ぎ。
「誰が江戸の殺人記録作れって言ったのよ。そーじゃないわよ馬鹿ね。」
「............。」
弥助は怒ったのかムッツリして喋るのをやめた。
朝から曇りがちな空は、程なく一雨来そうな雰囲気。
出発の日には相応しくないけど、弥助の一刻も早くという希望で、今日という日の旅立ちとなった。
「実際のところ、武士の時代なんてとっくに終わってんの。アンタだってそう思わない?」
「うん?」
「今の武士って何のために存在すんの?百姓町人守るため?戦に勝って手柄を上げるため?ゼンゼンそんなんじゃないでしょ?」
弥助はサクヤの言葉に考え込む。
「国を治めるってのは...。」
「武士じゃなくても出来るでしょそんなの。むしろ計算や農業やらに詳しい百姓町人の方が上手くやるわよ。」
「むむむ...。」
「とっくに終わってる武士がのさばるから、この国の進み方がおかしくなってんの。誰かが大きく時代を動かして、武士の時代を終わらせる必要があんのよ。女神的には。」
弥助はやっぱり返事をせず、ただ黙々と歩いていく。
コイツは自分の考えを説明するのが苦手なのだろうとサクヤは思った。
道中は蒸し暑くセミの声がやかましい。
雨でも降った方がマシかも知れない。道ゆく人たちも難儀そうに汗を拭いながら歩いていく。東海道は商人たちで溢れているが、その大荷物と流れる汗を見てサクヤはそんな事を考えた。
それでも弥助は平然と歩いていく。休憩も取らず、歩きながら握り飯を頬張る。
「旅の時はいっつもそんな感じ?」
案の定返事はない。知ってたけど。
無口な男の取り柄は、やる事に無駄の無いところ。
早朝に清水を発った弥助は、昼下がりにはもう富士宮に到着していた。
「ほんじゃアレね、アタシの教えた通りやってきて頂戴。」
「......オマエはついて来ないのか?」
あら可愛い。やっぱり少し不安なのね。
「心配しないで。姿は現さないけど勿論ついていくわよ。」
「......心配しとる訳じゃねえが。」
到着したのはは村山浅間神社。
古来から富士信仰の中心であり、修験道の聖地でもある。
サクヤが富士山に入るのに許可も交渉も必要ないが、弥助が聖地に入っていくにはここで浅間大神に選ばれた男と証明する必要がある。
弥助は言いつけられた通り、境内へ入るとまずは作務衣姿の男へ丁寧に話しかける。
「もうし、お手数じゃが神官殿へお取り次ぎいただけまいか。」
声をかけられた神社の下男は、訝しげに弥助を見やる。
「お見かけせぬお顔じゃが、神官どのとはご懇意で?」
「.....いや、お会いしたこともない。」
正直言ってどうすんだ、サクヤは手で顔を覆う。
(適当に話し合わせなさいよ!)
「コレはしたり!神官さまはお忙しくいらっしゃる。御身のようにフラリと訪ねてお会いできる方ではない。」
「したがワシはお会いしておいた方が良いと思うのじゃ。」
弥助は平気で話を続ける。やはりこの男、ケンカになるとガラリと変わって能弁になる。
「コレから山に入って段状窟で修行して参る。流石に無断で入山してはご迷惑じゃろう?」
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「御身が段状窟に入れよといわっしゃるお武家殿か。」
控えの間でしばらく待った弥助の前に、何とも厳つい修験者が現れた。
その他5名ほどの修験者が付き従っている。山に入る姿ではないけど、ザ・山伏!と言いたくなる装いだ。
真ん中のヒゲボーボーが神官だろう。ヒゲが濃い分、頭には毛がない。
背丈こそ弥助と変わりないが、威圧感はハンパない。
周囲の男たちもヒゲを蓄え、背丈は神官より一回り大きい者ばかり。
「神官殿の修行を邪魔して申し訳ない。ワシも無理に押し入ろうというのではないが、何分お告げがあったので止むを得ずな。」
「お告げじゃと?何を戯けたことを。御身の如く何の修行も積まぬ者に、神々がたやすくお告げなどくれようはずが無いではないか!」
周りのものもワッハッハと声を立てて笑う。夢を見ればお告げなどと!何とも迷信深いことだと、弥助を囃し立てる。こういう突撃入山が多いので扱い方も雑なのだろうか。
「しかしながら夢に見たとしても、段状窟の存在を知っているなど穏やかではないな。コレ、何処でそのような世迷いごとを耳にしたのじゃ。」
(何かだんだん無礼な応対になってきてるわね。そーよアタシが選んだのよ!なんか問題ある?)
「夢を見たと言われるならばそうかも知れん。だがもしそうなら今でもワシは夢の中という事になる。」
「何を言っておるのか。大方酒でも飲み過ぎてオカシクなっておるのだろう。」
神官はサッサと弥助を追い出したい様子。
「いや、今もそこにおるのよ。ワシにお告げをよこした木花咲耶姫がな。」
「何じゃと!この無礼者が!」
「浅間大神を語るか!この不届き者め!」
周囲の者がイキリたって声を荒げる。
(いや、オマエらこそ不届きだろうが。アタシが目の前にいるのに見えんのだろ?修行が足りんのよ修行が。)
「まあ落ち着けオマエたち。」
神官が周囲の者たちをなだめて弥助に尋ねる。
「オヌシが『探索者』に選ばれただと.....?この100年以上も出現しておらぬというのに?」
(あら〜、もう100年経ってたかしら?なによ弥助?不安そうにこっち見て....資格者がそれほど出にくいって事なの!)
「オマケに段状窟は我ら修験者にとっても難所中の難所!そこらの浪人風情が入って、生きて帰れる場所ではない!オヌシが『探索者』であるというなら、その証拠を見せてみよ!」
(やれやれ修験者も地に落ちたもんよね。アタシの力を付与しているのが見えないなんて。)
「やっちまうぞ。」
弥助が誰にともなく言う。サクヤは頷いて同意を示す。
弥助はそろりと虚空に両手を伸ばし、注意深く両手を空中で合わせて握る。
やがてそれをゆっくりと開き、小粒な水の塊を出現させる。
「おお、できた。」
余り感動の無い声で弥助はつぶやくと、徐々に両手を大きく開き水球を大きくしていく。
それは宙に浮かぶ風船のように、ゆらゆらと揺れているが決して地に落ちぬ液体。浮遊水球。
「『探索者』は神の力を付与され、1つだけ奇跡を示す。そーだろ?」
水球越しに神官の歪んだ顔が見え、弥助はチョット得意げにそう言う。
「うぬぬぬ、コレは....。」
神官は憎らしげに水球を見つめている。
「神官さま!これはマヤカシにございます!」
「そうです!このような者が大神の力をいただく事など、あろうはずがございません!」
モブ的修験者たちは口々にそう言い、弥助が出現させた水球を払い除けようと迫る。
「よせ!よさんかお前ら!」
慌てて止める神官。
「なぜお止めになるのです!」
「そうですとも!我等このようなマヤカシ恐れるものではございませぬ!」
「止めるのだ!愚か者が!」
神官の真剣な声に、修験者たちの動きは止まる。
「止めるのだ.....私にも信じられぬがコレは紛れもなく『浮遊水球』......。浅間大神さまが『探索者』に与える証の奇跡!私も初めて眼にするが....。」
そう言って忌々しそうに弥助を睨みつける。
「ナゼ大神さまはこのような者に奇跡を.....我等行者には与えず...。」
(ナゼじゃねーよハゲ!オマエらの修行不足をアタシの所為にすんじゃねー。)
サクヤはハナホジ状態である。
神官は語る毎に顔を真っ赤にし、呪うように弥助に告げる。
「勝手にするが良い!何処へなりと行ってくたばってしまえ!サッサとその忌まわしい水球を消すのだ!」
(アタシの力を忌まわしいとは.....努力だけじゃなく信心も足りねーな。)
「オマエたちも注意するが良い。過去にこの水球を破壊して出た水が、近隣の村へ大洪水を引き起こしたのだ。大神さまは水の力を司る神。その奇跡を汚した者には水の祟りが下る。」
問題なのは明らかな奇跡を軽んじた者の方だが、神社には忌まわしい神の力と伝わっているらしい。
「....そんなアブネエもんだったか。」
『ダイジョブだいじょぶ、ほーらナイナイしたわよ。』
そして弥助は立ち尽くす修験者たちを後に残し、悠々と神社を出て山へと向かう。
「....オイ、あの力をワシから消せ。」
「ビビんなくてももう使えないって。一回分しか付与してないし。」
奇跡の付与は探索者身分の証明のための1回限り。
そして探索者は自身の力でこの段状窟と向き合い、必要な力を自分の手で得ながら攻略していくのだ。
帰還者への道はかくも険しく厳しい。
ほとんどの者は死を与えられる。帰って来れる者も10年近い歳月をここで過ごすことになる。
(これは....教えないでおこう。うふっ♪)