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複製の天才

―― 弥助はぐっすりと眠っている。


 この男、ケンカから帰ってくるなり疲れたのか自室らしき部屋に入って、畳に寝転がるとすぐに眠ってしまった。なんなのよ全く。


 アタシとの話が終わってないでしょ!チョットは話をしなさいよ。


 仕方ないからアタシは次元の向こう側から彼の記憶を探り、新しい契約者の過去を知ろうとしている。

 口数が少なく陰気な男、驚くほどケンカが強く、それなのに強さを求める男。


「自分で喋らないなら見ちゃうしかないよね~♪」


 神々の楽しみ。の.ぞ.き!

 趣味悪い?あ~悪くて結構!大体しゃべってくれるまで待つなんて性に合わないし。


 アタシは眠る弥助に向かって静かに息を吹きかける。


 すると男の姿は複雑に揺らぎ、取り巻く空間は不安定に波打ち始める。

 ゆっくりと手を伸ばして彼を包む時間と空間を撫で回すと、アタシは薄っぺらい空間のヒダをめくって、一枚一枚と弥助の過去を探っていった。


<<<<<<<<<<<<<<<


 九段下俎橋にある、江戸でも指折りの撃剣道場『練兵館』。

 神道無念流の斎藤弥九郎が開き、瞬く間に門弟数千人という人気に。


 ハイハイ知ってる。江戸三大道場とか言われてるとこでしょ。


 道場の下男に薪割りを教わっているのが弥助...。15歳くらいかな?

 『オメエは弥九郎先生と同郷だってえだけで、この人気道場へご奉公を許されてんだ。お勤め怠けたりしやがったら、ソッコー首切ってやっかんな?分かったか?ああ?』


 なにコイツ超ムカつくんですけど。

 健気な弥助はヘイヘイ言って一生懸命薪を割っている。


 そのまま風呂焚きを...ああ!さっきのクソガキ弥助が割った薪にションベンかけてやがる!

 このヤロウいい度胸してんじゃないの、アタシの契約者に向かって...時空超えて殺すわよ?


 ありゃ~、薪が湿って火が付かないの。あのクソガキがニヤニヤしながら怒鳴りつけて...でも弥助ってば今みたいにスレてなくて...可愛いじゃない。


 ちょっとイジメられてるくらいが萌えるかも。女神的に。


 おや、道場を覗いてんの?なに....何だ稽古してるだけじゃん。そうか、弥助はただの奉公人で、剣術の稽古はやらして貰えない訳ね。 

 薪割りの合間に、何やってんの?ふむ薪を削って?おお自前で木刀作ったわけか。

 仕事の合間に、自作の木刀を素振りする弥助。


 .......くっ、ムネキュンかよ!せつねーなおい。


 え、ナニそのおっさん?先生?弥九郎先生じゃないじゃん。

 岡田十松?隠居先生?そんな人が別にいるわけ。弥九郎先生より強い?へー。


 おっさん弥助に木刀を渡して...打ち込ませんのね。うおっ!!はやっ!ヤスケはやっ!

 おっさんもビビってるじゃん。すげー。


 これはちょっと凄いわ。素人の振りじゃありませんわ。

 ホントに経験ないんかオマエ?ほら隠居先生も言ってるぞ。


『なんと底知れぬ才能よ。道場を覗いとっただけで、それほどに剣の動きを理解できるとはのお。』


 ほんこれ。アリエナイ。


『ワシから弥九郎殿には推挙してやろう。これほどの才を風呂焚きに使うのはお国の損失じゃ。明日から道場へ来ると良い。』


 なーにーおっさんいい奴。オマエ死んだら極楽行かせてやる。


 って言うかさあ、才能の塊じゃねえかオマエ?天才剣士だよ。

 稽古見てただけでそこまで出来ちゃうんだろ??スゲーじゃんなんで願掛けしてまで強くなりたいのさ?


 んで?何よそのムスメは?

 はあ?隠居先生のムスメ?剣もなかなか強い?

 .....やることやってんねえ。あーこのムスメもうあれですわ。目からラブビーム出てますわ。

 ロックオンだよロックオン。


 おお、稽古始めた訳ね。いいね、初々しさがあってね。

 あら!一緒にいるきゃわいい男の子はなに?先生の息子たち?

 オヤジに似なくてよかったよね....下の子なんか特にさあ、かわゆいわねー。

 おなまえなーに?うん?新太郎くんと歓之助くんね。


『やっちんはうめーなー。オレもそれぐれえ速く動けるようになりてえ。』

『...新ちゃんもすげえ。....チカラ強えし....。』

『やっちんオレは?オレは?』

『....歓ちゃんは....剣スジがキレイ。』


 美少年剣士たちの語らい...尊い。それにしても昔っから口数少ない子だったのねえ。


 あれ?あーそーなるわけか。そーだよね。

 かたや天才剣士、もう一方はタダの師匠の息子。

 

 そら師匠は面白くないわな。同郷の百姓のセガレが、自分の息子より才能あればな。

 師範代にはさせない?うわーこれはヤな感じですわ。子供同士は仲いいのにねえ。


 ああ...弥助、ワザと負けちゃうわけね。何か見ててつらいわー。


 でも凄いじゃん。18歳で免許皆伝?稽古初めてまだ2年だろ?

 長男の新太郎くんが皆伝取ってからだったとはいえ、一応実力は認められてるわけだし。


 ああ、勉強できねえのか....まあ今でもアッタマ悪そうだったしねえ。

 字が読めない?そうだな寺子屋とか行ってないだろうしな。そりゃダメだ。


『練兵館は文武両道が看板である。オヌシは確かに強い、だが文を備えずに一個の武士は完成しない。オヌシは言わば片手落ちなのだ。そのままでは練兵館から仕官を推挙する事はない。』


 おい弥九郎先生よ、大人げねえぞ。ソコでまたイジメが入れんのか....ツライねえ。


 おお対外試合!いいねえここで一発名前売ってさあ、うん?新太郎くんが出場して...弥助は出ない?

 おおい!弥九郎!馬鹿ですか?いま道場内で無敵じゃんか弥助は。


 新太郎くんもそりゃソコソコはやるだろうけどさ、弥助出しゃあ楽に勝てるでしょ。

 ナニ他の道場も跡継ぎ出してくるから?そんなの理由に...なるのか。仕方ねーか。


 その後もその後も、対外試合には出してもらえないのね。腐るわな。

 主だった試合はほとんど新太郎くんか、弟の歓之助くんが出るわけね。歓之助くん早くも免許皆伝ですか...。

 っていうか、他の師範達は出場してんじゃん!


 ナニ?弥助は師範代じゃないから出れない?それは頭が悪い所為で?

 .....グーの音も出んわなそれは。

 それで試合の日は、道場で1人稽古して過ごしてんのねえ...陰キャにもなるわ。


 なんだよ、隠居先生のムスメ。佳代って言うのね興味ないけど。

 傷心の弥助に怒涛のアプローチか。やるじゃねかオマエ。

 弥助もスレてないから....なに?いまは自分の身を立てていくのに精いっぱい?良いところに仕官できれば必ずお佳代さんを迎えに?


 清々しいねえ江戸時代の恋。爽やかすぎてムカつくわ。


 あれ?それでも今日は試合見に行くわけ。今回は何か見どころでもあんのかね。

 おや眼差しがいつになく真剣。アレが見たかった剣士?


 アレが....千葉栄次郎か。人呼んで千葉の小天狗。


 歓之助くんきゃわいい!ほー栄次郎と同じ歳なんだね。

 それで今日は歓之助くんが出場してるわけか。

 こーいう見栄の張り合いっていうか、メンツの張り合いっつーか分かりやすいよね。武士ってのは。


 チョット!歓之助くん胴つけてないじゃん!なんで?

 ナニ、彼の胴は誰にも打つことなど出来ない?

 そんな訳ないじゃない。あーあー道場でみんな勝たせてくれっから、天狗になってるわけね。

 

 おーいココにも天狗がおるぞ。小天狗対決だねこれは。


 しっかしスゴイ注目度だねこの試合。見物客がすごいよ。チケットとか売ってんのかな?

 ちっ、歓之助くん目当ての小娘が多いわね。


 うわっ!!すんごい踏み込みからの胴撃ち。

 ....見えなかった。アタシ神さまなのに。


 これ弥助の踏み込みよりスゴイかも。アレっていわゆる『縮地』ってヤツか?

 そーすっとコイツ帰還者(マレビト)じゃねの?ウーンそうじゃ無いとしても段状窟(ダンジョン)には入ってるな確実に。そーかそーゆー事か。


 ああ...歓之助きゅん立てないよ...そりゃそーだよあの撃ちこみ胴なしで喰らったら。

 まだやるの?無理しないで!おお場内黄色い声援!

 栄次郎くんは悪者認定だねえ。胴つけてない相手の胴撃ちしちゃったらね。


 おっといけねえ、歓之助きゅんに完全に気ぃ取られてた。アタシの契約者は?


 弥助...すげえ顔してるな。

 これがショックだったのか?自分より強いヤツ初めて見た?

 うーん確かにアレは強いけれども。

  

 その日から弥助は踏み込みの稽古ばかり。

 気が狂ったように近所の林で、杉の木に撃ちこみを繰り返している。

 ....木ぃ折っちゃったよコイツ。すげえなオイ、栄次郎とかなり近い速さまで迫っている。


 目で見た動きを複製(コピー)再現する才能。

 本物には及ばないけど、この男は間違いなく天才だわ。


 そしてあの日以来、毎日のように弥九郎先生へ試合出場を直訴するように。

 弥九郎先生にしてみれば、それは自分の息子たちより自分が強いと言っているようなモノ。

 感情は悪化の一途をたどり...とうとう弥助は道場を飛び出しちゃうと。


 そーいう事ね。


 アタシはここまで見終わると、ため息をついて次元の端を元の場所に収める。

 弥助はまだ眠っている。

 明日になったら尋ねてみよう。これほど強いオマエが更に強くなりたい理由を。

 そして強くなって、一体何を目指すつもりなのかを。 


 お前には帰還者へ挑戦する資格がある。って言うかそれ以上強くなりたいならアレしかない。


<<<<<<<<<<<<<<<


「....つまりワシの頭を覗いたちゅうことか?」

「まあ、そういうことね。」


 弥助は何も言わず、朱鞘の太刀を手元に引き付ける。


「オノレやはり妖怪悪霊の類じゃったか....。」

「なんでそーなんのよ!神さまなんだからそんぐらい出来て当たり前でしょ!」


 


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