完敗
「ふふっ」
耐え切れないとばかりに聞こえた声に顔を上げる。
すると彼女は自分の顔を見つめまた面白そうに笑った。
普段から笑顔の多い女性だが、自分が不機嫌なことには気が付いているのだろうか。
いや、気が付いている。
彼女はそういうことには敏感だ。
それなのにどうして笑うのか。
「ああ、すみません。我慢できなくて」
謝りながらも微笑んでいる。
こういう瞳をされることは多い。が、あまりいい気分はしない。
同い年なのに。
舌打ちしたいがそれをすると普段から怖い顔だとか睨まれているとか誤解される自分のイメージがさらに悪くなる。
「本当にすみません、笑ってしまって。少し、嬉しくて」
「は?」
あ、しまった。
言っている意味が分からなくて思わず出てしまった声は低かった。
自分の人相はどう贔屓目に見ても良くない。
この顔と声でたいていの相手はびびって逃げる。それは楽な時もあるが、そうでないときのほうが圧倒的に多い。
特に何もしていないのに子どもや動物に逃げられるのはなんとかしたいものだ。
そんな自分なのに、彼女だけは周りとは違う反応をする。
「ふふっ、そんな声出したって無駄ですよ。私にはちっとも怖くありませんから」
また嬉しそうに笑う。
「嫉妬してくれたんですよね?」
意識しているのかしていないのか、あざとささえ見えるように上目遣いでこちらを見つめてきた。
「……なんのことだ」
「誤魔化したってダメですよ?ちゃんと分かってます」
何がおかしいのかにこにこ笑い続ける。眉を顰め、睨みつけてみてもさらに笑みは深くなるばかり。
と、唇に柔らかい感触がした。
「感情を悟らせないようにしたいんでしょうけど、無理ですよ。私、あなたのこと何でも分かりますから」
超能力者でもないのに、です。
するとまたふふ、と笑って顔を離す。真っ赤ですよ、といういらない言葉も添えて。
「………………」
耐え切れず、手で顔を覆う。
ああもう、本当に。
どうして目の前の彼女には通用しないのか。
それどころかこんな自分なんかのことを好きだとか平気で言ってくるのだからタチが悪い。
十人いれば十人が振り返る美人のくせに。
「あ、また自分なんかとか思ってますね?ダメですよ、私の好きな人の悪口は禁止です」
自身の口に手を当てるさまは艶めいて、ささいなことなのにどうにも目が離せない。
思うに決まっているだろう。好かれる要素しかない彼女がそんな要素などない自分に夢中だなんて、信じられるものか。
そうして分不相応だと思っているのに、先ほど彼女が自分以外の男と談笑していただけでこうして不機嫌になる自分がバカみたいだ。
「私は嬉しい、って言ってるのに。頑固ですねえ」
「…………なにも、言ってない」
「でも分かりますから」
にこにこ笑うその顔を見ないようにしたいのに、自分の体は言うことをきかない。
そんな自分の反応さえも分かっているかのように笑みがますます深くなる。
無理やり怖がらせようと睨みつけているのもバカらしい。
「嬉しかったんですよ、嫉妬してくれて。あなたも私のこと想ってくださっているのは知っていましたが、あそこまで行動に現れたのは初めてでしたから」
そしてじっと自分を見つめる。
もうやめてくれ。
だいたい、彼女以外の人間なら気づかないようなことなのに。
「今度は、言葉で言ってくださると嬉しいですけど」
そしてまたくすり、と笑う。
「今日は限界のようですから、我慢しますね」
微笑む彼女が愛しくて、少し憎らしくて。
顔を見られないためだと言い訳しながら、手を伸ばして力いっぱい抱きしめた。
彼女の笑みが、また深くなる気配を感じながら。