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二人で歩く道  作者: 大谷マユ
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~道草をして見つけたもの~

第一話

今年の春、家から15分程歩く高等学校に入学した。人見知りの私は、入学式を終えて初めての授業を、慣れない教室で、慣れないクラスメイトと共に、慣れない教師から受けた。その日は朝教室に登校した時から、早く帰りたい、そればかり考えていた。きっと心の中で数えきれない程繰り返した。ほぼ初対面のクラスメイト達は、最近人気のジャニーズの話題で盛り上がっている女子たちや、かと思えば漫画やアニメの話で盛り上がっている女子たち、どこの部活に入ろうか話し合っている男子たちや、このクラスの中で誰が一番可愛いと思うか真剣に議論している男子たちなど、既にしっかりグループができていた。芸能人にも、漫画やアニメにも疎い私は、このクラスに馴染めるだろうか不安になりながら、1人で小さくため息をついた。

1分が1時間に感じる程長く感じた初日の学校生活も、どうにか無事に終えた私は、一緒に帰る予定の友達も居ないので、1人でとぼとぼと帰ることにした。頭の中では、部活には入った方が良いだろうか、それとも部活は捨てて、アルバイトに邁進するべきだろうか、もしアルバイトをするならどこで働こうか、そんなことを頭の中でグルグル考えながら、上の空で歩いていた。すると、どこからか鈴の音が鳴ったのが聞こえた。辺りを見渡すと、見覚えのない喫茶店があるのを見つけた。小さな看板には、道草と書いてある。恐らくこの喫茶店の名前だろう。こんなところに喫茶店なんてあっただろうかと思いながら、茶色いレンガに、お洒落な犬の置物、観葉植物などが置かれた何とも洒落た外観に惹かれ、気付けば足は喫茶店へと向かっていた。

チリンチリン。扉を開けて、ゆっくりと足を踏み入れた。カウンターに立っているマスターらしき男の人が、私の方を見てにっこりと微笑んだ。「いらっしゃいませ。」優しい口調と爽やかな声で、その人が私を中へ迎え入れた。「こちらへどうぞ。」カウンターへ案内された。普段中々1人で喫茶店へ立ち寄らない私は、少し緊張しているのを感じた。そんな私の様子を察してか、「入店頂きありがとうございます。どうかリラックスしてお楽しみください。こちら、メニュー表になっております。」と、メニュー表を差し出してくれた。その人はよくよく見ると、まだ若いように見えた。綺麗な黒髪に、少しタレ目気味な二重、すっと通った鼻、整った形の唇、絵に書いたような端正な顔をしていた。口元にはうっすらと髭が生えており、その端正な顔とのギャップが更に良かった。はっと我に返り、メニュー表を開き始めた。私はスタンダードなコーヒーが好きなので、ブレンドコーヒーのMサイズを頼むことにした。気づいたら、マスターは他のお客様の接客をしていた。接客が終わるのを見計らい、マスターを呼ぶことにした。「すっ…!すみません…!!」マスターは私の小さな声にも反応してくれた。「ご注文お聞きします。」「えっと…、このブレンドコーヒーのMサイズを、お、お願いします…。」「はい、かしこまりました。少々お待ちください。」伝票に注文を書き、マスターは調理場で豆を挽き始めた。普段中々訪れない喫茶店での注文も終え、少しリラックスすることが出来た。店内で流れるクラシックの音楽も癒されるもので、気付けばしばらくここに居たいと無意識に思っていることに気づいた。「お客様、お待たせ致しました。」ボー…っとしていると、マスターがコーヒーを持って前に立っていた。「あ、はい…!ありがとうございます‼」お皿に乗ったコーヒーカップ、横にミルクとシロップが1つずつとスプーンが添えられていた。「砂糖はこちらに置かれているものからご自由にご利用ください。」マスターの手の先には銀の入れ物にスプーンが差してある砂糖の入れ物が置かれていた。「はい、ありがとうございます…!」「そしてこちら、伝票になっております。」伝票を受け取ろうとすると、その伝票は何故かメモ紙に貼られてあることに気づいた。「あ、あの…、このメモ紙は…?」「そちらは、お客様にお店への要望や気づいたこと、他に、僕で良ければ聞いて欲しい話を、どんなに小さな悩み事でも、もしあるならば書いて頂き、できる限りご相談に乗りたいと思っております。」悩みを書いて相談に乗ってくれる喫茶店など聞いたことがなかった私は、一瞬固まりそれと同時にこの人は、きっと凄く優しい人なんだと思った。「お客様も、もし僕に聞いて欲しい話があれば、何でも書いてください。」「は、はい…!ありがとうございます。」マスターとの会話を終え、私はコーヒーにミルクとシロップを入れ、スプーンで混ぜて飲み始めた。コーヒーをそんなに飲む訳では無いが、やはり普段家で飲むインスタントのコーヒーに比べ、コクがしっかりとあり、舌触りも良いように感じた。ふとメモ紙が目に入った。私は伝票の横にいつの間にか置かれていたシャープペンシルを手に取った。今日の一日を振り返り、自分の中でモヤモヤとしているものを、自分なりの言葉で書くことにした。黙々とペンを走らせ、ようやく書き終えることが出来た。コーヒーも飲み終えたところで、自分の悩みを他人に話すのは正直少し恥ずかしくもあるが、意を決し、マスターを呼ぶことにした。「す、すみませ~ん…。」「はい。」マスターがこちらへ向かって歩いてくる。「あ…、あの、これを…。」恐る恐る、メモ紙を手渡した。「はい、お預かりします。」マスターは、優しく微笑みメモ紙を受け取った。「では、読ませて頂きますね…。」「はい…。」初めて寄った喫茶店の初めて会ったマスターに、自分の悩みを打ち明ける異様な状況に戸惑いながら、マスターが読み終えるのを待った。「なるほど…。」マスターはメモ紙をカウンターに置き、静かに口を開いた。「お客様の悩みは、自分の周りにいる人は、好きな人や好きなもの、やりたいことなどを沢山持っているのに、自分には好きな物も趣味もなくて、空っぽな人間のように感じる…。自分なりに分析させて頂きましたが、こういった感じでしょうか…?」「…はい。今日実は、高校に入学して、初めての授業だったんです。同じクラスメイトの人達を見ていると、それぞれが共通の話題を持っていて、楽しそうに盛り上がってて…、でも私は、その中のどの話題にも入れなくて…、強がってはいたけど、何処か虚しい気持ちになって…。」1度悩みを打ち明け始めると、自分でも驚く程スラスラと言葉が出てきた。「こんなことを言うと、ひょっとすると綺麗事だと思われてしまうかもしれませんが、聞いて頂けますか?」「はい。」「好きなものややりたいことが自分だけなくて、それが見つからずに焦る気持ち、よく分かります。ましてや今日から新しい学校生活となれば、尚更不安に感じると思います。ただ、好きなものややりたいことは、お客様が毎日生きていく中で、直感的にこれが気になる、これをやってみたいと思える日が必ず来ます。そしてお客様と同じものを好きな人が必ず居ます。焦って、何にでも目をつけるのも1つのやり方ではありますが、自分がそれが好きという気持ちが根底になければ、きっと続きません。なので、お客様はお客様らしく、それだけで十分だと思います。」「あ…………、ありがとう…ございます…。」周りに比べ、自分だけが出遅れている、スタート地点にも立てていないと感じていた私のモヤモヤを、マスターは優しく拭いさってくれた。「少しはお力になれましたか…?」「はい…!もちろんです…!!心が、軽くなりました。本当に、ありがとうございました。」自然と、自分の口角が上がっているのがわかった。「またお越しの際も、気兼ねなく、お悩みをお聞かせください。」「はい、ありがとうございます。」穏やかな空気に浸り、私は会計をしにレジへ向かうことにした。「260円になります。」私は財布の中から260円を取り出し手渡した。「ちょうどお預かりします。本日はどうもありがとうございました。」「こちらこそ、ありがとうございました。」軽く会釈をし、店を出ることにした。扉を開け、絶対にまた来よう、そう思いながら店をあとにした。

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