57、最終話 剣技心酔(流血有り)
岩棚の上に、車体が激しく傷だらけになっている車が止まっていた。
頭に包帯を巻いて、顔中傷だらけのエンプティが、手榴弾の入った箱を引きずり、MK20を重そうに背負って崖っぷちに歩き出す。
防弾スーツの上に羽織ったジャケットは、すでにボロボロで穴だらけになっている。
風に吹かれ、バタバタとはだけるジャケットに、彼は銃を下ろすと脱いでバッと放り投げた。
風がそれを大きく巻き上げて、どこかに持っていく。
「ひはは・・・欲しいなら、くれてやる。はあ、はあ、・・・」
そのジャケットを見ていると、サトミの操る黒蜜を思い出す。
邪道の刀だ、と思う。
雪雷が表なら、黒蜜は裏だ。
あんな物、あの人くらいしか扱えないだろう。
息も乱れ、ハアハア歯を食いしばるその歯も、数本が折れている。
それでも、自ら手を下さねば気が済まない。
やられたらやり返すがあんたの口癖だ。
サトミの顔を思い浮かべるたびに、胸が苦しいほど関わりたくなってくる。
立ち止まり、ロンド側を双眼鏡で見ると、馬の上げる土煙が見えた。
もうすぐだ。
ニイッと笑ってヒヒヒと笑い出した。
「よう、楽しそうじゃねえかエンプよう。」
後ろから声がして、エンプティの顔が凍り付いた。
まったく気配がしなかった。
物音一つ立てず、その男はゲームのように楽しんで簡単に人を殺す。
サトミも恐れられてはいたが、その男の異常さは群を抜いている。
サトミが辞めた事で一時的に隊が乱れ、死傷者の大幅な増大にボスはその男を隊長に選んだ。
それに絶望して自殺者が出たほどだ。
「何で……ここに…………」
「俺は隊長だぜぇ?部下の動き把握すんのあったりまえっしょ。
なあ!エンプティ、お前……
何してんの?」
く、来る!
全身に、冷や汗がドッと吹きだした。
ライフルを取るか、いやハンドガンでと思う。
腰のサバイバルナイフで、とも思う。
蹴りを浴びせ、拳を・・とも思う。
しかし、身体が動かなかった。
汗まみれになりながら目を見開いて、何も起こらない事に視線を動かす。
そこに、男の目があった。
息がかかるほど近くに寄りながら、なぜわからないのか不思議に思う。
「なあ、エンプよ。ボスがな、お前の処分は任せるっつったんだけど、お前生きたい?それとも死にたい?」
生きたいと言ったら生かされるのか、死んでいいと言ったら面白くないと生かされるのか。
イヤその前に、自分はこれほど生きたいと思っていたのかと、不思議にさえ思う。
「なあなあ、なんも言わないなら殺しちまうぜ?
クククク…………なあ、俺、知ってるぜ?」
「な……なに…………」
「お前、サトミが刀の血糊拭いた紙で、あいつに隠れてマスターベーションしてただろ?
見てたぜ、変態。
ゲスが、クソ野郎、すぐ消えろ。」
ガキンッ!
とっさに、腰のナイフを振り上げた。
偶然そこにジンのナイフが来て火花が散る。
「おー、止めちゃったんだー。残念賞!ヒーッヒヒヒ!」
「この……」
一撃目を受け止め、息を飲んだ。
一歩下がり、間合いをとろうとする。
が、ガクンと右の効き足に力が入らない。
見ると、いつ刺されたのか、右の大腿部の側面にナイフが刺さっている。
「ガッ!………」
そうだ、こいつに刺されると痛覚があとで来る。
ぐらりとよろめきながら、ハンドガンを取りジンに向けた。
パンパンパンパンッ!
「ヒャッハハ!そう来なくちゃ面白くねえだろ!」
ジンが紙一重で避けながら踏み込み、ナイフを閃かせる。
彼らの防弾スーツは防刃スーツでもある。
だが、ジンは正確に縫い目を刺してくる。
「ぐああァガッ!!ジン!この……!!」
まるで生殺しのように、ジンは急所を刺してこない。
失血でふらふらになりながら、銃の弾が切れるとナイフを振り回す。
ジンは、楽しそうに笑いながら彼を刺して、切って行く。
エンプティは彼に翻弄されながら、スーツの中全身が流れる血に濡れて重くなって行く。
刺される、切られる、刺される、刺される。
逃げても追われ、避けても切られる。
そうやってどれだけ傷を負ったかしれない。
やがてとうとう立つ事も出来なくなると、ガクリと膝を折ってどさんと倒れた。
「エンプよお、てめえサトミに惚れてたの?雪雷に惚れてんの?まあ黒蜜はお前の趣味じゃなさそうだよな。」
エンプが血溜まりの中で気が遠くなる中、ジンが聞いてくる。
刀か……隊長か……だって?
そんなもの、当たり前だ……あの、美しい……剣技……
あの…………見惚れるほどの…………美しい…………
ああ…………隊長…………
俺は……あんたと……出会えて……幸せ……だ…………た……
あの世で……先に…………………
「た……い………………」
エンプティーがうつろな目で、どこか幸せそうな顔をして事切れた。
ジンがそれをじっと見ていて、ふうんと言いながら傍らにしゃがみ込む。
「お前、幸せそうだなあ。いいなあ、なあ、エンプティ。
お前、あいつを連れ戻そうとしたんだろ?
惚れてたもんなあ、お前の視線はずっとサトミを追ってた。
でもよう、サトミが帰ると困るんだよ、わかってくれよ。
俺、隊長っての気に入ってんだ。
あいつ帰ってきたら、俺また副隊じゃん。面白くねえんだよ。
サトミ、強すぎだろ?
俺もあいつには敵わねえ。
でも、あいつはいい奴だ。
だからあいつの下でもいいやって思ってた。
だから…………
俺もあいつ、手放したくないって思ったんだ。
そしたらボスが、手放したくないなら、あいつの家族殺して来いってさ……
でもよう、あいつの親父殺しに行ったけど、あいつの親父もすげえのよ。
サトミの親父もやっぱりサトミだったわ。
俺がかすり傷しか負わせられなかったの、信じられるか?
一撃目以外、俺の神速ナイフ、紙一重で避けやがる。
銃撃ってもちっとも当たらねえ。
そんですっげえ重い突き受けて、気がついたらみっちりテープ巻かれて、おがくずだらけの木箱の中よ。
信じらんねえ……夢かと思ったわ。
輸送トラック乗せられて、着いたの全然知らねえ国。
俺、脱水と小便と糞まみれで、泣きながら死ぬかと思ったわ。
あんとき生まれて初めて死を覚悟したぜ、ひでえ思い出よ。
サトミに言ってやろうと思ったのに、カッコ悪くて俺の黒歴史になっちまった。
ほんと……よう…………
ああ言うすげえ奴ら、世の中にはいるんだなあって……さ…………」
ジンが、ふらりと立って岩棚の崖の縁で見下ろす。
サトミ達がどんどん近づいて、そして、下の道を通り過ぎて行く。
それを、じっと、ただ見つめる。
サトミがふと身を起こして、ジンと目を合わせ、そして過ぎ去っていった。
俺がエンプ殺したの、わかってんだろ?お前はそんな奴だ。
何でもかんでもお見通しで、まるで、神様みたいだ。
「あいつは、いつか、俺が殺したい……
たとえ殺されても、俺はお前を殺したい……
だから、俺がもっともっと強くなるまで、それまで今のまま、強いままで変わらず待ってろ。」
ジンが荒野に続く地平線を見つめる。
自分がなんで生きてるのかわからない。
自分は、人を殺すために生きてんだろうかと思う。
サトミを殺したいのに、大事な友達だと思う。
どちらが本当の思いなのかわからない。
あいつの言う通り……俺は、支離滅裂だ。
でも…………お前のいなくなった今は、お前は大事な友達だと思う。
「サトミ、またあのパフェ食いに来るよ。
一緒に、今度は飯食おうな。大丈夫だ、殺さない。
信用しないで安心しろ。
俺は、お前が殺したいほど大好きだ。」
小さくなるサトミに懸命に手を振り、エンプティの死体を引きずって車に放り込む。
無線でデッドを呼び出すと、やがて軽装甲車がやってきて彼はそれに乗り込み、しばらくして2台の車は荒野を走り去っていった。
今日もポストアタッカーが走る。
銃を撃ちまくり、刀で切り捨て、それでも一攫千金を夢見て追ってくる盗賊どもを蹴散らし、蹄を鳴らして早馬が行く。
BANG! BANG! BANG!
地雷強盗、成敗!!
ポストアタッカー狩り 〜終了!!!
BANG!!
「また会おうぜ!!」
サトミが背から雪雷を抜いて切り裂いた。
それではまた。
ポストアタッカー狩り、最終話です。
ご愛読ありがとうございました。
これを書くきっかけは、旧作ポストアタッカーを手直ししていて、勿体ない設定だと感じたからです。
近未来、ガソリンがないから馬、あらゆるケーブルが盗まれるなら有線の電話がなくなる。
携帯電話は基地局が破壊される、ならば手紙が重要な通信になる。
そう考えていくと、破綻がないので書きやすい。
サトミの武器を日本刀にしたのは、背に日本刀を背負う姿がカッコイイ。ただそれだけ。
日本刀は、とにかく銘に左右される武器ですが、それもなんかおかしいよなあと。
刃物は刃物、無名でも、そこにとんでもないスキルが加わると、どんな刀に変わるんだろう。
今回、だから、刀に無名の銘と名前を与えました。
しかし、鰐切と黒蜜はスッと決まったのに、雪雷には3日かかりました。
刀の名前多すぎやろ…………
郵便局のアタッカー達、普通の人間と、タナトスの歪みまくった人間達の対比も楽しんで頂ければいいなあ。
ジンやエンプティは変態じみた設定にどんどん変わっていきました。
私はプロット書かないので、行き当たりばったりでどんどんそこに人物が現れます。
エンプはあんな変態さんのハズなかったのになあ……
いやいや、世の中には色んな人がいますよね。うんうん。
と、まあ長くなりましたが、後書きとさせて頂きます。
銃器類は全部ネット検索から拾ったもの、作戦はテキトー、サトミのイキイキ想定もテキトーな創作ですが、楽しんで頂ければ幸いです。
それではまた、どうもありがとうございました!
バン!バン!バーーーンッ!




