51、鰐切 黒蜜
Kが岩山に向けていたライフルを降ろす。
そのKと呼ばれる男、エンプティが、ふと顔を上げた。
岩山に、なぜ急に男が現れたのか?
まだアタッカーの帰る姿は見えない。
いや、あいつはどこから登ってきた?!
「まさか…………」
森の向こうは岩山が間にあって見えにくい。
うっかり、デリー側ばかりに意識が向いていた。
『360度、意識を飛ばしてレーダーを張り巡らせろ』
なんて、あなたにしか出来ない技だ。
急いで車に駆け寄り、ドアを開けて身を乗り出してパソコンをのぞき込む。
もどかしそうに、森の入り口付近に仕掛けたカメラに切り替えた。
小さく、走る馬から立ち上る土煙が映る。
どんなにズームしてもまだ見えない。
しかし、それはどんどん近づいてくる。
そして、急に何かが光ってカメラがアウトした。
ゴクンと息を飲んだ。
「あ、あ、あ………………」
すべてを理解して、パソコンに思わず突っ伏す。
「あ、あ、あ、あ、ああ、ああ、あああああ…………!!!!」
無表情だったエンプティが感嘆の声を上げ、頭を抱えて身もだえした。
心臓が高鳴り、狂おしいほどに胸をかきむしる。
パソコンを握りしめ、思いあまって抱きしめた。
「隊長!隊長!隊長!!あんたは!あんたは!!あんたって人は!!!」
パソコンを放り出し、双眼鏡を手に取り外へ走り出す。
ここから見える位置だ。
すべてを見るつもりでそこにした。
「俺は、運がいい……」
不気味に笑う。
彼がこんなに笑うのは久しぶりの気がする。
サトミが辞めてから、軍での生活は暗黒の世界のようだった。
軍にいても、あの美しい刀も、その剣技ももう見られない。
サトミのカリスマ性のある美しい言葉も、何もかもが失われた。
ボスは失うのが怖いなら殺せと言ったが……この自分が……
こんな俺ごときが、あの人を殺せるわけが無い。
終戦のあの混乱の中で、彼がWD規定にアタックすると聞いて愕然とした。
何が不満なのかと聞いても、お前にはわからない事だと、何も話して貰えない。
WDアタックなど死体を増やすだけだと話していたあなたが、さっさとクリアーして、ただただボスでさえも慌てるしか無かった。
「難問など、あなたの前では難問でさえも無い。」
あの混乱の中で、チームのトップを降りて100日連続作戦行動参加義務だ。
日を空けること無く、隊にあった4チームどれかに入ってコマの一つになる。
作戦を理解し、チームの能力を把握し、行動して、そしてミスが許されない。
一番悪い時期の、戦後処理でどのチームも困難な作戦行動に忙しい時期。
しかも、これからこの隊から抜けようという奴だ、隊の全員が殺意さえ抱く。
普通ならひと月もたたず緊張とストレスでボロボロになって、ミスして死ぬ。
いや、足手まといと判断されたら銃殺だ。
いつも銃が背中に突きつけられているような状況なのだ。
だがあの人は、それが当たり前のように、息をするように毎日殺して殺した。
ミスしたら銃殺して構わんとさと、隊の奴ら皆が面白がっていたのに、最後は誰も口にしなくなった。
それどころか、なぜ辞めるのかと何人もがあの人にすがっているのを見た。
当たり前だ、この俺が見初めたあの人なのだ。
素晴らしい、神が生み出した最高傑作。
疲れも、ミスの一つも見せず余裕さえあったあの驚異的なタフさ、強靱さ、そして非情さ。
かえって彼がいない時に、サードが失敗して半数死んだくらいだ。
彼がクリアーしたあと、チームは3つに減って、そして彼がいなくなって2つに減った。
自分達はもう、先が無い。
戦争の無い、明るいこの世界で、俺たちは…………影の存在のままで…………
あなたの姿を、追い求めていく…………
「来たッ!!!!!」
エンプティが、紅潮した顔でマイクのスイッチを入れる。
「その男を、逆から来る奴を攻撃しろ!全力で殺せ!!」
うわずった声を上げながら、彼は攻撃を命令した。
ビッグベンが土煙を上げて森の前に広がる道を走る。
ここは森から攻撃されることを懸念して、道幅を大きく逃げ場を作ってある。
元々荒野の道は舗装されているわけでは無く、土をかさ上げ整地してあるだけだ。
サトミがすでに抜いた刀を逆手に持ち、辺りを見回す。
森の入り口に入るとすぐに視線を感じ、カメラがあったのですでに破壊した。
森からは出口付近に一つ。
つまり、やはり森の中腹に仕掛けは無い。
読みは当たった、やはり前だ。
岩山からはダンクの視線を感じる。
無事にとったか。
彼の優しさから、思い切りの悪さを感じて懸念しつつも任せたが、他の意識を感じないから殺したのだろう。
「それでいい、殺そうとする奴は殺すことしか考えてない。
今はまだ、そう言う奴は殺すしかない世界なんだ。
俺は……この世界が変わるまで、平和って奴が俺たちを真綿で包むまで、戦い続けよう。
それがいつ来るのかわからないけれど…………
お前がただの美術品に成り下がるときまで、俺はお前で戦い続ける。
それまで付き合ってくれ、雪雷。」
右手の刀を握りしめる。
サトミが左手を後ろに回し、鞘の下にある飾りに見えたフックを外す。
鞘がパチンと音を立て、底の蓋が二つに割れて8インチほどの長さがなめらかに中へスライドした。
そこから、黒い柄糸の刀の柄が現れる。
サトミが左手でそれを掴むと、その刀をすらりと抜いた。
「さあ、お前も付き合ってくれよ、黒蜜。
見ろよ、たった7人しかいねえ。
面白くねえだろう?あははは!でも、ここで出なきゃ、お前ずっと昼寝だぜ?!」
抜いたその刀は、柄から刃がすらりと1本に繋がった、鍔のない日本刀「鰐切 黒蜜」
サトミが滅多に抜かない隠し刀だ。
逆手で抜いた黒蜜を、くるりと手の中で回す。
サトミが奇妙なほど、楽しそうに笑う。
それは、およそこれからやろうとする事とはかけ離れた表情だった。
「クックックック、ああ、ああ、楽しいだろ、お前ら。
さあ…………黒よ、楽しもうぜ!!」
戦いは一瞬の勝負。
負けたら死ぬだけ。




