40、エンプティ
ジンが、少し落ち着いて他愛の無い話をする。
こんなにお喋りだったっけ?と、苦笑するほど、楽しそうだ。
サトミも外で戸惑ったことや驚いたことを少し話して聞かせる。
ジンは、だから下界なんかに出るからだと、笑い飛ばした。
近くの席の女の子2人が、ジンを見ている。
ジンが手を振ると、女の子たちがキャッと声を上げてうれしそうだ。
まあ、こいつは黙ってると無駄に顔がいい。けど、危なくてヒヤヒヤする。
「やめろ、女見たら殺すくせに。」
「だって、向こうが殺して欲しいってよ。」
「言ってねえよ、無駄に殺すな。人は死んだら戻らないんだ。」
「あー、わかった、わかったよ。今日はそんな気分じゃ無い。
お前と話してる方が百倍楽しい。」
物珍しくキョロキョロ見回し、女の子がパフェ持ってくると、おおっと感嘆の声を漏らす。
「すげえ、何だこれ?色付いたアイスに白い粘土と果物乗ってるぞ。」
驚くジンに、驚くまでも無くサトミも食い入るようにアイスパフェを見つめる。
な、なんだ??……これっ?!
こんな物初めて見た。
ピンクとブルーのアイスに、波打つように白い粘土が絞ってあり缶詰のオレンジとチェリーが飾ってある。
たっぷりのパープルの何か(ベリーソース)にアクセントにクッキーが刺さって、そこにほんの少しチョコがかけてあって、それがトロ〜ンとアイスに流れていた。
なんだこれ、夢のように毒々しくて、可愛くてきれいだ。
「なんだ?なあ、これ、ほんとに食えるのか?え?なんでアイスに粘土乗ってクッキー乗ってんの?
え?何かこの粘土プラスティック爆弾ぽくね?信管、アイスに隠れてねえだろうな。
え?アイスって白だよな。え?なんでこんな変な色付いてんの?
なに?このパープルの毒々しいの。食えるの?
ジン、何頼んだんだよ。え?ええ?粘土……この爆弾食えたっけ?いや、たしか神経系やられたよな。大丈夫かよ。」
「お、おう。食ってみるぜ。」
ジンが、恐る恐るホイップクリームとアイス乗せて、オレンジの切れ端を目を閉じて口に入れてみる。
「え?マジ?食えるの?それ。粘土じゃねえの?頭痛めまい吐き気なし?」
もぐもぐしたジンが、初めて見るようなキラキラした目でサトミを見て、返事もせずガツガツ食べ始めた。
サトミが愕然と恐る恐る一口食う。
ガーーーーーンッ!!
「な、なんだこれ、ふわっと口ん中で溶ける……な、なんだこれ、ほんのり甘くて……うめえ!」
サトミもたまらずガツガツ食い始めた。
ジンが一つペロッと食って、もう一個と注文する。
サトミも続けてもう一個と注文する。
店員と他の客の顔が引きつってるけど、眼中には無い。
ガツガツ食いながら、もう一つ注文する。
しかしさすがに3つ目になると、腹が冷えてきた。
もう一つと頼みそうになって、2人ともハッと我に返る。
「俺、ミッション前だった。腹壊したらマズい。」
「俺、明日遠出だった。腹壊したら超マズい。」
ガツガツが止まって、2人、顔見合わせて引きつった笑いを漏らす。
「ま、普通に美味いんじゃねえの?」
「だよな、そうか、これが下界の普通か。理解した。」
ふうと一息吐いて、残りを大事に味わってちょびちょび食う。
ジンは容器までベロベロなめていた。
テーブルに6個もパフェグラス並べ、男2人幸せそうな雰囲気でポワッとする。
これが軍の殺し屋、殲滅部隊タナトスの元隊長と現隊長だから、部下には見せられない。
「いいな〜、下界はいい。」
ジンがため息付いて、天井仰ぎながらつぶやいた。
「だろ?こっちな〜、飯がすげえ美味いんだ。
お前可哀想だなー、また帰るのかー。」
「うるせえ、また来るから美味いもの探しとけ。
いい友達持ってて、俺はうれしい。
いいか、ほんとにお前は俺の友達なんだからな。女出来たら紹介しろよ。俺もするから。」
「へえ、お前に女出来るかよ、すぐ殺すんじゃねえの?」
「俺はなー、隊長になって良くわかった。
無駄な殺しはほんとに無駄だった。必要ない奴だけ殺す。」
いや、それも問題あるだろ。
もういいや、ちっとは変わったみてえだし。
だいたいこいつに彼女紹介したら、2秒後には死んでる。
「まあ、お前は気分屋だから0.5%ほど信用しとくわ。」
「そうだな、俺も明日朝起きたら気が変わるかもしれねえし、そうしてくれ。
まあいいや、俺が来たのはもう一つ言いに来たんだ。
エンプティが10日ばかり休暇取ってる。」
「あちゃー・・・」
エンプティは元部下の名だ。もちろん本名では無い。
本名はカラン・グレイル。
自分を本名で呼んで欲しいと何度も要求されたが、俺はクソ野郎と呼んでいた。
自分で言うのも可笑しいが、気味が悪いほど俺に心酔していた奴だ。
クソ野郎とあいつを呼んでたら、自分は特別だと勘違いしやがって始末の悪い奴だった。
軍を辞める時、殺してくれば良かったのだが、姿を見せず妙に静かだったのが、こんな事考えてやがるとはマジでとことん始末の悪い奴だ。
「エンプティか、そいつはマズいなー……」
「だろ〜?あのゲロ野郎、お前に惚れてたからな。
俺、いつお前がケツ掘られるか心配でよ、何度か殺しそうになったんだぜ。
殺しとけば良かったけど、無駄にボスが目ぇかけてるからなあ。」
まあ、それは無い。あっても切って、それで終わる。
少年兵はたまに性の対象にされるが、俺はそれで2人切った。
その後、邪な考えで近寄る奴はいなかったが、そんな心配されてたなんて聞けば面白い物だ。
「バーカ、あいつぁ俺の雪に惚れてたんだよ。
サンキューな、今日のお前はいい友達だったわ。」
「だろ?俺もそう思う。アイス美味かったな。
きっと、俺の心には今日のことがずっと残ると思う。」
「いいよ、早く忘れろ。」
「俺が暴走したら、自分で止められなくなったら、お前に話し来ると思うから。
そん時はごめんな。」
「そうだな、お前殺せるのは俺ぐらいだろうから仕方ねえな。
死んだの気付かないうちに殺してやるよ。」
ため息交じりに言い放つと、ニイッと不気味にジンが笑う。
この不気味な顔が、こいつの普段の顔だ。
爽やかな笑顔なんてあり得ない。
と、思うが、他の奴には爽やかver.は絶対見せない顔らしいから、俺の前だけ……と言うことは、本当の顔なんだろうか。
ほんとにこいつは意味不明だ。
「良かった、そう言ってくれると思った。
俺はお前がいれば気がラクだ。また明日から生きていられる。
俺は死ぬのが怖い。お前なら安心して任せられる。
お前いなくなった後、リミッターが外れそうで怖かったんだ。落ち着いた。
また来るよ、また一緒に飯食おう。
下界に親しい知り合いがいるなんて初めてだ。
今日は楽しかった。じゃあな。」
ジンがサッと立ち上がり、振り返りもせず店を出る。
監視役がサッとあいつの斜め後ろをキープした。
ああ言う光景懐かしい。うっとうしくて、一度逃げたらそれから4人に増やされた。
ジンは逃げたことが無いんだろう。
元々外に関心の無い奴だ。
払いは俺かよと請求書見たら、パフェ1つ8ドルもしやがるじゃん。
この店で一番高いの頼みやがった。
まあいいさ。
だいたい俺たちに現金が渡されたことは無い。
金があると逃げるからだと言われた。
俺の口座に大きな金が入っていたのも、このせいだと思う。
つまり、一応無給じゃ無かったわけだ。
相変わらず軍のクソみたいな奴らに半軟禁状態におかれているのは、ジンにも苦痛なはずだ。
だけど、ジンにはそれがちょうどいい気がする。
あいつは狂気と正気が頻繁に入れ替わる。
それを上手く利用しているのはボスの手腕だ。
しかし…………
「エンプはマズいな、あいつは俺を殺したいか取り戻したいはずだ。
絶対アタッカー殺しに来るな。
もしボスも絡んだら、金と武器が流れ込む。更にマズい。」
言うべきか、でも本当に来るかはわからない。
あいつはエンプティ(空っぽ)、意識を消すのが得意だ、気配を掴むのが難しい。
無表情で、思考の表面だけでサラッと考える。
だから、作戦は単調だ。
やり方は、良くわかっている。
それだけが、強みだ。
見かけから考えられない力と技は、ある意味感動を生みます。
刀を初めて見て、その美しさに惹かれることは、相乗効果となるでしょう。
エンプティは、サトミの特別になりたかったのです。
これはもう、信者という言葉がピッタリです。
しかし、サトミは彼らを見捨てる形で出てきています。
これは憂慮されたことです。




